晃はわずかに眉をひそめ、話題をそらすように声を冷たくした。「社内の噂は明日、俺がどうにかする。おまえは数日どこかで気晴らしでもして、また戻ってくればいい」結衣はさっきの晃を真似るように、鼻で笑った。「いいわ。退職届は書き直す。あなたがサインしようがしまいが、期日が来れば私はここを離れる」反論の隙を与えず、結衣はきっぱり背を向けてオフィスを後にした。ほどなくして、晃も足早に会社を出た。結衣は周囲の、ありやなしやの視線をやり過ごしながら、黙々と最後の引き継ぎに取りかかる。結衣は静かに最後の一週間を過ごしたかった。だが莉子は、それを許してくれなかった。また入院したのだ。晃は病室に付き添い、社内の噂はさらにひどくなる。中には「結衣が莉子を入院させた張本人だ」とまで言う者もいた。心底うんざりした結衣は、もうこれ以上耐える気力もなかった。自ら願い出て、一週間の地方出張に出ることにした。戻る頃にはちょうど期限で、そこからそのまま国外へ発つつもりだった。ホテルに着くと、結衣のスマホが鳴った。見知らぬ番号だったが、彼女は警戒もせずに応答した。電話の向こうから、怒気を帯びた晃の声が響いた。「結衣、俺をブロックしたな?」結衣は思わず笑いそうになった。もう一週間も経っているのに、いまになって気づいたということは――彼は一度も自分に連絡を取ろうとしなかった、ただそれだけの証拠だ。「午後はずっと飛行機に乗っていたの。明日は仕事もあるし、疲れてるからもう休むわ」そう言い残すと、結衣は晃の返事など待たずに通話を切り、その番号も即座にブロックした。スマホの電源を落とし、彼女は眠りについた。交流会で晃の姿を目にした瞬間、結衣は頭が真っ白になった。遠くから結衣を見つけた晃は、顔を曇らせ、背後で莉子が必死に引き止めるのも顧みず、晃は大股で結衣のもとへと歩み寄ってくる。一時は避けられても、永遠には逃げられない。結衣は落ち着いた様子で堂々と会場に入り、あたかもいま初めて晃に気づいたかのように装って、わざと驚いた声をあげる。「篠原社長、どうしてこちらへ?」「お前……」「大澤社長、こちらは当社の篠原社長です。本日はわざわざ、御社との協力のお話にいらしてくださいました」結衣は横目で晃を制し、背後から入ってきた協力会社の社長、
Read more