Semua Bab もう振り返らない: Bab 11 - Bab 20

26 Bab

第11話

怜司は言葉を失う。気まずそうに指をこすり合わせる。「秘書に手配させる。遥の分も全部、快適に帰れるようにしておく」遥はくるりと部屋へ戻り、荷造りを続ける。「こっちで片付けたい用があるの。沙羅さんを連れて先に帰って。出産の邪魔はしたくないから」怜司の顔色が変わる。「一緒に帰らないのか?」遥は振り向いて笑う。「お母さんに頼まれ物があってね。二日くらいかかるかも。買えたらすぐ戻るよ」「でも……」怜司が遥を引き止めようとしたその時、秘書がスマホを持ってやってくる。「社長、おばあさまからのお電話です」怜司は電話を受け取り、少し離れて話し始める。「おばあちゃん、今すぐ沙羅を連れて帰るから安心して。絶対に無事に戻るよ」……電話を終えて部屋に戻ると、遥の姿はもうどこにもなかった。部屋には沙羅が背を向けて立っており、何かを見ているようだった。「遥は?」沙羅はあわてて振り返り、その拍子に袖口へ一通の手紙を隠した。「遥さんが、先に怜司さんと私だけ帰国しててって。二日遅れて戻るから心配しないでって」怜司はどこか上の空だった。この数日、遥と顔を合わせていないが、なんだか彼女の雰囲気が変わった気がする。でも、その理由をうまく言葉にできない。沙羅は近づいて怜司の腕にそっと手を回す。「怜司さん、帰りましょう。おばあちゃんからも電話で催促があったし」怜司は眉をひそめ、鋭い目つきで沙羅を見た。「おばあちゃんなんて呼び方は、お前が使うべきじゃない。自分の立場を忘れるな」沙羅は一瞬きょとんとして、気まずそうに手を引っ込める。「はい、怜司さん……つい口が滑って。おばあさまが気にしているのは結局このお腹だけ。子どもを産んだら、私は田舎に戻る」言い終えると、涙をこぼしながら怜司をじっと見上げる。怜司はため息をつき、「別に出て行けとは言ってない。ただ、俺の妻は遥なんだ。お前が間にいると、どうしても彼女に辛い思いをさせてしまう。そのときは別荘を一軒買って、お前の名義にしてやる。子どもを産んでくれたお礼だ」沙羅は無理に笑顔を作ったが、その笑みには明らかな悔しさがにじんでいた。帰国の飛行機の中、怜司はふと思い出して沙羅に尋ねる。「さっき遥の部屋で何を見てたんだ?何か置き手紙でもあったのか?」沙羅は栄養ドリンクを口にしな
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第12話

遥は不安げに道路の端に立っていた。電話の向こうで、遼が「直接会って話そう」と言ってきたのだ。五分後、黒いロールス・ロイス・カリナンが目の前で止まる。窓がゆっくり下がり、遥は息をのむ。切れ長の眉に端正な顔立ち。口角はわずかに上がるが、目は冷たい。「やっぱり、君か」遥がロンドランで留学していたときのこと。ある晩、アパートへ帰る途中、ホームレスの集団に道を塞がれた。男たちは遥を無理やり路地の奥へ引っ張っていった。必死にもがいて叫んだけれど、助けは来ない。もうダメだというその瞬間、遼が遥の前に立ちはだかった。最初は自分の持っていたお金を全部差し出したけれど、相手はそれだけでは満足しなかった。遼は振り返って遥にささやく。「走れるか?俺が三つ数えたら、一緒に走るぞ!三!」ロンドランの真夜中の街で、二人は手をつないで全力で逃げ出した。なんとかホームレスたちを振り切り、遼と遥は公園の芝生にへたり込んで息を切らしていた。遥は指を差して抗議する。「ちょっと!三つ数えるって言ったのに、『三』しか言わなかったじゃない!」遼は草の上で大笑いして転げ回る。「これ、定番の冗談だと思ってたけど?まさか知らなかった?」遥は呆れながらも笑う。「こんな危ない時に、冗談言う余裕あるなんて」遼は急に真顔になり、きっぱりと言った。「夜遅く一人で出歩くな。ここはロンドラン、国内とは違う」遥は困ったように手を広げる。「だって、いいファッションデザイナーになるには、人より何倍も努力しなきゃいけないの」その夜、二人は芝生の上で朝まで語り合った。朝露が遥の顔にぽつりと落ちて、彼女が目を覚ますと、遼がじっと見つめていた。気づけば自分が遼の腕の中で寝ていたことに慌てて、思わず叫ぶ。「ちょ、ちょっと!なにやってんの!」遥は遼を突き飛ばし、そのまま勢いよく走り出す。遼は彼女の背中に向かって大声で叫ぶ。「俺、氷室遼!遼は『遼か彼方』の遼!」遥も走りながら振り返る。「神崎遥!『遥か遠く』の遥!」遼はぽかんとして、叫び返す。「……は?神崎なんて?神崎遥?なんて名前なんだよ!?」……再会は、三年後。遥と怜司の婚約パーティーの場だった。その頃、遼はちょうど氷室家の事業を引き継いだばかりで、本来は天城家の次期家長である怜司と挨拶する
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第13話

