恋するプレジデント♡ ~お嬢さま社長のめくるめくオフィスLOVE~ のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

59 チャプター

スキャンダルの定義 PAGE6

「わたしも友だちも、そういう洒落たお店より大衆居酒屋みたいにワイワイ楽しく飲めるお店の方が落ち着くの。お酒もワインとかウィスキーより、ビールとか酎ハイとか日本酒の方が好きだし」 「そうなんですね」 「うん。でも、明後日行くお店はちょっとオシャレなお店を選んでおくわね。せっかく二人でお食事するんだし」  せっかくのデートなんだし……と言いかけて、言い方を変えた。わたしはそのつもりでも、彼にはそのつもりがないかもしれないから。 「――さて、と。今日のお昼は上沢先生と会食だったね。その他に予定は何かある?」 「いえ、午前は特に何も入っておりませんね。午後からは、昨日に引き続き取材が十件ほど入っておりますが」 「分かった。じゃあ、今日の仕事を始める前に……」  わたしはパソコンを起動させた。IDとパスワードを打ち込み、検索エンジンを開く。 「……社長、これからパソコンで何を?」 「ちょっとエゴサーチをね」  自分の会社の評判を知っておくことも、経営者の大事な仕事である。特にわたしは昨日社長として就任会見を開いたばかりなので、世間からどのくらい注目されているのか知っておきたい。 「そういえば社長、ご存じでした? この会社で女性が社長になったの、佑香社長が初めてなんですよ。……まあ、城ケ崎家の方ならご存じですよね。失礼しました」 「らしいね。だからわたし、余計に世間から注目されてると思うの」 
last update最終更新日 : 2025-10-30
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スキャンダルの定義 PAGE7

「――ところで野島さん、あなたにひとつ訊きたいことがあるんだけど」 今日の仕事を始めたわたしは、思い切っていちばん疑問に思っていたことを彼に切り出す。「はい、何でしょうか」「あなたと叔父さま……南井さんの関係ってどんな感じなの? 親しいの?」 彼の返答如何で、今後彼が敵となるか味方となるかが分かる気がした。今は味方でいてくれるとしても、南井さんとの関係が良好なら敵側に寝返ってしまう危険性もあるのだ。「叔父とはそれほど親しくはないですよ。むしろ、僕はあの人がキライです。ただ……」「ただ?」 彼はちょっと言いにくそうに口元を歪めた。そして苦々しく続ける。「僕がこの会社に入社できたのは叔父のおかげだという手前、あまり強くは出られないと言いますか。叔父から恩を売られたら弱いと言いますか」「えっ? 野島さんって縁故入社だったの?」 野島さんも実力で入社したんだと思っていたので、この告白には正直ビックリだ。「いえ、そういうわけではないんですが。この会社を紹介してくれたのが叔父だったというだけです。就活の時に、僕はなかなか内定をもらえなくて苦労していたので、この会社のことを教えてくれた叔父が救いの神に見えてしまって」「なるほどね。南井さんは今でもそのことをあなたに恩着せがましく言ってくるわけだ」「そうなんです。正直迷惑なんですよね。五年も前のこと、もういい加減恩着せがましく言ってこないでほしいです。……ああ、すみません。こんなこと社長にグチってもしかたないですよね」 彼もいい加減、叔父の態度にはウンザリしているらしい。ということは、とりあえず彼が今後南井さんの言いなりになる可能性は低そうなので安心した。「ううん、いいの。話してくれてありがとう。これからも、あなたが困ってるようならいつでもグチ聞いてあげるからね」「……ありがとうございます」 わたしが社長として彼にしてあげられることは、これくらいしかないかもしれない。でも、それで彼がこの会社で働きやすくなるのなら、こんなわたしでも少しは彼の役に立てるのかな。 もちろん、彼だけでなく村井さんや他の社員たちの話も、わたしはちゃんと聞いてあげるつもりでいる。それが経営者として最も大切なことだと父から学んだのだ。「――あの、明後日の食事のことなんですが」「うん。なぁに?」「僕もあまり、
last update最終更新日 : 2025-10-31
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スキャンダルの定義 PAGE8

