「……ごめん、佑香。あの人、営業部の大先輩だからさ、誘われたら断れなくて。んで、俺がお前に――社長にフラれたってことも何気なくポロっとしゃべっちまって、そしたら弱味握られたみたいになってさぁ。お前に恨みはねえよ。それだけは分かってほしいんだ。俺だって、できることならお前とずっと仲よくいたい。お前が友だちでいたいっていうなら、それでもいい」「…………そういうことか。分かったわ。信じるよ」 そうだった。彼は平気で人を騙せるような人じゃない。こんなにも愛すべきお人好しなのだ。 ところが、彼が次に告げたのはあまりにも衝撃的な事実だった。「あと、あの人には個人的に雇われてるっつうか……。月に十万、特別ボーナスくれるって言ってた」「えっ!? ちょっと平本くん、それヤバいよ! ウチの規則では、社長と会長以外の役員が社員を個人的に雇うの禁止されてるの。それ、絶対南井さんに騙されてるよ!」「ぅえっ、それマジ!?」「うん、ホント。ってことは……、あの人、他にも色々とヤバいことしてそうね」「そう……だよな。なあ佑香、俺どうしたらいい? あの人に使われるのやめた方がいいよな?」 わたしが悩んでいたよりもわりと自然な話の流れで、あのお願いをできそうな空気になった。となれば、わたしとしてもすごく切り出しやすい。「ううん、やめなくていい。っていうかむしろ、わたしとしてはその方が好都合」「…………は? 好都合って何が?」「平本くん、あなたに折り入ってお願いがあるの。あなたに二重スパイをやってほしい」「……へっ? に……二重スパイ!?」 彼の両手を握って頭を下げると、彼は声を思いっきり上ずらせた。そりゃそうだろう。こんなのあまりにも突拍子もない話なのだから。「おま、それちゃんと意味分かって言ってんのか!? つうか正気か、お前」「もちろん正気だし、ちゃんと意味も分かって言ってるよ。あなたには南井さんに使われてるフリを続けてもらって、向こうに都合の悪い情報を聞き出したらわたしに報告してもらいたいの。報酬を払うわけにはいかないけど、引き受けてもらえないかな?」 この会社のトップであるわたしが規則を破るわけにはいかない。社長にはその権限もあるけれど、その権限を振りかざすのはわたしのポリシーに反するのだ。 わたしはいつでも清廉潔白な経営者でいたい。社員のみなさんのお手本に
Last Updated : 2026-01-06 Read more