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残り火 After Stage ―未来への灯火― のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 50

54 チャプター

残り火2nd stage 第4章:あいさつ7

*** その後、3人仲良く並んで漁協に顔を出した。 お父さんの顔を見た瞬間、倉庫の中にいた人たちは揃って固まってしまった。 その後、互いに顔を見合わせて何て声をかけたらいいか困っている様子に、大丈夫ですよと言おうとした俺の口を一瞬早く、穂高さんが大きな手で塞ぐ。「っ、ぷ!?」「いいから千秋。黙って見ているといい」 どこか楽しげに、くすくす笑いながら言う。 隣にいるお父さんを見ると、俺が最初に逢ったときと同じく何も言わずに一歩だけ前に出て、周りを見渡しているだけだった。誰が話しかけてくれるんだろうかと、ワクワクした感じにも見える。 その内、みんなに押された船長さんが、頭をバリバリ掻きながら照れくさそうに歩み出てきて、しげしげとお父さんを見上げた。「おい、井上。イタリア人って、英語が通じるのけ?」「はい。通じますので、遠慮せずにどうぞ」 船長さんのいつもの威勢はどこへやら。頭に巻いていたタオルを外して、それをぎゅっと握りしめながら、恐るおそるといった感じで口を開く。「えー……っと、なっ、ないすと、みぃーちゅーぅ! はーわーゆー? だっけか?」「はじめまして、いつも穂高がお世話になってます」「にゃっ!? 日本語が喋れるのけ? ひゃあー、おったまげたぁ。井上テメェ、はじめから日本語喋れるって、教えとけよ!」「穂高、この方どちら様なのですか?」「この人が俺のボスです。いろいろと丁寧に仕事の仕方を教わってます」 ニッコリ微笑みながら、説明した穂高さんだったのだが――。「こちらからご挨拶しなければならないのに、大変失礼致しました。息子がお世話になっております。いろいろと申し訳ございません!」「あ~、ええだ、ええだ。井上の不祥事は、いつものことだきゃらよ。そそっかしくて、目が離せない面白いヤツですわ」「何ということでしょう……。瑞穂のそそっかしい所を、受け継いでしまったのでしょうか。父親として何と弁解すればいいのか」 大きな体をこれでもかと小さくして、隣にいる穂高さんを睨んだお父さん。その目は、マジで怖かった。 そんな目で睨まれているというのに、飄々とした態度を崩さない穂高さんが、ある意味凄いというか何というか。当事者じゃない俺がハラハラしてるなんて、正直なところおかしな話だ。「ええがら、おとぉさんっ。頭を上げておくんなまし。それよか
last update最終更新日 : 2025-11-13
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残り火2nd stage 第5章:気づいた想い

「アキさん、早く帰って来ないかな」「何だよ竜馬、俺とそんなに仕事したくないワケ?」「いやいや。いつも一緒に仕事していたアキさんがいないと、調子が狂うっていうか違和感ありまくりでさ」 夜のコンビニの店内のそこかしこに、アキさんと過ごした面影があった。 あのときはくだらない話を喋ったなとか、ありえないミスをしたのにカラカラ笑って許してくれたり。 夏休みでいなくなってからというもの、優しいアキさんの顔ばかり思い浮かべていた。「アプリでメッセ送っても、既読されるのはいつも夜だし、返事だってなかなか返ってこないし」 遠方にいる友達の所でのバイトが、とても忙しいのかもしれないけど、アプリでの素っ気ない態度は、いつものアキさんらしくないって感じなんだ。「竜馬だけじゃないよ。俺の出したメッセの返事は、決まって夜が多いわ」「ゆっきーもか。良かった、俺、何かしでかしたせいで避けられてるのかもって、深読みしちゃった」「あのさ竜馬、変なことを聞くけど、千秋と何かあった?」 レジの前に立つ俺に、棚の整頓をしながら訊ねてきたゆっきー。「別に何もないけどさ。日本語って相手の解釈次第で、色々とれる場合があるでしょ」「まぁね。たまに、面倒くさいことになったりするよね」「誤解されたかなとか、もしかしてキズつけてしまったんじゃないかと心配しちゃって」「心配、だけなの?」 少しだけ間を置いた質問に、首を傾げるしかない。「それって、どういう意味?」「いや……。なんていうか竜馬が千秋に、執着しているなと思ってさ」「ぷっ! それってゆっきー、ヤキモチ妬いてるとか?」「ちがっ! 絶対にそんなんじゃないって!」 ゆっきーが声を荒げた瞬間、整頓してる棚から箱物がひとつだけ落ちてきた。寸前のところでそれをキャッチするのが、しっかり者の彼らしい。「危なかった……よいしょっと。たださ、友達間での恋愛のいざこざが、俺としては嫌だなって思っただけ」「やっ、恋愛なんて何、言ってんだよ。アキさんは男なのに」「お前、気づいてないだろうけど、何かにつけて千秋の名前を連呼しているよ」 猜疑心を含んだ眼差しで、少しだけ離れたところからゆっきーが俺を見た。その視線はまるで自分の心を見透かすような感じに見えたせいで、思わずまぶたを伏せてしまった。「そ、それはその……いつも傍にいたアキさんがい
last update最終更新日 : 2025-11-14
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Final Stage 第1章:突然の告白

