極道の夫の黒川智成(くろかわ ともなり)の二十八歳の誕生日の日、私――桐谷雪織(きりたに ゆきおり)は彼の好物であるマンゴーケーキを、自分の手で心を込めて焼き上げた。けれど、ケーキを抱えて宴会場の扉をくぐった私の目に飛び込んできたのは、彼の幼なじみの月島詩乃(つきしま しの)がグラスを傾け、智成に艶めいた仕草で酒を口移しで飲ませようとしている光景だ。周囲は一斉に沸き立ち、口々に叫ぶ。「キス!キス!」「兄貴、今こそチャンスよ!あんたが一番悔いてるのは、月島さんを女房にできなかったことだろ?今日はたっぷり仲良くしてもらわないと!」どっと笑いが起き、人の波が二人の方へ押し寄せる。智成は両腕を壁際について人垣を押しとどめ、詩乃を胸にかばった。詩乃の頬が赤く染まり、グラスの縁で頬をなぞりながら、甘ったるい声を零す。「だめよ、雪織に見られたら、焼きもちを焼くわ。いまの奥さんは彼女なんだから」智成は伏せ目がちに詩乃を見つめた。その眼差しは、私が一度も見たことのないほどの優しさを帯びている。「月島さん、兄貴が本当に愛しているのはあなたなんだ。あの女はただの身代わりにすぎねえ。あんたが戻ってきた今、もう居場所なんかねえさ。あんたが頷きさえすりゃ、二、三日であいつを叩き出してやる!」「そうだそうだ。どうやっても本物には敵わねえ。兄貴が彼女と結婚したのも、月島さんに似てたからってだけの話だろ?ただの代用品だ」「偽物は偽物だ。どんなに取り繕っても本物にはなれねえ。兄貴があんなのを好きになるわけがねえ」私はケーキの箱の取っ手を握りしめたまま、貼りつくように寄り添う二人を茫然と見つめる。囃し立てる声に、智成は口元に薄い笑みを浮かべ、「もうよせ」と軽くいなした。視線は一瞬たりとも詩乃から離れず、まるで何よりも大切なものを守るように、彼女をしっかりと腕の中に抱き込んでいる。こんなに優しい智成を、私は一度も見たことがない。そして、こんな賑やかで親密な空気の中に、私が入り込める余地もないのだ。彼が何ひとつ拒まなかったその瞬間、私はもう、この結婚が終わりへ向かっていると悟った。そっと一歩を引き、ケーキを提げたまま踵を返そうとしたとき、詩乃が入口の私に気づいて、わざとらしく声を上げる。「雪織、どこへ行くの?」彼女は拗ねたような眼差
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