Lahat ng Kabanata ng 流れる時に沈む月: Kabanata 11 - Kabanata 20

24 Kabanata

第11話

時也は、その場から一歩も動けなかった。胸の奥にじわじわと、底知れぬ恐怖が広がっていく。ふいに、明咲がかつて「婚約を解消したい」と口にした日のことを思い出した。あのときは、ただの気まぐれだと受け流していた。でも、今思えば、彼女は本気だったのかもしれない。「そんなわけ、ない……」かすれた声で何度も首を振る。五年も一緒に過ごした。時也がどん底だったときも、明咲はずっとそばにいてくれた。そのあと、プロポーズして、結婚式も何度も準備した。たとえ三度も式が台無しになったって、そんな簡単に、二人の絆が切れるはずがない。そう信じていた。車のキーをつかみ、思わず一ノ瀬家に向かう。もし明咲が引っ越しているなら、きっと実家に戻っているはずだ。ちゃんと会って話せば、きっと誤解も解ける。そう思い込んで、玄関の前で深く息を吸い、インターホンを押した。ドアが開くと、中にいたのは明咲の母の由紀子だった。時也の姿を見て、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに表情が冷たくなる。「時也?どうしてこんなところに来たの?」「おばさん、明咲に会いに来ました。家にいますか?」そう言いながら、中を覗き込もうとする。「明咲はいないわ。もう帰ってくれる?」そう言ってドアを閉めようとする由紀子を、時也は慌てて手で止めた。「おばさん、お願いです。明咲の電話も、何度かけても出なくて……本当に心配なんです」由紀子は鼻で笑った。「もうあなたたち、婚約解消したでしょう?どうしてまだ明咲にこだわるの?彼女のためにも、もうやめてあげて」「婚約解消……?」時也の顔色が一瞬で青ざめた。「そんなはずないです!明咲とは、まだ結婚式の準備中なんです。俺は、絶対にそんなこと認めません!」由紀子は細い目で時也を見つめていた。そのまま、彼の言葉が本当かどうか、見極めるような視線を向ける。「明咲からは、ずっと前に『婚約を解消したい』って聞いてるわよ。お互い合意したんじゃないの?まさか、今になって『そんな話は知らない』なんて言いに来たの?」「たしかに言われました。でも、おばさん、俺はただ明咲が少し拗ねてるだけだと思って……俺は、認めてません!」時也の声は、焦りで少し高くなっていた。「これまでだって、結婚式がうまくいかなかったのは全部事故です。婚約を解消するなんて、一度も
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第12話

「な……なんですって?」時也は頭を棒で殴られたような衝撃に呑まれ、思考が真っ白になった。呆然としたまま、由紀子を見つめて声を絞り出す。「まだ婚約を解消してないのに、どうして明咲が他の男と結婚なんて……」由紀子はあきれたように鼻で笑った。「あなたが明咲を選ばないなら、彼女が新しい人生を歩んで何が悪いの?たかが婚約でしょう?結婚していても、離婚してあの子はあの子で、ちゃんと前を向いて生きて行くのは本人の自由よ。まさか、婚約一つで明咲の人生を縛れるなんて思ってないわよね?夢でも見てるの?」時也はようやく現実に引き戻され、慌てて手を振った。「おばさん、そんなつもりじゃ……」でも、ドア枠を掴む手には必死さがにじむ。「でも、俺たちはまだ婚約中なんです。みんな知ってます。いきなり他の男と結婚なんて、納得できません。どうしても話し合いが必要です。せめて本人と直接話させてください!」由紀子は呆れ顔のまま、ドアを閉めようとしたが、時也が押し返してなかなか動かない。何度か食い下がったあと、由紀子はため息をついた。「分かったわ。ここで待ってなさい。明咲に聞いてみるから。もし明咲が『会っていい』と言ったら、住所を教えてあげる。でも断られたら、それ以上は諦めて。分かった?」そう言い残し、由紀子は家の中へ戻り、スマホを手に連絡を取り始めた。時也は玄関先で身動きもせず、由紀子の後ろ姿を見つめていた。どうしてこんなにあっさり、「他の人と結婚」なんて話になるんだ。自分はずっと明咲と結婚式の準備をしてきたし、彼女のそばにはほかの男なんて一人もいなかったはず。まさか、全部「自分の気を引くための嘘」なんじゃないのか?頭の中は混乱しっぱなしで、気が付くと由紀子が戻ってきていた。「明咲が、ここに来てほしいって。住所はこれよ。行きたければ行けば?」スマホの画面を差し出され、地図アプリには市内でも最高級の別荘地の位置情報が表示されている。あそこはただ高いだけじゃない。人脈や社会的な信用がないと買えない場所だ。一ノ瀬家は所有していないはずだし、どうして明咲があんなところにいる?疑問だらけのまま、時也は礼を言って急いで車に飛び乗った。別荘地の正門に着くと、すぐ警備員に止められる。「こちらはオーナー様の確認が必要です。ご連絡い
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第13話

