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残り火 After Stage ―未来への灯火― のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

54 チャプター

残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み2

*** ここに来てからというもの、すべてのタイミングがズラされる。まるで俺の計画を、見事に邪魔をするような感じに思えてならない。「穂高さん、はいどうぞ」 テーブルに並べられた、たくさんの和食ご膳を美味しそうに食べながらお酌をしてくれる千秋。「……ありがとう」 注がれた地酒を一口だけ呑んで、ぼんやりと外を眺めた。さっきまで一緒に入っていた、檜の露天風呂が目に入る。 背中の流し合いをし(手を出そうとしたら睨まれたので我慢した)一緒に湯船に浸かった瞬間、それは聞こえてきた。「ねぇ、何か声が聞こえない? 風に乗って」 千秋が眉根を寄せて、衝立の向こう側に指を差す。さっきまでお湯を盛大に使っていたので、他の騒音が聞こえなかったなとすぐに思い至った。「ん……?」 首を傾げて耳をそばだててみたら、くぐもった声が聞こえてきた。『やぁん、そんなトコ触らないで下さい。井上部長っ』『いいじゃないか、ふたりきりなんだし。僕のも触って』(――おいおい、声がだだ漏れしているぞ) ゲッと思いながら顔を引きつらせた俺と、口元を押さえて顔を真っ赤にした千秋が、同じタイミングでそこから視線を逸らした。 ゆえに、ゆっくりと会話も楽しむ余裕もなくなり、静かにしていると逆にアッチの会話が聞こえてくるので、無理して話題を提供したりと、無駄に気を遣った個室露天風呂事件。「美味しい? 穂高さん」 渋い顔をしていたせいか、酒が不味いと思ったのだろう。千秋が心配そうな表情で訊ねてきたので、首を横に振ってみせた。「美味いよ。千秋が注いでくれたから、美味しさが倍増されてる」「そう……良かった。お刺身もすっごく美味しいね」「そうだね、すごく美味しそう」(目の前の千秋が、だけど――) 旅館の浴衣から覗く胸元が、やけに色っぽく目に映る。風呂で温まったお蔭か、ほんのり桜色をしていた。「穂高さんは、まだお酒呑んでる?」「ん……。もう少し呑みたい気分かな。どうしたんだい?」 いつもよりテンションの高い千秋を見るだけで、自然と嬉しくなってしまう。「お腹がいっぱいになったから、運動も兼ねて館内を散策しようかなって。ついでに展望露天風呂も見てみたいし」「俺に遠慮せず行っておいで。感想、楽しみにしてるから」「分かった、行ってきます!」 機敏な動作でタオルを手にし、さっさと部屋を出て
last update最終更新日 : 2025-10-14
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み3

***「ただいま~……って、あれ?」 部屋に戻ると誰もいなくて、テーブルの上は綺麗に片付けられていた。 薄暗い隣の部屋を覗くと、穂高さんが掛け布団の上で眠っているのが目に飛び込んできた。横向きになりながら寂しそうに背中を丸めて、ゆるく膝を抱えている状態――昼間もずっと運転していたし、昨日の夜だって遅くまで俺を抱いていたから、当然睡眠不足だったんだよな。(まずは布団をかけてあげなきゃ。このままだと風邪を引いてしまう!)「穂高さん、ちょっとだけ動かしますよっと!」 掛け布団を穂高さんの体の下から取り出すべく思いっきり動かしたんだけど、全然起きる気配がない。「お酒のせいもあるんだろうな。やっぱり疲れていたんだ。よいしょ、よいしょ!」 動かしている内に膝を抱えていた腕が離されて、ぐったりした感じで敷布団の上に横たわった。「そういえばこんなに布団、くっついていたっけ?」 最初に穂高さんが寝ていた場所が真ん中辺だったので、隣にある布団にまたがる形で寝させることになってしまった。穂高さんの頭からズレてしまった枕を、良さげな位置に直してあげようと動かしたら。「ち、あき……」 突然穂高さんの両腕が腰に巻きついてきてぐいっと引き寄せられ、抱きしめられてしまった。「ちょっ、そんなところに顔を埋めないで」 跪いていたから、浴衣が乱れていなかったのがこれ幸い。嬉しそうな顔して、すりりと頬を寄せられた場所は、身体の中でも大事なところであり敏感な部分だったりする。「あー……もぅ。隣の部屋は電気つけっぱなしだし、穂高さんはこんなだし、全然動けないじゃないか」 部屋の露天風呂ではHができなかったのもあり、結構我慢した。他所様の卑猥な声を聞いたからではなく、穂高さんの目から滲み出る、『千秋が、今すぐに欲しいんだよ』 という無言の圧力を浴びせられたからこそ、んもぅ煽られっぱなしでクラクラしていた。 それだけじゃなく――ここで横たわっていた穂高さんは、俺の帰りをずっと待ちわびていたんだろうな。寂しそうに膝を抱えちゃって。「本当は一緒に、館内を散策したかったけど……」 どこか疲れた表情を浮かべたこの人を、強引に誘うなんてできなかった。(展望露天風呂も表の景色が真っ暗であまり良くなかったから、明日の朝一にでも一緒に入れたらいいな) まずは、掛け布団を引きよせてっ
last update最終更新日 : 2025-10-15
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み4

