正対する陛下の隣にはひとりの女性が立っていた。以前来た時はいなかった為思わず見つめてしまうと、紫弦が俺の母上だ、と小声で囁いた。紫弦の母ということは、彼女がこの国の皇后か。威厳があってとても美しい女性だ。軽く頭を下げると微笑み返してくれた。紫弦のような青年を育て上げたのなら、彼女もきっと侠気に富んだ人なのだろう。「妖魔達の巣窟となっている荒山が南東にある。そのせいだと思うが、昔からこの国は妖魔が侵入して人を襲うことがあった。その度に何人もの犠牲を払って追い返してきたんだが……妖魔を凌ぐ力を持つ者がいればいいとずっと思っていたんだ。千華殿、我々の国を護ってはくれないか?」国王陛下は徐に立ち上がると、階段を下りて千華の目の前まで歩いてきた。「我々にはそなたが必要だ」千華の手を握り締め、深く頭を下げた。国王の振る舞いに、わずかに王室の空気が凍りつく。彼らが切羽詰まっていることは、千華も容易に想像がついた。人間だけの力で凶悪な妖魔に立ち向かうのは厳しいものがある。これ以上罪のない者の血が流れるなら、自分が少しでも役に立ち、彼らを護りたい。「身に余るお言葉です。非常に恐縮ではございますが……。先程も申し上げたとおり、私は修行中の身なので至らない部分が多いです。妖魔にも片手で祓える小物から、複数で挑まないと祓えないような大物がいますので、絶対とは言いきれません」「あぁ、それは分かっている。それでも構わんからここに居てほしい。城にも道士から術を学んだ神官がいるんだが、天気や運気を占ったりする程度のもので、神力を使うことができる者はひとりもいないんだ。そもそも我々は妖魔に対して無知で、それも問題だと思っていた。城や我が国民に、妖魔に関する知識を教えてくれるととても助かる」確かに、知識があるか否かで大きく運命が変わることがある。千華は頷き、深く頭を下げた。「……父上。妖魔祓いとして使役するにしても、あまり危険なことはさせないでほしい。千華は俺にとって大切なひとなんです」国王が踵を返そうとしたとき、紫弦は彼を引き止めた。そして千華の腕を掴む。「董梅達には話したんだが、俺は彼が運命の相手だと思ってる。……彼と一緒にいられるなら、どんなことでも引き受ける。王位も継く。でもできれば、弟が良いと思ってるんだ。政治関係は俺はからっきしだから」「運命って……お前、そ
Last Updated : 2025-10-22 Read more