遼の秘書が恭しくドアを開け、「どうぞ」と手で示す。遥は小さく礼を言い、身をかがめて後部座席に座る。車内はどこか気まずい空気に包まれ、さっきまで電話越しに少し強気だった遥も、すっかり大人しくなっていた。彼女は視線を落とし、静かに言う。「氷室社長、お忙しいのにお手間を取らせてすみません」遼は、わざとらしく驚いたふうに声を上げ、口元にかすかな笑みを浮かべた。「いえいえ、天城家の奥様のお力になれるなら、いつでもどうぞ」遥の目がかすかに揺れ、自嘲気味に言い直す。「……私はもう、天城怜司とは離婚協議書にサイン済みです。二十八日後には自動的に離婚が成立します。これからは『神崎遥』と呼んでください」遼の目に驚きがよぎり、すぐにほのかな喜びの色が浮かぶ。「神崎遥――『遥か遠く』の遥。八年ぶりだけど、君の人生もなかなか波瀾万丈みたいだな」遥はその言葉に皮肉や苦味が含まれていることに気づかず、ただ昔の知人としての感慨だと受け取った。「八年も結婚して、結局天城家に子どもを残せなかったのは、私の責任です」そのとき、遼の表情が一気に険しくなり、車内の空気までひんやりと冷え込んだ気がした。遥は自分が何か気に障ることを言ってしまったのかと焦り、話題を変えようとする。「最近、氷室社長はよくお見合いに顔を出してると聞きました。きっと素敵なお相手が見つかったんでしょうね。おめでとうございます」遼の目元はさらに冷たくなり、低い声で返す。「それって、君のせいだとでも思ってるのか?」遥は思わず顔を背け、遼の目をまともに見られなかった。指先は無意識に袖口をぎゅっと握りしめている。そんな遥の緊張や戸惑いを感じ取った遼は、そっと彼女の手首に触れる。「遥さん、それは君のせいじゃない。好きな女の子と結婚するのは、愛していて、一緒にいたいからだ。君は子どもを産むための道具じゃない。君は、君自身なんだ」遼の声は低く静かで、それでいてどこか温かい響きがあった。遥は呆然とその言葉を受け止める。まさか遼から、そんなふうに優しく肯定されるなんて思ってもみなかった。我に返ったときには、いつの間にか涙が手の甲にこぼれていた。慌てて拭い、横を向いたまま、震える声で礼を言う。「こんなこと、誰にも言われたことがなくて……」あれほど愛されてきた
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第14話