 クルマに乗る時、わたしはあえて後部座席ではなく助手席に乗せてもらった。彼がこの距離感を拒んだら大人しく後部座席に乗るつもりでいたけれど、彼から拒まれなかったのでそれが実現したのだ。 「野島さんって、けっこういいクルマに乗ってるのね」  彼の愛車は国産メーカーのハイブリットカーだった。いくらくらいかかったのか訊いてみたいけれど、下世話な質問になってしまうし、彼が気にしてしまうだろうからやめておこう。 「そうですかね? ありがとうございます。ですが、社長のお宅の高級セダンに比べたら月とスッポンですよ。ちなみにこちらがスッポンです」 「スッポン……」  彼のたとえがシュールすぎて、わたしは思わず笑ってしまった。この人、こんな面白いことも言えるんだ……。 「……でも、ちゃんと自分で買ったんでしょ? それはそれで立派だと思うよ。金額は関係なく」 「そう……ですか? 畏れ入ります」  わたしがそう言うと、彼は嬉しそうにはにかんだ。クールな人だと思っていたけれど、たまに見せてくれる笑顔が可愛い(彼の方が二歳上なのだけれど)。  「――では会食、楽しんで来て下さい。社にお戻りの際、また連絡を下さいね」  お店の前でわたしを降ろすと、彼自身もわざわざクルマを降りて見送ってくれた。 「うん、ちゃんと連絡するわ。じゃあまた後でね。送ってくれてありがとう」 「はい」  彼は再びクルマに乗り込むと、つい先ほど見えたコインパーキングへと引き返した。そこに駐車して、近くの飲食店でお昼を食べてくるんだろう。
last update最終更新日 : 2025-11-01
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スキャンダルの定義 PAGE9

「でも、今日は朝から雨だったでしょう? 丸の内からここまで来るのは大変だったんじゃないですか?」 上沢先生がわたしに心配そうに訊いた。 ……そうそう。言い忘れていたけれど、城ケ崎商事の本社は丸の内のオフィス街にあり、最寄り駅はJR東京駅だ。「いえ、秘書の野島がクルマで送ってくれたので、雨に濡れずに来られました。電車で来られない距離でもなかったんですけど」「そうですか。では、先ほどおっしゃっていた秘書というのは」「ええ、彼のことです。彼は今ごろ一人で昼食を摂っていると思います」「そうでしたか……。でしたらなおのこと、その秘書の方には申し訳ないことをしてしまったかな」 上沢先生は眉尻を下げ、肩をすくめた。「大丈夫です。先生にそう思って頂けただけでわたしは嬉しいですから。次の機会にはぜひ、彼も同席させて頂きますね。とにかくお料理を頂きましょう?」「ああ、そうですな」 わたしと先生は食事を再開した。前菜のカプレーゼを口に運ぶ。そこへ季節の冷製パスタが運ばれてきた。「わぁ、美味しそう! いただきます!」 フレッシュバジルと生ハムの冷製パスタは、爽やかでサッパリしていてこれからの季節にピッタリだ。オリーブオイルで仕上げてあるけれど、オイルソースを使っているわけではないのでそれほどオイリーには感じない。「――そういえばわたし、今日も朝早く目が覚めちゃって。九時前には出社してたんです。社長になったんだから、そんなに早く出社する必要ないんじゃないかって父に呆れられちゃいましたけど、少し前までOLだったんでその頃の習慣がまだ抜けてないんですね」「いや、社長が早く出社してはいけないというルールはありませんし、よろしいんじゃないでしょうか。もちろん重役出勤も認められるでしょうが、それが絶対というわけでもないでしょうしね」「そうですよね。わたし、父にも同じことを言ったんです。それに、同期入社で仲のいい友人もいて、毎朝出社した時に顔を合わせて挨拶したり、帰りにはみんなで楽しく食事したりお酒を飲んだりして、これまでどおりの付き合いをこれからも変わらずに彼らとしていきたいと思ってるんですよね」「〝彼ら〟とおっしゃいますと?」 そこで先生が首を傾げた。わたし、何か言い方をマズっただろうか?「一人は男性で、もう一人は女の子なんです。でも、二人と
last update最終更新日 : 2025-11-01
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嵐を呼ぶ接待 PAGE1