 ――本当に困ったな……。「穂高さん、いい加減にしてくださいよ。そろそろ家を出ないと、フェリーに間に合わないって」「もう少しだけ……。あともう少しだけお願い」 前にもこんなことあったけど、それと全然違うのはベッドの中、俺の隣にいる穂高さんが目を閉じて真剣な表情を浮かべながら、あるモノをぎゅっと握りしめている。それゆえに、俺は動けないでいた。「そんなの握りしめて、何を瞑想しているんですか? 呆れてしまいます……」「長い夏休み中に、型を取っておくべきだったと後悔しているトコ」「エ━━━(;゚д゚)━━━・・」 真剣にナニを悩んでいるのやら。聞くんじゃなかった――。「千秋のと一緒に俺のも型をとって秘密裏に作り上げ、帰るときに俺のを持たせてあげれば、向こうでも寂しくないだろう?」 目をキラキラさせながら何気にすっごいことを言ってるの、理解していないだろうな。だって穂高さんだから……。「……も、もしもそれを貰ったとして、帰ってる最中に不測の出来事に遭遇したせいで手荷物検査にあった場合、俺はどうすればいいんですか? 絶対にそれのせいで挙動不審になった挙句に、警察に捕まっちゃいますよ」「しっかり釈明すれば、いいだけの話じゃないか。遠距離恋愛してる恋人のことを想って、コレを使って慰め――」「言いませんっ、やりませんっ、いりません!! それにもう放してください。フェリー乗り場に今頃、皆が集まっているだろうから」 前回この島に来た時は1人きりで、帰るときは穂高さんに見送られないようにあえてそうして、涙しながら帰った。 だけど今回は漁協で一緒に仕事をしたオバちゃんたちや船長さんが、見送るからねと、わざわざ申し出てくれたのだ。 なので挨拶すべく家を出たいのに、穂高さんがナニから手を離してくれない。「もう放して、穂高さん。俺からも穂高さんにしたいことがあるのに、いつまで経ってもそれができないじゃないか」「ん……」 名残惜しげに手放してくれたのを確認し、それをいそいそしまった。 それから穂高さんの身体に、ぎゅっと抱きついてあげる。そのままゆっくり首筋に顔を埋めて、肩根にがぶりと咬みついた。「くっ、ち、あき……」 切なげに声を上げながら、俺の背中をかきむしる穂高さん。 次の瞬間、ぶわっと上がった体温が伝わってきて、寂しさに拍車がかかってしまった。もう
last update最終更新日 : 2025-11-15
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Final Stage 第1章:突然の告白2

