All Chapters of 運命の赤い糸、光のように消えた: Chapter 21 - Chapter 23

23 Chapters

第21話

菖蒲は娘に絵美と名付けた。その名には、絵のように美しく、いつも笑顔の絶えない、幸せな人生を送って欲しいという、願いが込められていた。絵美が1歳になった時、菖蒲と健太は彼女を連れて帰国し、盛大な誕生日パーティーを開いた。ワインレッドのロングドレスを身に纏った菖蒲は、息を呑むほど美しかった。健太は彼女のそばに寄り添い、隠すことなく愛情を注ぐ視線を向けていた。二人が並んで立つ姿は、誰が見ても理想の夫婦そのものだった。蓮司は宴会場の隅に立ち、遠くからその様子を見ていた。彼は1年前より痩せ、眉間に深い皺が刻まれていたが、どこか大人びて見えた。菖蒲は変わっていた。より美しく、強く、そして……より遠くの存在になっていた。彼女の傍らには、もう別の男がいた。心臓を鷲掴みにされたように、息もできないほど胸が痛んだ。健太が菖蒲にシャンパンを運ぶ姿、そして、彼に向ける菖蒲の眩しいほどの笑顔。それは、今まで見たことのない、心からの安らぎと幸せに満ちた笑顔だった。それを見て、蓮司は悟った。自分と離れて、彼女は本当に幸せに暮らしているんだと。顔を上げると、蓮司と菖蒲の視線が合った。蓮司は深呼吸をし、スーツを整えて、グラスを手に取り、二人に近づいていった。高価な贈り物と、ずっと延び延びになっていたサイン済みの離婚届を渡した。「これ……離婚届だ。もうサインは済ませてある。慰謝料として、藤原グループの株式の半分を譲渡する。せめてもの……償いだ」菖蒲は受け取らず、軽く一瞥しただけだった。健太は一歩前に出て、書類を受け取り、冷淡な口調で言った。「藤原社長、お気遣いありがとうな。だが、菖蒲にはお金は必要ない」蓮司の視線は、菖蒲が抱いている可愛らしい女の子に注がれた。「子供を……見せてくれないか?」かすれた声には、懇願するような響きがあった。菖蒲は少し黙り込んでから、頷いた。蓮司は健太から、小さくて柔らかな赤ちゃんを受け取った。赤ちゃんは菖蒲と同じ美しい瞳で、不思議そうにこっちを見ていた。熱いものが込み上げてきて、気づけば涙が赤ちゃんの産着に落ちていた。自分の娘なのに、その成長を見守る資格を、自ら手放してしまったのだ。彼はなかなか手放せないで、子供を抱きしめていた。パーティーが始まり、健太は子供を抱
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第22話