飛行機が神栄市に到着するやいなや、沙羅は市内で最も有名な産婦人科病院に入り、出産に備えることになった。その晩、沙羅は男の子を無事に出産した。天城家はお祝いムードで包まれ、特に静江は満面の笑みで目尻が下がりっぱなしだった。沙羅が分娩室を出た瞬間、静江はすぐにブラックカードを手渡す。「沙羅さん、本当にありがとう。あんたは天城家の一番の功労者だよ。これはおばあちゃんからのお礼、60億円入ってるから、好きなように使いなさい」沙羅は平静を装いながらカードを受け取る。「ありがとうございます。おばあさま」ちらりと怜司の方を見ると、彼も喜びを浮かべてはいるものの、どこか肩の荷が下りたような安堵の色も混じっていた。怜司は沙羅の手を取り、優しく声をかける。「お疲れさま、沙羅。天城家はお前たち親子こと、決して粗末にはしない」沙羅はその言葉の奥に、天城家は面倒を見るが、怜司個人が責任を取るつもりはない。という意味が隠れていることに気づいた。けれど、彼女は動揺しない。子どもが生まれて一ヶ月、遥との離婚が正式に成立すれば、もうこっちのもの。子どもと静江の後押しさえあれば、きっと怜司の妻の座も手に入るはず。60億円なんてどうでもいい。彼女が欲しいのは、天城家そのもの。沙羅と赤ん坊の世話を手配し終えた怜司は、すぐさま遥に電話をかける。この嬉しいニュースをいち早く伝えて、もう何もかも元通りになることを知らせたかった。しかし、電話の向こうからは無機質なアナウンスが流れるだけ。「おかけになった電話は、ただいま電話に出ることができません……」またつながらないのか。怜司は、きっと遥が飛行機に乗っているのだろうと自分に言い聞かせ、ほっと胸をなで下ろす。「遥、沙羅が無事に男の子を産んだよ。おばあちゃんも大喜びだ。もう誰もお前に『子どもを産め』なんて言う人はいない。遥、空港に着いたらすぐ連絡して。迎えに行くから!」怜司は沙羅がいなくなることで、やっと遥との未来に希望を感じていた。送ったメッセージは、「未読」のままだった。そのとき、インターホンが鳴った。怜司は急いでドアを開ける。「遥!どうして今まで……」だが、そこにいたのは郵便配達員だった。「天城怜司様ですか?こちらに署名をお願いします」怜司は困惑したまま郵便を
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第15話

遥は沙羅のSNSを見て、当然のようにその「家族写真」を目にした。写真の中で、怜司はどこか疲れた表情を浮かべているものの、初めての父親としての喜びが滲み出ていた。遥は初めて沙羅の挑発に反応し、こうコメントを残した。【おめでとう、念願が叶ったんだね】すぐに沙羅からメッセージが届く。【奥さまはまだ遥さんのままですよ。あなたと怜司さんとの離婚手続きは、まだ終わってません。私が今こうしていられるのは、全部あなたのおかげです。今、怜司さんにとって一番大切なのは私と子どもですから。怜司さんはこの子のことがとても気に入ってるんですよ。「望」って名前までつけてくれました。「みんなの期待を背負う存在」って意味だそうです】……遥はふっと目を伏せて小さく笑う。【沙羅さん、あなたもなかなかやるわね。田舎育ちで、学歴もコネもないのに、よくここまで上り詰めたものね。でも、ちょっと先輩として忠告する。名家の世界って、あなたが思うほど毎日が贅沢やごちそうってわけじゃない。海より深い欲と裏切りが渦巻いてるから、覚悟しておいた方いい】このとき遥は、名家の結婚で傷ついた一人の女として、沙羅に精一杯の善意でアドバイスを送った。だが、沙羅はそんな思いなど気づくはずもなく、ただ「奥さんが自分を妬んでいる」としか思わなかった。【それなら、奥さんに心配していただくことはありません。もう起きてしまったことですし、ご愁傷さまです】沙羅の「ご愁傷さま」という言葉に、遥は違和感を覚えて指が止まった。「もう起きてしまったこと」って、どういう意味?そのあとに「ご愁傷さま」だなんて……まさか。もしかして、父の死に沙羅が関わっている?あの謎の電話をかけたのは、彼女だったの?遥は前から沙羅が「素朴な田舎娘」なんかじゃないことは見抜いていた。怜司の前では弱いふりをして同情や守ってあげたい気持ちを引き出し、自分の前ではいかにも無害なふりをする。でも、まさか父を殺すような真似までしたとは、一度も思ったことがなかった。底冷えするような寒気が足元から這い上がり、思わずしゃがみ込んで吐き気をこらえた。異変に気づいた遼が駆けつけて背中をさする。「大丈夫か?」遥は赤くなった目で顔を上げる。「……たぶん、あの電話は怜司じゃない。沙羅さん。父を殺したのは、きっと彼女
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第16話