***「呆れて、ものが言えないって」 ファミレスに到着するなり、向かい合った途端に言われた藤田さんの言葉が、胸に突き刺さった。 ここまでの道中、お互いに一言も口を開かなかった。 一応俺から話しかけようと試みたけど、運転しながらタバコを咥えてる藤田さんの顔が明らかに怒っていたため、どうにも話しかけられずに車内でずっと俯いていた。 きっと竜馬くんとのやり取りにイライラさせる要素があるから、怒っているんだろう。彼に抱きしめられた以外に、怒られるような何かををしただろうか? 手をニギニギされちゃったこと以外は、他にないと思うのだけれど――。 俯きながら先ほどまでの流れをいろいろ考えていると、ウェイトレスさんがにこやかな笑みを浮かべながらやって来た。「失礼致します、ご注文を――」「ホットコーヒーふたつ、以上っ!」 苛立ちに任せて言い放ち、さっさとウェイトレスさんを追い払う藤田さん。その声で恐るおそる顔を上げたら、バンとテーブルを拳で強く叩く。「ちょっと、何か反応がほしいんだけど。呆れてものが言えないって言ってるんだ。ねぇ?」「はぃ、すみません……」 ものが言えないと言いつつ、激しく主張しまくっていますね。なぁんて言ったら、絶対に怒られる。「あの色男、誰なの?」「えっとバイト先の後輩で、大学では同期なんです」「随分と、仲が良さそうに見えたけど。穂高がいるのにさ!」「と、友達関係で、それ以上でも以下でもないんですが……」 矢つぎ早にされる質問に答えるだけで、全身から汗が吹き出してくる。言葉と一緒に、視線がぐさぐさ突き刺さる感じだ。 藤田さんの態度に困惑しまくり、あらぬ方向を向いて後頭部をバリバリ掻いていると、さっきのウェイトレスさんがやって来て、目の前にコーヒーを置いていった。「ごゆっくり、お召し上がりください」 ぺこりと一礼していく後ろ姿に、縋りつきたい気分だった。「なに、女の尻をじっと見てんのさ?」「ひぃっ! やっ、べ、別にそんなの見てません」「友達関係だっていう色男が、同性に向かって好きだと告白してきた。これが何を意味するか、千秋は分かってんの?」 藤田さんのセリフで一番大事なことを思い出し、ひゅっと息を飲んだ。 ショックが重なって、思わず失念していた。友達に男の恋人がいるのがバレたことで、いっぱいいっぱいになっちゃって、
last update最終更新日 : 2025-11-16
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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り

 藤田さんにアパート前まで送ってもらった時も、しっかりと念を押されてしまった。『こういうトラブルは、火種が小さい内に消すのがミソなんだ。離れてるからとか心配させたくないという気持ちは、どっかに捨てな。きちんと穂高に言うんだよ。いいね?』 肩を叩かれながら告げられたせいか藤田さんの思いが重く、体にのしかかってるみたいに感じた。ついでに、旅の疲れも相まったのかもしれないな。 はーっと深いため息をつきながらアパートの2階にある自宅の扉を開けて中に入り、パチンと音を立てて部屋の電気を付けた。 久しぶりに帰ってきた我が家――若干、空気が淀んでいる気がする。まるで今の、自分の心の中みたいだ。「ダメダメ! 余計なことを考える前に、まずは空気の入れ替えをしなきゃ」 背負っていたリュックサックを下ろして、窓を開けて換気を強制的に行う。 この時間だったら、穂高さんのいる島なら冷気が入ってくるのにとぼんやり思い出していたら、ポケットに入れてるスマホが突然音を鳴らして俺を呼んだ。「この着信音、穂高さんだ――」 今時分は仕事で海の上にいるハズなのに、どうしたんだろうか。もしかしたら藤田さんから何か聞いて、心配で電話をくれたのかもしれない。 躊躇してる間も延々と鳴り響く着信音に、思いきってタップし出てみた。「もっ、もしもし、穂高さん?」「千秋、無事に着いたかい?」 怖々と口を開いた俺に、心の中に染み入るような特徴のある低音が、耳に聞こえてくる。「あ、えっと藤田さんがアパート前にいて、ちょっと話し込んじゃった。連絡しなくてごめんなさい」「兄さんが、わざわざ待っていたんだ。それで、何か聞かれた?」 うわっ、どうしよう。竜馬くんの話しか実際にしていない。どうして待っていたのか、理由を聞くのをすっかり忘れてしまった。「ぅ……。夏休みはどうだったって、楽しく過ごせたかを聞かれちゃった。待ち伏せされるなんて思ってもいなかったから、すっごくビックリしたよ」 イヤな汗をかきながら、思いついたことを口にしてみる。この勢いを使って、竜馬くんに告白されたのを言ってしまおうか――。「驚かせて済まなかったね。きっと俺に対する嫌がらせのために、待ち構えていたんだと思う」「嫌がらせ?」「ん……。自分はいつでも千秋に逢えるんだぞっていうのを、羨ましがらせるためだけに、ね。相変わらず
last update最終更新日 : 2025-11-17
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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り2