「――上沢先生、今日はごちそうさまでした」 ランチコースは一人につき四千円だったけれど、先生がごちそうして下さった。わたしは自分の分だけでも支払おうと思ってピンクゴールドの長財布を取り出したけれど、先生が「ここは私がごちそうしますよ」と言ってお金を受け取ってくれなかった。「いえいえ、お誘いしたのは私の方ですからね。これから社にお帰りでしょう? まだ雨が降っていますのでお気をつけて」「はい。先生もお気をつけて。何かあった時にはご連絡を差し上げますね。連絡先を交換させて頂いてもいいですか?」 わたしがそうお願いすると、先生は快く連絡先を交換して下さった。 お店を出ると、先生は傘を差して駅の方へ歩いて行く。野島さんには食事を終える少し前、お手洗いに立った時にメッセージを入れてあるので、彼が迎えに来るのをお店の前で待つことにした。 ちなみに、二人の秘書とは昨日のうちに連絡先を交換してあった。電話番号だけでなく、メッセージアプリのIDも。 彼ももう昼食を済ませているはず。何を食べていたかは分からないけれど……。「――社長、お待たせして申し訳ありません。お迎えに上がりました」 彼は傘を差して、わたしのいるお店の前まで歩いて迎えに来てくれた。でも傘は一本だけだ。(これってもしかして、相合傘フラグ?) わたしはちょっとドキドキした。雨の日に、男女で傘は一本だけ。この後の展開は相合傘だと相場が決まっている。彼が自分のことしか頭にない薄情者でなければ、の話だけれど。「申し訳ありません。傘は一本しかありませんが、ここから一緒にコインパーキングまで少し歩きましょう」 彼はそう言って、わたしに傘を差しかけた。やっぱりこれは相合傘になる展開だ。「そうね。わたしもお腹いっぱいだし、ちょっと食後の運動をしなきゃと思ってたから。……でも傘が一本だけじゃ、あなたが濡れちゃわない?」「僕のことはお気になさらず。社長が濡れなければいいので。さ、行きましょう」「……うん、ありがとう」 わたしは彼の傘に入り、バッグが濡れないように抱きかかえた。クルマの助手席以上に縮まった彼との距離感に、わたしの心臓が高鳴る。(……わたし、この人のこと本気で好きなんだ) キッカケが一目ぼれだったことは認めるけれど、ただ彼がイケメンだったから浮かれていたわけじゃない。
last update最終更新日 : 2025-11-02
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嵐を呼ぶ接待 PAGE2

 ――午後オフィスに戻ってから、わたしは通常業務を挟みつつ十件の取材を受けた。 取材が半分ほど終わったところに、思いがけない訪問者があった。「――やあ、佑香。今日で二日目だが社長の仕事はどうだ?」「お父さん!?」 それは、自分も業務中だろうにフラっと会長室を抜け出してきた父だった。出社してきていることは知っていたけれど、会長室と社長室は繋がっているのに案外お互いの行き来はなかったのだ。 父はわたしが取材を受けていた応接スペースへやってきて、わたしの隣に腰を下ろした。「自分の仕事放っぽり出して、忙しい娘のジャマしに来たの?」 わたしは会長秘書の日高さんに同情した。父がエスケープしたことで、今ごろてんてこ舞いになっていることだろう。もっとも、すぐ隣にいるので灯台下暗しだけれど。「いや、人聞きの悪いことを言わないでくれ。ちょっと休憩しに来ただけだ。――野島君、悪いがコーヒーを頼まれてくれないか? 佑香の分も合わせてな。ちょうどいい、君たちも一息入れたまえ」「……はあ、かしこまりました」 野島さんは父の頼みを聞き入れ、給湯室へ向かった。わたしは父を睨む。「ちょっとお父さん! 野島さんはもうお父さんの秘書じゃないんだからね? コーヒーなら日高さんに頼めばいいでしょ?」「いやいや、父さんは野島君の淹れてくれたコーヒーが飲みたかったんだ。美味いからな」「……あっそ」 わたしは呆れ返って肩をすくめる。もはや言い返す気も失せた。「――ところで佑香、今日の昼は上沢との会食だったんだろう? どうだった?」「うん、いい先生だね。弁護士としても優秀みたいだし、頼りになりそう。お食事も楽しかったよ」「そうかそうか。あの男なら、きっとお前の力になってくれるさ。何かあった時には頼るといい」「そうだね。そう思って連絡先も交換させてもらった」 父もきっと、あの週刊誌絡みでわたしのことを心配してくれているのだ。「上沢が父さんの友人だから言うわけではないが、顧問弁護士が頼りになるっていうのは経営者にとって幸せな事なんだぞ。中には顧問弁護士と馬が合わず、経営に支障が出る企業もあるくらいだからな」「それって、顧問弁護士の先生が経営方針にも口を挟んできてるってこと?」「そういうことだ。だが、上沢はそんなことはしないから、信
last update最終更新日 : 2025-11-03
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嵐を呼ぶ接待 PAGE3

