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残り火 After Stage ―未来への灯火― のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

54 チャプター

残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん10

*** 夏風邪も数日ですっかり良くなり、いつもの時間に漁協に顔を出してみんなにお礼を言ってから、バイトに精を出した。人のあたたかさに感謝しながら、小さいことでも一生懸命に頑張る。 それは自己満足かもしれないけれど、こんな自分でも誰かの役に立てられるのがとても嬉しい。「あっ、ちーちゃん。井上さんが帰ってきたから、あがっていいよ。お疲れ!」「ありがとうございます。お先に失礼します」 一緒に働いていたおばちゃんたちに頭を下げるなり、倉庫に入ってきた穂高さんに向かって駆け寄った。「お帰りなさい、穂高さん。今日は遅かったですね」「ただいま千秋。最近、船のエンジンの調子がおかしくてね。叩きながら帰ってきたんだよ」(エンジンって、叩いたら直るものだっけ?)「その関係で、船長に頼まれ事をされてしまって。先に帰っててくれないか」「分かりました。あ、鍵は持ってきてるから大丈夫です」 短パンのポケットから合鍵を取り出して、これこれと見せつけてあげた。 島に来てから千秋用だよと手渡されたその鍵には、可愛いネコのキーホルダーがつけられていた。「ねぇ、どうしてネコのキーホルダーをつけたの?」 しかも光の加減で、アヤシくネコの目が光ったりするんだ。これを選んだ、穂高さんのセンスって一体……。「さぁ、どうしてだろうね」 何度訊ねてもこの答えばかり。やっぱり前にした、ネコの鳴き真似をバカにした件について、根にもっていたりするのかな。「気をつけて帰るんだよ、千秋」「はーい。朝ご飯作って待ってますね」「楽しみにしてる!」 そんなやり取りを経てから、ゆっくりとした足取りで家路に向かった。「あれ、康弘くんだ」 朝早くから元気いっぱいな様子で、こちらに向かって走ってきた。その勢いに、砂埃が舞っている。「おっはよー! 千秋兄ちゃんっ」 出会い頭、わーいといった感じで抱きついてきた。その頭をなで撫でして、並んで歩き出す。「おはよう、康弘くん」「千秋兄ちゃん、顔色がいいね。元気になってよかった。今日遊べる?」「あ~……。休んでた分の勉強があるから、午後からでいいかな?」 寝込んだ次の日には熱もすっかり下がり、体調もほとんど良くなっていたのに、穂高さんが3日は寝ていないとダメだとなぜか日付指定をして、ベッドに張りつけにした。 あまりにも暇なのでベッドの上で勉
last update最終更新日 : 2025-11-03
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん11

「いんやぁ、えらがったな! 井上っ」 俺よりも背の低い船長さんは背伸びをして、穂高さんの頭を両手でわしわしっと撫でまくった。「当然ですよ。千秋に手をあげ――」「違うんだ、穂高さん。あの人は康弘くんのお父さんなんだよ」「えっ!?」「フェリーから知らねぇ男さ降りて来たら知らせるように、母ちゃんに言ってあったんだけどよ」 船長さんの言葉に、ハッとさせられる。 俺がこの島に来たときも、いきなり漁協のおばちゃん達にわーっと囲まれて質問攻めにあったのは、こういう理由があったからなんだな。「葵さん、旦那と別れるとき、すげぇ苦労したって言ってたからよぅ。きっと追っかけてくるんじゃないかって、みんなで踏んどったワケでさ」「俺が康弘くんと一緒に帰ってる最中に、偶然そこで出逢ったんです。あの男が葵さんのことを訊ねてきたのでピンときて、慌てて康弘くんを逃がしたんですよ」「……そうだったのか。引き留めようとしていたから、千秋はあの男に抱きついていたのか」 感嘆の声をあげた穂高さんに、呆れ顔をするしかない。「必死に止めに入ってたのに、あのタイミングで絶妙な勘違いをしてくれちゃって」「とにかくあの男を一度引き上げにゃあならんから、井上はロープを持ってこい」 崖下にいる男に、3人揃って見下ろしてやった。相変わらず何かに掴まろうと必死になって、あたふたしながら泳ぎまくっている。 船長さんに返事をして踵を返した穂高さんの背中を見送っていると、同じように頭をがしがしっと撫でられてしまった。「おとーとも、えらがったな。ケガはしてないのけ?」「はい、お蔭さまで。穂高さんが来てくれたので、大事にならずに済みました」「そっか。アイツでもタイミングよく、役に立つときがあるもんなんだな、アハハ」 大笑いする船長さんに向かい合って、しっかりとお辞儀をした。「船長さん寝込んだ際には兄弟揃って、大変お世話になりました。ありがとうございます!」「いいって、いいって。船に乗ってるヤツは、家族も同然なんだしよ。しっかし、こんだけおとーとがしっかりしていたら、あんちゃんがダメになるのが分かる気がしてきたぞ」「いえいえ、 とんでもないです……。あんな兄ですが、これからもよろしくお願いします!」 俺がここにいない間、船長さんにはたくさんお世話になるんだから。 そう考えて、しっかり挨拶
last update最終更新日 : 2025-11-04
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん12

