私は、機長である夫――海堂一成(かいどう かずなり)の初恋の相手、白石恵(しらいし めぐみ)と同時に洪水に取り残された。逡巡の末、彼は身ごもっていた私――瀬川 遥香(せがわ はるか)を先に救い上げた。恵のもとへ戻ったときにはすでに手遅れで、一成は彼女が濁流に呑まれていくのをただ見ているしかなかった。彼は救助の遅れを私のせいだと決めつけ、七年間にわたって私を憎み、息子に「父」と呼ばせることすら拒んだ。タイムマシンが発売されたその日、彼はすべてを投げ出し、過去へ戻ることに執着した。「遥香、俺がお前を先に助けたのは、恵を救えば彼女が非難されると分かっていたからだ。そうでなければ、お前を先に救うことなどなかった」一成が去ったあと、彼の両親は一切の過ちを私に押しつけた。「もしあのとき一成が先に助けたのが恵だったら、いまごろ二人は幸せだったのに」息子でさえ、もはや私を母と認めようとしなかった。「恵おばさんを死なせたのは母さんのせいだ!だから父さんに嫌われたんだ!どうしてあのとき死んだのが母さんじゃなかったんだ!」周囲からの罵倒を浴びながら、私は迷いなく過去へ戻った。今度こそ自分を救う。もう二度と一成に負い目はつくらない。……タイムマシンによるめまいが収まると、長く水に浸かっていた身体の冷えが一気に押し寄せ、今にも死んでしまいそうだ。私は必死に目を開けると、一成が小舟に立って、冷ややかに私を見下ろしている。視線がぶつかっても、彼は一切ためらうことなく舵を返し、屋根の上で助けを待つ恵を救いに向かった。流れの強い衝撃で私は流されそうになった。流木にしがみつき、必死に外へ向かって泳ぐ。ちょうど私が流れの穏やかな場所にたどり着こうとしたとき、一成の小舟が横を通り過ぎ、舟の上の恵が足をもつれさせて危うく水に落ちかけた。一成は彼女を支えようとしてオールを放り出し、制御を失った小舟が私の身体にまともにぶつかった。腹に走った激痛に思わず手を離しそうになる。けれど一成は私など見向きもせず、怯えきった恵を急いで岸へと運んでいった。必死で岸に這い上がり、地面に倒れ込んで咳き込む私のそばへ、すでに恵を避難させて戻ってきた一成が近づき、冷たく言う。「自分で上がれただろ。ずっと水に浸かっていたのは、俺に先にお前を助けさせて、恵を
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