「ですが、だからこそ心配なのです。彼女は真面目すぎるあまり、一つのことに集中すると、周りが見えなくなりがちでして……。私が以前、彼女の指導係をしていた頃も、そうやって一人で突っ走っては、何度も壁にぶつかっていました。そのたびに、私が陰でフォローに走っていたのですが……」 翔のセリフに美桜は絶句した。 違う。翔が言っているのは、美桜が彼のゴーストライターとして無茶な要求に応えるために、一人で無理をしていた時のことだ。翔はその事実を巧妙に捻じ曲げて、美桜を「暴走しがちな若手」、自分を「それを必死に支えてきた、懐の深い先輩」として、物語をすり替えているのだ。 翔は決定的な一言を田中取締役に告げた。いかにも偽善に満ちた、悲劇のヒーローのような口ぶりだった。「彼女のその情熱が、今は如月社長という外部の人間の、過激な意見に煽られている。私は彼女が間違った方向に進んでしまうのが、ただただ、心配でならないのです。彼女を守るためにも一度、冷静になる時間が必要だと、私も思います。取締役のご懸念は、ごもっともです」 美桜は、全身から血の気が引いていくのを感じた。 翔のこの発言は、美桜を「心配している」という体裁を取りながら、彼女を「若く経験不足で、感情的になりがちな女性リーダー」という型に嵌めることで、論理的な反論を完全に封じ込める、極めて巧妙で悪質な罠だった。 これ以上反論すれば、それこそ「周りが見えなくなっている、感情的な女」という彼の筋書きを、自ら証明することになってしまう。 この会議は仕組まれていた。最初から結論ありきだったのだ。 美桜は唇を噛み締め、俯くことしかできなかった。 田中取締役は机を叩いて、最終決定を言い渡す。「佐伯君の言い分はよく分かった。このままでは、高梨君にプロジェクトを任せることはできん。荷が重すぎたのだ。よって追って通知があるまで、君のリーダーとしての権限を一時的に凍結する。その間プロジェクトの監督役として、経験豊富な佐伯課長にオブザーバーとして入ってもらう。いいね、高梨君」「な……!」
Last Updated : 2025-10-16 Read more