結衣は机の上のみかんを手に取り、皮をむきながら尋ねる。「お母さまの手術、いつのご予定ですか?」圭吾は椅子に腰を下ろし、結衣の緊張をわざと口にせず、ただ黙って彼女が白い筋を取っていく手つきを黙って見つめていた。「来週の月曜だ」「あの、病気のほうは……」結衣は言葉を選びながら口を開いた。うっかりすれば、彼の痛いところを突いてしまう気がした。だが圭吾は気にも留めないように言う。「大丈夫。君も調べたろう?手術を済ませて、きちんと治療を続ければ、孫を抱くまで生きられるさ」その一言に、結衣はむせた。咽に入った水が逆流し、口を押さえたまま咳が止まらない。顔まで真っ赤に染まった。圭吾はすぐに立ち上がり、片手で背を優しくさすり、もう一方の手で水の入ったコップを差し出し、結衣の口もとへそっと寄せた。「少しずつ飲んで、落ち着いて」結衣は差し出された手に添って水を含み、どうにか咳を収めた。気づけば、結衣の手の中のみかんは無残に潰れていた。圭吾はそれをそっと取り上げ、ウェットティッシュで彼女の指先をていねいに拭ってやった。結衣はどうにも居心地が悪くて、思わず手を引こうとした。だが圭吾に押さえられた。「動かないで。すぐ終わる」結衣は身をこわばらせたまま、拭き終わるのを待った。解放されると、あわてて両手を掛け布団の中へ隠す。もう二度と掴まれまいと、出してこようとしない。圭吾は思わず笑って、椅子に戻った。「君、篠原晃とは別れたんだろう」晃の名を聞くだけで胸の奥がざわついたが、圭吾の言い切る調子に、結衣は目を瞬かせた。「どうして、そんなに確信があるの?」圭吾は口元をわずかにゆがめ、まるで結衣がうっかり引っかかったと言わんばかりの顔つきで言う。「最初は確信がなかった。だが、君の表情を見て確信した」ふたりはそれ以上、言葉を交わさなかった。けれど、部屋に満ちていた気まずさは薄れ、代わりに静かな安堵が漂っていた。そんな空気に包まれているうちに、結衣はいつの間にか眠りに落ちていた。目を覚ましたときには、すでに外は闇に沈んでいた。ソファには圭吾の母が腰かけ、声をひそめて圭吾と何かを話している。最初に結衣の気配に気づいたのは圭吾だった。圭吾の母もすぐに話を切り上げ、弁当箱を手に寄ってくる。「結衣、目が覚めた
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