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残り火 After Stage ―未来への灯火― のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

54 チャプター

残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん

 二箇所のバイトと大学を毎日こなしていたから、体力には自信があった。 だからこそ思いっきり島を満喫すべく、穂高さんと一緒に船に乗せてもらったり、船長さんの口利きで漁協の倉庫で昼間のバイトさせてもらいつつ、空いた時間に大学のレポートをまとめてみたり康弘くんと遊んだりして、とても充実した日々を送っていた。 しかしながら気を遣ったり、慣れない生活を送っていたせいか、ちょっぴりだけ疲れが出てきたみたいだ。 コッソリため息をついて、玄関で名残惜しそうに胴長をいそいそ着込む、穂高さんを見やった。 朝早くに漁から帰り、食事をしてから寝ているんだと聞いていた彼の生活は、俺が来てから少し変わったと思われる。寝る時間を惜しむようにその――俺を抱いてばかりいるから、体は大丈夫なのかなって心配になった。「じゃあ、行ってくる。寂しくないかい?」「うん、大丈夫だよ。気をつけてね」「俺はこんなに寂しいのに、千秋は随分とあっさりしているな」 小首を傾げながら、俺の前髪に意味なく触れてくる。「だって寂しいって言ったら、余計に寂しくなるし……」 顎を引きつつ上目遣いで穂高さんを見たら、前髪を弄っていた手を後頭部に回してきて、強引に引き寄せた。そのまま、くちびるを塞がれるのかと思いきや――。「寂しい思いをさせてゴメン、すぐに帰ってきてあげるから」 ちゅっと額に、キスを落としてくれる。「穂高さん……」「そんな顔しないでくれ。帰ってからたくさん、そのくちびるにキスしてあげるからね」 くちゃくちゃと頭を撫でてから、振り切るように家から出て行った。「逆に気を遣わせちゃったな。しかも体調が大丈夫かどうか、声をかけ損ねてしまった」 キスされた額をそっと触れながら居間に戻る。穂高さんがいないだけで、だだっ広く感じるのはしょうがないのだけれど。「っ、はっくしょんっ!!」 薄ら寒く感じるのは、いつも傍にあるぬくもりがないから――あーあ、イヤになるなぁ。地元に帰ったら、きちんと生活していけるんだろうか。穂高さんなしの生活をしなきゃいけないのに、今からこんなんで大丈夫な気がしない。 鼻をすすりながら、Tシャツから出ている腕を擦ってしまった。夜になると昼間の熱気が、ウソみたいに気温が下がる。半袖しか持ってきてないから、対処のしようがないのがつらい。 クローゼットの代わりをしている押入
last update最終更新日 : 2025-10-24
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん2

「……んぅ?」 更に目をこすって状況を把握しようとしたけど、何だかすごく体が重ダルい。「千秋、大丈夫かい?」 心配そうな表情を浮かべて、穂高さんが身を乗り出してきた。 (――大丈夫って、何がだろう?)「熱で頭がぼんやりしているようだね。俺はこの島で医者をしている周防だ。兄弟揃っておんなじ病気にかかるとは、仲がいいもんだな」 周防と名乗った年配の男性は呆れた顔で、隣にいる穂高さんを見た。その視線に照れたように、頬をぽりぽり掻く。「実は俺もこの島に来てから、しばらくして寝込んだことがあったんだ。昼と夜の寒暖の差で体力が奪われるらしく、風邪を引いてしまうらしい」「風邪っ!?」 確かにくしゃみはしたけど、何回もしたわけじゃなかったし、喉だって痛くないのに。「知らない間に、抵抗力を奪われるんだ。ほら、じっとしていろ。周防スペシャルを打っておけば、一発で治っちまうから」 ワハハと豪快に笑い飛ばし、手際よく注射を打ってくれた。しかも、いつ打ったのか分からないくらい、痛くないヤツ!「あの、有り難うございました」 ちょっとだけ枕から頭を上げて、しっかりと目礼した。「礼を言われるまでもない。もっと食べて、コイツみたいに大きくなりなさい」「コイツみたいにって、何だか言い方にトゲを感じますよ、周防先生!」「事実だろ。ムダにデカいガタイだけが、井上さんのとり得だろ」 頭をグチャグチャに撫でられ、からかわれている穂高さんが嬉しそうにしている姿は、何だか周防先生と親子みたいに見える。「この体で、可愛い弟を守っているんです。なのでそんな言い方されると、俺でも傷つきます」「なら医者として、その傷口に塩を塗ってやるよ。覚悟しなさい」 すごいなぁ、あの穂高さんを簡単にやり込めるなんて。「そうそう、もう少ししたら俺の息子が島に遊びに来るから、構ってやってくれ。君らと同じくらいの年齢だし、話が合うだろ」 鞄を手にしてゆっくりと立ち上がり、振り返りながら告げてくれた言葉に、穂高さんは分かりましたと手短に返事をした。「周防先生に似て、ものすごく性格のいい息子さんなんでしょうね」「勿論だとも。俺に似て、ものすごく顔も性格もいいさ。地元で小児科医をしているんだよ。一度診てもらうといい、腕は確かだからね」「そうさせてもらいます、バカにつける薬があるみたいですし。今日
last update最終更新日 : 2025-10-25
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残り火2nd stage 小話 当たり前のような奇跡を感じて――