***「あはは……」 爽やかな朝がはじまったって、葵さんの家の前ではそう思ったんだけどな――。 その後すぐに自宅に帰って居間に入った途端に、目の前にいた穂高さんが唐突に両膝をついて床に跪いたと思ったら、俺に向かって両手を広げる。「えっと、何でしょうか?」「ん……」 大きな子ども(イケメン)が、目をキラキラさせながら俺を待つ姿に、顔を引きつらせるしかない。「……そんなことよりも、先にご飯食べましょうよ」 呆れ果てながら台所に行こうとしたら、跪いたまま素早く行く手を塞いできた。(――ちょっ、何やってんだよ……)「穂高さん……」「謝りたいんだ、千秋」「もう済んだことなんで、謝らなくていいですよ」「ダメだ、それじゃあ俺の気が許さない」「謝ることとそのポーズは一体、どんな関係があるんですか?」 額に手を当てて聞いてあげると、嬉々として答える。「全身全霊で謝ろうと思って。さぁ、飛び込んでおいで千秋」「飛び込みませんよ、その手には乗りません。跪いてる時点で、危険度が二割増になっているんですから。朝ご飯がブランチになるのが、目に見えますよ」 抱きついたら最後どこを弄られてしまうか、今までの流れで容易に分かるっちゅーの。「さぁ、退いて下さい。朝ごはんを作りますんで!」「ん……っ」「んもぅ、邪魔しないで下さいって。子どもみたいなこと、しないでほしい……」「ヤスヒロには笑顔でおいでって言ったクセに、俺にこの扱いは酷いんじゃないのかい?」 ――子どもと競うとか、何を考えてるんだよ。「穂高さん言いましたよね。俺には1週間、手を出さないって」「ああ、そうだな」「今、抱きついたりしたら、その約束を破ってしまうんじゃないですか?」 俺としてはそれを守ってもらうべく、譲歩しているんだけど。「勿論、俺からは手を出さない。だが千秋が俺を求めたら、無きにしも非ず」「は――!?」「頑張って手を出さないであげるから、君が我慢できなくなったら言ってくれればいい。身体を労わりながら、優しくしてあげるから」 ナニを優しくしてくれるんだよ……てか、やられた。手を出さない=手を使わないだなんて、思うワケがない!!「さあ、おいで千秋。手を使わずに癒してあげるから」 うわー、堂々と言っちゃってるし。癒すだけじゃないクセにさ。「どうしたんだい? そんな神妙
last update最終更新日 : 2025-11-05
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん13

