All Chapters of ワンナイトから始まる隠れ御曹司のひたむきな求愛: Chapter 81 - Chapter 90

154 Chapters

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「確かに、簡単なことばかりではないわ。古い考え方の人もいるし、悔しい思いをすることもある。でもそれ以上に、性別や年齢に関係なく、出した成果を正当に評価してくれる人もたくさんいる。一番大事なのは、どんな状況でも自分の仕事に誇りを持つこと。そうすれば、必ず見ていてくれる人がいるわ」(陽斗君みたいにね) 美桜は心の中で付け足した。 美桜の言葉には、困難を乗り越えてきた者だけが持つ、しっかりとした重みと優しさがあった。  彩花はメモを取るのも忘れて、ただ憧れの眼差しで目の前の美しい先輩を見つめていた。  蒼也もどこか眩しいものを見る瞳で、美桜を眺めている。「……ありがとうございます! すごく勉強になりました!」 彼女はスマホ閉じると、それまでの真剣な表情から一転、いたずらっぽい笑みを浮かべた。「さて、OG訪問はこれでおしまい、と。それで、本題ですが――」「本題?」 美桜が首を傾げると、彩花は身を乗り出した。カフェテーブルの上のコーヒーカップがカタンと揺れる。「美桜さんってまさか、うちの猫のミオの名前のもとになった人ですか? 兄が高校の時からずっと片思いしていたっていう」「えっ!?」 美桜は突然の暴露に、思考が停止した。「彩花! お前、何を言ってるんだ!」 蒼也が慌てて止めようとしている。顔が真っ赤だ。  だが彩花は全く気にせずに、むしろ勢いをつけて続けた。「ねえ美桜さん、うちの兄貴はおすすめ物件ですよ。頭はいいし、お金もある。けっこうイケメンで、会社は将来有望。それなのに恋愛は堅物で、浮気の心配もない。初恋の人の名前を猫につけるとか、ちょっと引くところもあるけど、悪い人間じゃないし? ねえ、どうかな?」 彩花がセールスマンのように兄の美点を(少々余計な情報も交えながら)強引にアピールする。蒼也は「やめろ!」「もう帰るぞ!」と、妹を必死で止めようとしていた。 蒼也はついに「美桜さん、すまない!」と叫びながら、まだ何か言いたそうにしている彩花を、文字通り引きずるようにして席を立たせた。
last updateLast Updated : 2025-10-27
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83:仕組まれた傷

 プロジェクトは順調に進んでいたが、チーム内での翔の孤立は決定的となっていた。 翔は既に後ろ盾である田中取締役の支持を失っている。度重なる失態と美桜の支援を受けられなくなったことで、本来の営業の成績も右肩下がりだ。 玲奈は取り巻きを失って、一人でつまらなさそうに過ごす時間が増えた。 翔は会議で発言することもない。ただ腕を組んで、美桜たちが議論を進めるのを苦々しい表情で見ているだけだった。 そんな中、次の戦略の基盤となる重要な市場分析データの収集・分析という、手間のかかるタスクが発生した。誰もがやりたがらない仕事だったが、翔が自分から手を挙げた。「高梨リーダー、俺に任せてください。これまでの遅れを取り戻したいんです」 殊勝な態度に、チームのメンバーは「さすが佐伯課長。彼はデータ分析も得意だったな」と感心している。だが彼のデータ分析は美桜がゴーストライターをしていたからで、決して得意でも何でもない。玲奈に至っては言うまでもない。 だから美桜と陽斗は、違和感を覚えていた。「先輩。どう思います、あれ?」 陽斗が小声で言えば、美桜も小さく頷いた。「怪しいわね……。何かまた、良からぬことを企んでいるわけじゃないと良いけど」 だが、面と向かって「お前は怪しいから任せられない」とは言えない。他のチームメンバーの手前もある。あまり表立って和を乱すわけにはいかないのだ。 最近こそぱっとしないが、翔が営業面で優れた手腕を持つのは本当である。 美桜と陽斗は、警戒しながらもデータ収集・分析のタスクを一任することにした。◇ 提出期限の直前になって、翔は膨大なデータを共有サーバーにアップロードしてきた。「完璧なものができたぞ。受け取ってくれ」 そう言って笑う彼の姿は、一見すれば営業部のエースの自信に満ちたもの。 美桜が中身をざっと確認すれば、確かによくまとまっていた。グラフは見やすく、各種のデータは揃っていて、結論ももっともらしい。 だが、このデータには裏があった