***「憂鬱だけど、行かなきゃな……」 島で買った名産を手にして、楽しく過ごしたことを語りながら、お土産を配るハズだった。本来なら――。(うだうだ考えていても仕方ない、なるようになるって!) ばしばしっと両頬を叩いて気合を入れてから、アパートを飛び出す。いつもより少しだけ遅い出発時刻。バイト先にいる竜馬くんのことを考えると、どうしても気持ちが落ち着かなかった。 ここで、一番の問題にぶち当たる。それは普通に、会話をはじめることだ――告白された身として、やんわりと断った事実があるからこそ、ムダに気を遣いまくってしまう。 困ったなと思いつつ従業員入口の扉を開けると、目の前に見慣れた背中が立ち塞がっていた。「り、竜馬くん?」「アキさん、 お疲れ様です」 妙な感じ――お互いにテレまくりながらたどたどしい会話をするなんて、今までにはなかった。「……いつもより早いね」「それは、その。少しでも長く、アキさんの傍にいたいと思ったから」 竜馬くんの口から告げられる言葉は、どストレートすぎて困ってしまう。それに対して「ありがとう」と答えるべきなんだろうけど、恋人のいる俺がそれを言うワケにはいかない。「そうなんだ。へぇ……」 じっと見つめてくる視線をやり過ごし、手早くタイムカードを押して竜馬くんよりも先にロッカールームに辿り着いた。逃げるようにやり過ごした俺の後を、竜馬くんが追いかけるように入って来る。「あの、アキさん」「はい、これっ。島のお土産なんだ、受け取って。夏休みの間、ずっと休んでてゴメンね」 お土産を押しつけるように手渡し、さっさと店舗の方に向かう。ふたりきりの空間ほど、息苦しいものはない。それだけじゃなく――。 竜馬くんの瞳から溢れてくるように俺への気持ちがだだ漏れしていて、見ているだけで辛くなってくる。これから数時間、そんな彼と一緒にバイトをしなければならないなんて、正直拷問に近いかも……。 狂おしい心中を抱えながら店舗に入り、仕事をしてる社員さんに挨拶した。お土産を手渡してから引き継ぎをしていると、竜馬くんがやって来た。「お疲れ様です!」「おっ、竜馬~お疲れ! お盆過ぎてから、パッタリとお客さんが来ないから暇だぞ」「それじゃあ物品の確認しながら、掃除に励みます」「紺野も、後はよろしくな。こういうときだからこそ気を引き締めて、防
last update最終更新日 : 2025-11-18
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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り3

***「困った……」 今の現状を表すなら、この一言に尽きるだろう。竜馬くんに告白されて、既に1ヶ月が過ぎようとしていた。 一応断ったハズなのに穂高さんを好きな俺を好きでいると宣言したせいで、竜馬くんと逢うたびに見せられる表情や態度から滲み出てくる気持ちが、びしばしと否応なしに伝わってきた。 友達としての関係――俺がこれを望んでも竜馬くんの気持ちを止めることはできないまま、ただただオロオロしていた。「アキさん、恋人と離ればなれで辛くないの?」 彼の口から穂高さんのことを言われるたびに、本当に困ってしまった。気を遣いまくるのもあるけど、それ以上に俺の心の中に踏み込んでほしくないから。「……やっ、これが日常になると当たり前になるし。そんなに辛くはないよ」 ――本当は寂しい。ずっと傍にいたいけど、それは穂高さんも同じなんだ。そう思うと我慢できる。「そうやって強がって笑っている姿を傍で見ていて、俺は辛いけどね」「強がってなんて――っ!?」 誰もいない深夜のコンビニ。温めている最中のおでんの中にある大根を、トングで引っ繰り返そうとしていた。 離れたところにいる竜馬くんが切ない表情を浮かべながら、カウンターで作業をしていた俺を見つめていた。その視線にあたふたして、慌てておいしそうな大根を見る。 静まり返る店内と妙な雰囲気を漂わせる竜馬くんに、いろんな意味でドキドキさせられてしまう。「俺ならアキさんに、そんな顔を絶対にさせないのに。ずっと傍にいてあげるのにな」 その言葉のせいで、トングで掴んでいた大根を落した。ポチャンという水音が響く。 このままでいたら大根を握り潰しちゃいそうだったから慌てて放したものの、竜馬くんにかける言葉が見つからない――。 俺だって……俺だって本当は、穂高さんの傍にいたい。寂しくて涙する夜もあるけれど今の現状、それは無理な話なんだ。「アキさんの傍にいて、寂しくないように抱きしめてあげるのにな」「っ、竜馬くんに彼とのことを、とやかく言われたくないんだけど! 全然関係ないじゃないか」 ガシャンッ!! 放り投げるようにトングを元の位置に戻し、声を荒立ててしまった。「……ゴメンなさい。今日のアキさん、変だったから。何かあったんだと思って」「あ……、ちょっとイライラすることがあっただけ。ゴメンね、気を遣ってくれたのに、あ
last update最終更新日 : 2025-11-19
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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り4