***「ぅ、っ……喉が渇いた」 珍しく喉の渇きでふっと目が覚めて身体を動かそうとしたが、なぜだか頭だけが動かない――。「ん?」 目を凝らして見ると、目の前にあるのは旅館の浴衣と胸元の合わせから覗く肌。そして、すぐ傍にある千秋の顔を発見することができた。(――ああ、待ってる間に寝てしまったのか) 頭を抱き締めている腕を何とか退けようとしたが、逃がさないとばかりに両腕を使って掴まれていた。その力を抜いてもらうべく、目の前にある肌に舌を這わせてみる。 隣から漏れてくる電気の光のお蔭でその肌が胸元だと判断できたから、迷うことなく感じやすい鎖骨をなぞる様に舐めあげた。「ふぁ……。あ、ン……っ」 身体を震わせビクつかせた途端に、一気に腕の力が抜けた。素早く身を翻して起き上がり、隣の部屋に移動する。「これ以上はヤバい。寝ているところを起こしてしまいそうだ」 頭をポリポリ掻きながら備えつけの冷蔵庫を開け、中に入っているペットボトルの水を手に取った。それを勢いよく飲み干す――喉の渇きを癒すためと、身体の熱を冷ますために。(まさか、あのまま寝てしまうとは思わなかったな。旅館散策から戻った千秋は寂しくなって、俺を抱きしめて寝たんだろうか?) 千秋が帰ってきた音すら聞こえず、眠りこけていたらしい。日本酒を呑むペースも露天風呂事件でイライラしてしまい、進んでしまったのが原因だ。こんな風に自らペースを乱してしまうとは。千秋が絡むと冷静じゃいられなくなるのが嫌というほど分かっているのに、ちょっとは学習しないといけない。 そう考えながら隣の部屋にいる千秋の寝姿を見て、否応なしにムラムラする。 いかん――勃ってはいけないタイミングで、クララが勃ってしまう。千秋だって毎日バイトに明け暮れながら大学でも頑張って、昨日だって俺の期待に応えるべく遅くまで頑張ってくれた。だから、休めるときに休ませなければ。 パチッと勢いよく電気を消して消灯した。自ら千秋の姿を見えないようにし、布団に潜り込む。ふわりとした熱気をその身に感じ、愛しい恋人がすぐ傍にいることを実感できた。(今度は、俺が抱きしめてあげるよ――) くちびるにキスしたら止まらなくなりそうだからと、綺麗なカーブを描いた頬にキスを落として腕枕をした。「朝、一緒に展望露天風呂に入ろうか。そこで旅館散策の話を聞いてあげるね
last update最終更新日 : 2025-10-16
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み5

