一ノ瀬明咲(いちのせ あき)と芦屋時也(あしや ときや)は、三度も結婚式を挙げたけど、そのたびに、みんなの笑い者になった。一度目の式。誓いの言葉を交わしている途中で、朝比奈若菜(あさひな わかな)が鉄のハンマーを持って乱入してきた。血走った目で祭壇の花を叩き落とし、ガラスが割れる音と悲鳴。あっという間に、幸せの場は修羅場に変わった。時也はすぐに警察を呼び、若菜はあっけなく連行された。二度目の式。司会が「新郎新婦、ご入場です」と明るく宣言した直後、会場のスクリーン一面に、時也と若菜のツーショットが次々と映し出された。どの写真も直視できないほど生々しい。明咲は、その場に立ち尽くすしかなかった。時也は何も言わず、スタッフに目配せして電源を落とすと「明咲、俺が全部片付ける。待ってて」とだけ告げて会場を出ていった。彼女とゲストを置き去りにして。後から聞いた噂では、時也は若菜を郊外の更生施設に突っ込んで「生き地獄を見せてやる」と言い放ったらしい。三度目の式。バージンロードを歩き出す寸前、時也のスマホに若菜からビデオ通話が入る。画面の向こうで、若菜は海を背に微笑んだ。「時也、私ここから飛び降りる。これで借りをチャラにしてよ?」時也は鼻で笑う。「飛びたいなら早くしろ。俺の結婚の邪魔をするな」でもその直後、会場の誰かが叫ぶ。「若菜さんが本当に飛び込んだ!」SNSのトレンドには【#朝比奈若菜、海へ身を投げ捨てる】時也は「誓います」と言いかけたけれど、そのまま明咲を見つめて「どうあれ、一人の命だ。明咲、式は延期しよう」と静かに告げた。それきり、彼は会場から消えた。明咲は崩れ落ちた。まわりのざわめきと、好奇の視線が肌に刺さる。「三度目だよ?やっぱり時也さんは若菜さんに未練があるんだろうね」「明咲さんも運が悪い……」父の一ノ瀬和正(いちのせ かずまさ)は慣れたようにゲストへ頭を下げ、母の由紀子(ゆきこ)は駆け寄ってきて明咲を抱きしめる。「明咲、もうやめよう?時也さんは、信用できない」胸の奥が強く締めつけられて、息が詰まる。悔しさがこみ上げてきて、スマホを握りしめた指が震える。今すぐ時也に電話したい。帰ってきてほしい。その思いだけが胸を満たす。私って、いったい何者なんだろう。あなたにとって私は、何なんだろう――
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