「お前は露店のチャーハン女で、あの狂った黎斗が落ちぶれていた三年間、ずっと支えてきた女だってことは、誰もが知ってる。あいつはお前を命より大事にしてる。偽装死させてあいつから離すことはできるが、リスクが大きすぎる。お前は俺に何を差し出せる?」十鳥黎斗(じゅうとり くろと)の宿敵・鮫島朔也(さめじま さくや)はブランデーを口に含み、鶴谷桐乃(つるや きりの)を見つめる眼差しに嘲弄を浮かべた。「鮫島さんがずっと欲しがっていたもの、私名義の十鳥グループ株の三割」桐乃はかすれた声で静かに言った。まるでスーパーの特売を口にするみたいに淡々と。「条件はひとつ。出発前に、中絶手術を一度手配してほしい」その一言に朔也は思わず息を呑み、嘲笑の色は瞬時に消え、驚愕だけが残った。「正気か?!最近の黎斗のそばには愛人がついてるだろ、元婚約者だった女だ。家が没落して水商売に流れたって。そもそも、上流社会の男に愛人や囲いがいるなんて珍しくもない。あの女が十鳥奥様の座を脅かすわけでもないんだろ?なぜ気にする?」なぜ気にする?桐乃のまつ毛がわずかに震えた。脳裏に母が昨夜、手術台で大出血を起こし、痛みに耐えきれず息絶えた惨状がよみがえる。心臓が刃で裂かれるように痛んだ。「嫌なら、別の人を頼むけど」冷気を纏ったように身を翻し、立ち上がって歩き出す。慌てて朔也は言葉を変え、株の譲渡契約書を差し出した。「一兆億円だ!すぐに口座に振り込ませる。偽装死も計画してやるよ。だが、中絶手術については……」桐乃は迷いなく署名し、そのまま出口へ向かった。ドアノブに手をかけた瞬間、朔也が胸の奥の疑問を投げかける。「いくら何でもお前の子供だろう、本当にいいのか?」その言葉は重い鉄槌のように彼女の心臓を打ち砕いた。顔色は苦痛に白く染まり、動きを止める。だが結局、何も言わずにドアを押し開け、去って行った。エレベーターの扉が閉じた瞬間、張りつめた冷静は音を立てて崩れ落ちた。五年前。十鳥家は破産し、黎斗の両親は悲惨な死を遂げ、黎斗自身も仇敵に襲われ瀕死の重傷を負って貧民街に逃げ込んだ。その時、声を失った母を抱え屋台でチャーハンを作っていた桐乃が、彼を救ったのだ。その後、十鳥グループが再上場を果たしたパーティーで。ある令
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