*** 腕の中で抱きしめている千秋が身じろぐ気配で、ふっと目が覚めた。障子からきらきらと朝日がこぼれていて、晴天なのが見てとれる。「う……ん、朝?」    眠そうな顔して、俺を見上げる寝ぼけ眼な可愛い千秋。ずっと見ていても、飽きない自信がある。「おはよ」「穂高さん……。おはよぅ、って、あれ?」「どうしたんだい? 不思議そうにして」 ぼんやりした表情から一転、俺の腕の中できょろきょろした。「えっ!? あれ? どうして?」「どうして立場が入れ代わっているんだろうって、ビックリしたみたいだね」 言いながら、枕元にある時計に目をやる。午前4時54分か。「……すごくビックリした。どうして、穂高さんの腕の中にいるんだろうなって」 ビックリしたと言いつつも、どこか恥ずかしげに俺が着ている浴衣をぎゅっと握りしめた。「ビックリしただけかい?」 まるで俺を捕まえたといわんばかりに掴んできたら、それに応えたくなる自分がいる。君が片手で掴むなら、俺は両手でもっと強く捕まえるよ。抱きしめて離さないからね。「うわっ!? あの……」 薄い浴衣の生地をなぞる様に、背中を撫でてあげた。反対の手は千秋の帯に触れてみる。「ね、どうして帯がこんなに緩く結ばれているんだい? まるで、簡単に解けるようになっているけど」「そんなっ。ちゃんと結んでいたよ」「俺の腕の中で寝ていた千秋は、寝相がとても良かったからね。寝乱れることがないと思うんだ」 着崩そうとしているのに慌てて俺から手を離し、胸元をわざわざ合わせる千秋。そんな彼の耳元にくちびるを寄せてやり、笑いながら告げてあげた。「もしかして俺を抱きしめながら、興奮することでもしていたとか?」「しっ、しないよ、そんなのっ」 慌てふためく可愛い千秋に、更に追い討ちをかけてやる。「へえ。でもココは正直だね。すごいことになっているけど。ん?」 上が着崩せないのなら、下から責めてあげよう。 背中に回している手で上半身を自分に押しつけながら、首筋に顔を埋めた。帯に伸ばしていた手を使って、浴衣の裾を一気に捲りあげる。「ちょっ、朝か、ら……何やっ、て……んぁっ!」「何やってって朝だからだよ。おはようの挨拶をきちんとしないと。千秋にも千秋自身にも、ね」 自分がつけた首の根元にある痣にちゅっとキスを落しつつ、はらりと浴衣の上
last update最終更新日 : 2025-10-17
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み6

*** くちゅくちゅという水音と、ふたりの吐息が部屋の中に響いていく。「んぁっ……はっ、あぁ……んっ」 自分が上になって穂高さんにキスしているのに、入り込んでくる舌先が俺の感じる部分を責めたてる。そんな彼の舌から逃げようとしたら、左手が俺の頭を押さえ込んできた。それだけじゃなく、逃げかけた下くちびるをきゅっと甘噛みされてしまう始末。「はぁ、も、やめっ……んくっ!」 押さえつけられた勢いで前歯が当たったのに、そんなの無視して貪るようなくちづけを続ける。出入りする舌が上下するたびに、下半身にじんじんと熱がこもっていった。「せっかく千秋が上になっているんだから、もっと積極的になって欲しいのだが」 息も絶えだえ状態の俺と正反対の、妖艶な表情を浮かべた穂高さん。余裕ありすぎだよ。「積極的って言ったって、その……」「じゃないと下にいる俺がどんどんズレて、千秋の感じるところをもれなく、どんどん気持ち良くしてしまうかもね」 言いながら人差し指と中指を口に含んで、意味ありげに見せた。それを2、3度口から出し入れし、俺の割れ目にゆっくりと手を持っていく。「あっ……や、…だぁ……っ、ソコは――」「千秋が動いてくれたら、この手を止めてあげる」 気持ちイイところをそんな風に動かされて、止められるワケがない――快感に浮かされた身体は更に快感を求め、自然と腰を上下させてしまった。「俺のお口がお留守になってるよ、どうして欲しいんだい?」「あっ、あっ、ん……くぅっ――」 四つん這いで穂高さんの顔の上に胸元を移動させ、勃っている乳首をぎゅっと口に押し当てると、音を立てながら舌先でぺろぺろしてくれた。「あ、あぁぁぁぁ……ん……ぅ!」 こうして舐められながら、たまにじゅるっと吸い上げられるのが、すっごく気持ちいい。「ほら、もっと気持ちよくしてあげるから、遠慮せずに身体をズラしてごらん。千秋のを咥えてあげるよ」 その声に導かれるように身体をビクつかせながら、穂高さんの顔の上に大胆に跨る形でスタンバイした。 宿の部屋の中は窓から朝日がさんさんと照らしているので、俺のハズカシイ姿は更に羞恥心を煽ったのだけれど――それ以上に穂高さんがしてくれる行為が堪らなく嬉しくて、気持ちよさに身を預けてしまう。 俺自身を美味しそうに、口に含んで舐めあげる。同時に後ろの蕾も責めるので
last update最終更新日 : 2025-10-18
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み7