 ――それから五分くらいして、日高さんが父を呼び戻しに来た。彼女は社長室へ来るなり血相を変えて、「会長、いつまでお仕事をサボってらっしゃるんですか! 早くお戻り下さい!」と口調こそ丁寧だけれどヒステリックにまくしたてたのだ。これにはさすがに父もわたしも呆気に取られた。「……じゃあ佑香、私はこれで仕事に戻るとしよう。日高君があれ以上キレると面倒だからな。ジャマしてすまなかった」「あ、ううん。わたしは別に……。お父さん、またいつでもコーヒー飲みにおいでよ。ね、野島さん?」 彼の意思を無視して勝手なことを言ってしまったけれど、よかったのかな? でも、彼も乗り気みたいだ。「はい。僕も大歓迎ですよ」「ありがとう、佑香、野島君。では、これで失礼するよ。カップは片付けておいてくれ」 日高さんに急かされるようにして父が会長室へ戻っていき、ローテーブルの上には父が空っぽにしたカップだけが残された。「……なんか、嵐のような訪問でしたね。会長」「だね」 野島さんの言葉にわたしは同意し、村井さんもしきりにうんうんと頷いている。「――そういえば、野島さんはお昼にカレー食べてたんだね」「えっ? そうですが……、どうしてお分かりに?」「クルマの中で、微かにスパイスの香りがしたから。外では雨も降ってたし、分かんなかったけど」 本当は初めて彼と相合傘ができたため、気もそぞろでそれどころではなかったというのもあるのだけれど。 「そうでしたか。……あ、もしかして臭いました? だとしたらすみませんでした」「ああ、ううん。そういうことじゃないの。だから気にしないで」 彼はわたしが不快に思ったのだと勘違いして謝ったけれど、わたしは慌ててかぶりを振った。ただ、好きな人のことなら何でも知っておきたいという、恋するオトメの習慣というかそんなものなのだ。「――社長、もうじき次の取材が始まりますわ。そろそろ休憩を終わりましょうか」 村井さんが壁掛け時計に目を遣って、わたしにそう言った。「そうね。ここらでお開きにしよっか」「ああ、そうですね。では、僕は食器を片付けてきます。取材の段取りは村井さん、お願いできますか?」「任せておいて。それじゃ、社長はとりあえずメイクを直された方が」「……うん、そうね」   * * * * ――それからわたしたち三人は慌
last update最終更新日 : 2025-11-04
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嵐を呼ぶ接待 PAGE4

「――あ、佑香、お疲れー! 佑香も今から帰り? ……あら」「お疲れ、佑香。……あ、野島さんも一緒なのか」 野島さんと二人で一階まで下りると、ちょうど萌絵と平本くんにバッタリ会った。二人とも、わたしが野島さんと一緒なことに目をみはっている。「うん、二人ともお疲れ。野島さんはエントランスまでわたしを見送りに来てくれたの」「どうも、野島さん。お見送りご苦労さまです」「……野島さん、お疲れっす」「ああ、どうも。二人とも、お疲れさまです」 萌絵はにこやかに野島さんに挨拶しているけれど、平本くんは彼のことをめちゃくちゃ睨んでいてなんか怖い。そこまでライバル意識燃やさなくても……。 でも、彼は大人の余裕で二人に対応していて何かカッコいい。「佑香、今日はこれからどうするの? また一緒にゴハンでも行く?」「ううん、今日は疲れちゃったから、このまままっすぐ帰るよ。もう迎え頼んじゃったし」 男性陣二人がバチバチやり合っているのを(正しくは、平本くんが一方的にバチバチしているだけみたいだけれど)放置して、わたしと萌絵はガールズトークで盛り上がっていた。「そっかぁ、残念ー。じゃあ、明日のお昼休みは社食に行く?」「うん、そのつもりよ。夜は接待が入ってるから……」「接待かー。あたしたちは接待する側だから大変だけど、接待される側は気楽でいいよねー」「それがねぇ、そうでもないの。今回はちょっと相手がね……」「ん?」「接待相手がどうかしたのか?」 そこへ、野島さんにバチバチ火花を飛ばしていたはずの平本くんも首を突っ込んできた。「それがですね……、高森物産という会社なんですが。叔父の友人が経営している会社なんですよ。なのでイヤな予感がする、と社長がおっしゃっていて」「……アンタには訊いてねえけどな」「平本くん、やめなよ! すいませんねー野島さん、こいつはあたしが黙らせますんで」 余計な一言を吐き出した平本くんを、萌絵がたしなめた。……あらあら、この二人ってまるで姉弟みたい。「いえいえ。彼も社長のことを心配しているんでしょう。ですが安心して下さい。明日の接待には僕も同席することになっていますので。ねえ、社長?」「うん、そうなの。だからわたしもちょっと安心なんだよね」「…………そっすか」(…………あれ? もしかして平本くん、いちばん心配なのはむしろそっち
last update最終更新日 : 2025-11-05
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嵐を呼ぶ接待 PAGE5