*** 事務所で頭をきちんと冷やしてから店舗に顔を出したときに、もう一度竜馬くんに謝った。「大好きなアキさんがそんな顔してるの、あまり見たくないからさ。俺ができることがあれば、遠慮なく言ってほしいな」 ちゃっかり自分の気持ちを吐露しつつ優しい言葉をかける竜馬くんに、ありがとうとひとこと言って、その日はやり過ごした。(友達としての好きなら、こんなふうに複雑な気分にならずに済むのにな――) そう思いながらバイトを終えてコンビニから出た瞬間、ポケットに入れてたスマホが振動する。慌てて手に取って画面を見た。「……穂高さん」 漁の休憩と俺の帰る時間が、上手く重なったのだろうか? ちょっとだけ息を吐いて重たい気持ちを払拭してからタップし、耳にあてがった。「もしもし? 穂高さん?」「バイトお疲れ様。千秋」 電話の向こう側にいる穂高さんはとても晴れやかな声をしていて、それを耳にした瞬間、今日の疲れが吹き飛んでしまった。 竜馬くんのひとことでトゲトゲした自分が、バカらしく思えてならない。「穂高さん、今、大丈夫なの?」「ん……。今日は昼から、海が時化(しけ)ていてね。波が高いから、漁は中止になったんだよ」「わざわざ起きて、俺の帰りを待っていてくれたの?」 毎日かけてくれる穂高さんからの電話――竜馬くんのことを伝えられない関係で心苦しいところがあれど、こういうことをされちゃうと無条件に、胸の中があったかくなってしまう。「一応寝ようと思って、ベッドには入ったんだ。でも隣に千秋がいないと、どうも寝つきが悪くてね。ひとりでいると君の声が聞きたくって、堪らなくなるんだよ。参った……」「そりゃ俺だって、穂高さんの声を聞いていたいけどさ。でも休めるときは、きちんと休んでおかなきゃダメだよ」 背筋をピンと伸ばして、足早に歩いた。参ったと言ってる穂高さんの声に、思わず笑みが零れてしまう。「分かってはいたんだが、どうしても千秋にお疲れ様が言いたくて」 まるで駄々っ子みたいなセリフの羅列ばかりで、唇に笑みが浮かんでしまう。「ありがとう。すっごく嬉しい」「俺も嬉しいよ、千秋の元気な声が聞けて。そっちに帰ってからどことなく千秋らしくなくて、心配していたんだ」(あ――……)「千秋……千秋。島で過ごした夏休みは、君とずっと一緒にいたからね。こうやって離れてしまう
last update最終更新日 : 2025-11-20
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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り5

