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血と束縛と のすべてのチャプター: チャプター 111 - チャプター 120

242 チャプター

第4話(14)

****「――中嶋から、お前に対する礼を言付かった」  和彦がカクテルに口をつけようとすると、突然思い出したように賢吾が言った。軽く眉をひそめた和彦は、ゆっくりと足を組み替える。 「礼?」 「難波を黙らせて、従わせたらしいな。中嶋は、若くして総和会に招き入れられたから、少しばかり他人を見下す傾向がある。それで口が過ぎることがあるんだが、お前が場を収めてくれたと言っていた……と、うちの若頭から報告を受けた」  殊勝なところがあるのだなと、中嶋の顔を思い返しながら、和彦は素直に感心する。四日前、難波の女の両瞼を治療してから、和彦は毎日、傷の治療のため出向いているが、送り迎えをしている中嶋本人の口からは、何も聞いていない。 「お前は、猛獣使いの才能があるみたいだ。ヤクザっていう、性質の悪い猛獣の」 「……世の中で、こんなに言われて嬉しくない褒め言葉は、そうないかもな」  うんざりしながら和彦が呟くと、賢吾が楽しそうに笑い声を洩らす。  護衛が周囲についているとはいえ、こうして賢吾と二人でバーで飲んでいるのは、妙な感じだった。まるで、気心が知れている相手と飲んでいるような錯覚を覚える。実際のところは、和彦を食らい尽くしても不思議ではない、獰猛な猛獣と向き合っているというのに。 「お前とは関係ない原因で、お前の手を煩わせた。難波は昔、俺のオヤジ――うちの組の先代と、やり合ったことがあってな。長嶺と名がつくと、なんでも気に食わないんだ」 「総和会に加入している組同士で、いろいろあるんだな」 「人間同士ですら、十一人もいたら揉めるんだ。組同士となったら、もっといろいろある。お前はこの先、いろんな組の人間と関わることになるが……、まあ、上手くやれそうだな」 「――……患者を診るだけなら、な」  そっとため息をついて、和彦は今度こそカクテルを飲み干す。一方の賢吾は、ブランデーを味わうようにゆっくりと飲んでから、逸らすことを許さないような強い眼差しを向けてきた。一見寛いでいるようで、この眼差しの威力はすごい。和彦はまばたきすらできなくなる。 「難波に何か言われただろう」
last update最終更新日 : 2025-11-04
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第4話(15)

 三田村は、賢吾の命令で今日は別の仕事に就いているということで、和彦は若い組員が運転する車でこのバーにやってきた。  必要ないと答える前に、周囲のテーブルにひっそりと陣取っていた賢吾の護衛たちも立ち上がる。嫌と言ったところで賢吾に聞き入れるはずもなく、仕方なく和彦は従う。  当然のように、和彦が飲んだ分も賢吾が支払いを済ませた。  賢吾は、ホテルのバーで飲むことを好む。長嶺組の縄張りで、組の息がかかった場所で飲むと、生臭い話ばかりになって寛げないらしい。だったら組とは関係ない店で、となるかというと、そうもいかない。万が一の事態に常に備えている護衛の人間が、賢吾の身の安全を咄嗟に確保できない場所を避けたがるのだ。  こうして結局、建物内の移動が楽で、人通りと人目があるホテルが選ばれる。護衛が殺気立たない分、賢吾も気楽というわけだ。  バーを出ると、行き交う人たちから、何事かと言いたげな視線を向けられる。端然とスーツを着込んでいながら、近寄りがたい独特の空気を発している男たち数人がまとまっているのだ。醸す威圧感は人目を惹く。  悠然としているのは賢吾だけで、和彦は数歩ほど離れて他人のふりをしたい衝動に駆られる。和彦のそんな気持ちを十分知ったうえで、賢吾は必ず自分の隣に和彦を歩かせるのだ。  エレベーターホールに息が詰まりそうな緊張感が漂う。さきほどまで談笑していた人たちが一斉に声を潜めてしまい、遠巻きにこちらを眺めている。できることなら同じエレベーターに乗り込みたくないと、誰もが願っているだろう。  ここが三十階でなければ、和彦は喜んで階段を使っているところだ。  顔を伏せがちにして、小さくため息をついて髪を掻き上げたとき、前触れもなく賢吾に肩を抱き寄せられた。 「えっ……」  思わず声を洩らした和彦が隣の賢吾を見ると、すかさずあごを掴み上げられる。あとは有無を言わさず唇を塞がれた。思いがけない場所での、思いがけない賢吾の行動に、和彦の頭の中は真っ白になる。それをいいことに、まるで二人きりのときのように賢吾にたっぷりと唇を吸われ、ふてぶてしい舌を口腔に差し込まれた。  ここまでされてようやく我に返った和彦は、必死に賢吾の肩を押し退けようとする。
last update最終更新日 : 2025-11-05
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第4話(16)

