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第2話

Auteur: 心の癒し
恵の哀願を前に、一成は微塵のためらいもなくうなずいた。

私に視線を向けてはじめて、彼はようやく先ほど口にした「病院へ連れていく」という言葉を思い出したらしい。

恵はその様子に気づくと、私の前に膝をつき、すがるように言う。

「遥香、どうせ怪我なんてしてないんだから。お願い、一成に先にタマを病院へ連れて行かせて。あの子だけは絶対に失いたくないの」

タマは、一成と恵が一緒に保護して飼い始めた犬だった。

「誰かに頼んで車でお前を病院へ連れていかせる。恵と一緒にタマを獣医に診せ終わったら、迎えに行く」

私は静かにうなずいた。

「いいわ。行って」

一成は意外そうに私を一瞥したが、恵に急かされるまま深く考えることもなく、ジープに恵とタマを乗せて走り去った。

彼が去ったあと、私は身を返してスカートの裾を確かめる。思ったとおり、裏地は血で真っ赤だ。

どうにか病院へたどり着いたものの、医師に告げられたのは「来るのが遅すぎた」という現実だった。子どもは結局、助からなかった。

前の時間軸では、一成が先に救ったのは私だったから、子どもには大事には至らなかった。

それなのに、息子が生まれてからは、一成は一度も抱こうとせず、生活費を渡す以外に息子のことに関わったことはなかった。

息子が渡した贈り物でさえ、彼は無造作に放り捨てた。

息子は泣きながら私に尋ねたことがある。「どうして他の子は誕生日にお父さんからプレゼントをもらえるの?」と。けれど一成は、息子にお菓子ひとつ買ってやったことすらなかった。

私もずっと納得できずにいた。あの日、ふとした拍子に二人の会話を聞いてしまうまでは――

「俺を『父さん』と呼ぶな。お前を息子だと認めるつもりは一生ない」

息子が涙で顔をぐしゃぐしゃにしている前で、一成は長年しまっていた黄色い毛の束を取り出した。

「お前が病気になったせいで、みんながそっちを病院に運ぶのに手一杯になり、その混乱でタマが迷子になったんだ。俺は恵を守れなかったばかりか、タマすら守れなかった。

もしやり直せるなら、今度こそ恵とタマを必ず守る。たとえ代わりに、自分の子を失うことになっても」

過去の記憶から意識を引き戻し、私は静かに涙を拭った。

戻ってきた瞬間から、一成と離婚するつもりでいた。だから、この子を産むつもりも、最初からなかった。

病室で離婚届を書き上げてしまい込んだとき、ちょうど一成が戻ってきた。手には流行りのおもちゃの袋を提げている。

「玉屋に新しく入ってたんだ。あとで品切れになると困るから、先に買っておいた。将来の子どものためにね」

一成は笑みを浮かべながら袋の中のおもちゃを取り出し、私に見せた。その目の奥には、子どもへの淡い期待がにじんでいた。

「タマの具合は、よくなった?」

一成の笑みが一瞬だけこわばり、気まずそうにうなずく。

「獣医の診立てでは問題ないそうだ。今日のことは親には言わないでくれ。また恵のことを誤解されると困る。お前が黙ってくれるなら、俺は何でも約束する」

結局、彼がこれを買ったのは子どものためではなく、私に恵のことで騒がせないためだった。

うつむいた拍子に、おもちゃのラベルに犬用と書かれているのが目に入る。

胸の奥が、ふいに塞がれるように苦しくなった。

結局それは、タマのおもちゃを買ったときについでに手に入れただけのものだ。しかも値の張る輸入品だった。一成は恵のためなら、ためらいもなくそんな出費をする。

「何でも、約束してくれるのね?」

私は顔をそらし、目の縁の涙を見られないようにした。

一成がうなずいたのを見て、私は用意していた離婚届を取り出し、内容を隠したまま署名欄だけを示した。

「じゃあ、これにサインして」

「これは?」

「誓約書よ。一生、誰も愛さないっていう約束」

一成の目には、私はいつまでも子どもじみた女に映っている。昔からこうしたことを繰り返していた。だから彼は疑うこともなく、その場でサインした。

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