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雾の彼方に愛を葬りて

雾の彼方に愛を葬りて

By:  縁十月Completed
Language: Japanese
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「お前は露店のチャーハン女で、あの狂った黎斗が落ちぶれていた三年間、ずっと支えてきた女だってことは、誰もが知ってる。あいつはお前を命より大事にしてる。 偽装死させてあいつから離すことはできるが、リスクが大きすぎる。お前は俺に何を差し出せる?」 十鳥黎斗(じゅうとり くろと)の宿敵・鮫島朔也(さめじま さくや)はブランデーを口に含み、鶴谷桐乃(つるや きりの)を見つめる眼差しに嘲弄を浮かべた。 「鮫島さんがずっと欲しがっていたもの、私名義の十鳥グループ株の三割」 桐乃はかすれた声で静かに言った。 まるでスーパーの特売を口にするみたいに淡々と。 「条件はひとつ。出発前に、中絶手術を一度手配してほしい」 その一言に朔也は思わず息を呑み、嘲笑の色は瞬時に消え、驚愕だけが残った。 「正気か?!最近の黎斗のそばには愛人がついてるだろ、元婚約者だった女だ。家が没落して水商売に流れたって。 そもそも、上流社会の男に愛人や囲いがいるなんて珍しくもない。あの女が十鳥奥様の座を脅かすわけでもないんだろ?なぜ気にする?」

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Chapter 1

第1話

「お前は露店のチャーハン女で、あの狂った黎斗が落ちぶれていた三年間、ずっと支えてきた女だってことは、誰もが知ってる。あいつはお前を命より大事にしてる。

偽装死させてあいつから離すことはできるが、リスクが大きすぎる。お前は俺に何を差し出せる?」

十鳥黎斗(じゅうとり くろと)の宿敵・鮫島朔也(さめじま さくや)はブランデーを口に含み、鶴谷桐乃(つるや きりの)を見つめる眼差しに嘲弄を浮かべた。

「鮫島さんがずっと欲しがっていたもの、私名義の十鳥グループ株の三割」

桐乃はかすれた声で静かに言った。

まるでスーパーの特売を口にするみたいに淡々と。

「条件はひとつ。出発前に、中絶手術を一度手配してほしい」

その一言に朔也は思わず息を呑み、嘲笑の色は瞬時に消え、驚愕だけが残った。

「正気か?!最近の黎斗のそばには愛人がついてるだろ、元婚約者だった女だ。家が没落して水商売に流れたって。

そもそも、上流社会の男に愛人や囲いがいるなんて珍しくもない。あの女が十鳥奥様の座を脅かすわけでもないんだろ?なぜ気にする?」

なぜ気にする?