last updateLast Updated : 2025-10-28
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 美桜はデータを受け取って、出来栄えに安心したようだった。「ありがとう。助かったわ。ここまでのものを作るのは、大変だったでしょう」 素直に礼を言う彼女を内心で馬鹿にしながら、翔は答えた。「何、どうってことないさ。このプロジェクトは我が社の社運を賭けたものだからな。失敗は許されない」(失敗するのはお前だがな!) 内心でせせら笑う。「これを使って戦略方針をまとめて、チーム全員に共有するわね。来週の定例報告で使うわ」「ああ、頼んだ」 PCに向かう美桜を横目に、翔は歪んだ笑みを噛み殺しながら自分の席に戻っていった。◇ 美桜は翔のデータをもとに方針をまとめて、資料ファイルを作った。「さて。これをみんなに共有して、と」 しかし送信ボタンを押す直前、背後から陽斗が「先輩、待ってください」と声をかけた。 美桜が振り向けば、陽斗は深刻な顔をしている。「すみません、気のせいかもしれませんが……。このデータ、数字は合っているのに、導き出される結論が、俺たちが今まで積み上げてきたものとあまりにも違いすぎる。何かがおかしいです」 彼の直感が、仕組まれた罠の存在を告げていた。 ◇  陽斗の指摘を受けて、美桜はチーム全員への資料共有を中止した。 時刻は既に終業時間を過ぎ、他のメンバーは「お先に失礼します」と次々と帰宅していく。しかし美桜と陽斗だけはプロジェクトルームに残り、翔が作成した膨大なデータの検証作業を開始した。「すみません、先輩。これといった根拠がないのに、大変な作業をすることになって」「いいのよ。このプロジェクトに失敗は許されない。翔の過去のこともある。念には念を入れましょう」 美桜は心のどこかで「翔を信じたい」という気持ちと、「陽斗の直感は正しい」という気持ちの間で揺れていた。 陽斗は、彼の直感が正しいと確信している。翔の卑劣なやり口に対する
last updateLast Updated : 2025-10-29
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「見てください。売上は、現地通貨のバーツで計上した後、一度米ドルに換算しています。ここまでは正しい。ですが、そのドルを日本円に換算する際の為替レート……彼が参照しているのは、現在のレートじゃありません」 陽斗が数式をさらに展開すると、その参照元が明らかになった。「これは……5年前の為替レートだ。様々な政策が絡み合って、記録的な円高だった時の」 美桜は絶句した。「5年前? じゃあ、1ドル110円とか、そのくらいのレートで計算してるっていうの!?」「その通りです。現在の1ドル150円で計算すれば、利益は1.5倍近くになるはず。彼は、一つ一つの数字は嘘をついていない。ただ、その数字を組み合わせるための『物差し』だけを、こっそり不正なものにすり替えていたんです。しかもその物差しも、ドル以外の通貨を挟むことで分かりにくくして。これではどんなに有望なプロジェクトも、赤字事業にしか見えません」 美桜の分析能力を逆手に取った、巧妙で卑劣な罠だった。  ただの入力ミスではない。明確な悪意を持って仕組まれた、データの瑕疵(かし)。(翔がわざと仕込んだのは、間違いない、か……) 美桜は、翔への最後の信頼が完全に断ち切られたことへの深い悲しみと、裏切りへの怒りで手を握りしめた。「他にも間違いがないか、よく確かめなければ」 陽斗が言って、美桜は頷く。  深夜まで続く共同作業の中で、強い信頼で結ばれた「相棒(パートナー)」のような、特別な連帯感が生まれていた。ただの恋人ともまた違う、互いに背中を預け合うような関係。 やがて疲労がピークに達した美桜は、椅子に座ったまま、こくりと船を漕ぎ始めた。何度もハッと目を覚ますが、そのうち眠りに落ちてしまう。 陽斗は自分のジャケットを脱ぐと、起こさないようにそっと彼女の肩にかけた。静かなオフィスに、美桜の寝息だけが響く。 陽斗はその寝顔を、慈しむような、何かを決意したような、力強い目で見つめていた。(こんなになるまで、一人で頑張らせてしまって。すみません、先輩) 彼は美桜の額にかかった一筋の髪を、
last updateLast Updated : 2025-10-30