律は時也をまっすぐ見据え、口元に皮肉な笑みを浮かべていた。「俺は明咲の婚約者だけど、彼女に何の用?」「ありえない!」時也は思わず声を荒げた。「俺こそが……」目の前の男を睨みつけ、どうしても明咲が他の男と婚約したなんて信じられない。律の襟をぐいっと掴み上げる。「お前、いったい何者だ。誰が明咲の婚約者を名乗っていいって許した?俺が本物の婚約者だ!」そんな風に詰め寄られても、律は微動だにせず、ドアにもたれて余裕のある声で返す。「自分の花嫁を三回も結婚式で一人きりにした『婚約者』のつもり?正直、明咲の我慢強さには驚くよ。俺だったら、どんな事情があろうと彼女を式場に置き去りにしたりしない。そんなお前に、明咲の婚約者を名乗る資格ある?」「……っ!」時也の中で怒りが一気に爆発し、拳を振り上げる。けれど、その手を止めたのは家の中から聞こえてきた、聞き慣れた声だった。「律、玄関で何してるの?」明咲の声だった。律は振り返って軽く返事をする。「明咲、元婚約者さんが訪ねてきたんだけど、中に入れてもいい?」明咲は一瞬だけ黙り込んだが、やがて静かに答える。「入れてあげて」律はにやりと笑ってドアを開け、道を開ける。「どうぞ、元婚約者さん」時也はその言葉に体を強張らせながらも、ゆっくりと中に入っていった。リビングには、ルームウェア姿の明咲がソファに座っていた。物音に気づいて、明咲が顔を上げる。「お母さんから『会いたい』って聞いたけど、何の用?」時也は拳を強く握りしめる。「あいつは誰だ?」「婚約者よ」明咲は淡々と答えた。「じゃあ、俺は何なんだ?」時也は信じられない思いで、目を見開く。明咲は首を傾げて、少しだけ笑う。「元婚約者?」時也は、目を見開いたまま、顔がさっと青ざめる。呼吸も乱れて、言葉にならない声が漏れる。「明咲、俺は婚約解消なんて認めてない。どうして勝手に……」「どうして勝手に?じゃあ時也、あなたは若菜さんのために私を三回も結婚式に一人で立たせた。ネットでは私を『略奪女』呼ばわりされるのも全部放っておいた。挙げ句の果てに、私を蒼木社長の元に送り込んだ。時也、あなた、どんな立場で私に文句を言ってるの?」時也は言い返そうとして、顔をこわばらせる。「それは……」「『それは』何?」明咲の口
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第14話