*** 沈むことができるのなら、この湯船に沈んでしまいたい。ずうっと……。「穂高さん、何だかすっごく嬉しそうですね」「そういう千秋は、ものすごく不満そうな顔をしているが。もしかして、まだ足りなかったのかい?」「そんなワケないでしょう! もうぅ!!」 俺の悲痛な叫び声が、展望露天風呂の中で響いた。 朝風呂を浴びようと、最上階にある露天風呂に足を運んだ俺たち。朝一なのにも関わらずお客さんがたくさん入っていて、賑やかにざわついている状態だから俺が大声で叫んでも、誰ひとりとしてこっちを見ることはなかった。「千秋が怒ってる本当の理由、実は分かっているよ」「ホントですか、それ……」 昨日遅くにここに入ったときは、窓の外は真っ暗な状態で何も見えなかった。だけど今は風光明媚な山並みと一緒に海が崖下に広がっていて、目の保養になっている。 そんな景色を眺めつつ、目の保養になる材料その2の隣にいる穂高さんを横目で捉えたら、ふっと瞳を細めて、俺のことを意味深に見つめ返す。「当たっていたら、キスして欲しいな。ここで」「100%当たってませんよ。こう見えても俺、繊細なんです」 真っ暗な部屋ならいざ知らず、朝日が照らしまくったあの部屋で、あんなコトをさせるなんて。「だって、大胆に感じてる千秋が見たかったんだ。怒ってるワケも、根元まで君のを――」「がーっ! 違うったら!!」「でも……もっと感じさせようと強引に身体を持ち上げた瞬間に、千秋の足がつってしまうなんて、タイミングが悪かったとしか言いようがないな。つらかっただろう?」(――はいはい、いろんな意味でつらかったですよ……) 穂高さんの身体の上で快感を絶妙にコントロールしながら、妙な体勢をとり続けた結果、踏ん張っていた足がピキッとつってしまった。「遠慮せずに腰を動かしていいよって意味で、アシストしようと手を出したのに、全部咥えられなくてゴメンよ千秋。今度はちゃんと、やってみせるから!」 心底済まなそうに謝る穂高さんを、じと目で見るしかない。久しぶりの互いのズレ具合に、言葉が出ないよ。まったく――。「……俺の怒ってる理由、それじゃないですから」「ええっ!? だって、えらく残念そうな顔をしていただろう」「してませんよ。たとえしていたとしても、まったく違う理由ですし」 見晴らしのいい景色に背を向け、大き
last update最終更新日 : 2025-10-19
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み8

*** その後、穂高さんと一緒に大広間で用意されていたバイキング形式の朝食を食べてから、旅館をチェックアウトした。 車でフェリー乗り場へ行き、そのまま乗船。数時間後、磯の香り漂う島に到着して、足を踏み入れる。「何だか、懐かしい感じ……。どうしてだろう?」「不思議だね、それは。田舎に帰ってきた感じなのかな」 前回来たのはほんの数ヶ月前だったというのに、何だか1年以上の時間が経過している感覚だ。 フェリーから車を出して、そのまま穂高さんの家に向かう。車なので、あっという間だったのだけれど。「あれ? 家の前に、誰かいるみたいだよ?」「ん、ヤスヒロだ」「康弘?」 穂高さんの家の前にしゃがみ込み、地面に何かを書いてる小さな男のコ。幼稚園児か小学校低学年くらいに見える。「ヤスヒロ、ただいま! そこに車を停めるから、ちょっと退けてくれないか!」「お帰りなさい、穂高おじちゃんっ。分かったよ」 康弘くんと呼ばれた男のコは、嬉しそうな表情を浮かべて素早く立ち上がり、いきなり車のドアを開けて後部座席に乗り込んできた。(――乗り慣れている感じがするのは、俺の気のせい?) 呆気に取られている間にさっさと家の横へスムーズに車を停めて、エンジンを切った穂高さん。「さて、荷物を降ろそうか。ヤスヒロ、今日はドライブしないから降りてくれよ」 てきぱきと俺たちに言い放ち、車を降りた穂高さんを追いかける。「ちぇっ、つまんないな、もぅ……」 康弘くんは口先だけでブツブツ文句を言い続け、しぶしぶといった感じで車から降りた。「穂高さんってば、すっかり島の人だね。こんな小さいコにも好かれちゃって」「ここでは、何もすることがないから。いろんな人と話すのがとても楽しいし、勉強になる」「しかもおじちゃんって言われてるの、初めて聞いた」 こんな小さいコにまで好かれてる、穂高さんを見るのも初めてだ。何だか嬉しいな。「千秋まで、俺をおじさん扱いしないでくれよ。これでも結構、キズついているんだから」 片手に鞄を持って、隣に並んだ俺の頭を乱暴に撫でる。浮かべている表情は少しだけふてくされた感じなのに、何だかんだ言っても優しくしてくれるのは穂高さんらしい。「ねぇねぇ、この人だぁれ?」 着ているシャツの裾を掴まれたので後ろを振り向くと、同じように穂高さんのTシャツの裾を掴み、俺
last update最終更新日 : 2025-10-20
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み9

