All Chapters of 捨てられた蒔絵職人は、氷のCEOと世界一のブランドを作ります: Chapter 31

31 Chapters

31:エピローグ

 ショーの成功から半年後の、春。 金沢のひがし茶屋街には、うららかな陽光が降り注いでいた。 桜と玲遠は、改修を終えた『西園寺工房』の前に立っている。かつて無情にも貼られいた『立入禁止』のテープは既になく、藍色の真新しいのれんが春風に揺れていた。 桜はきれいにクリーニングされた加賀友禅を身にまとっている。健斗に裏切られた絶望の夜に、雨と泥とに汚してしまった祖母の形見だ。 ショーでの成功で得たお金で、桜はまずこの着物のクリーニングを行った。 時間が経ってしまったせいで落ちない汚れもあったが、桜は大切に着物を使い続けている。 工房の中からは、職人たちの楽しそうな話し声と、道具が木を打つ小気味良い音が聞こえてくる。 春の草花の香りにまじって、馴染んだ漆の匂いがした。 桜は、磨き上げられた古い木の門柱にそっと手を触れる。昔と変わらない温かな感触に、万感の思いが込み上げた。(ただいま、おじいちゃん。私、帰ってきたよ) 心の中で語りかければ、祖父が笑ってくれている気がした。「行こうか、桜」「ええ、玲遠」 二人が工房に足を踏み入れると、そこは以前とは比べ物にならないほどの活気に満ちていた。 源さんたちベテラン職人の隣で、地元の高校を卒業したばかりの若い弟子たちが、緊張した面持ちで筆を動かしている。源さんが、若い弟子の一人の手を取り、筆の持ち方を根気よく教えていた。 その光景は、かつて祖父が幼い桜にしてくれたことと、全く同じだった。 壁には桜がパリで制作したモダンな作品と、源さんたちが作る伝統的な意匠の作品が、互いを引き立て合うように美しく飾られている。 どちらも甲乙つけ難く、若い弟子たちは憧れの目で作品を眺めていた。「お嬢、旦那様。おかえりなさいまし」 二人に気づいた源さんが、顔をほころばせた。自然な「旦那様」という呼び方に、桜の頬が熱くなる。「源さん、邪魔するよ。弟子たちの筋は、どうかな」 玲遠はもはや来客ではなく、家族のような穏やかな口調で応えた。「悪くねえ
last updateLast Updated : 2025-09-23
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