「どうして後悔なんてするの?」明咲は口元をほんのりと上げて、「お幸せに」とだけ返す。時也は予想していたような落胆の表情が見えず、こめかみがじんじんと痛み出す。それが苛立ちなのか、焦りなのか、自分でも分からない。彼はわざと冷たい声で言った。「分かった。結婚式の日取りが決まったら、必ず招待状を送る。明咲、君と君の婚約者、ぜひ出席してくれ」「婚約者」という言葉をわざと強調し、明咲の顔が少しでも動揺するのを待った。けれど、明咲はただ淡々と頷くだけ。「分かった。予定が合えば、行くかもね」時也は返す言葉も見つからず、顔を強張らせて踵を返した。部屋は一気に静まり返る。律は静かに扉を閉め、明咲の隣に腰を下ろし、そっと肩を抱く。明咲はまだこの距離感に慣れなくて、無意識に首を少し傾けて、彼の息が肌にかかるのを避ける。律は無理に踏み込むことなく、髪にそっと口づけて、やわらかく微笑む。「そんなにあっさりと二人を許すの?若菜さんが裏で何をしてきたか、俺は全部知ってるよ」「許す気なんてない」明咲の目が冷たく光る。「二人が私にしたこと、全部覚えてる。とっておきのお返しも用意してある。あとは、最高のタイミングでプレゼントするだけ。まあ、あの二人があれだけお似合いなら、ずっとくっついててくれた方が世の中のためかもね」律は明咲の肩を軽く揉みながら、優しい声で囁く。「何をしても、俺が全部守る。怖がらずに、好きなようにやればいい」その言葉に、明咲の心がふっと柔らかくなる。最初に律からプロポーズされたとき、理由はすごく現実的だった。「君は賢くて頼りになるし、一緒にいれば世間体も保てる。お互いにとって悪い話じゃない」そうやって、あくまで「利益のための結婚」を持ちかけてきた。明咲もそのつもりで「分かった」と返事をした。ただの契約、ただの協力関係だと思っていた。だけど、律はときどきふいに、本当に心に刺さる言葉をくれる。そんなとき、明咲は思わず「もしかして、私のこと……」と期待してしまう。でも、口に出せなかった。「私のこと、好き?」そう問いかけて、もし否定されたら、今のこの穏やかな日々すら、全部なくなってしまいそうで怖かった。このままでいい。今はそれだけで、十分幸せだ。数日後、時也と若菜の結婚式の招待状が
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第15話

試着室のカーテンが開き、明咲が純白のウエディングドレス姿で現れた。その瞬間、時也の目が見開かれ、思わず息を呑む。「綺麗だ……」無意識にこぼれたその言葉に、若菜は時也の袖をぎゅっと掴んで彼の意識を引き戻す。若菜は時也の腕にしがみつきながら、顎を少し上げて、明咲に挑むような視線を向けた。「明咲さんもドレスの試着に?偶然ね。今日は時也が私の結婚式のドレスを選んでくれてるの。絶対に式に来て、祝福してほしいな」明咲は一歩前に出て、自然に律の腕に手をかけ、静かに微笑んだ。「ごめんなさい。その日は私も結婚式なの。そっちには行けないの」若菜は一瞬動揺し、すぐに律をじろじろと観察する。「そちらの方は?」「私の婚約者、篠原律」明咲ははっきりとそう答え、律の腕を抱いたまま言葉を重ねる。「しかも私たちの式、あなたたちと同じ日なの」若菜は律を上から下まで観察する。彼は背が高く、オーダースーツを着こなし、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っていた。その存在感に気圧されたのか、若菜は時也の腕にしがみつく手を無意識に強める。けれど、精一杯の笑顔で取り繕う。「そうだったのね。おめでとうございます」時也の視線は、明咲と律が腕を組む手元に釘付けになっていた。その顔色はみるみる険しくなっていく。「君のそのドレス、なかなかいいね。生地もデザインも申し分ない。どうだい、脱いで若菜に試させてやってくれないか?」若菜の目がぱっと輝く。最初からそのドレスが気になっていたけれど、高価そうで口に出せなかった。時也がそう言い出すと、若菜はすぐに明咲の方を向いた。「明咲さん、本当に譲ってもらえるの?このドレス、すごく素敵で……私、ずっと気になってたの」明咲は眉をひそめ、心の中で、この二人、本当に図々しい……と呆れた。断ろうとしたその時、時也がすかさず口を挟む。「嫌ならそれでもいいさ。でも、俺が買い取るのは構わないだろ?いくらだ?倍額払うから、今すぐ包んでくれ」そう言って、店員の方を振り返る。店員は困ったような顔で、「こちらのドレスは非売品でして……」と説明しかけたが、若菜がすぐに割り込んだ。「明咲さん、分かるよね?こういうのって、早い者勝ちだと思うんだ。私、このドレス本当に欲しいの。どうか、譲ってもらえない?」二人で畳みかけるよう
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第16話