*** 抱きしめられた身体を離すべくちょっとだけズラして、この状況を康弘くんに何て言ったらいいかと、自分なりにいいわけをアレコレ考えていたときだった。 ピンポーン♪ タイミングのいい呼び鈴と一緒に、引き戸を開ける音がした。「すみませ~んっ、ウチの康弘がお邪魔してませんか?」 元気な女の人の声が、家の中まで響き渡った。「あっ、お母さんが迎えにきちゃった」 ニッコリ微笑みながら穂高さんの手を掴んで、玄関に行ってしまう彼らのあとを追ってみる。「車があったから、戻ってきたのが分かったの。それで、康弘がお邪魔してるだろうなって」「お母さん、聞いて聞いて! 千秋兄ちゃんが、一緒に勉強してくれるって言ってくれたんだよ!」 穂高さんの後ろに隠れるようにしていたのに、康弘くんに腕を引っ張られ、前に突き出されてしまった。「あっ、あの……はじめまして」 おどおどしながら挨拶すると、康弘くんのお母さんは丁寧に頭を下げてくれる。「はじめまして。康弘の母の植松葵です。井上さんの自慢の弟さんとお逢いできて、とても嬉しいわ」 頭を上げながら肩まで伸ばしている髪に手をやり、柔らかく微笑む。「千秋兄ちゃん、温泉気持ちよかったでしょ」「えっ――!?」「あ、コラ! 言っちゃダメだ」 ぽかんとする俺とワクワク顔の康弘くん。それに困った顔した大人のふたりが、バツの悪そうな表情で目を合わせる。「もう! せっかくナイショにしていたのに、ダメじゃない康弘」「そうだったの? ナイショだったの?」「実は千秋、宿泊する旅館を決めるのに、あの場所には有名な温泉宿がたくさんあったせいで、俺ひとりじゃ決められなくてね、彼女に相談したんだ。以前そこに住んでいたっていう、話を聞いていたから」 彼女に相談――。「私も住んではいたけれど、いいよっていう噂のある旅館が数件あったの。だから3人で現地に行って、直接確かめてみようってなって」「千秋兄ちゃんあのね、1日であちこちの温泉を入ったり出たりしたんだよ! それでね、僕がいいって言ったところに決めたんだよね?」「ああ。たくさん感想が聞けた旅館を選んだからね」 ――3人で旅館巡りをしてくれたんだ、俺のために……。「あ、ありがとうございます! お蔭でいい思いができました」 複雑な心境を必死になって隠しつつ、笑顔を作って3人にしっかりと
last update最終更新日 : 2025-10-21
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み10