 六月某日の週末、穂高は千秋と一緒に島にある小高い丘に来てきた。  この時期になると辺り一面に芝桜が咲き乱れ、観光客や写真家がフェリーでこぞってやって来る。今日は特に天気が良かったのも手伝って、丘の上は人が溢れ返っていた。 「ピンク色に敷き詰められた絨毯に、空の青と海の青がよく映えて見えるね。穂高さん」  弾んだ声をあげる恋人を、静かに見下ろしながら思い出した。去年の同じ時期に、なんとはなしにひとりでここに来て、同様の景色を眺めた。  普段は静かな島が活気に溢れている様子を肌で感じつつ、ぼんやりと目の前に広がる光景を見つめながら考えていた。  千秋にもこの景色を見せてあげたいな、と―― 「穂高さん?」  不思議そうな表情を浮べて、自分を見上げる千秋が愛おしい。こうしてこれからも一緒に、同じものを分かち合えることができるのだろうか。 「千秋、綺麗だね」  当たり前のように隣にいる可愛い恋人に話しかけると、花が咲いたように笑いかけてきた。 「穂高さんと一緒に見てるせいか、いつもより綺麗に感じるのかな」  嬉しいひとことを告げるなり、穂高の手を繋ぐ。手のひらに感じるあたたかさをぎゅっと握りしめてから、ほかの人からは見えないように脇の下に隠してみた。 「……もしかして、これって隠してるつもりだったりする?」 「もちろん。そのつもりだが」 「俺の腕が不自然に穂高さんの脇に入っていて、余計に目立ってますけど」  言うなり繋いでいた手を解いて、脇をくすぐり始めた千秋。いきなりの先制攻撃に穂高はなすすべがなく、声をたてて笑った。あまりの騒ぎっぷりに、傍にいる観光客が自分たちをじろじろ見つめてきたが気にしない。 「千秋、もう参ったからやめてくれ」  涙を滲ませながら降参した哀れな恋人に向かって、千秋は眼下から望む景色に負けないくらいの笑顔を返した。 「また来年もこの時期に、ここに来ましょうね」 「ああ。来年は、俺が千秋をくすぐる番だな」 「穂高さんみたいな変なこと、俺はしませんのであしからず!」  そう言って穂高の手を掴み、力ずくで引っ張って丘を駆け下りる。日の光を浴びた薬指の指輪が時折キラキラ瞬くのを、繋がれた自分の手を見ながら幸せを噛みしめたのだった。 当たり前のような奇跡を感じて――(千秋目線)  いつもより穂高さんってば、はしゃい
last update最終更新日 : 2025-10-26
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん3