深夜、怜司はベッドの上で何度も寝返りを打ちながら、まったく眠れなかった。遥が帰国して三日。それなのに一度も家に戻ってこない。電話すらかかってこないのはなぜだ。ここ最近の出来事を思い返す。自分がどれだけ遥から気持ちが離れていったか、どれだけ沙羅に肩入れしていたか。考えれば考えるほど、遥を失うかもしれないという恐怖に胸が締めつけられていく。そんなとき、リビングでぼんやりと空っぽの写真立てを眺めていた怜司のもとに、秘書の三浦から電話が入った。コールが一回鳴っただけで慌てて出る。「何か遥の情報が入ったのか?」三浦は少し間を置いてから、掴んだ情報をすべてそのまま伝える。「奥さまは警察署で、同房の女囚たちに集団で暴行され、そのせいで大量出血して、緊急で病院に搬送されました。病院の診療記録を確認しましたが、一晩中救命措置が続き、なんとか助かったようです」怜司の頭の中が真っ白になり、自然と声が震える。「なんでそんな大出血を……?普通ならあり得ないだろ。まさか遥……」三浦はため息まじりに、慎重に告げる。「ご推察のとおりです。奥さまは……流産されました」怜司はその場で膝から崩れ落ち、額に青筋が浮かぶ。「どうして……?遥が妊娠してたなんて、どうして俺は気づかなかった……」三浦はすぐに、遥の妊娠と流産の手術記録の画像をスマホに転送した。怜司は震える手でそのファイルを開いた。遥が流産したのは、怜司が彼女に沙羅への献血を強要した、ちょうどその三十分後のことだった。あの日、遥を診ていた医師が何か強い口調で訴えていたのを思い出す。けれど、そのときの怜司はケガをした沙羅にばかり気を取られ、医師の言葉もほとんど耳に入っていなかった。「もともと貧血気味なのに、しかも……」まさか、遥は沙羅に献血したせいで流産したのか?怜司の手足は痺れ、額には冷や汗がにじんだ。さらに秘書の三浦から、もうひとつ衝撃的な事実が伝えられる。「沙羅さんが冷蔵庫に押し込まれた事件も、奥さまは関係ない可能性が高いです。病院の監視カメラには、奥さまが病室を出たあとも沙羅さんがタブレットを見ている様子が映っていました」その言葉に、怜司は頭を殴られたようなショックを受ける。「じゃあ、いったい誰が沙羅を冷蔵庫に入れたんだ?まさか自分から入ったわけもない」
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第17話

今日は、遥の父の葬儀の日。朝早く、遼が調査で得た情報を持ってやってきた。「君の予想どおりだった。電話をかけたのは女だ。これ……その沙羅って女の声かどうか、聞いてみてくれ」そう言って、彼は録音データを手渡した。実は、怜司の部下たちは後々面倒を避けるため、やりとりを最初から最後まで録音していたのだ。遥は遼がどうやってこの録音を入手したのか、あえて聞かなかった。きっと穏便な手段じゃなかっただろう。再生ボタンを押すと、十秒ほどして女の声が流れてきた。「遥さんの両親を獣用の檻に閉じ込めて、明日の朝まで出さないように」「怜司さんの指示ですか?さっき、もう解放しろって……」女の声がいらだたしげに遮る。「もちろん怜司さんの指示よ。遥さんのせいで怜司さんの子どもが死にかけたのよ。怜司さんは彼女の両親なんか殺してしまいたいくらいなんだから!」その後には、母の助けを求める声や父の苦しげなうめき声が続いた。遥は唇を噛みしめ、体が震え出すのを止められなかった。遼はそっと近寄って彼女を抱き寄せ、優しく背中をさすった。「泣きたかったら、泣いていい。俺がいるから」遥はもう耐えきれず、遼にすがって声をあげて泣いた。あの声は間違いなく、沙羅だった。沙羅は怜司のスマホを使って部下に電話をかけ、遥の両親を狭い獣用の檻に閉じ込めるよう命じていた。遥の心には、底知れぬ憎しみが湧き上がる。「遼、父のお棺、運ぶの手伝ってくれる?」神崎家は一人娘の遥だけ。本来なら、こういうとき娘婿である怜司がその役目を果たすはずだった。けれど、彼にそんな資格はもうない。遼は真剣な面持ちでうなずく。「もちろん。俺に任せろ」遥は一瞬、彼が自分の頼みを深く受け止めすぎたことに気づいた。でも、今は遼の人脈と行動力がどうしても必要だ。この誤解は、もう少しだけ黙って受け入れることにした。遥は涙をぬぐい、顔を上げる。「それで、怜司にどうやって復讐するつもり?」怜司が一番執着しているのは、天城家の事業。何世代にも渡る努力の結晶を自分の手で壊すことになれば、あの男はきっと生き地獄を見ることになる。遼はタバコに火をつけ、静かに言う。「天城は賢い。普通の手では絶対に騙せない。だから、自分自身をおとりにして相手の警戒心を解くしかないんだ」そう言
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第18話

