職人たちが工房に戻り、桜の心は久しぶりに温かい光に満たされていた。しかしその光が強くなるほど、現実の壁が作る影も濃くなるものだ。「お嬢、これだけの数の注文をこなすとなると、漆も金粉も、今までの問屋じゃとても足りんぞ」 源さんの言葉は、的を射ていた。桜はこれまでの取引先である材料問屋を訪ね、頭を下げて回った。「事情は重々承知しております。ですが、どうかそこを何とか……! 必ずお支払いはいたしますので、もう少しだけ、材料を融通していただけないでしょうか」「そう言われましても。申し訳ありませんが、実績のない工房さんを優先はできませんよ」「資金繰りが苦しいのですか。となるとやはり、今まで取引のないご新規さんですので、うちではちょっと……」 だが返ってくるのは、丁重であっても厳しい断りの言葉ばかりである。個人の小さな工房、しかも実績のない新しいブランドに、前払い無しで材料を下ろすリスクを許す問屋はなかった。(どうしよう。このままでは、せっかくの注文をお断りし続けるしかない) 成功の喜びは、日々の資金繰りの悩みという重いプレッシャーに変わりつつあった。◇ 桜は交渉に疲れ果てて、アパートへ戻った。 これから先のことを考えあぐねていた時、ピンポーンと古いインターホンが鳴った。(誰かしら?) 配達の予定はない。訝しみながらドアを開けた桜は、息をのんだ。 そこに立っていたのは、この古びたアパートには到底似つかわしくない、一人の美しい男だった。 長身で、完璧に仕立てられた上質なスーツを纏っている。艶のある黒髪は、明らかに東洋人の色だった。だが黒い睫毛の下にある瞳の色は、サファイアのような青。底冷えするような光をまとって、桜を射抜いている。 高く通った鼻筋、深く彫られた目元は西洋の骨格を思わせるのに、その佇まいにはどこか東洋的な静謐さが宿っている。西洋の彫刻と東洋の水墨画が、一つの肉体の中で奇跡的な調和を保っているかのようだった。 他を圧倒するエキゾチックな美しさと有
Last Updated : 2025-09-11 Read more