「どうしてもダメなのかい?」「ダメに決まってるでしょ。むしろ離れてほしいくらいです」「離れろなんてそんな……。ね、寒くないかい? 俺が布団に入って、温めてあげるよ」「大丈夫です。指を噛まれた時点で、既に温まりましたから!」    俺だって本当は、いちゃいちゃしたのに何なんだよ。この誘惑の連続は――あまりの必死さに、つい頷きそうになっちゃってるぞ。「ね、千秋何か――」 ピンポーン♪「いのうえ~いるか~?」 タイミングよく引き戸が開く音と一緒に、船長さんの元気な声が耳に聞こえてきた。「はーい、ただいま!」 もう少しだったのにとぶつぶつ文句を言いながら素早く立ち上がり、玄関に消えた穂高さん。(――実際のところ、もう少しで危なかった……) 内心ドキドキしながら、先程までのやり取りをいろいろと考えていると、程なくして穂高さんが両手に何かを抱えて、俺の傍に戻ってきた。「船長から千秋にって。お見舞いの品」 嬉しそうな顔して、ほらと言いながら見せてくれたのは、柑橘系の果物と小さい子どもが喜びそうなお菓子がたくさんあった。 ――どうして、小さい子供用のお菓子が? とは思ったものの船長さんに心配させてしまったことに、眉根を寄せるしかない。「ごめんね、穂高さん。船長さんにこんなに気を遣わせた上に、迷惑をかけちゃって」「ん? いいんだよ。実はこういうイベントが好きな人だし」(――えっと、イベントですか、これ!?)「俺がここで倒れて漁に出られなかったときよりも、まだ穏やかだから大丈夫」「穏やか?」「そう、穏やか。すごかったんだ、ホント。家まで見に来て玄関の鍵を壊して、中に入って倒れてる俺を見つけたときは、自分の船が沈んでしまったんじゃないかというくらいの勢いで、大丈夫かって叫んでくれてね。島中の人たちが騒然となってしまったんだ」 いやいや、船長さんじゃなくても大騒ぎになりますよ、それ。 そう、口に出そうとした瞬間だった。 ピンポーン♪「井上さ~、おるか~?」 先程と同じように、声と一緒に玄関が開く音がした。「そういえば穂高さん。玄関の鍵、開けっ放しなの?」「ん……そうだよ。開けておかないと、引き戸を壊す島民が結構いるんだ。それにここは、鍵が必要のない場所だから」 それって、何度も壊されたから言えることだったりする? それとも、悪
last update最終更新日 : 2025-10-27
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん4

 あわわっと慌てて口を開けて指を解放してあげたというのに、淫靡な雰囲気を漂わせながら強引にくちびるに指を割り入れ、そのまま俺の上顎をすりりと指で撫で擦りはじめる。「はぁあっ……んあぅ、らめ、らよっ……」「何を言ってるんだい、最初に仕掛けてきたのは千秋だよ。して欲しかったんだろ……ん?」 しかも俺の身体が逃げないように、布団の上に跨ってきた。(ちょっと待って。これでも一応、病人なんですけど!!) その後も舌を弄ばれ、散々くちゅくちゅと乱されたせいで、荒い息を何度も繰り返すしかない。 だけどタイミングがいいというのか、またしてもピンポーン♪の音が家の中に響いた。「穂高おじちゃん、おはよー!」 元気な康弘くんの声が、家中に響き渡った。「……くっ、またか。千秋、君は本当に人気者だな。オールマイティに好かれるなんて、ホストになったらきっとナンバーワンだよ、まいった――」「俺は穂高さんだけのホストですから。他の人に好かれても、迷惑なだけです」 穂高さんの言葉に投げやりな感じで返答したのにも関わらず、それはそれは嬉しそうな表情を浮かべた。「千秋が俺だけのホストなんて……。無条件に尽くしてしまいそうだ」 いやいや、充分に尽くされておりますが!?「穂高おじちゃん、いるの~?」「ちょっとだけ待っててくれ、手が離せない!」「行ってあげなよ。康弘くんかわいそうだって」「……この状態でコンニチハしたら、かなりヤバいんだが」 言いながら俺の手を掴むなり自分の下半身に引っ張って、それを確かめさせようとした。「ちょっ、分かったから。触ったら余計にヤバいでしょ」「ねぇねぇ、まだ~~~?」 うずうずした康弘くんが、このまま家に上がってきちゃう可能性が大かも。「千秋が悪いんだよ、俺をこんなに乱したんだ。責任、取って欲しい」 穂高さんが俺の首筋に、大胆にも舌を這わせてきた。まるで、このヤバい状況を楽しむかのように。「ふぅっ……。ンン、こっ、声が出ちゃう……ってば」 外に聞こえないように両手で口を押さえながら、首を横に振って必死に訴えてみた。荒い呼吸を繰り返て声を抑える俺を尻目に、穂高さんは華麗にスルー状態。 しかも――。「よし、落ち着いた。行ってくるよ」 俺の乱れた姿と反比例していつもの様子を取り戻し、颯爽と玄関に向かってしまった。 何なんだ……
last update最終更新日 : 2025-10-28
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん5