怜司はうなされるような悪夢を見ていた。夢の中、彼は霧の立ちこめる墓地に立ち尽くしていた。白く濃い霧の向こうに、誰かの人影がぼんやりと浮かび上がる。怜司は目を細め、必死にその姿を見定めようとする。「……誰だ?そこにいるのは」その人影は振り向くこともせず、黙って前へ進んでいく。怜司は慌てて後を追いかける。そのとき、霧が一気に晴れ、目の前に墓石が現れた。突然、その人影が振り返って彼に飛びかかってくる。「怜司!お前が俺を殺したんだ!」怜司は息を荒げて飛び起き、汗で髪も肌もびっしょりになっていた。ただの夢だった。枕元のスマホが鳴り続けている。「……もしもし、何だ?」「社長!郊外の墓地で奥さまの姿を見たって情報が入りました!」「墓地……?」怜司は夢の記憶と現実が交錯し、思わず背筋に冷たいものが走る。「今すぐ調べろ。誰の葬式か確かめてくれ」電話を切り、重く痛むこめかみを指で揉みほぐす。そのとき、下の階から物音が聞こえた。階段を降りると、沙羅が子どもを抱えながら、使用人たちに指示を出している。「ベビーベッドは主寝室に運んで。あそこが一番広いから。子どもの服は全部クローゼットに掛けて、汚れた物は専用の洗濯機と洗剤で洗って。家の中の花とか観葉植物は全部外に出して。うちの子、匂いに敏感なの」数日見ないうちに、彼女はもうすっかり「家の主」の顔になっていた。あの頃の、遠慮がちでおどおどしていた姿はもうどこにもなかった。沙羅は子どもをベビーシッターに預けると、つま先立ちで三人家族の写真を空っぽの壁アルバムにぺたりと貼り付けた。満足げに手を叩き、「これからどんどん写真を撮って、この壁いっぱいに飾る!」怜司は冷ややかな目で沙羅を見つめながら、心の奥で初めて彼女に対する疑念が芽生えた。もしかすると、彼女は今まで見せてきたような「控えめな女」なんかじゃない。少なくともこの瞬間、沙羅の中に隠された欲望が、はっきりとあらわになっている。「沙羅!お前、何をやってるんだ?」声を荒げて問い詰める。「誰の許可で主寝室に物を運び込んだんだ?」沙羅の顔色がさっと変わり、しどろもどろに弁解する。「お、おばあちゃんが……新しい家はまだシックハウスの心配があるから、子どもと先にこっちに戻れって……」怜司は目を細め
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第19話