結婚式当日。朝から時也はどこか落ち着かず、何度も式場の入り口を振り返っていた。まるで、誰かを待っているように。新婦控室では、純白のドレスに身を包んだ若菜が、くるりと一回転してみせる。「時也、どう?似合ってる?」時也はぼんやりと頷くだけで、まともに返事もしなかった。その態度に、若菜の心には不安がよぎる。過去、時也が明咲と結婚しようとするたびに、自分が少し動くだけで彼は必ずこっちへ戻ってきてくれた。時也の心には自分がいる。そう信じて疑わなかった。でも、いざ自分が花嫁になる直前なのに、時也の表情はどこか浮かないままだ。まさか、時也は本当に明咲を好きになった?一瞬、嫉妬と悔しさが顔をよぎるが、すぐにいつものおっとりした可憐な若菜を装う。「ねえ、時也……もしかして、後悔してるの?」「え?」時也は我に返り、目の前で今にも泣きそうな若菜を見て、慌てて聞き返す。「どうしたんだ?誰かに何かされた?」「そうじゃないの……ただ、最近ずっと時也が浮かない顔してて……本当は、私と結婚したくないんじゃないの?それとも、明咲さんのことが、まだ好き……?」言いながら、若菜は大きな決意を込めて、涙ぐみながら時也を見上げる。「今日、明咲さんも結婚するんだよ。もし本当に彼女を愛してるなら、今からでも彼女を奪いに行っていいよ。私は……責めたりしない」「そんなわけない!」時也は反射的に否定した。けれど、否定したそばから、頭の中に明咲の姿が浮かぶ。「私は後悔してないよ」って、明咲が笑って言ったあのときの澄んだ表情。律の腕にそっと手を回して歩いていたときの、親しげな距離感。そして、特注のウエディングドレスを身にまとった、あの眩しいほどの美しさ。どれも全部、頭から離れなかった。胸の奥が、ひどくざわついた。時也は頭を抱え、なんとかその想いを振り払おうとした。「若菜、こんなに遠回りしてやっと結婚できるんだ。余計なこと、考えるな」でも、心の奥でずっと声が響いていた。違う。こんなの、おかしい。本当なら、この結婚式を楽しみにしているはずなのに。どうして頭の中が、明咲のことでいっぱいなんだ。時也はその違和感を必死に振り払い、若菜の背中を軽く押した。「早く準備してこいよ。もうすぐ始まるから」そう言い残し、自分は新郎の控室
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第17話

若菜の瞳孔がギュッと縮み、顔色が一瞬で真っ白になる。見覚えのあるシーン、聞き覚えのある声。この後に何が起こるか、彼女は誰よりも分かっていた。「やめて……」あまりの恐怖に、声すらうまく出ない。それでもスクリーンの映像は止まらない。「若菜、本当にやるわね。あの時、芦屋家が潰れそうになった時も、すぐに時也さんと縁を切って、さっさと他の男に乗り換えたよね。しかも、無理やり結婚させられたって証拠まで残して。どうしてあの時、時也さんがまた立ち直れるって分かったの?」若菜は髪を整えながら笑った。「分かるわけないよ。でも、どっちに転んでもいいように準備しただけ。もし時也がまた立ち直ったら、きっと一番に復讐されるのは私だから。親も絶対助けてくれないし、少し演技しただけ。損はしないでしょ」「でも、その間に時也さんが他の女を好きになったら?」「恨みのほうが愛よりずっと長く続くの。ずっと私のことを恨んでいてくれれば、本当のことがバレたとき、一番後悔するのは彼だから。その時、そばに誰がいようが関係ないよ」「さすが若菜、あんたなら何やってもうまくいくよ!」会場は一瞬で静まり返った。時也は、頭の中が真っ白になって立ち尽くす。これまで信じてきた「真実」が、全部嘘だったなんて、信じられない。若菜は叫びながらスクリーンの電源を切ろうと駆け寄るが、時也に腕を掴まれて阻止される。映像はまだ続く。画面が切り替わり、若菜がネット工作を指示する証拠や、蒼木社長の証言まで流れ出す。「あれは全部、若菜って女が仕組んだことなんだ。一ノ瀬家のお嬢様を好きにしていいって言われて、俺もついその気になったんだ。絶対バレないって保証されたし……本当に魔が差しただけで……」その映像を見て、若菜はその場に崩れ落ちた。今までしてきたことが、たった一本の長い動画に全部まとめられていた。客席はざわめき、時也はステージで凍りついたまま。若菜は彼にすがりついて、叫んだ。「違うの、全部嘘よ!誰かが私を陥れようとしてるの!時也、ねぇ、信じて!私はあなたのことだけ……」だが時也は彼女を突き放す。「若菜……俺のことをバカにして楽しんでたのか?こんなにいろんなことをやってたのに、俺は全然気づかなかった。毎日心の中で笑ってたんだろ?こいつはちょろいっ
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第18話