 他人が見ている前でキスしたことが、賢吾の情欲に火をつけたらしい。  帰りの車に乗り込んだ途端、和彦が羽織っていた麻のジャケットは脱がされ、肩を抱き寄せられると同時に深い口づけを与えられた。  そこに、運転席と助手席に護衛の人間が乗り込んできたため、反射的に顔を背けようとしたが、頬に賢吾の手がかかり動けない。  三田村には見られ慣れているという状態もノーマルではないのだろうが、とにかく三田村以外の組員に、賢吾とのこんな場面を見られるのは抵抗があった。長嶺組の人間すべてが、和彦が長嶺父子の〈オンナ〉だと知っているとしても。 「んんっ」  口腔を舌で犯され、ねっとりと舐め回される。息苦しさに小さく喘いだ和彦だが、このときにはすでに抵抗を諦めてしまい、差し込まれた舌を吸い始める。車が走り出す頃には、賢吾の首に両腕を回して忙しく舌を絡め合っていた。  情欲に火がついたのは賢吾だけではないのかもしれない。傲慢な男の言葉に従わされることに、反発の一方で、和彦はたまらない愉悦も覚えつつあるのだ。  激しい口づけを交わしながら、賢吾にTシャツをたくし上げられ、腰のラインを指先でくすぐられてから、背も丹念に撫でられる。胸元もさすられてから、賢吾が顔を埋めてきた。 「あっ……」  いきなり胸の突起をきつく吸い上げられ、和彦は背をしならせる。熱い舌で突起を転がされてから、ゆっくりと歯を立てられると、痛み以上に、身震いしたくなるような疼きを覚え、思わず賢吾の頭を抱き締める。髪が乱れることを不快がるでもなく、上目遣いで笑いかけてきた賢吾と、誘われたように唇を吸い合っていた。 「イイ顔だな。俺が欲しい、っていう顔をしてるぞ、今」  指で突起を弄りながら賢吾が言い、和彦は感じた羞恥を誤魔化すようにきつい眼差しを向けた。 「……自惚れるな。誰が、そんな恥知らずな顔……」 「恥ずかしがるな。なんといってもお前は、俺の大事なオンナだ。俺がお前を欲しがって、お前が俺を欲しがるのは、当然のことだ。――みんなに知らせてやれ。長嶺組組長の特別な存在だってことを。この世界では誇れることだ」  指で弄っていたほうの胸の突起を、露骨に濡れた音を立てながら吸われる。和彦は、
last update最終更新日 : 2025-11-05
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第4話(17)

**** 診るたびに、肌の露出が多くなっていくのはどういうことなのだろうかと、そんな疑問を抱きながら和彦は、並んでソファに腰掛けた由香の瞼を検分する。  別に胸に聴診器を当てる必要も、腕に注射をする必要もないのだが、由香はなぜか、キャミソールにショートパンツという際どい格好をしていた。最初の頃は、長袖の野暮ったいパジャマ姿だったというのに。  和彦の医者としての腕に対して、最初は不信感を露わにしていた彼女だが、数回ほど通ううちに、すっかり態度が変わった。今では、整形手術について相談されるまでになっていた。  昭政組組長の難波の愛人であることを、明け透けに話してくれる様子は、手管に長けた女のものというより、無邪気な子供を思わせる。そのくせ、和彦が訪問の回数を重ねるごとに強調されていく由香の体のラインは、見事に成熟している。  薄いキャミソールの上から、はっきりとわかる形のいい胸を一瞥して、和彦はそっと息を吐き出す。 「傷は化膿していません。ぼくの注意をよく守ってくれていたみたいですね」  目を開けさせて和彦が笑いかけると、由香はパッと表情を輝かせる。すかさず和彦は由香の瞼を捲り上げ、充血を確認する。こちらも問題なかった。 「まだ赤みが残ってますから、ぼくがいいと言うまで、アイメイクは控えてください」 「ということは、まだ佐伯先生、ここに通ってきてくれるの?」  由香の物言いから、露出の高い格好の意味を察する。クリニックにいた頃、患者から特別な関心を持たれることは何度もあったのだ。 「もう消毒の必要はないから、あとは完治まで、週に一度通ってくる程度になりますね」  由香が唇を尖らせたが、その仕種がどこかの犬っころを連想させ、つい和彦は表情を綻ばせる。由香と、どこかの犬っころは、年齢が同じなのだ。 「つまんなーい。難波さんには、しばらく家から出るなって言われてるから、毎日先生が通ってきてくれるのが楽しみだったのに」 「どうしてそんなこと言われたんです?」 「この目の手術のことで怒ってるの。勝手なことした挙げ句に、長嶺――」  パッと口元を手で押さえた由香が
last update最終更新日 : 2025-11-05
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第4話(18)