沙羅は床に倒れ、口元から血がにじむ。それでも必死で立ち上がり、叫んだ。「おばあちゃんはもう、私とあなたを結婚させるって約束してくれた!私の息子は天城家の唯一の後継ぎなのよ!」もう静江から後ろ盾をもらった以上、これ以上黙って耐える気はなかった。一年も頭を下げ、へりくだり続けてきた。もう我慢できない。「遥さんに子どもはできない。おばあちゃんは、絶対にあの人を家に戻さない!」怜司は身をかがめ、沙羅の顎を強く掴む。その目には、鋭い冷たい光が宿っていた。「お前、おばあちゃんがそう言ったからって、俺が遥を捨てるとでも思ったのか?俺と遥が何年も一緒にいたと思ってる。お前みたいな女の言葉ひとつで、気持ちが変わると思うな」怜司の心の中では、遥が沙羅の存在ごときで離婚するはずがないという自信があった。沙羅は肩で荒く息をしながら、吐き捨てるように言う。「あなたが彼女の父親を殺したのよ。遥さんがあなたを許すと思う?」怜司の目が一瞬で細くなる。「……今なんて言った?誰が死んだって?」そのとき、秘書の三浦が慌てて駆け込んできた。「社長!奥さまが出ていたお葬式、あれ……彼女のお父さんのだったんです!」怜司は沙羅を手放し、呆然と二歩後ずさった。「……お義父さん?いったい、どうして?」三浦はしどろもどろになりながら答える。「どうも、ひどく驚いたせいで心臓発作を起こして、そのまま……」ガンッ!怜司の脳内で何かが音を立てて崩れ落ちた。夢に出てきたあの墓石と、こちらに向かってきた人影。あれは、遥の父親だったなんて。「どうしてだ!なんでそんなことに……!」怜司は三浦の胸ぐらを掴み、血走った目で怒鳴りつける。「俺は、ちょっと脅して、すぐに解放しろって命じただけだろうが!なんでこんなことになったんだ!」三浦はうなだれたまま答える。「……さっぱり分かりません。私は社長の指示通り動きました」「遥は今どこにいるんだ!?」「……墓地で女性の後ろ姿を見たという目撃談と、男の人と一緒に去ったという話しか……その後の行方は不明です」怜司は力なく三浦を放り出す。「突っ立ってるな!今すぐ探し出せ!地の果てまででも絶対に見つけてこい!」三浦が出て行くと、怜司は沙羅に鋭い視線を向けた。「お前、どうしてお義父さんの死を知って
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第20話

墓地から帰宅した遥は、自分の部屋にこもったまま、一日中誰とも顔を合わせなかった。夕方になり、遼がそっとドアを開けて入ると、彼女はベッドの端にもたれて眠っていた。遼はそっと遥を抱き上げ、静かにベッドへ寝かせる。眠る彼女の姿を見つめながら、遼の胸には、ロンドランの街角を駆け抜けていた、あの無邪気な少女時代の遥がふっとよみがえる。こんなに傷つけられて、もう誰にも笑いかけられないのかと思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。そっと額にキスを落とし、囁く。「天城があんな奴なら……俺は本気で君を奪いに行く」部屋を出ると、遼はすぐに秘書を呼びつける。「計画を前倒しだ。必ず天城を社会的に叩き潰せ」部屋の明かりが消えた中で、遥は静かに目を開いた。額にまだ遼の唇の温もりが残っている。ほのかにウッド系の香りとタバコの匂いが混じっていた。遼の想いが伝わらないわけじゃない。でも、あまりにも痛すぎる結婚生活を経てきた彼女にとって、今すぐ誰かを受け入れる余裕はなかった。そのとき、スマホが鳴り、メールが届く。画面を開くと、ロンドラン芸術大学からのメールが届いた。「合格通知」の文字が最初に目に入る。「よかった!受かった!」遥は嬉しさのあまり涙を流した。この数カ月で、心から「嬉しい」と思えたのは、これが初めてだった。彼女はすぐにこの喜びを母に伝える。父の仇を討ったら、必ず一緒にロンドランへ連れて行く。服飾デザインの勉強をして、ずっと諦めていた夢を今度こそ叶えるんだ。母からはグッドの絵文字とともに、「さすが私の自慢の娘!お父さんもきっと天国で誇りに思ってるよ」という温かい返信が届いた。ロンドラン芸術大学の入学は九月から。あと半月しかない。それまでに国内での決着をつけなければ、心置きなく旅立てない。書斎へ行くと、遼が資料に目を通している。「怜司を罠にかける方法、ひとつ思いついたの」遼はじっと遥を見つめ、少し眉を上げる。「まさか、煽って引きずり込むつもりじゃないだろうな?」遥は微笑んで肩をすくめる。「他にもっと効果的な方法があるなら、ぜひ教えてほしいくらいよ」怜司は幼い頃から経営者としての勘も度胸も人一倍、相手にとって不足のない強敵だ。正直、遼も百パーセント自信があるわけではなかった。「正直、君を巻き込みたく
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