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86:敗北

 翌朝、定例報告会議が開催された。  一条社長以下、三ツ星商事の主だった重役の他、キサラギ・イノベーションズのメンバーも揃う重要な会議である。 翔と玲奈は美桜が仕掛けた罠に気づかず、誤った戦略を発表するものと信じ込んで、内心でほくそ笑んでいた。  対照的に、陽斗と深夜まで作業した美桜は、寝不足で目の下に隈を作っている。けれど表情は晴れやかで、どこか覚悟を決めたような、凛とした空気をまとっていた。 やがて、美桜が報告のために立ち上がった。彼女は堂々とした態度で口を開く。「昨夜、佐伯課長から提出いただいたデータを精査したところ、いくつか『興味深い点』が見つかったため、修正しました。本日は、その修正後のデータに基づく戦略をご報告します」 美桜はスクリーンに資料を映し出した。  翔が仕掛けた為替レートの罠の全てを明らかにして、赤入れで修正したビフォーアフターのものだ。  左には赤字プロジェクトであることを示す、翔の出した結論。  右には正しいレートで計算された、大幅な黒字を見込める真実の結論。「これは……」「何ということだ……」 会議室は静まり返った。誰もが単なるミスではなく、意図的な妨害工作であったことを理解したのだ。  役員の一人が、険しい声で翔に問う。「佐伯課長、これは一体どういうことかね?」(クソッ! 美桜の奴、あれを見破りやがった!) 翔が答えに窮していると、陽斗が、完璧なタイミングで助け舟(という名の、とどめの一撃)を出した。  彼はにこやかな笑顔を浮かべているが、その目は一切笑っていない。「ええ。5年も前の為替レートを参照するなど、非常に巧妙な手法でした。ですが高梨リーダーの鋭い分析力の前では、このような小細工は通用しません」 陽斗は美桜を「鋭い分析力を持つリーダー」として称賛すると同時に、翔を「小細工を弄する小物」だと断罪していた。 部屋の全ての視線が、顔面蒼白になった翔に突き刺さる。彼はチーム内で「リーダーの足を引っ張る、無能で卑劣な男」という、これ以上ない不名誉
last updateLast Updated : 2025-10-30
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87:3人の関係

 データ改竄(かいざん)事件から数日後、プロジェクトの定例会議が開かれた。  先日の一件で翔は完全に信頼を失って、会議の隅で小さくなっている。玲奈も不機嫌な表情で黙ったままだ。 対照的に美桜と陽斗は、困難を共に乗り越えた「相棒」。息ぴったりのコンビとして活躍していた。 美桜は陽斗の隣にいると、不思議と心が落ち着くのを感じる。陽斗も美桜のリーダーとしての成長を、誇らしい気持ちで見守っていた。 会議が終わり、メンバーが席を立ち始める。オンラインで参加していた蒼也が美桜に声をかけた。「高梨さん、先日のデータ改竄の件、見事だったね。君と一条君の連携は完璧だった。聞いていて、胸がすくようだったよ」 純粋な称賛だった。それから彼は少しだけ、プライベートな響きを声に含ませる。「それと以前、妹が世話になった件もある。改めて、僕から礼をさせてくれないか。次の戦略について、ランチでもしながら話したい」 蒼也の言葉は業務上の提案と妹の件のお礼という、断りようのない口実だった。  そのやり取りを、陽斗は黙って聞いていた。その横顔は嫉妬を通り越して、「好敵手(ライバル)」の登場を前にした、闘志のようなものが燃えている。彼はもうただの「後輩」ではない。美桜を守り、勝ち取ろうとする一人の男だった。 美桜は、蒼也の誘いをプロジェクトのリーダーとして断ることはできない。「はい、ぜひ」と彼女が答えると、モニターの向こうで蒼也が満足げに微笑んだ。 ◇  会議が終わって、美桜と陽斗は営業企画部に戻る。陽斗は何も言わない。沈黙が、彼の複雑な心情を物語っていた。 美桜は、改めて自分が置かれている状況を自覚する。 陽斗――絶望のどん底から自分を救い、献身的に支えてくれる、情熱の騎士。  蒼也――自分の才能を認め、対等な立場で新しい世界を見せてくれる、知性の騎士。(私は、どうしたら……) リーダーとして、一人の女性として、二人の優秀なパートナーからの信頼と好意に、真剣に向き合わなければならない。  いつかは二人のうち
last updateLast Updated : 2025-10-31