*** 千秋にやられた――何なんだ、その無防備で無邪気な顔は……。 手を出さない作戦で、まんまと罠にかけてやろうと企んでいたのに、いきなり子ども扱いをされ、頭を撫でられている内に押し切られてしまった。ヤル気満々な俺の気持ちをへし折るような純真な対応に、心を打ち抜かれてしまうなんて。「さすがは、千秋といったところか。この俺を黙らせるとは、たいしたものだ」 台所で忙しなく動く背中を見やり、次の作戦を考えた。やられたまま終わるとは、思っていないだろうな。逆にそこをついてあげるよ。 立ち上がって千秋の背後に立つと、シャツの裾をくいくいっと引っ張った。「何ですか?」「先にシャワー浴びてくる。服……脱がしてくれ」「"o(-_-;*) ウゥム……」 右手に持った包丁が、ふるふると揺れている。俺の作戦に気がつき、コイツは――って思っていることだろう。顔を赤らめさせて困惑している表情が、結構好きだったりするんだよな。「ゴメンね、千秋。穂高くん的には、上手く脱げなくって」「Σ(~∀~||;)ゲッ……。穂高くん的って」「手間のかかる男は、好きじゃないよな。やっぱり自分でやるよ」 身を翻すように背中を向けたら、着ているシャツをぎゅっと掴んできた。優しい君は、俺を見捨てることなんてできないだろう。「脱がしてあげますから! ちょっと待ってくださいって」(――ほら、ね。かかってくれた)「……いいのかい、千秋?」「いいですよ。手を洗ってっと。はい、こっち向いて下さい」「全部、脱がしてくれ( ̄ー ̄)ニヤリ」 笑い出したい気持ちをぐっと抑えつつ、神妙な顔を作って千秋を見下ろすと、渋々言うとおりにやってくれた。 たまには脱がしてもらうのも、いいものだな――。「あ……」 おっと、クララが勃ってしまった。いかんいかん!「穂高さんっ、何を考えて……」「いやぁ千秋の触れてくる手が、所々いやらしい感じがあって」「そんなの酷いっ、普通に接してましたから!」「へぇ天然か。それは厄介だな」 顔を真っ赤にして怒る千秋を尻目に肩を竦めて、風呂場に向かった俺。 ――穂高くん的な作戦、まだまだ続けさせてもらうよ。 鼻歌を歌いながら仕事の汗をシャワーでさっさと流し、濡れた身体を手早くタオルで拭く。だが、頭は緩めに拭うだけにしておくのがミソ。 トランクスを履いて首にタオ
last update最終更新日 : 2025-11-06
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残り火2nd stage 第3章:助けたい

*** いつもなら、こっちが呆れ返るくらいにしつこく迫ってくる穂高さんが、『……ご飯を食べようか』 なぁんてマジメな顔して言ったので、お言葉に甘えたんだけど――朝食後も手を出さずに、洗濯や掃除など家事に勤しんでくれた。 その間、俺は大学のレポートをまとめながら、その働きぶりをじっくりと観察させてもらいつつ、いつ手を出されてもいいように身構えて……両拳を時折ぎゅっと握りしめて身構えていたのに、いっこうにやって来る気配がない。(――おかしい、何を考えてるんだ?) 俺が穂高さんを子ども扱いしたのをいいことに、見事それに乗っかり、可愛い穂高くんを演じられてしまった。 やられたっ! って思ったときには既に遅く、穂高くん的な発言をされたり俺の手を煩わせてくれたりと、散々翻弄しておいて現在はこの扱い。 拒否しまくった結果なんだろうか。それとも自分が言ったことを実行すべく、きっちり1週間、手を出さずにいるために距離をとっているのか? いつもならそろそろ、ちょっかいをかけてくるタイミングなのに――何だか寂しいなんて思ったりして。『千秋、どうした? ぼんやりして。疲れたのかい?』 とか何とか言って、後ろから抱きしめてくれるんだ。穂高さんのぬくもりがえらく気持ちよくて、そのまま寄りかかったら、ちゅってキスされてしまう流れを想像しちゃう。「はい、どうぞ千秋」 その声にハッとして、一気に現実へと引き戻された。目の前にドアップのイケメンの顔があり、ぶわっと頬に熱を持つ。「ほ、穂高さんっ!?」「コーヒー淹れたんだ。千秋のは、甘めのカフェオレにしておいたよ」 優しく俺の頭を撫でながら、くすくす笑った。「あまり進んでいないようだが、ちゃんと夏休み中に終わるのかな?」 撫でていた手をすっと退けて、俺の目の前に座る。 いつもなら隣に並んで座るのにな。手を伸ばせばすぐに触れられるけれど、この微妙な距離感が結構もどかしい。「大丈夫ですよ、多分……」 淹れてくれたカフェオレに、ずるずると口をつける。穂高さんを意識しすぎて、声が裏返っちゃった。 あたふたしてる俺を見やり、ふーんって言いながら同じようにコーヒーに口をつけて、ため息をつく。もしかして朝からばたばたしていたから、疲れているのかもしれないな。「あの、穂高さん」「ん……?」「寝なくていいんですか?」
last update最終更新日 : 2025-11-07
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残り火2nd stage 第3章:助けたい2