「総和会から連絡したいことがあると、中嶋さんが来るの。奥さんがいる家より、こっちのほうが、難波さんが捕まりやすいんだと思う」  和彦の疑問を察したように教えてくれたが、その口調からは、愛人である自分の立場に対する引け目のようなものは一切感じ取れない。案外、仕事のようなものだと割り切っているのかもしれない。 「ねえ、佐伯先生、クリニックの話、本当?」 「あっ、まあ、クリニックを開くのは本当ですよ。今はまだ、準備中ですけど」 「だったら、開業したら、わたしのことも診てくれる?」  まだ二重瞼の手術を諦めていないのだろうかと思いながら、和彦は微笑んで頷く。 「開業準備ができたら、一番に案内状をお渡ししますよ」 「ありがとっ」  大げさなほど飛び上がった由香に、次の瞬間、抱きつかれた。弾力のある胸の感触は、男としては魅力を感じるべきなのだろうが、和彦が気にかけたのは、周囲の組員たちの反応だ。あとで難波に怒鳴り込まれてはたまらない。  さりげなく由香の体を押し戻してから、和彦は立ち上がる。 「それじゃあ、今日はこれで失礼します。何か異変があったら、いつでも中嶋さんを通して連絡をください」  その中嶋は、いつの間にか和彦の傍らに立っていた。促されるまま立ち去ろうとすると、名残惜しそうに由香に手を振られ、苦笑しながら和彦は会釈で返した。 「――先生、気に入られてますね」  エレベーターの中で二人きりになると、中嶋が口を開く。仕事以外のことで中嶋から声をかけてくるのは、もしかして初めてかもしれない。驚いて目を丸くする和彦に、中嶋はちらりと笑いかけてきた。 「雑談、邪魔ですか?」 「いや……、そうじゃなくて、総和会というのがいまいちよくわかってないから、組の人間に個人的なことは話しかけてこないのかと思っていた」 「そんなことありませんよ。ただ、先生はどういう人なのか、ずっとうかがっていただけです。気難しい人か、そうじゃないか――とか。だから、難波組長の件で助けてもらったときも、あえて長嶺組経由で礼を伝えたんです。反応を見たくて」  慎重だな、というのが和彦の率直な感想だった。所属する組織によって、人間関係どころ
last update最終更新日 : 2025-11-05
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第4話(19)

「それで、さっきの、気に入られてるっていうのは?」 「ああ……、難波さんの愛人のことですよ。先生のことをひどく気に入ってる。あの様子だと、先生のクリニックが開業したら、本当に押しかけてきますよ」 「顧客第一号だな」  和彦がぼそりと洩らすと、中嶋はニヤリと笑った。  なんとなくだが、外見から受ける印象より、中身はずっと砕けた男なのだと思った。そうはいっても、中嶋も立派なヤクザであることに変わりはない。  中嶋のほうも和彦に対して、職務を超えた好奇心めいたものを抱いてくれたらしく、帰りの車中でこんな誘いをくれた。 「先生、近いうちに一杯奢らせてください」 「さっき言っていた、難波組長の件なら――」 「いえ、個人的に、先生ともっと親しくなりたいんです。車の送り迎えだけじゃ、話す時間も限られるし、それに彼女の治療、週一回になったんでしょう? そうなったら、顔を合わせる機会が減りますよね」  どういうつもりかと、訝しむ眼差しを向ける和彦に対して、中嶋はバックミラーを通して澄ました表情で答えた。 「よからぬことは考えていませんよ。ただ、長嶺組お抱えの医者である先生と、個人的なツテを持っておくと、何かと役立つかもしれないという計算はしてますけど」 「……正直だな」  そう言って和彦は苦笑を洩らす。だが、こうもはっきり言われると、嫌な気持ちはしなかった。腹に何を抱えているのかと身構えるぐらいなら、相手の目的の一端でもわかっているほうが、つき合ううえで楽だ。 「奢られるのはいいが、ぼくも、君を利用させてもらう」 「言い出したのは俺ですけど、怖いな」  言葉とは裏腹に、中嶋は短く声を洩らして笑う。和彦もちらりと笑みをこぼした。 「大したことじゃない。ただ、総和会の仕組みとか、どんな仕事をするのかといったことを、教えてもらいたいだけだ。こっちはいつも呼び出されるだけで、そちらの組織について、ロクな知識を持ってないんだ」 「あまり突っ込んだ内情までは明かせませんけど、それでいいなら、俺が知っている範囲で話しますよ」 「決まりだ。礼として、君の知り合いに怪我人がいたら、タダで診てやる。もっとも、ぼくの専門は
last update最終更新日 : 2025-11-05
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第4話(20)

