「いやいやいや!」予想外の話。しかし咄嗟に否定することはできた。「俺は妖魔なんて倒してません。俺が駆けつけた時には既に妖魔は退治されていて、残骸から吹き上がってる返り血を浴びただけなんです」そう。軍の兵士や街の皆にはそう説明した。自分が倒したなどと言ったら、それこそ怪しい奴と判断されて大変なことになる。「俺はお前が本当に倒したんじゃないかと思ってる」「ど、どうして」「初めて会った時、俺はなにかと衝突して階段から転落しただろう。その後、混濁した意識の中でずっと声を聴いていた」起きろ。目を覚ませ、と何度も呼ぶ声。口の中に響く甘い声は、千華とまったく同じだった。「少しずつだが思い出してきたんだ。お前に口付けをされてから、全身の痛みが薄れていった。夢か現か分からない状態でも、身体の内側でお前の熱を感じていた。肌を重ねてからは一層な。初めて抱いたとは思えない馴染み方だった」「そこら辺は省いてほしいんだけど……」「とにかく、お前には妙な力があると思っていたよ」紫弦は肩までかかる髪を後ろに払い除け、瞼を伏せた。「目覚めた時にお前が隣で倒れていて……不思議で仕方なかった。こんな綺麗な青年を見たのは本当に久しぶりだと思ったから……存外、既に一目惚れだったのかもしれないな」煽て過ぎだ。そしてどれも否定しなきゃいけないのに、言葉が中々出てこない。服を掴む手ばかり汗ばんでいく。「それに、お前に正義感があることはよく知ってる。泊まっていた宿を放火された時も、お前がすぐに教えてくれたから、俺も他の客達も助かった。一見女人のように華奢なのに、実は芯が強いところも尊敬している」「どうしたんだよ、急に。持ち上げないといけない病にかかってるのか」動揺を隠す為に、彼の話を一笑に伏す。立ち上がって小窓の外を眺めた。「俺はただの……どこにでもいる人間だよ」「違うな」問答無用という言葉が頭を過ぎる。いつもの猪突猛進な思考のせいかと思ったが、紫弦は確信に満ちた目をしていた。「それならお前はどこから来た? 親や兄弟、生まれた場所にしてきたこと。今細かく言ってみろ」「……」千華は拳を握って振り返った。心が波立っているせいで、もしかしたら睨んでしまったかもしれない。ただ問い掛けるのではなく、彼の質問の仕方はまるで責め立てるようだったから。「答えられないんだろ。それは
Last Updated : 2025-10-12 Read more