*** ちょっと困り顔の千秋を連れ、自宅に帰った。さて、と――。「ちあきせんせぇ、俺もせんせぇのお膝の上でゴロゴロしたいんですけどぉ」 ため息をついて振り向きざまに俺を見上げる千秋に向かって、ややふざけ気味に口を開きながら抱きついてやった。「そんなことよりも、大事なお話があります穂高さん」「なんだい? ペットの話?」 抱きしめていた腕の力を解き、傍にある千秋の頬にちゅっとキスを落としてあげる。まぁこれくらいでは、苛立つ君の心は落ちつくはずがないのは分かっているけどね。「違いますよ、そこに座ってください」 言われた通りに座って、きちんと顔を付き合わせた。 本当は隣に座って身体に腕を回し、思う存分にイチャイチャしたいが、ここは我慢しなければいけないだろう。「ね、千秋はイヌ派? ネコ派?」「は――?」「君が好きな方を演じてあげよう。イヌなら甘く囁きながらぺろぺろ舐めてあげるし、ネコなら身体をこすり付けて、ぺろぺろ舐めてあげる」「それは穂高さんが、普段からしてることばかりじゃないですか」 額に手を当てて、うんうん唸りながら嘆いた。「そうだったか、気がつかなかった。で、どっちが好きなんだい?」 気を取り直して、改めて訊ねた俺の顔をじっと見つめる。暫しの間の後に告げられた言葉は。「ウサギ……」    そうハッキリと言いきった千秋に、どうリアクションしていいか分からない。 イヌかネコって訊ねたはずなのに、ウサギと言うなんて予想外だった。しかもこれはかなりの難題だ。どう演じたらいいのか――ニンジンを美味しそうに、ばりばり食べているシーンしか思い浮かばない。「ウサギ、か。難しいけどやってみるよ。千秋のナニを、頭から美味しそうに食べればい――」「そうじゃなくっ! 話の主導権を、俺に渡してくださいって!」 顔を赤くしながら大きな声を出す姿すら、可愛いと思ってしまった。難しい顔した千秋を和ませようと、俺なりに楽しい話題を提供しただけなのにね。これはこれでよしとしなければ。「千秋から話しかけてくれたのに、さっさと始めない君が悪いんだよ」 正座をして膝の上に置いてる千秋の左手を取ってやり、甲にチュッとした。「……食べてしまいたい」 千秋の手をじっと見ながらぽつりと呟いた俺のひと言に、顔をぎょっとさせるなり、慌てて手を引き抜かれてしまった。
last update最終更新日 : 2025-10-22
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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み11

***「いやぁ、よく来たな。入れ入れ!」 玄関先で挨拶をしたら、にっこりと微笑んで家の中に促してくれた船長さん。 今日は人様の家にお邪魔をしてしまう日だなぁと思いつつ、靴を脱いで穂高さんと一緒に居間にあがる。 目の前にある大きなローテーブルの下に、手早く座布団を敷いてくれた。「遠慮せずに座ってろ、ほらほら」 船長さんは躊躇している俺の肩を掴んで、力任せにそこに座らせる。穂高さんも隣に並ぶように、静かに座った。「何、飲む? ビールか? 焼酎か?」 親しげに肩を叩いて俺に聞いてきた船長さんに、なんと返事をすればいいのやら。突然お邪魔したのに、こんなに歓迎されてしまうなんて恐縮するしかない。「あの船長、今日の漁は?」「なぁに言ってんだ、相変わらず無粋だな井上。酒が呑める機会だっちゅーのに、それを潰す気か!? 空気読め、アホんだら!」 いきなりの叱責に、ヒーッと焦った。いつも、こんな感じで、穂高さんは仕事をしているのかな。「あの、お話中のところすみませんっ! お口に合うか分からないのですが、どうぞお受け取りください!」 ふたりの間を割るように持っていたお菓子の入っている箱を、目の前にずいっと差し出してみた。「お、おぅ気を遣わせて悪い。井上の弟とは思えねぇな!」 しかめっ面が一変してニコニコ顔に変わり、俺の頭をこれでもかと撫でまくる。「わ、わ、わ、っ。あ、ありが、とう、ございま、す」「良かったね、千秋。俺も鼻が高いよ」「井上お前、少しは見習えよ。兄貴のクセにできなさ過ぎだ。オメェの場合はな――」 そこから船長さんのお話がはじまり、奥さんがやって来てお酒が用意されるとともに、おつまみやらご飯やらをたくさんご馳走してもらうことになってしまった。 気がつけば日はとっぷりと暮れて、穂高さんの家に帰ったのは午後11時過ぎとなっていた。家に帰る前に、ちょっと寄り道したから余計に遅くなってしまったのだけれど――。「穂高さん、大丈夫? 俺の分まで呑ませてしまってごめんね」 船長さんに『酒が呑めなきゃ一人前になれん!』と言われてしまい、大き目なコップにお酒をがばがばと注がれた。しかも一種類じゃなく、ビールに始まり焼酎やウイスキーに日本酒やら……。お酒に弱い俺は、たじろぐしかなかったんだ。 最初に注がれたビールを飲み干すことに、必死になってる姿を横
last update最終更新日 : 2025-10-23
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