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第16話

Auteur: 昔の昔
深夜、怜司はベッドの上で何度も寝返りを打ちながら、まったく眠れなかった。

遥が帰国して三日。それなのに一度も家に戻ってこない。電話すらかかってこないのはなぜだ。

ここ最近の出来事を思い返す。自分がどれだけ遥から気持ちが離れていったか、どれだけ沙羅に肩入れしていたか。考えれば考えるほど、遥を失うかもしれないという恐怖に胸が締めつけられていく。

そんなとき、リビングでぼんやりと空っぽの写真立てを眺めていた怜司のもとに、秘書の三浦から電話が入った。

コールが一回鳴っただけで慌てて出る。「何か遥の情報が入ったのか?」

三浦は少し間を置いてから、掴んだ情報をすべてそのまま伝える。

「奥さまは警察署で、同房の女囚たちに集団で暴行され、そのせいで大量出血して、緊急で病院に搬送されました。

病院の診療記録を確認しましたが、一晩中救命措置が続き、なんとか助かったようです」

怜司の頭の中が真っ白になり、自然と声が震える。

「なんでそんな大出血を……?普通ならあり得ないだろ。まさか遥……」

三浦はため息まじりに、慎重に告げる。「ご推察のとおりです。奥さまは……流産されました」

怜司はその場で膝から崩れ落ち、額に青筋が浮かぶ。

「どうして……?遥が妊娠してたなんて、どうして俺は気づかなかった……」

三浦はすぐに、遥の妊娠と流産の手術記録の画像をスマホに転送した。怜司は震える手でそのファイルを開いた。

遥が流産したのは、怜司が彼女に沙羅への献血を強要した、ちょうどその三十分後のことだった。

あの日、遥を診ていた医師が何か強い口調で訴えていたのを思い出す。けれど、そのときの怜司はケガをした沙羅にばかり気を取られ、医師の言葉もほとんど耳に入っていなかった。

「もともと貧血気味なのに、しかも……」

まさか、遥は沙羅に献血したせいで流産したのか?

怜司の手足は痺れ、額には冷や汗がにじんだ。

さらに秘書の三浦から、もうひとつ衝撃的な事実が伝えられる。

「沙羅さんが冷蔵庫に押し込まれた事件も、奥さまは関係ない可能性が高いです。病院の監視カメラには、奥さまが病室を出たあとも沙羅さんがタブレットを見ている様子が映っていました」

その言葉に、怜司は頭を殴られたようなショックを受ける。

「じゃあ、いったい誰が沙羅を冷蔵庫に入れたんだ?まさか自分から入ったわけもない」

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