式場の天井から優しい光が明咲に降り注ぎ、彼女のまわりだけが淡く輝いて見えた。その横顔を見つめながら、時也の胸はどうしようもなく高鳴っていく。今さらになって、ようやく、自分がどれだけ明咲を愛していたのかを思い知る。律と見つめ合いながら微笑む明咲の写真を見て、心臓がきしむように痛む。いつか自分にだけ向けてくれたあの笑顔を、彼女はもう他の男に向けている。スマホの画面を消して、時也は大きく息を吸う。明咲に、もう一度想いを伝えたい。何としても、彼女を取り戻す。そう思いながら、夜の結婚式会場へと足を踏み入れた。式はすでに終わり、スタッフたちが飾り付けを片付けているだけ。散らかった会場の中で、時也の脳裏には昼間の華やかな光景が蘇る。ウェディングドレスの明咲が、父に手を引かれてバージンロードを歩く。父の和正はしっかりと律に手を重ね、真剣な目で言う。「うちの娘に何かあったら、絶対に許さないからな」律は軽く笑いながら、きっぱりと答えていた。「必ず、明咲を幸せにします」神父が誓いの言葉を導き、明咲は一度も迷わず「はい」と答えた。そのたびに時也の心は締め付けられる。拳を固く握り、爪が手のひらに食い込んで痛みが走った。いやだ、まだ終わりたくない。時也は思い出していた。一ノ瀬家の両親は、「式を挙げない限り入籍は認めない」と、ずっと言い続けてきた。だからこそ、明咲との結婚式も三度挑戦したのに、どれも、結局入籍には至らなかった。たかが結婚式に過ぎない。もし明咲と律が、まだ法的に夫婦になっていないなら……そこまで考えて、時也の表情はだんだんと固い決意に変わっていく。五年も一緒に過ごした自分たちの時間が、たった二ヶ月の律には負けない。負けるはずがない。そう信じていた。いても立ってもいられず、時也は式場を飛び出す。明咲に会いたい。今すぐ、どうしても。その思いだけが、頭の中を埋め尽くしていた。一日の疲れがどっと押し寄せ、明咲はソファに座ったまま、身動きもできなくなっていた。律が隣に座り、そっと頬をつまむ。「ベッドで寝た方がいい。風邪をひくよ」「うん……」明咲はぼんやり返事をしただけで、動こうとしない。律は困った顔で明咲を抱き上げる。いきなり体が浮いて、思わず律の首に腕を回してしがみついた。彼の息が首
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第19話