*** 午後からは約束通り、康弘くんと一緒に遊ぶため外に出かけた。「千秋兄ちゃんっ、山を途中まで駆けっこね!」 出会い頭そう告げられて、いきなり全力ダッシュして目の前から消えてしまう康弘くん。ううっ、日頃の運動不足が……なぁんて言っていられない。 穂高さんは葵さんと並んで浜の方に行ってしまったのだが、それよりも康弘くんをひとりにしておけない。転んでケガをしたとか何かトラブルがあったら、面倒を見ている俺の責任になってしまう。(でもやっぱり、ふたりが気になるよな――) 後ろ髪を引かれつつ、山に向かって走り出した。とりあえず背後の景色の中にふたりの姿が見えるので、何かあったらすぐに分かると思うんだけど、楽しげに微笑み合う並んだところは、どこから見ても恋人同士にしか見えないのが結構つらい。「しっかし……ゼェゼェ……。山の途中まで駆けっこって一体? はぁはぁ……普通、頂上まで行くものじゃないのかな」 全速力で山道を駆けて行く康弘くんの背中を、必死になって追いかける。途中、ちらちらと後方を確認――打ち上げられている流木に腰掛けた穂高さんの隣に、立ったままの葵さんが並んでいた。「千秋兄ちゃん、こっちこっち!」 息を切らしながら声のする方を見上げると、すぐ傍にある脇道で元気よく手を振っている。 それとの後方……頂上辺りに、2人分の人影が目に留まった。何にもない草原だけの山に、何しに来ているんだろう?「やっと追いついた……。康弘くん、足が速くなったね」 脇道に入ってすぐに、しゃがみ込んでしまった。「千秋兄ちゃん、だらしないなぁ」「今度は一緒に、よーいドンしなきゃダメ」「ええっ!? それするのはもう少し僕の足が、もっと速くなってからじゃないとダメだよ。絶対に負けるもん」 いやいや、もう十分に速いですけど。「……こんな場所だけど、頂上に誰か人がいるみたいだよ」 機嫌が悪くなりそうだったので、苦笑いしながら話題転換した。「きっと、写真を撮りに来てるのかも。ゴールデンウィークのときに、たくさん人が来てたんだよ。ここら辺全部ピンク色の小さなお花が、いーっぱい咲いていて、すっごく綺麗だったんだ」(それってデジャヴなんだろうか。夢で見たことがあるような話だぞ)「そっか。この緑の葉っぱは、ピンクのお花の葉っぱなんだね」 夢の中で見た光景を思い出しながら
last update最終更新日 : 2025-11-08
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残り火2nd stage 第3章:助けたい3

「やれやれ……。この島では親父のせいで、悪さができないね。内地で小児科医をしている、周防 武と言います。コイツは連れのバカ犬」「ちょっ、それって酷くない!?」「自己紹介くらい自分でやれよ。だからいつまで経っても、バカ犬呼ばわりされるんだ」 バカ犬って、あの……凄い呼び名のような気がする。毒舌っぷりも親子揃って半端ない。「こちらこそ、紹介が遅れてしまって済みません。島で漁師をしている、井上穂高と言います」「えっと弟の千秋です。はじめまして」「看護学生の王領寺 歩です、はじめましてです。……あだっ!」 きちんと挨拶をしたというのに、王領寺くんの後頭部を振りかぶって殴る周防さん。「ちゃんと笑顔で挨拶しろよ。見てみろ、目の前にいる元ホストの眩しすぎる笑顔をさ! 見習ってほしいくらいだ」 何で周防さん、穂高さんが元ホストだって知ってるんだろ? お父さんの周防先生が教えたのかな? 不思議に思って穂高さんを見たら、苦笑いをしながら肩を竦めた。「内輪揉めはこれくらいにして、人捜ししてるんでしょ? もしかしてさっき山にいた、小さい男のコだったりする?」「そうなんです。かくれんぼして遊んでいたんですが、ちょっと事情があって……」 言葉を濁すと穂高さんが辺りを見渡すべく、遠くに視線を飛ばす。「隠れられる範囲が大体定まっているんですが、いかんせん体が小さいコなので深みに嵌っていたりしたら、大変なことになっているかもと。あ、葵さん。済みません!」「井上さん、康弘に何かあったんですか?」 ただならぬ雰囲気を察してか、走ってやって来てくれた。「男のコの母親です。葵さんこちらは、周防先生の息子さんの周防武さんと――」「看護学生の王領寺歩といいますっ、はじめましてですっ!」 穂高さんが紹介する前に割り込むようにして自己紹介した王領寺くんの姿に、思わず吹き出してしまった。周防さんに言われたことをさっそく実行するなんて、偉いじゃないか。「はじめまして……。あの、それで康弘は?」「……俺とかくれんぼしてたんですけど、なかなか見つからなくて。捜すのが下手なのかな」 葵さんに事情を説明すると、困ったコだわ、ゴメンなさいねと逆に頭を下げられてしまった。「千秋、いつもの場所は全部捜したのかい?」 穂高さんに訊ねられたので、顎に手を当てて改めて考える。「うん。あ、
last update最終更新日 : 2025-11-09
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残り火2nd stage 第3章:助けたい4

