菖蒲は娘に絵美と名付けた。その名には、絵のように美しく、いつも笑顔の絶えない、幸せな人生を送って欲しいという、願いが込められていた。絵美が1歳になった時、菖蒲と健太は彼女を連れて帰国し、盛大な誕生日パーティーを開いた。ワインレッドのロングドレスを身に纏った菖蒲は、息を呑むほど美しかった。健太は彼女のそばに寄り添い、隠すことなく愛情を注ぐ視線を向けていた。二人が並んで立つ姿は、誰が見ても理想の夫婦そのものだった。蓮司は宴会場の隅に立ち、遠くからその様子を見ていた。彼は1年前より痩せ、眉間に深い皺が刻まれていたが、どこか大人びて見えた。菖蒲は変わっていた。より美しく、強く、そして……より遠くの存在になっていた。彼女の傍らには、もう別の男がいた。心臓を鷲掴みにされたように、息もできないほど胸が痛んだ。健太が菖蒲にシャンパンを運ぶ姿、そして、彼に向ける菖蒲の眩しいほどの笑顔。それは、今まで見たことのない、心からの安らぎと幸せに満ちた笑顔だった。それを見て、蓮司は悟った。自分と離れて、彼女は本当に幸せに暮らしているんだと。顔を上げると、蓮司と菖蒲の視線が合った。蓮司は深呼吸をし、スーツを整えて、グラスを手に取り、二人に近づいていった。高価な贈り物と、ずっと延び延びになっていたサイン済みの離婚届を渡した。「これ……離婚届だ。もうサインは済ませてある。慰謝料として、藤原グループの株式の半分を譲渡する。せめてもの……償いだ」菖蒲は受け取らず、軽く一瞥しただけだった。健太は一歩前に出て、書類を受け取り、冷淡な口調で言った。「藤原社長、お気遣いありがとうな。だが、菖蒲にはお金は必要ない」蓮司の視線は、菖蒲が抱いている可愛らしい女の子に注がれた。「子供を……見せてくれないか?」かすれた声には、懇願するような響きがあった。菖蒲は少し黙り込んでから、頷いた。蓮司は健太から、小さくて柔らかな赤ちゃんを受け取った。赤ちゃんは菖蒲と同じ美しい瞳で、不思議そうにこっちを見ていた。熱いものが込み上げてきて、気づけば涙が赤ちゃんの産着に落ちていた。自分の娘なのに、その成長を見守る資格を、自ら手放してしまったのだ。彼はなかなか手放せないで、子供を抱きしめていた。パーティーが始まり、健太は子供を抱
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