「――社長、お迎えのクルマが到着したようです。行きましょうか」  いつの間にか、エントランス前には我が家の黒塗りセダンが停まっていて、ドライバーの江藤さんが後部座席の側にスタンバイしている。 「あ、ホントだ。行きましょう。じゃあね、萌絵、平本くん。また明日!」 「うん、また明日ねー!」 「おう、また明日な」  わたしは友だち二人と別れ、クルマのところへ向かう。野島さんはわたしがクルマに乗り込むところまで見届けてくれた。本当に雨はすっかり上がっていて、西の空が少し夕焼けのオレンジ色と紫色に染まっている。 「――じゃあ野島さん、お疲れさま。明後日行くお店、今晩か明日のうちに予約しておくからね。明日もよろしく」 「はい、社長。お疲れさまでした。僕も楽しみです。明後日の夜、社長がどんなお店に連れて行って下さるのか」 「……うん。じゃあ、また明日ね」 「はい、また明日」  わたしたちの挨拶が済むと、江藤さんが「それでは失礼致します」と野島さんに頭を下げて後部座席のドアを丁寧に閉めた。  クルマの窓から外を見ていると、野島さんはこのクルマが角を曲がって見えなくなるまでずっと頭を下げ続けていた。それがボスであるわたしへの敬意からなのか、それともわたしへの好意からなのかは分からないけれど。    * * * *  ――そして、また日付が変わり、社長就任三日目の朝が来た。 わたしが今日選んだコーデはグレーのパンツスーツだ。理由は夜に入っている接待の席で、万が一酔っ払って醜態を晒してしまった時の対策である。 「お姉ちゃん、おはよ。&he
last update最終更新日 : 2025-11-06
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嵐を呼ぶ接待 PAGE6

「お姉ちゃん、その人のことマジで好きなんだね。あたしに『好きな人紹介して』って言われて本気で拒否ったの初めてじゃない?」「うん。……分かる?」 わたしは今まで恋をしていた時にも、こうして日和から「相手を紹介してほしい」と言われては「イヤだ」と断ってきた。さっきのもそれと変わらなかったはずだけれど。「分かるよ。だってお姉ちゃん、三年くらい前からいつもキラキラしてるもん。その頃からでしょ? 野島さんを好きになったのって」「うん……。厳密にはその年の十月からだから、三年も経ってないけど」 まあ、そんな細かいことはこの際どうでもいいだろう。「野島さんと一緒にいるとね、どんな小さな出来事にもドキドキするの。昨日もお昼の会食の帰りに彼と短い距離だったけど相合傘できて嬉しかったし。彼のクルマで送り迎えしてもらったんだけど、助手席に乗せてもらえたし」「……なんかさぁ、お姉ちゃんってピュアすぎない? お子ちゃまみたい」 胸をときめかせながら昨日の嬉しかった出来事を列挙していると、日和も萌絵と同じようなことを言う。わたしってそんなに子供っぽいのかな?「えー? そんなことないと思うけどなぁ。本気の恋ってそういうものなんじゃない?」「うん、いいと思うよ。お姉ちゃん、なんか可愛い」「あらそう? ありがとう日和ぃ、今度何か美味しいものごちそうしてあげる。じゃあ、一階に下りて朝ゴハン食べよ」 わたしたち姉妹は朝食を摂るため、仲よく一階のダイニングへ下りていく。彼女は今日は大学で講義を受けるつもりなのか、リクルートスーツではなく私服だった。 ちなみにリクルートスーツとはいっても、量販品ではなく高級ブランドのものだ。わたしが就活の時に着ていたのもそうで、よく見れば量販品とは違っていたので、他の就活生からはちょっと目立っていた憶えがある。 でも、日和がわたしの仕事ぶりに興味を持ってくれたことはちょっと嬉しい。ウチの会社に入社する気がないとしても、「見学したい」と言ってくれたのは社長として喜ぶべきことだろう。 夜に厄介な接待が待っているけれど、とりあえずは今日も気持ちよく出社できそうでよかった。「――日和、社会に出たら色々と面倒なこともあるし、自分の思いどおりにならないことも多いよ。でも、自分の与えられた責任はちゃんと果たしなさい。それから、自分の信念をしっかり持つこと
last update最終更新日 : 2025-11-07
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