結婚式の前日、雲一つない晴天だった。式場の芝生では明日の式典の準備が最終段階を迎えていて、辺りには幸せな雰囲気が漂っていた。そんな中、思いもよらぬ出来事が起こった。一台の車が、何の前触れもなくバリケードを突き破り、芝生の上で蝶々を追いかけている絵美に向かって、猛スピードで突っ込んできたのだ。運転席には、渚がいた。どこからか逃げ出してきたのか、やつれた様子で、長い髪はボサボサ、顔には狂気じみた笑みを浮かべ、明らかに正気ではなかった。「菖蒲!全部あんたのせいだ!あんたが私の人生をめちゃくちゃにした!あんたにも愛するものを失う苦しみを味わわせてやる!死ね!みんなまとめて死ね!」渚の甲高い叫び声が、静寂を切り裂いた。菖蒲は健太と招待客リストを確認していた。そして、この光景を目にし、血の気が引いた。「絵美!」菖蒲は駆け寄ろうとしたが、距離がありすぎて、間に合わない。その瞬間、一人の人影が飛び出し、絵美をしっかりと抱きしめた。蓮司だった。耳をつんざくような衝突音の後、蓮司は血まみれになって倒れ、両足はぐちゃぐちゃになっていた。渚の車は、飾り噴水に衝突し、停止した。駆けつけたボディーガードに取り押さえられた渚は、それでもなお、「どうして!どうしてまたあんたなの!蓮司、この役立たず!死ぬまで菖蒲をかばうつもりなの!」とわめき散らしていた。倒れた蓮司は、みるみるうちに白いシャツを赤く染めていった。菖蒲は、ただ呆然と彼を見つめていた。「蓮司!」思わず、彼の名前を叫んでいた。蓮司は菖蒲を見て、微笑んだ。「菖蒲……やっと……名前を呼んでくれたか……」震える手で菖蒲の顔に触れようとしたが、力なく腕は落ちていく。「怖がるな……絵美が無事で……よかった……」そう言うと、蓮司の意識は闇に沈んでいった。数時間に及ぶ手術の末、命は救われた。しかし、両足は粉砕骨折で神経を酷く損傷し、二度と立つことはできない。残りの人生を、車椅子で過ごすことになるのだ。病室の外に立つ菖蒲は、かつてはあんなにも輝いていた蓮司が、今、ベッドの上で弱々しく横たわっているのを見て、複雑な思いが胸をよぎった。恨みや憎しみは、この瞬間、どうでもよくなった気がした。健太が菖蒲の手を握り、「中に入ってみるか?」と尋ねた。
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第23話

その後、菖蒲は蓮司に会いに行った。病室で、彼は車椅子に座り、窓の外を眺めていた。後ろ姿はどこか寂しげだった。「来たんだな」彼は振り返らなかった。「絵美を助けてくれて、ありがとう」菖蒲は静かに言った。「俺の娘でもあるからな」蓮司の声は落ち着いていた。「俺にできることは、これしかなかった」二人はしばらく黙っていた。そして、菖蒲が口を開いた。「私、結婚するの」蓮司の体は一瞬硬直したが、すぐに諦めたように笑った。「知ってる。彼はお前によくしてくれる」「ええ」蓮司は少し沈黙した後、何かを決意したように、ポケットから小さなビロードの箱を取り出し、ベッド脇のテーブルに置いた。「これ……返しておく」菖蒲はその箱に視線を落とし、胸が少し高鳴った。彼女が箱を開けると、中にはかつて引き裂かれたお守りが静かに横たわっていた。それは修復されていた。国内の熟練した職人によって、特別な技で、引き裂かれたお守りが修復されていた。蓮司は菖蒲の顔をじっと見つめ、震える声で、希望を込めて言った。「菖蒲、最高の職人を探して、長い時間をかけてやっと直したんだ。俺が悪かった。本当にすまなかった。このお守りのように、俺が君の心を傷つけたから、君はそれを引き裂いたんだね。でも見てくれ、直っただろう……俺たちだって……」しかし、菖蒲の静かな瞳を見た瞬間、彼の言葉は途絶えた。菖蒲はお守りを手に取った。指先には、少しざらついた感触が伝わってきた。彼女はお守りをじっくりと眺め、それから静かに首を振った。「綺麗ね。前よりもっと素敵かもしれない。でも、一度壊れたものは壊れたままなの」菖蒲は小さく笑った。「知ってる?あの時、私はお願いしたの。あなたに愛してもらえるようにって。でも、神様も叶えてくれなかった」彼女は顔を上げ、後悔に満ちた蓮司の目をまっすぐに見つめた。「だから、蓮司、私たちには縁がなかったのよ。このお守り、確かに大切にしていた。でも、どんなに修復しても、引き裂かれた痕跡は消えない。触るたびに、見るたびに、どうやって壊れたかを思い出すだけ。もう……戻れないのよ」菖蒲はお守りを静かに箱に戻し、蓮司の方に押しやった。「過去と一緒に、ここに置いておくわ」「戻れないか……」蓮司はその言葉を呟き、まる
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