Semua Bab 雾の彼方に愛を葬りて: Bab 11 - Bab 20

悠生は全身を強張らせ、その場で震えながら両手を挙げ、慣れた調子で命乞いした。「十鳥さん、な、何か誤解があるんじゃありませんか？俺は千梨の兄貴ですよ。子どもの頃は同じ学校に通って、一緒に――」パンッ。銃声が鳴り響き、悠生の右耳が吹き飛んだ。「うああああああああっ――！」地面に倒れ込んだ彼は頭を抱え、のたうち回りながら悲鳴を上げる。顔は血でぐしゃぐしゃになり、下からは尿と糞が漏れ出す。たちまち現場に鼻を突く悪臭が広がった。黎斗は一瞬も瞬きせず、ボディーガードから受け取ったハンカチで口と鼻を覆った。「夜明けまでに、真実を突き止めろ」悠生は叫び声を上げながら引きずられていき、床に真っ赤な血の筋を残した。すべてを終えた黎斗は外に出て、振り返らずにエレベーターへ乗り込んだ。透明な壁の外では海面が白く霞みはじめ、太陽が昇るのが近いことを告げていた。だが黎斗の胸の痛みは強まるばかりだった。彼は分かっていた。最上階のスイートに着けば、一生目を逸らしてきた、愛する人の遺品と向き合うことになるのだと。エレベーターが開くと、秘書がスイートの入口で怯えた顔をして立っていた。黎斗が無表情のまま近づくと、彼は思わず立ちふさがり、震える声で告げた。「十鳥さん……奥様は、おそらく自殺です。さきほど、十鳥さんのメールに予約送信された動画が届きまして……奥様からの最後の言葉が……」黎斗は鋭く顔を向けた。秘書がタブレットを差し出し、震える手で再生ボタンを押す。「黎斗、この動画を見ているということは、私はもう死んでいるってことね。驚かないで、誰にも強制されたわけじゃない。私は自分の意思で海に飛び込んだの。だからお願い、船にいる人たちや私を守ってくれていたボディーガードたちに当たらないで。彼らは私が前もって騙してその場を外させたの。本当は、黎斗に伝えたい言葉なんて、もう残ってない。この間ずっと、私は黎斗から離れる日を数えてた。かつては長いあいだ、私は黎斗を心から愛していた。でも今の私は、母を失い、黎斗が私の一番嫌う人と浮気するのをこの目で見て、母親になる資格さえ奪われた。それは全部、黎斗のせいよ。あなたの利己心と傲慢さこそが、私を殺した凶器。そう、私は全部知ってる。黎斗が私に隠れてやってきたことを。

七十二時間後。全身に傷を負った千梨は、ようやく外へ引きずり出された。黒いレザーのソファに凭れ、仮眠をとっているかのような黎斗。彫刻のように整った顔は硬く冷えきっていた。屍のようにボディーガードに引きずられ、臓器提供同意書へサインさせられる千梨。だが黎斗は一瞥もくれず、長い指で掌に握った白いドレスの布切れをただ撫で続けていた。「はぁ……はぁ……」今や鬼のような面相と化した千梨は、痛みに震えながらも力を振り絞り、鋭く黎斗を睨み上げる。突如、彼女は狂ったように笑い出した。「黎斗！今さら私を殺したって、桐乃なんてもう戻れないわ！あの日、私と寝た時から、あんたはもう汚れてるのよ！」室内の温度が一気に下がった。慌ててボディーガードが彼女の口を塞いだ。だが千梨は、目の前の男への憎悪で引き下がることなどしなかった。「桐乃を殺したのが私だと思った？あんた自身が殺したんだよ！彼女に掻爬手術を命じたのはあんた！兄を庇うよう指示したのもあんた！私に卵子を提供させて、彼女に子供を産ませようとしたのも、全部、あんたの口から出た言葉じゃない！」鼠に喰われ潰れた片目をぎらつかせ、口元は歪んだ笑みに染まる。「この世で一番汚い男はあんたよ、十鳥黎斗！」あまりの暴言に、ボディーガードはついに彼女を殴り倒し、気を失わせて引きずり出した。それでも黎斗は一切動かず、ただ静かに座り続ける。やがて長い時間が過ぎ、夕陽が地平線に沈みきった頃。彼は初めて夢から醒めたように、小さく呟いた。「そうだ……俺は地獄に堕ちるべきなんだ」……三日後。深夜、千梨を乗せた密航船がひそかに出航した。同時に、ある「関係者」の告発文がネットに流れ、一気に検索ランキングの一位へ躍り出た。かつて十鳥グループの後ろ盾で事業を再興させた千梨の父は、過去の賄賂行為で逮捕され、獄中で首吊り自殺。その報を受けた千梨の母も、その日のうちに飛び降りて命を絶った。桐乃の葬儀。黎斗は誰の制止も無視し、自ら一文字ずつ刻み、彼女のための墓碑を自ら立てた。葬儀が終わると同時に、彼は病に伏した。かつて二人で暮らした別荘に籠もり、使用人を全て解雇し、桐乃の服で埋め尽くされたソファに沈み込み、昼夜を問わず酒に溺れた。やがて、取締役たちに急かされ続けた秘書