*** 千秋との接触をその後、適度にキリのいいところで切り上げ(そりゃあもう、辛いのなんの……)いつものようにシャワーを浴びて濡れた髪を拭っていたら、ピンポーン♪の音が家の中に響いた。「はーい、ただいま!」 玄関の引き戸を開けると予想通りの人が顔を覗かせたので、微笑みながら対応する。「井上さん、おはようございます。千秋さんの様子は、どうですか?」 肩まで綺麗に伸ばしている髪を揺らし、神妙な面持ちで訊ねる葵さんに頭を下げて挨拶をした。「おはようございます……。こんな時間に顔を出して戴きまして、すみません。周防先生の薬のお蔭で、だいぶマシになりました」「そうですか、手当てが早くて良かったですね。これ、お口に合うか分かりませんが、千秋さんにどうぞ」 土鍋に入ったお粥を、鍋つかみごと受け取る。「仕事の時間が迫っているのに、わざわざ有り難うございます。きっと千秋は、喜んで食べると思います」「いいえ。康弘が大変お世話になっているものだから。早く良くなるように、大事にしてあげてくださいね」 ぺこりと一礼をして、足早に去って行くその背中を見送ってから家の中に入って、寝ている千秋を起こした。「千秋、ちーあきっ。寝ているところ済まないが、起きてくれないか。葵さんが、美味しい玉子粥持ってきてくれたよ」「う……ん。ぁれ、俺ってば眠ってたんだ」 貪るようなキスをしてから、ぎゅっと身体を抱きしめて背中をぽんぽんしている内に、あっさりと寝落ちしてしまったからね。「穂高さん、髪が濡れてる……。いつの間に、シャワーを浴びたの?」「ん……? 君が眠ったあとだよ。あまりにも呆気なく寝てしまったところをみると、周防先生のあの注射に、眠り薬が仕込まれていたようだな」「やっぱり、そうなんだ。気を抜くとマブタが落ちそうなんだ」 いつも寝覚めのいい千秋が、とろんとした顔のまま俺を見上げてくれるのだが、見慣れないその表情が誘っているとしか思えない!(ガマンだ、ガマン。ガマン!) そう心の中で何度も呟きながらお茶碗にお粥をよそって、ベッドに腰かけた。「熱いから、ふーふーしてあげよう。少し待っててくれ」「いいよ、そんなの。自分でしますから」「ダメだ、俺がする。君は何もしなくていい」 自分でやると言った千秋の手を窘めるべく、手早く握手をして(どうして握手なのか、気にしない
last update最終更新日 : 2025-10-29
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん6

(スーパーに行く前に、漁協に寄った方がいいかもな。フミさん経由で千秋の風邪のことをみんなが知ってるだろうけど、お礼も言いたいし) 島に来てから、千秋が漁協でバイトを始めた。彼の真面目な働きぶりによりおばちゃんたちに大層可愛がられ、俺よりも愛でられている存在となった。 今日だって漁から戻ったら、倉庫内がえらく騒然としていた――千秋が来ないよ、何かあったんじゃないかって、そりゃあもう大騒ぎ状態だった。 千秋の人当たりの良さはコンビニのバイト姿でよく分かっていたが、ここまで夢中にさせるとは想像以上だ。 そんなことを内心感嘆しながら急いで家に戻ったら、ベッドの上でふーふー言いながら、熱にうなされている姿を発見し、慌てふためいて周防先生のいる診療所に向かった。 朝の出来事を思い返しつつ扉を開け、中にいるおばちゃんたちに声をかけるべく、大きな声を出す。「こんにちはー、先程は大変お騒が……」 徒歩数分で到着する漁協の倉庫、声をかけた瞬間に自分の仕事を放り出して、おばちゃんたちが大勢押しかけてくる。その迫力は、言葉を失うくらいだった。「周防先生から聞いたよ、疲れからくる夏風邪だって? ちゃんと食べさせてたのかい?」「そうそう、あのコってば細っこい体しとったからね。全部、井上さんが食べてたんじゃろ?」「ちーちゃん、熱が高いんだって? リンゴの摩り下ろし、持って行ってやろか?」 他にも一気に話しかけられたため、対応に困ってしまった。周防先生が説明をしてくれたお蔭で周知の事実となったのはいいが、これはこれで対処に困る。「えっとですね、お見舞いの品は既にたくさん戴いているので大丈夫です。お気持ちだけ頂戴しますから」「そんなことを言って、自分がちゃっかり食べようと思っているんじゃないだろうね?」「滅相もないです、本当に! 千秋に全部、きちんと食べさせますから。早くよくなるように、これから栄養剤を買いに行くところなんですよ、ハハハ……」「栄養剤!? そんな化学薬品に頼ろうなんて考えるとか、バッカじゃないの井上さんってば。自然食品から摂らせなさい!」 他にもいろんなことを言われ、叱られている間におばちゃんたちが精力剤だからと、またまたたくさんの食べ物をくれたのだった。「わらしべ長者の気分。藁を持ってなかったけど……」 両手にビニール袋を提げ、ゆっくりと家路に
last update最終更新日 : 2025-10-30
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん7