***「千秋、可愛かったな」 離れているからなのか、いつもよりも察しのよかった千秋。俺がしたかったことを瞬時に嗅ぎとり、急いで自宅に帰ってそれを実行してくれた。『……っん、っふ……っう…』 スマホから聞こえてくる恥じらいを含んだ声色のせいで、俺自身が一気に張りつめてしまう。一緒にイキたいのに情けない。『うぁ、ほら、か……っ、さんっ……ぁあ、気持ち……ぃ、いい?』「いいよ、すごく。ぅっ、きっと千秋の中に入れた途端、んぅ…爆発してしまう…かもね」『そんなのっ、やっ、も、もっと……俺を感じさせて、くれ、なきゃ……』 こんな風に言われたんじゃ、意地でもガマンするしかないじゃないか。嬉しいね、まったく。「イヤだと言ってるが、俺を待たせたのは君だよ、千秋……いっ、今っ、何をしているんだい?」『な、何って、あぁ…あっ、そんなの、言わせな、い、で』「見えないから、聞いた、だけなのにイジワルだな。だけど、んっ、知ってるよ。どうなっているのか」 今すぐイキたい衝動に駆られるが、ここは必死にガマン――とにかく千秋を感じさせてあげなければ、ね。翻弄するツボは心得ている、とことん感じさせてあげるよ。 自身の弄っている手を緩め提出、千秋の淫らな姿を想像した。「千秋は俺のと違って、蜜をこれでもかと溢れさせるからね。きっと手元が、すごくヌルヌルになっているだろう?」『やっ、言わないで……』「その音を聞かせろなんて、ワガママは言わない。その代わり感じやすい先端部分、俺がいつもするみたいに弄ってごらん。今の俺の言葉だけできっと、蜜がたくさん滴ってきただろ? 間違いなくすごく感じると思うんだ、気持ちいいハズだよ千秋」 耳元に囁くイメージでいつもより低音で告げると、震える声で無理だという一言が返ってきた。「どうして無理なんだい? まだ余裕があるだろ?」『そ、んなのっ、な、ないって。もぉ、あっ…あっ、穂高さ、ひぃっ、イく、イっちゃう……』 その声に導かれて緩めていた手に力を込め、ストロークを目一杯に上げる。「俺も一緒にっ、くっ……うぅっ――」 声にならない声をあげ、瞬殺してしまった。姿が見えても見えなくても、千秋にイカされっぱなしだ。 またシようねと乱れた息をそのままに言ってあげたら、もうイヤだと言いつつも、どこか嬉しそうだった千秋。その雰囲気を感じとって笑い
last update最終更新日 : 2025-11-21
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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り6

*** 毎日電話をかけていたからこそ、確実に千秋が捕まる時間が分かる。右手に持っているスマホを、じっと見つめた。 電話をかけた履歴から、午前10時半からの15分間がちょうどいいタイミングと睨んだ。 あのあとぼんやりしたまま、まんじりとしない朝を迎えてしまった。寝ていないせいで体が重いクセに、頭だけは妙に冴え渡っていた。(いつもなら何も考えなくても、すんなりと言葉が出てくるのに第一声、何を言えばいいのか……。千秋が困ることをしたくはないのにな。だけど、聞かずにはいられない) 今現在、竜馬という男とどうなっているのか。1ヶ月も経っているのに、断ることができていないのなら俺がそっちに行って、手を出すなと警告しなければならないだろう。 目の前に美味しそうなニンジンが無防備にぶら下がったままでいたら、手を出さないワケがないんだ。しかも俺の千秋は、可愛いのだから――。 あの顔でイヤだと言われたら、自動的にイヤがることを率先したくてたまらなくなるという、黒い自分が現れてしまう。俺と同じように執念深くてしつこい男なら、同類の趣味をしている可能性が高い――。 それゆえに千秋が明らかな嫌悪感を示さない限り、ずっと追い続けてしまうだろう。 俺が千秋を落したように、あの男も時間をかけて口説き落とそうとしているに違いない。簡単に渡して堪るか。 千秋と一緒に過ごした時間が、とても濃密だった。そしてふたりで、いろんなことを乗り越えてきた。だからこそ離れていても、強い繋がりができてると思っている。だが――。「そう思っているのは、俺だけなのだろうか?」 そんな自問自答を繰り返している内に、待っていた時間となった。 スマホを持っている手が、微かに震える。そのせいで上手く操作ができないなんて、情けないにも程がある。(必要の無い思い遣りなんて、しなくていいのに。千秋――) 無駄な体の力を抜くべく、はーっと深い溜息をついてからリダイヤルした。耳にスマホを当てた途端に、もしもしという可愛い声が聞こえてくる。「千秋、おはよう」「あ、おはようございます……」「今、大丈夫かい?」「はい。次の講義が休講になっちゃって、どうしようかなぁと思っていたところで」 ――ということは、時間はたっぷりあるんだな。「ね、昨日はあの後、グッスリと眠れたかい? 昨日じゃないか、そういえば」
last update最終更新日 : 2025-11-22
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