「本当にごめんなさい！」助けに駆けつけた少女の兄を前に、桐乃は顔が真っ赤になっていた。二十代の大人が小さな子どもを泣かせてしまうなんて、どう考えても自分が悪い。「すっかり怯えてしまったみたいで……もしお望みなら、きちんとお詫びをします」目の前の身長190センチ近い男を見上げながら、声は次第に小さくなった。「あるいは、今すぐ一緒に病院で診てもらっても……」そのとき、男は顔を上げ、首をかしげながら眉を寄せて問いかけた。「J国人は、みんなそうやって問題を解決するのか？」その声音には善悪どちらとも取れない響きがあったが、彫りの深い荒々しい眉目と、やや険のある表情が、桐乃の胸をひやりとさせた。もしかして、この人は納得してくれないのでは――ところが次の瞬間、男は指を立てて声を張った。「三つ数える。今すぐこの人に謝って、二度と許可なく彼女の庭でリンゴを摘まないと約束しろ。一、二――」「ごめんなさい……」女の子は口を結び、涙をこらえながら桐乃を見上げ、か細い声で言った。「わざとじゃなかったの。このリンゴがすごく美味しそうで……お腹がすいてたの……」その一言に、桐乃の心はすっかり和らいだ。思わず声を高めて慰める。「大丈夫よ。食べたいときは、いつでも摘みに来ていいから」すると、先ほどまで険しい顔をしていた男が思わず笑い、手を振った。「顔に騙されちゃだめだよ。ちょっと太り気味だから、母さんと一緒にお菓子は控えさせてるんだ」そう言いながら女の子を抱き上げ、軽く揺らす。「ん、昨日より少し軽くなったな。今日はつまみ食いしたことは見逃してやろう」彼は笑いながら女の子の金髪をくしゃくしゃにし、視線を桐乃に向けた。「自己紹介が遅れたな。俺はアンソニー。地元のビーチでライフセーバーをしている。こっちは妹のベス、五歳だ。俺たちは隣に住んでる。母さんはJ国人で、地元で一番大きなレストランの有名な料理人なんだ。時間があればぜひ家に来て。母さん、J国人の友達をもっと作りたいって、いつも言ってるから」想像以上に饒舌なアンソニーに、桐乃の心も少し軽くなった。「私はアンナ。今日、引っ越してきたばかりです」「アンナ？」その名を聞いた瞬間、アンソニーの目が大きく見開かれる。「トムから聞いたよ。少し前に交通事故