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 プロジェクトが順調に進んでいる、ある平日の昼休み。蒼也に指定されたのは、彼のオフィスにも近い、高層ビルの最上階にあるモダンフレンチのレストランだった。 美桜が到着すると、蒼也は先に席に着いて窓の外の景色を眺めていた。「お待たせしました」 美桜は声を掛ける。すると彼は立ち上がり、極めてスマートな仕草で彼女の椅子を引いた。自然なエスコートに、美桜は少しだけ戸惑ってしまう。「ごめんなさい、遅れてしまって」「いや、僕が早く着きすぎただけだよ。君との食事は、いつも待ち遠しいからね」 冗談なのか本気なのか、クールな表情からは読み取れない。「先日の定例報告会、お疲れ様。君がリーダーとして、あれだけの大所帯をまとめ上げているのを見て、正直、感心したよ」 彼の言葉は社交辞令ではなく、純粋な賞賛の響きを持っていた。「ありがとう。でも、まだまだよ。特にうちの会社の古い体質には、手を焼いているわ。新しいことを始めるのには、いつも大きな抵抗が伴うから」 彼女は、今までも翔が会議で横槍を入れてきたことを、それとなく匂わせた。蒼也は察する。「ああ、何人かいたね。過去の成功体験に固執して、変化を恐れる人たちが。だが君の提示したデータと、一条君のサポートは完璧だった。あの二人の連携の前では、旧世代の精神論など、何の役にも立たないだろう。実際、君たちはあのデータ改竄を見破ってみせた」 彼は、陽斗の能力も正当に評価してみせた。その公平な視点に美桜は感心する。「陽斗君には、本当に助けられているわ。彼がいなければ、私はリーダーとして、ここにいなかったかもしれない」「彼は、君を支える素晴らしいサブリーダーだ。だがプロジェクトのビジョンを描き、最終的な決断を下すのは、リーダーである君の役目だ。僕たち――キサラギ・イノベーションズ――がこのプロジェクトに参画を決めたのは、一条君のためではない。君の、あの卓越した分析能力とビジョンを信頼したからだよ」 蒼也の言葉は、美桜のリーダーとしての自信を強く肯定するものだった。 美桜は嬉しくなって微笑む。
last updateLast Updated : 2025-11-01
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「え? どう、って……」「君ほどの手腕があれば、今の会社だけが選択肢ではないはずだ。例えば僕の会社で、僕の隣で、新しいものを作るという未来もある」 彼の言葉は、以前のようなスカウトではなかった。二人の未来を共に歩むという、甘い響きを伴ったパートナーへの誘い。「それは……」 美桜が言葉に窮していると、蒼也は、困らせるつもりはなかった、とでも言うように、ふっと笑みを漏らした。「まあ、焦って答えを出す必要はないさ。……少し、個人的な質問をしてもいいかな」「何かしら?」「美桜さんは、あの一条君と付き合っているのかな?」 直接的な問いに、美桜はどきりとする。「……いえ。付き合っているわけではないわ。ただ、とても良くしてもらって、何度も助けてもらっているから」「そうか。では君の気持ちはただの感謝で、恩返しをしたいと思っていると?」「え……」 感謝しているのは確かだ。けれど、ただの「恩返し」と言われると、違うと叫びたくなった。だが陽斗は大切な後輩で、ただでさえ一夜の過ちという大きな負い目がある。彼に心惹かれているなんて、軽々しく口には出せない。 美桜が答えに詰まっていると、蒼也はそれ以上追及しなかった。「まあ、この話はこれくらいにしよう。それより、妹の彩花が、君のことをすっかり気に入ってしまってね。『美桜さんみたいな先輩になりたい!』と息巻いていたよ」 蒼也は巧みに話題を切り替える。けれど彼の探るような鋭い視線は、美桜の心の迷いを見透かしているようだった。 美桜は心の整理がつかないまま、蒼也の話題に乗ることにした。 少しだけ無理をして微笑みを浮かべてみせる。「ふふっ、嬉しいわ。彩花さん、とても優秀な学生さんだもの。将来が楽しみね」「ああ。ただ、一つだけ困ったことがあるんだ」「困ったこと?」「彩花のやつ、僕の猫の『ミ
last updateLast Updated : 2025-11-01
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90:ダブルデート?