「すっげ……。顔が崩れてる――」「うわあっ!? なっ、ヤスヒロ?」 耳に聞こえてきた声に心底驚き、両手に持っていた袋をズシャッと落してしまった。「へえ。穂高おじちゃんも、大きな声が出せるんだ。ビックリした」「ビックリしたのはこっちだ、いつの間に傍にいたんだい?」「僕ちゃんと、こんにちはって声をかけたよ。失礼な!」 見られたくない一面を子どもに見られてあたふたする俺を尻目に、ヤスヒロは呆れた顔をしたまま落してしまった袋のひとつをよいしょっと言いながら、頑張って持ち上げて手渡してくれた。「……済まない。いろいろ考え事をしていたものだから」 言いながらもうひとつの袋を拾い上げ、ふーっとため息をついた。「千秋兄ちゃんのことを心配するには、すっげぇ変な顔をしていたけど、本当に大丈夫なの?」(――おいおい、どっちの心配をしているんだヤスヒロ)「それに、穂高おじちゃんから千秋兄ちゃんのいい匂いがする。なんで?」「んー……? 葵さんが作った玉子粥を食べさせるのに、膝に乗せて食べたからじゃないかな」 千秋の匂いが移っているなんて、嬉しい発見じゃないか。思わず自分の体をくんくんしてみたが、さっぱり分からない。「千秋兄ちゃんを膝に乗せてって……。そんなに具合が悪いの?」「いいや。周防先生からいただいた薬が効いて、起きていられなかったんだ。だから補助してあげるために、膝に乗せていたんだよ。心配はいらない」 安心させるべく片手にふたつの袋を持って、ヤスヒロの頭を撫でてあげた。「そういうヤスヒロからも、葵さんの匂いがするけどね」「……何かそれ、いやらしいな。穂高おじちゃんってば、お母さんを狙ってるんじゃないの?」 腰に手を当てながら、じと目で俺を睨みあげる。「ハハハ、狙っていないから。ヤスヒロみたいに立派な男が傍にいるんだ、手を出すなんてしない」「僕はどっちかっていうと、千秋兄ちゃんの方が好き。是非ともお母さんと、結婚してほしい」 ヤスヒロの言葉に思わず、顔を引きつらせてしまった。やっぱり千秋は、みんなに好かれてしまうんだな。「残念ながら、千秋はあげられないよ。決まった人がいるからね」「ホント!? ねぇねぇどんな人? お母さんよりも可愛い?」(葵さんとの比較か――結構難しいな……)「ん~……、可愛らしさでいったら葵さんの方が上だけど、たくま
last update最終更新日 : 2025-10-31
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん8