「アンナお姉ちゃん、夜に会おうね〜！」ベスが開いた車窓から桐乃に手を振った。桐乃はチューリップの種に土をかぶせていたが、声を聞いて笑顔を向ける。「ベスちゃん、ちょっと待って。お姉ちゃんからプレゼントがあるわ」ほどなくして、彼女は二つのお守りを持って車のそばへ。一つはアンソニーの車に掛け、もう一つはベスのリュックに入れた。「これ、最近作ったの。J国では『お守り』って呼ぶのよ。家族や友達が無事で健康に過ごせるように、そして何事もうまくいくようにって願いを込めるの」穏やかな声で説明した瞬間、顔を上げると、兄妹は二人揃って涙ぐみながら見つめていた。「ありがとう、アンナ」「アンナお姉ちゃん、大好き！」桐乃は苦笑しながら二人の頭を優しく撫でて、愛おしげに言った。「うん、アンソニーも、いつもありがとうね。ベス、私も大好き。さあ、急がないと遅刻しちゃうわ」車が走り去り、芝生の端に立った彼女は、変わらぬ笑顔を浮かべて見送った。N国に来て、もうすぐ三ヶ月。J国でのすべては、穏やかで繰り返される日々の中で、少しずつ遠ざかっていった。今では心の奥に封じ込めた悪夢のように。彼女の予想通り、アンソニーとベスに血のつながりはなかった。十五年前、巨大地震で孤児になったアンソニーは、移民して間もない清子に引き取られた。当時、清子は自分の子どもを失ったばかりで、アンソニーを養子にした数年後には夫も亡くし、アンソニーと母子のように寄り添って生きてきた。そして五年前。アンソニーが友人たちと登山へ向かう途中、両親に捨てられた赤ん坊のベスを拾った。こうして血縁のない三人は、一つの幸せな家族になったのだ。今、その家族に、J国から来た桐乃も加わっている。そう思うと胸の奥がじんわりと温かくなる。長年求めながら、ほんのわずかしか得られなかった「家族のぬくもり」を、今また取り戻したかのようだった。午前中の家事を片付けた後、医者の指示通り三十分リハビリを続ける。時計の針が十時を指す頃、身支度を整えて隣の家をノックした。「鹿野さん、行きましょう」清子は信仰は持たなかったが、慈善活動は欠かさなかった。そのため毎週、教会の前でチャリティ販売を行っていた。彼女を車に乗せ、桐乃は教会へと向かう。しばらく一緒に

水が海に溶け込むように、桐乃の生活は再び静けさを取り戻した。最近、このコミュニティには新しい住人が何人も引っ越してきていた。その中にはJ国の人も少なくなかった。桐乃には毎日散歩する習慣があった。コミュニティは広く、昼間は気温もちょうどいい。昼食を終えると、彼女はいつも軽くジョギングしながら一周していた。その日、新しく越してきた住人の家の前を通ったときだった。一人の老人が荷物の山のそばで倒れ込み、顔を歪めて苦痛に満ちた表情で彼女に助けを求めた。「お嬢さん、助けてくれ。腰をひねったみたいなんだ」同じ海外暮らしとして助け合うのが当然だと思い、桐乃は救急車を呼び、老人を病院へと運んだ。さらに、勤務中だった老人の娘とその夫にも急いで連絡を入れた。ところが、二人がのこのこ現れたのは四時間近く経ってからで、しかも治療費の支払いを拒むどころか、桐乃が老人を轢いたに違いないと濡れ衣を着せてきた。「轢いてないなら、なんでわざわざ病院まで送った？」桐乃は以前からこうした厄介者に出くわした経験があり、彼らが医療費を踏み倒そうとしているのは一目で分かった。無駄に言い争うつもりはなく、すぐにスマホを取り出して通報しようとした。だが、老人の婿が彼女の手からスマホを叩き落とした。「先手を打って訴えるつもりか？」桐乃は諦めずに言い返した。「勘違いしないでください。私は善意で彼女を病院に連れてきて、治療費まで立て替えたんです。ぶつかったわけではありません。これ以上無茶を言うなら、警察を呼びますよ」思いのほか強硬な態度に、男は一瞬ひるんだ。だがすぐにまたふんぞり返り、鼻で笑いながら嘲る。「俺を知らないのか？この病院は俺が投資してるんだぞ。俺に逆らうなら、今夜からこのコミュニティから出て行け！」言葉が終わると同時に、屈強そうな用心棒たちが病院に押し寄せてきた。男の得意げな顔を見れば、彼が雇った者たちだとすぐに分かる。だが桐乃は屈しなかった。彼女が通報した警官たちはまもなく到着するはずだ。男も警察が来る前に片をつけたかったのだろう。公衆の面前で、彼は用心棒たちに手を振った。「口を割らせろ」用心棒たちが桐乃に迫る。その時、淡々とした声が響いた。「やれるものならやってみろ」一言で、威張