*** 診療所に向かって走りながら、後方にいる王領寺くんのことをふと考えてみる。 周防さんの実家にやって来たふたり。夏休みだから友達と一緒にやって来ること自体、おかしなことではない。 だが周防さんの首にあった、鍵のついたネックレス。それと王領寺くんの首につけられている南京錠付きのチョーカーは、多分お揃いの物だろう。 バカ犬呼ばわりされていても、どこか嬉しそうだったし。「あのっ、もう少しスピード上げていいっすよ!」「済まない。つい考え事をしてしまって、スピードが落ちてしまったね」 ――急がなければ!「考え事って、さっきの康弘くんだっけ? 大丈夫っす! タケシ先生がぜってー助けてくれますから」 スピードを上げたのに、余裕な顔して隣に並びながら言い放つ。服が濡れているせいでかなりの重さを含んでいたが、それくらいで足が遅くなることはないと思うのだが。 体が弾むたびに彼の首についているチョーカーが揺れて、南京錠がキラキラ瞬いた。彼のシャープな顔立ちを、より輝かせるみたいに。「そのチョーカー、すごくステキだね。彼からの贈り物なのかい?」 ((((o ̄. ̄)o ・・・・・・・・ミ(ノ;_ _)ノ =3 ドテッ 思ったことを口にしたら、いきなり全力疾走して目の前で派手にこけた。「おい、大丈夫か!?」 慌てて駆け寄り手を差し伸べてやると、真っ赤な顔しながらなぜだか怯えたような表情をありありと浮かべる。「みっ、水に滴るいい男にそんなことを言われても、俺的には無理って言うか、えっと……そのぅ」 差し伸べた手を使わずに、いそいそ自力で立ち上がり、汚れた部分をばしばしと両手で叩きながら俺を見た。「……誘ったとか、そんな深い意味はないよ。ただ、チョーカーがとても似合っていたから、指摘しただけなんだが」「すみませんっ、普段滅多に褒められたりしないから、いきなりワケ分かんねぇこと、口走っちゃって」「こっちこそ、急いでる足を止めて済まない。目の前にある、白い建物がそうだから」 言いながら指差ししてやると、いきなり凄いスピードで駆け出す。後方にくっついていくのがやっととか、どれだけ足が速いんだろう。 診療所の中に入ると王領寺くんはスリッパを履かず、そのまま診察室の中に入ろうとしているところだった。「お父さんっ、緊急事態です!」「おとうさん!?」 あ
last update最終更新日 : 2025-11-10
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残り火2nd stage 第3章:助けたい5