明咲が目を覚ましたとき、もう昼近くになっていた。寝室を出ると、律がダイニングでノートPCに向かっている。彼女を見つけて、すぐに「お腹は空いた?何か食べる?」と優しく声をかけてきた。「……もうちょっとしてからにする」明咲は椅子に座り、大きく伸びをした。ふと横を見ると、律が何か言いたげな顔でこちらを見ている。「どうかした?」律はマウスを持つ手を一瞬止め、しばらく黙ったまま口を開く。「……外に、芦屋がいる。昨夜からずっと立ちっぱなしで、まだ帰ろうともしない」明咲は一瞬驚いた。まさか、昨日結婚式を壊したことを責めにきたのだろうか。少し考えてから、「じゃあ、中に入れて」と返した。やがて、時也が部屋へ案内されてくる。ドアを開けると、昨日の新郎衣装のまま、目の下にクマをつくって立っていた。スーツはシワだらけで、ひどくみすぼらしい。明咲は招き入れもしない。ドアの前に腕を組んで立ち、壁にもたれかかりながら言う。「で、何の用?」時也は何も答えず、明咲の首筋の赤い跡をじっと見つめる。「その……君の首の、それ……昨日、あいつと……」途切れ途切れの問いかけ。けれど明咲には、言いたいことがすぐに伝わった。彼女はさっと手でキスマークを隠し、堂々と答える。「昨日は新婚初夜だったけど?それがどうかした?」明咲の口からその言葉を聞いた瞬間、時也の胸は、何千本ものナイフで切り裂かれたように痛んだ。握りしめていた手が、小刻みに震えて止まらない。「なんで……なんで、あいつと……」本当はそんなことを言うつもりじゃなかったのに、口から出てくるのは、なぜか責めるような言葉ばかりだった。明咲は冷たい目を向ける。「関係ないでしょ」どんどん苛立ちが積もっていく。「他に用がないなら帰って。私は暇じゃないから」そう言ってドアを閉めかけると、時也が慌てて叫ぶ。「待って、明咲!」明咲は動きを止めて、面倒くさそうに彼を見返す。「昨日の結婚式、君がやったのか?」「それが何か?」明咲は眉をひそめて、挑発するように見つめ返す。「……で?まさか私に文句でも言いに来たの?」時也は首を振る。「責めるつもりはない。明咲、もし君がいなかったら、俺は若菜の本性にも気づけなかった。それに……俺、本当はずっと、君のことが……」苦
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第20話

時也の顔から、みるみる血の気が引いていく。「ごめん、明咲。あのとき本当に何も知らなかったんだ……」「そんなはずない」明咲はすぐに遮り、冷たい声で続ける。「あなたは本当は知ってたはず。蒼木社長がどんな人間か、あの場所に私を残したらどうなるか。全部分かってたはずなのに、見て見ぬふりをしただけ。若菜さんに対して後ろめたくて、過去の誤解を埋め合わせるために、私の安全まで犠牲にしたのよ」明咲はまっすぐ時也を見つめ、その目に一切の情がなかった。「あなたはただ、逃げていただけ。自分の罪悪感と向き合う勇気がなくて、その負担を私に押し付けた。私がどれだけ傷ついても、一言の説明さえしてくれなかったよね」明咲は少しだけ顎を上げて、時也を見下ろした。「あなたは、五年もそばにいたから、私が簡単にこの気持ちを捨てられないって思ってるんでしょ?でもね、私にとって一番大事なのは、何度でもやり直す勇気なの。たとえ五年だろうと、十年、二十年だろうと、手放すべきものは一秒も迷わず捨てられる。もったいないなんて言葉、私の辞書にはないの」明咲の言葉に、時也はまるで殴られたように後ずさりした。「明咲、ごめん……本当に全部俺が悪かった。お願いだ、もう一度だけチャンスをくれ。必ず償うから、俺は……」「嫌よ」明咲は間髪入れずにきっぱりと拒絶した。「あなたを許さない。もう二度と顔も見たくない。時也、これ以上私に関わらないで。あなたの顔を見るたびに、心の底から気持ち悪くなるから」そう言い捨てて、明咲は迷いなくその場を去っていった。時也は慌ててその腕をつかもうとしたが、律が間に割り込んで、がっしりと手首を押さえつけた。律は明咲を背に、氷のような目で時也を睨む。「明咲がもう会いたくないって言ってるのに、しつこいな。そろそろ空気読んだらどうだ?」「調子に乗るな!」時也は必死に律の手を振りほどこうとした。「俺と明咲は五年も一緒にいたんだ。お前なんかに、何が……」「何がって?」律はすぐに遮り、余裕の笑みを浮かべる。「知り合ったのは、俺の方がずっと早いよ。お前は知らなかったみたいだけど、俺と明咲は高校時代からの付き合いだ。それに、明咲が二十歳になったとき、俺はもう彼女にプロポーズしてた」時也の瞳孔がギュッと縮み、その場に立ち尽くす。ずっ
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