桐乃のまつ毛がわずかに震えた。

脳裏に母が昨夜、手術台で大出血を起こし、痛みに耐えきれず息絶えた惨状がよみがえる。

心臓が刃で裂かれるように痛んだ。

「嫌なら、別の人を頼むけど」

冷気を纏ったように身を翻し、立ち上がって歩き出す。

慌てて朔也は言葉を変え、株の譲渡契約書を差し出した。

「一兆億円だ!すぐに口座に振り込ませる。偽装死も計画してやるよ。だが、中絶手術については……」

桐乃は迷いなく署名し、そのまま出口へ向かった。

ドアノブに手をかけた瞬間、朔也が胸の奥の疑問を投げかける。

「いくら何でもお前の子供だろう、本当にいいのか?」

その言葉は重い鉄槌のように彼女の心臓を打ち砕いた。

顔色は苦痛に白く染まり、動きを止める。

だが結局、何も言わずにドアを押し開け、去って行った。

エレベーターの扉が閉じた瞬間、張りつめた冷静は音を立てて崩れ落ちた。

五年前。

十鳥家は破産し、黎斗の両親は悲惨な死を遂げ、黎斗自身も仇敵に襲われ瀕死の重傷を負って貧民街に逃げ込んだ。

その時、声を失った母を抱え屋台でチャーハンを作っていた桐乃が、彼を救ったのだ。

その後、十鳥グループが再上場を果たしたパーティーで。

ある令嬢が「この女からはチャーハン臭が消えない」と嘲笑した瞬間、黎斗はその場で彼女の鼻を切り落とした。

桐乃が結婚を恐れていると知ると、彼は九十九回もプロポーズを繰り返し、少しずつ彼女の不安を溶かしていった。

ついには桐乃の母までが感涙し、手話で桐乃に結婚を勧めた。

結婚して二年、彼女は黎斗にお姫様のように甘やかされ続けた。

仲間たちが冗談半分に言うほどだった。

「桐乃さんが星に興味ないのは本当によかった。でなきゃ黎斗さんは今は宇宙飛行士になってたかもしれないぜ!」

桐乃は、この幸せがずっと続くと思っていた。

半年前までは。

会所で、黎斗と元婚約者・卯月千梨(うづき せんり)が唇を重ねている現場を偶然見てしまったのだ。

問いただすと、彼の整った顔立ちは影に沈み、低く艶のある声が悠然と響いた。

「桐乃、上流社会の人間は、たまには味を変える必要があるんだ」

涙が止まらない。

「離婚しよう」

だが彼は、可笑しそうに笑みを歪め、執着の色を隠さず囁いた。

「だめだ。俺は同意しない。桐乃は俺の女だ、これからもずっと」

それでも桐乃は三度、離婚協議書を突きつけた。

一度目――

酔った彼に別荘の寝室へ閉じ込められ、五日四晩、ラブローション十本を使い切るまで。

二度目――

十鳥グループの圧力で市中の弁護士は誰一人、彼女の依頼を受けなかった。

三度目――

自ら書いた協議書を持って向かう途中、交通事故に遭った。

目を覚ますと、医師が告げた。

妊娠三週。

腹を撫でながら、ついに妥協した。

その時から黎斗は再び一途な夫に戻り、千梨の影は姿を消した。

「あの女なんか、取るに足らない小者だ」

黎斗はブドウの皮をむき、桐乃に食べさせながら、冷たく吐き捨てた。

けれど、桐乃の母の心臓手術の日。

彼はその「小者」のために、街中の医師を呼び寄せ、桐乃の母を死なせたのだ。

桐乃は崩れ落ち、彼を探して病室へ駆け込むと、そこで魂を打ち砕かれる真実を聞いてしまった。

「黎斗さん、ただの生理痛なんだから、大げさだよ。今日は桐乃さんのお母さんの心臓手術の日でしょ?桐乃さんも妊娠してるんだし……」

千梨の声は次第に小さくなり、潤んだ瞳が揺れていた。

「桐乃さんのお腹の子も、私の初めての赤ちゃんだから……」

頭が真っ白に爆ぜる。

黎斗の冷ややかな眼差しには愛情しかなく、千梨を抱きしめ優しく囁いた。

「桐乃が妊娠しにくいせいで、千梨に卵子を提供してもらい、試験管で子を作るしかなかった。十鳥家は、君に大きな恩を負っている。

彼女の母には最高の医師をつけた。心配するな。今日の俺は千梨のためにここにいる」

千梨は嬉しそうに彼に飛びついた。

病室の外で聞いていた桐乃は、氷の底に落ちたように震えた。

四ヶ月間大事に守ってきた命が、実は黎斗と千梨の子?

彼が引き留めた理由は、血の繋がらない子を産ませるため!?

黎斗、なんて酷い男だ!

心臓が裂けるように痛み、桐乃はふらつきながらその場を離れた。

白布をかけられた母の遺体を霊安室へ運ぶ途中、千梨と耳打ちして笑う黎斗とすれ違った。

千梨が無意識に視線をこちらに向けかけたが、黎斗は頭を動かさず、ただ彼女の目を覆い隠し、冷淡に吐き捨てた。

「死人だ、汚らわしい」

心臓を鋭く刺す。

桐乃には問い詰める力すら残っていなかった。

真実を知った瞬間、彼女の心臓はもう止まっていたのだ。

もう、二度と黎斗を愛したくない。

エレベーターが一階に到着し、スマホに一兆億円の入金通知が届く。

涙を拭い、外へ歩き出す。

だがその瞬間、冷たい銃口が後頭部に押し当てられた。

黎斗の低く掠れた声が響く。

「桐乃、俺が一番嫌う相手のところへこっそり行ったと聞いてる。説明は?」

桐乃は瞳を伏せ、胸に込み上げるのは酸っぱく苦い憤怒と虚しさ。

黎斗も、裏切られるのを嫌っていたのか。

だが彼は知ってるはずなのに。

高校三年、千梨の兄が酔って桐乃の父を轢き殺し、卯月家の権力で無罪になったことを。

千梨は学園で「桐乃が客を取っている」との噂をばらまき、桐乃の母をも殺すと脅したことを。

それで桐乃は優秀な成績を捨てて退学に追い込まれたことを。

それでも、彼は千梨と絡み続けた。

怒りの後に残るのは、どうしようもない無力感。

顔を上げ、空虚な声で答えた。

「説明なんて、ないわ」

黎斗は一瞬、虚を突かれたように目を見張る。

その瞳に、蒼白な彼女の顔と赤く潤んだ目が映っていた。

そしてふっと目を和らげ、銃を傍らのボディーガードに投げ渡した。

「ただの冗談だよ」

彼女を抱き寄せ、甘く囁く。

「桐乃が俺を一番愛してるって分かってる。お義母さんの手術の日なのに、俺は桐乃のそばにいなかったから、わざと鮫島のところに行ったんだろ?

ごめんな。罪滅ぼしに、お義母さんのため盛大な葬儀を手配した。今から一緒に行こう」

首筋に刻まれた愛の痕に、桐乃は心の中で冷笑する。

この男に償う資格なんてない。

そう吐き捨てたかったが、涙も叫びもせず、黙って車に乗った。

せめて母を静かに見送りたい。

黎斗という男とは、もう関わりたくない。

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