*** 葵さんの手を引いてグラウンドに到着すると、ストレッチャーを囲む周防さん親子が目に留まった。 少しだけ離れた場所で立っている、穂高さんの隣に並んでみる。はぁはぁと息を切らす俺を見て、印象的に映る瞳を細めながら頭を撫でてくれた。「大丈夫かい?」「うん……何とか。葵さんは?」「私は大丈夫です、千秋さんありがとう」 微笑み合う俺たちの耳に、緊迫した声が聞こえてきた。「あ、その……いろいろ用意してくれてありがと。氷嚢とか、すっごく助かるわ」「低体温療法だと聞いたからな、当然だろ。容態はどうなんだ?」 周防さんに聞きながらストレッチャーの上に置いてあった物を、康弘くんの体に沿って置いていく。ドラマで見たことのある救命救急を、目の前で見せてもらっている感じに見えるな。 それを眺めつつ、横目で王領寺くんの姿を捉えた。看護学生だと言った彼にとっても、すっごく勉強になるだろう。「意識レベルが300ってトコ。心拍が再開して呼吸は水を吐き出したあと、激しく咳き込んだお蔭で再開したんだ」「ということは、あまり水を飲んでいないな?」「ああ、水に浸かって早々意識を失ったみたい。だから目を覚まさないんだと思う」「井上さん、康弘はどんな状況だったんだね?」 質問の矛先がポンと穂高さんになされ、顎に手を当てて当時の状況を思い出すように、ぽつぽつと口を開く。「俺が岩穴の中に入ったら、水の底に浮かんでいました。潜ってみたら、左足が岩に挟まっていて、両手を挙げて昆布みたいに漂って、プカプカしている状態というか」 言いながら両手を挙げて、フラダンスするようにそれを示すように動く。みんなには分かりやすいんだろうけど、緊迫したこの状況に、ないわーと思ったのは俺だけかもしれない。 そんな穂高さんの答えに周防さん達はふむふむと相槌を打ち、分かった風な感じで目配せする。 さすが親子、何か息ぴったりに見える。「なるほどね。だから水を飲んでいなかったんだ、納得……。それよりもヘリは、あとどれくらいで来る?」 その問いかけに、周防先生が腕時計を確認した。「もう間もなく到着だ。お前、乗っていくんだって?」 言いながら、王領寺くんに視線を飛ばす。(何だか、すっごく困惑した表情で彼を見るのは、どうしてなんだろう?) その疑問を聞こうと隣にいる穂高さんのシャツの裾を、くいく
last update最終更新日 : 2025-11-11
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残り火2nd stage 第3章:助けたい6

***    呆然とした千秋と一緒に自宅に戻り、塩水でベタついた肌をシャワーで綺麗に洗い流した。サッパリして居間に戻ると、にこやかに微笑んだ千秋から麦茶を手渡される。「ん……ありがと」「仕事に行く準備、しなくて大丈夫ですか?」 麦茶を口にしながら壁掛け時計を確認してみたが、まだ余裕はあった。「準備があったとしても、そんな顔してる君を放っておくなんてできるわけがない。うずうずしてるだろ?」 さっきのことを詳しく知りたいっていうのが、そわそわした千秋の雰囲気から伝わってきていた。「でも準備が――」「俺としては、もっと甘えてほしいな。遠慮せずにワガママも言ってほしい……」 ――一緒にいられる時間が限られている、だからこそ……。 細い肩を抱き寄せ、身体をぎゅっとくっつける。そしてその場に座り込み、目の前のテーブルにコップを置いて顔を近づけたら、千秋の右手が俺の口元を押さえた。「あ……その、えっと」 咄嗟の行動だったのだろう。少しだけ驚いた顔して口元を押さえた手を、ぱっと離す。「悪い。最初から話をしなければならなかったね」「穂高さんいいよ、もう終わったことなんだし」「よくない。あれを見なかったことにしたら、前回の二の舞になってしまうおそれがある。それだけは防ぎたいんだ。今後の俺たちのためにも」 ――あのときのように、千秋とすれ違いたくはない。互いのことを考えれば考えるほど、変に気を回しすぎて傷つけ合った過去があるから尚更だ。「穂高さん……」「俺としては、いつも通りに葵さんと話をしているだけだったんだが、向こうはそう思っていなかったらしくてね」 話し出すと千秋は俺の肩に頭を乗せ、切なげに瞳を揺らしながら顔を仰ぎ見た。重なり合っている肌から、ほんのりと彼の重さや熱を感じ、傍にいることを改めて実感させられる。俺の幸せの象徴―― 今のこの幸せを壊さないために、あの場面を見られていなかったら口を割らなかった。何もなかったことにして、黙っているつもりだった。 本当は話したくない、千秋を傷つけたくはない。だが過ちを犯さないために、思いきって話さなければいけないね。「葵さんに話しかけられていたのに、俺は千秋のことばかりを考えていたんだ。今頃ヤスヒロと何をしているんだろう、楽しく遊べているんだろうかなんて、とても失礼な態度をとっていた。そんな俺の
last update最終更新日 : 2025-11-12
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