***「千秋兄ちゃん、こっちこっち!」 足元の悪い上り坂をものともせず、ひとりでさっさと駆け上がっていく康弘くん。「あんまり急ぐと、転んじゃうよ」「だいじょぶだいじょぶ。穂高おじちゃんとは違うから」(ああ、穂高さん……康弘くんの前でも、何かやらかしているんだな) 走っていく後姿を追いかけたら、ちょっとした小高い丘の上に出た。「あのね、ゴールデンウィークはこの辺いーっぱいが、ピンク色の絨毯になるんだよ」「ピンク色の絨毯?」 小首を傾げて、目の前を見てみる。今はだだっ広い緑色の草原が広がっているだけで、まったく想像がつかない。「ピンク色の小さいお花がたっくさん咲いてね、それを見ながら青い海を見たら、もっと綺麗に見えるんだよ」「そっかー、一度見てみたいな」 でもゴールデンウィークはコンビニにとって稼ぎ時だから、それは難しいかも。 そんなことを考えながら、崖下の景色を堪能すべく瞳を細めて前方を見ると、浜辺にいるふたりが必然的に目に留まった。(……あれは、葵さんと穂高さんじゃないか。しかも葵さん、穂高さんの家にあったあの青いワンピースを着てる)「どうして……」 そんな葵さんを嬉しそうな表情を浮かべて、じっと見つめている穂高さん。ふたりは微笑み合いながら何かを話をしながら、寄り添うようにどこかに向かって歩いて行く。 ――向かった先は、葵さんの家!? 穂高さんの腕にぎゅっとしがみつくように腕を絡める姿を目の当たりにして、胸が絞られるように痛くなった。一体、何があったというんだ、さっぱりワケが分からない!「イヤだ、そんなの……。俺は捨てられちゃうの? 穂高さん」「千秋兄ちゃん!?」 康弘くんの声を無視して、一気に坂を下って行く。あのふたりを止めるために。止めて、そして――。「止めた先に……何があるというんだろ」 頬を伝っていく涙で、ハッと我に返った。「千秋っ、千秋! おい大丈夫かい?」 目を見開いたら穂高さんの顔が間近にあって、すごく心配そうな面持ちで見つめているのを、不思議に思ってしまった。「あれ、俺……。どうしたんだっけ」「随分とうなされていたよ。怖い夢でも見たのかい?」 怖い夢――穂高さんが俺から離れていってしまう夢。思い出したくないその夢を思い出し、胸が痛くて口をつぐんだ。「俺の名を呼んでいたが、千秋に何かよくない
last update最終更新日 : 2025-11-01
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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん9

「千秋……」「そっ、それにだよ。葵さんは康弘くんとふたり暮らししてるんだから、男手が当然必要だよね。そういう面で気にしなきゃいけない存在だって分かっているのに、さ……。俺ってバカだよね。ハハハ……」 んもぅ、どうしていいか分からなくなって、無理やり笑うしかない。 そんな困り果てる俺の身体を、穂高さんは無言でぎゅっと抱きしめた。「あの、穂高さん。結構苦しいかも」「もう少しだけ……。もう少しだけ、このままでいさせてくれないか。頼む」 どこか嬉しさを滲ませた声が、じんと胸に響いた。「穂高さん?」「しなくていいヤキモチを妬いてくれて、有り難う千秋」「……何かその言い方、ちょっとムカつく」 唇を尖らせてぷーっと怒ってみせたら、さも可笑しそうにクスクスと笑い出す始末。「そんな風に、可愛く怒らないでくれ。俺も同じなんだしね」「同じって、何が?」「頭で分かっていても、しなくていい嫉妬をすることだよ。君を迎えに行ったとき、バイト先の同僚にえらく嫉妬したし、島に来てからもみんなが千秋を愛でているのが、堪らなくつらいんだ。ほら見てごらん、テーブルの上」 逞しい腕をさっと伸ばして指を差した先には、食べ物と思しき物が大量にあった。「なに……あれ?」「千秋を慕う、漁協のおばちゃん方からの差し入れだよ。スーパーに行く前に漁協に寄ったら、アレコレ質問攻めにあってしまってね。そしたら俺の言動に心配したのか、あれを食べさせろって詰め寄られてその結果、たくさん戴いたんだ。なのでスーパーへ寄らずに帰ってきた」「そうなんだ。たかが夏風邪なのに、何だか申し訳ないな」 横にある穂高さんの顔を見ると、何故か頬を染めて俺を見ている。「どうしたの?」「あ、いや……。瞳をウルウルさせながらそんな謙虚なことを言われたら、もっと尽くしたくなった」 イマイチぱっとしない返答に首を傾げたら、はーっと深いため息をついた。「千秋って、ホント年上キラーだよ。厄介だな、まったく」「俺は、普通だって」「そんなことはない。そういう態度でぐっと心を惹きつけて、相手を夢中にさせてしまうんだから。だから縛り付けて、外に出さないようにしてやりたいんだよ」 眉根をぎゅっと寄せながら、さも残念そうに言って肩にある痣の部分を、かぷっと甘咬みする。 ――俺のモノだという、穂高さんがつけてくれた印。これ
last update最終更新日 : 2025-11-02
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