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第14話

Auteur: 昔の昔
飛行機が神栄市に到着するやいなや、沙羅は市内で最も有名な産婦人科病院に入り、出産に備えることになった。

その晩、沙羅は男の子を無事に出産した。

天城家はお祝いムードで包まれ、特に静江は満面の笑みで目尻が下がりっぱなしだった。

沙羅が分娩室を出た瞬間、静江はすぐにブラックカードを手渡す。

「沙羅さん、本当にありがとう。あんたは天城家の一番の功労者だよ。これはおばあちゃんからのお礼、60億円入ってるから、好きなように使いなさい」

沙羅は平静を装いながらカードを受け取る。「ありがとうございます。おばあさま」

ちらりと怜司の方を見ると、彼も喜びを浮かべてはいるものの、どこか肩の荷が下りたような安堵の色も混じっていた。

怜司は沙羅の手を取り、優しく声をかける。「お疲れさま、沙羅。天城家はお前たち親子こと、決して粗末にはしない」

沙羅はその言葉の奥に、天城家は面倒を見るが、怜司個人が責任を取るつもりはない。という意味が隠れていることに気づいた。

けれど、彼女は動揺しない。

子どもが生まれて一ヶ月、遥との離婚が正式に成立すれば、もうこっちのもの。

子どもと静江の後押しさえあれば、きっと怜司の妻の座も手に入るはず。

60億円なんてどうでもいい。彼女が欲しいのは、天城家そのもの。

沙羅と赤ん坊の世話を手配し終えた怜司は、すぐさま遥に電話をかける。

この嬉しいニュースをいち早く伝えて、もう何もかも元通りになることを知らせたかった。

しかし、電話の向こうからは無機質なアナウンスが流れるだけ。

「おかけになった電話は、ただいま電話に出ることができません……」

またつながらないのか。怜司は、きっと遥が飛行機に乗っているのだろうと自分に言い聞かせ、ほっと胸をなで下ろす。

「遥、沙羅が無事に男の子を産んだよ。おばあちゃんも大喜びだ。もう誰もお前に『子どもを産め』なんて言う人はいない。

遥、空港に着いたらすぐ連絡して。迎えに行くから!」

怜司は沙羅がいなくなることで、やっと遥との未来に希望を感じていた。

送ったメッセージは、「未読」のままだった。

そのとき、インターホンが鳴った。

怜司は急いでドアを開ける。

「遥!どうして今まで……」

だが、そこにいたのは郵便配達員だった。「天城怜司様ですか?こちらに署名をお願いします」

怜司は困惑したまま郵便を
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