****「――中嶋から、お前に対する礼を言付かった」 和彦がカクテルに口をつけようとすると、突然思い出したように賢吾が言った。軽く眉をひそめた和彦は、ゆっくりと足を組み替える。 「礼?」 「難波を黙らせて、従わせたらしいな。中嶋は、若くして総和会に招き入れられたから、少しばかり他人を見下す傾向がある。それで口が過ぎることがあるんだが、お前が場を収めてくれたと言っていた……と、うちの若頭から報告を受けた」 殊勝なところがあるのだなと、中嶋の顔を思い返しながら、和彦は素直に感心する。四日前、難波の女の両瞼を治療してから、和彦は毎日、傷の治療のため出向いているが、送り迎えをしている中嶋本人の口からは、何も聞いていない。 「お前は、猛獣使いの才能があるみたいだ。ヤクザっていう、性質の悪い猛獣の」 「……世の中で、こんなに言われて嬉しくない褒め言葉は、そうないかもな」 うんざりしながら和彦が呟くと、賢吾が楽しそうに笑い声を洩らす。 護衛が周囲についているとはいえ、こうして賢吾と二人でバーで飲んでいるのは、妙な感じだった。まるで、気心が知れている相手と飲んでいるような錯覚を覚える。実際のところは、和彦を食らい尽くしても不思議ではない、獰猛な猛獣と向き合っているというのに。 「お前とは関係ない原因で、お前の手を煩わせた。難波は昔、俺のオヤジ――うちの組の先代と、やり合ったことがあってな。長嶺と名がつくと、なんでも気に食わないんだ」 「総和会に加入している組同士で、いろいろあるんだな」 「人間同士ですら、十一人もいたら揉めるんだ。組同士となったら、もっといろいろある。お前はこの先、いろんな組の人間と関わることになるが……、まあ、上手くやれそうだな」 「――……患者を診るだけなら、な」 そっとため息をついて、和彦は今度こそカクテルを飲み干す。一方の賢吾は、ブランデーを味わうようにゆっくりと飲んでから、逸らすことを許さないような強い眼差しを向けてきた。一見寛いでいるようで、この眼差しの威力はすごい。和彦はまばたきすらできなくなる。 「難波に何か言われただろう」
最終更新日 : 2025-11-04 続きを読む