 金曜の終業後。オフィスの中は、一週間を無事に終えた開放感で満たされている。 社員たちが飲み会の予定や週末の話をしている中、陽斗が美桜に話しかけた。「先輩。週末はご予定、ありますか? もしよければ僕と、どこかに出かけませんか」「えっと……」 美桜は言い淀んでしまった。週末は蒼也と約束がある。 だが、陽斗にその話をしていいものかどうか。 少し悩んだ後、隠すことではないと思い直して、美桜は口を開いた。「週末は、如月社長のお宅に行こうと思ってるの。妹さんと、猫のミオちゃんに会う約束があって……」「……部屋に、行くんですか?」 陽斗の笑顔が固まって、声が少しだけ低くなった。彼の動揺を美桜ははっきりと感じ取る。慌てて付け加えた。「あ、いや、妹さんも一緒だから! やましいことなんて、何もないわよ!」「なるほど、そういうことでしたか」 その言葉を聞いて、陽斗は少しだけ安堵したように見えた。しかし次の瞬間、彼はとんでもないことを言い出した。「じゃあ、俺もついて行っていいですか?」「えっ!? だ、だめよ! 突然押しかけたら、ご迷惑になるでしょう」「先輩が他の男の部屋に行くの、俺は嫌です。猫と妹さんが一緒でも、心配なんです。お願いです、連れて行ってください」 陽斗のいつになく頑固な表情。彼の子供のような独占欲と、真剣な心配が入り混じった表情に、美桜は「ダメ」と言い切れなくなってしまった。◇ 週末、蒼也の住む、都心の高級マンションの一室。 リビングの大きな窓からは、東京の絶景が一望できる。今は昼間だが、夜になれば素晴らしい夜景が見えるだろう。 蒼也はその景色に背を向けて、キッチンで豆から挽いたコーヒーを、一滴一滴、丁寧にハンドドリップしている。その真剣な横顔は、精密機械を操る科学者のようだった。 ソファの上では妹の彩花が、兄の愛猫である美しいメインクーン――ミオ
last updateLast Updated : 2025-11-02
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「……違う。僕は、いつでも完璧を追求しているだけだ」「はいはい。それで、その完璧なコーヒーを淹れて、美桜さんをおもてなしする、と。……言っておくけど、私は適当なところで帰るからね。後は美桜さんとうまくやってよ? ライバルがいるんでしょ?」 図星を突かれ、蒼也はわずかに眉をひそめる。「余計なお世話だ。そもそも、今日はお前のOG訪問のお礼が目的で……」 ピンポーン。 蒼也の言い訳を遮るように、軽快なインターホンの音が響いた。 マンションの入口モニタに美桜が映っていたので、ロックを解除する。 彩花が「はいはーい、主役のご登場です!」と楽しそうに言う横で、蒼也は一度、大きく深呼吸をした。そして、いつものクールで完璧なポーカーフェイスを貼り付けて、玄関のドアへと向かった。 ドアを開けると、少し緊張した面持ちの美桜が立っていた。 そして彼女の背後から、なぜか陽斗が気まずそうに顔を覗かせた。 蒼也と彩花は、予想外の「招かれざる客」の登場に一瞬固まった。 蒼也はすぐにクールな表情に戻り、「一条君もようこそ」と、大人の対応で彼を迎え入れる。「こんにちは、蒼也君、彩花ちゃん」 美桜の挨拶に、彩花はぺこりと頭を下げた。「こんにちは、美桜先輩。この間はありがとうございました。おかげさまで、改めて三ツ星商事に入社したいと思いました」「そう、それは良かった。あなたのような後輩ができたら、嬉しいわ」「えへへ。……ところで、そちらの方は?」 彩花は陽斗を見る。陽斗はにっこりと笑った。「どうも、初めまして。美桜さんの後輩で指導を受けている、一条陽斗です。如月社長にもお世話になっています」「初めまして。如月の妹の彩花です。よろしくお願いします」 彩花はそつなく挨拶を返しながらも、「おぉ……。この人が例の『ライバル』の人……」などと小
last updateLast Updated : 2025-11-02
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