All Chapters of この夜が明ける頃、永遠になる: Chapter 11 - Chapter 13

13 Chapters

光と影

芹沢美緒の一件から数日。 ラウンジの夜は、いつもより騒がしかった。 けれど、沙耶の胸の中には、不思議な静けさがあった。 あの夜――橘が彼女を庇い、美緒に向けた言葉が、今も胸に焼き付いている。 “彼女を侮辱するなら、二度と俺の前に現れるな” その声に、心が震えた。 誰かが自分を“守る”なんて、そんな経験は一度もなかった。 でも、橘に守られた瞬間、心の奥で何かが確かに目を覚ました。 ――もう、誰かの影に隠れて生きるのはやめよう。 そんな思いが、静かに、しかし確かに燃え始めていた。 翌日。 店のロッカールームで、沙耶は化粧を直していた。 隣には、いつものように亜美がいる。 「沙耶さん、この前の件、大丈夫? あんな女、ほんとムカつくよね」 「うん、大丈夫。ありがとう」 「でもさ、沙耶さん、最近なんか違う。目が強くなったっていうか……なんか、芯ができた感じ」 鏡越しに亜美の顔を見ながら、沙耶はふっと笑った。 「……かもしれないね」 亜美は首をかしげた。 「なんかあった?」 「ううん。ただね、思ったの。私、このまま夜だけの世界で終わりたくないなって」 ── 「夜だけの世界?」 「うん。私、前は研究開発の仕事をしてたの。化学系のメーカーで、新素材の開発とか。でも直樹が“女が研究職なんて生意気だ”って言って、無理やり辞めさせたの」 亜美の目が見開かれた。 「え……沙耶さん、そんなすごい仕事してたの!?」 「もう過去の話。でも、やっぱり私、好きだったんだ。研究も、ものづくりも。誰かに否定されても、あのとき感じてた“夢中”を取り戻したい」 その声には迷いがなかった。 “逃げるため”じゃなく、“もう一度立ち上がるため”の言葉。 亜美は、ゆっくりと笑った。 「……沙耶さん、めっちゃかっこいい」 「ふふ、ありがとう。でも、怖くないわけじゃないよ」 「…それでもやるんでしょ?」 「うん」 沙耶の微笑みは、かつてのように無理に作ったものではなかった。 そこには、確かな意思があった。 数週間後。 橘は本社の重役会議室にいた。 父・橘巌の冷たい視線が、息子を貫いている。 「芹沢家との縁談を断ったと聞いたが、本当か」 「はい」 「あの家との関係を切
last updateLast Updated : 2025-10-05
Read more

真実─見抜く眼─

雨上がりの街に、橘グループ本社が白く輝いていた。 だが、その内部では静かな嵐が吹き荒れていた。 「これが、新素材データの不正流出記録です」 芹沢美緒が冷ややかに言い放った。 「あなたの“恋人”――桐生沙耶さんが関わっていたそうですよ」 会議室の空気が一瞬で張りつめた。 橘の父・巌が眉をひそめる。 「……どういうことだ、蓮」 「そんなはずはありません」 美緒は、冷たく笑った。 「証拠はあるわ。メール送信記録、サーバーログ、すべて桐生さんの社内IDからの転送」 橘は拳を握りしめながら、静かに答えた。 「俺は彼女を信じます」 「優しいのね。でも現実を見たほうがいいわ。 “恋”で仕事が壊れるのは、あなたのお母様を見て学ばなかったの?」 その一言で、橘の瞳に炎が宿る。 「――その話を、軽々しく口にするな」 重い沈黙。 だが、橘はすぐに携帯を取り出し、短く打った。 ――「話したい。今すぐ来られるか? 橘からの連絡のあと、研究ラボに向かった沙耶は、すぐにデータの異常に気づいた。 「……このタイムスタンプ……私が退勤した後、深夜にアクセスされてる。 しかも、内部LAN経由」 彼女の指が素早くキーボードを叩く。 ログ解析、端末署名の追跡、管理者権限の確認――。 「アクセス履歴が一度削除されて、再書き込みされてる……これ……内部犯だわ」 沙耶の瞳が細く光る。 「内部の誰かが、芹沢さんに協力してる」 キーボードを叩く指先が止まらない。 ――見逃さない。 彼女は、心の中で強く誓った。 * 数時間後。 会議室。 芹沢美緒が、余裕の笑みで座っていた。 「橘副社長、そろそろ現実を受け入れたほうがいいんじゃなくて?」 その扉が開き、沙耶が姿を現した。 白のブラウスに黒のスーツ。表情は静かだが、瞳には確かな光。 「お話、拝見しました。ですが、少し気になる点があったので、調べさせていただきました」 美緒が冷笑する。 「まだ往生際が悪いわね」 沙耶は無言でパソコンを接続し、スクリーンにデータを映した。 「こちらが“私のID”から行われた不正転送ログです。 しかし、このアクセスには、通常社員には使えない“管理者権限”が必要です」 会議
last updateLast Updated : 2025-10-05
Read more

新しい朝へ

数日たち── 夜の街は、どこか切なげに輝いていた。 色とりどりのネオンがぼやけ、春の雨がアスファルトを艶やかに濡らしている。 沙耶は、ゆっくりと歩いていた。 ヒールの音が、しっとりとした路面にリズムを刻む。 懐かしい香り――香水とシャンパンと、煙草が少し混ざった“夜の匂い”。 それは、彼女が何度も逃げ場にしてきた場所の匂いだった。 ラウンジ《ルクレール》。 沙耶は、扉の前で小さく息を吸い、そして押した。 カラン、とドアベルの音が鳴る。 そこには、いつもの光景が広がっていた。 柔らかな照明、磨かれたカウンター、静かに流れるジャズ。 その奥で、ママがグラスを拭いていた。 顔を上げた瞬間、目が合う。 「……いらっしゃい、沙耶」 あの声の温度に、胸の奥がきゅっと熱くなった。 「ママ……」 「久しぶりね。座りなさいな」 促され、沙耶はカウンター席に腰を下ろした。 隣では、亜美が相変わらず元気に笑っている。 「沙耶さん、なんか雰囲気変わったね。  前よりすごくキラキラしてる」 「そう?」沙耶は照れたように笑った。 「たぶん……やっと自分の足で立てたからかな」 「うん、わかる。  なんか、“守られる”女から“歩いてく”女になったって感じ」 ママがふっと微笑む。 「そうね。あの頃の沙耶は、声をかけるたびにどこか怯えてたわ。  でも今は違う。ちゃんと自分で光を見てる」 沙耶の指先が、グラスの縁をなぞる。 そこには、たくさんの夜が映っていた。 笑えなかった夜、泣きながらシャンパンを開けた夜、 そして――少しずつ人を信じられるようになった夜。 「ママ、私……研究開発の仕事に戻ることにしたの。  正式に、橘グループの研究主任として。  だから、ここを辞めようと思って」 言葉を終えると、ママは黙って沙耶を見つめた。 その沈黙が、優しさで満ちていた。 「……そう。やっぱり、行くのね」 「うん。  この場所があったから、私はもう一度立ち上がれた。  だから、ちゃんとお礼を言いたくて」 ママはグラスを置き、ゆっくりとカウンターを回り込む。 そして、沙耶の肩を抱いた。 「ありがとうなんて言わなくていいのよ。  この世界に来た女はね、みんな何かを捨てて、何かを探しに来る。  あんたは“自分”を見
last updateLast Updated : 2025-10-05
Read more
PREV
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status