「……いい加減、この世界で自分の足場を作らないといけないと思ったんだ。ヤクザなんかに、医者の腕より、男を咥え込むほうが上手いなんて言われたら、やっぱり悔しい。それを、長嶺組の組長に正直に話す自分の弱さも」 「立場は違うけど、俺も似たようなもんですよ。総和会では、俺はまだまだ、使い捨てにされる程度の存在だ。だからこそ、あの中でのし上がる手段を探さないといけない。いつか、自分がいた組に戻るかもしれないけど、そのときのためにも箔ってやつは大事なんですよ」  ヤクザの言葉は疑って聞くようにしている和彦は、中嶋の言うことすべてが真実だとは思っていない。ただ、一杯飲む相手としては、申し分がないことは確かだ。中嶋にしても、和彦を同じように思っているだろう。若くして総和会に身を置いているということは、中嶋は有能なヤクザなのだ。  二人は顔を見合わせて、同じように人悪い笑みを交わし合う。 「先生、これ」  中嶋から、ひょいっと携帯電話を投げて寄越された。和彦が目を丸くしたときには、すでに中嶋は前を向き、車を発進していた。 「飲みに行くなら、番号の交換をしておきましょう。長嶺組長にチェックされるというなら、俺の携帯にメルアドだけ登録してもらったのでかまいませんよ」 「いや……、交換しておこう。こっちの世界に足を踏み入れてから、ぼくの携帯のメモリーは減る一方だったんだ」 「なら、これからは増えますよ。俺が知っている人間……、バカなチンピラも多いですけどね、そいつらを紹介します。楽しく飲むなら、そういう連中も必要だ」  期待していると応じて、和彦はさっそく携帯電話を操作する。  待ち合わせ場所であるファミリーレストランの駐車場に車が入ると、すでにそこには三田村の姿があった。  和彦は礼を言って車を降りると、三田村の元に行く。すると、背後から呼びかけられた。 「――先生、楽しみにしてますよ」  振り返ると、下ろしたウィンドーから中嶋が顔を出していた。和彦は軽く手を上げて応じ、車が走り去るのを見送る。 「なんだ?」  隣に立った三田村に問われたので、和彦は自分の携帯電話を見せながら答える。 「友達になった」  すると三田
last update最終更新日 : 2025-11-06
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第4話(21)

 後部座席に乗り込んできた賢吾は、いきなり言葉もなく和彦の頭を引き寄せ、唇を塞いできた。痛いほど強く唇を吸われ、口腔に舌が捩じ込まれる。賢吾のこんな口づけに慣らされてしまった和彦は、抵抗もせずおとなしく受け入れた。  引き出された舌を吸われながら、賢吾の頬を両手で挟み込むと、それが合図のように両腕でしっかりと抱き締められる。濃厚な口づけを交わす間に、静かに車は走り出していた。  絡めていた舌を解き、和彦は大きく息を吐き出す。間近から賢吾を睨みつけた。 「なんなんだ、いきなり……」 「――この間から考えていた。お前の面子を守ってやるためには、どうするのがいいか」  本当にいきなりだ。和彦は一瞬、賢吾が何を言い出したのか、理解できなかったぐらいだ。  どうやら先日の、昭政組組長の難波が和彦に向けて言った言葉のことを言っているようだ。和彦としては、自分の中で感情と折り合いをつけることだと思っていたのだが、賢吾にとっては違うらしい。 「昭政組の組長とは、あれから顔を合わせてないから、もう気にしてない」  和彦がこう言うと、賢吾は目を眇める。凄みを帯びた表情とはまた違うが、こういう顔もまた、ひどくヤクザらしい。怖くはないが、ドキリとさせられる。 「違う。難波のほうには、とっくに釘を刺してある。俺の組の大事な医者を侮辱したら、次はないとな」  そんなことをしていたのかと、驚いて目を丸くする和彦に、賢吾はニヤリと笑いかけてくる。 「俺は、俺自身と、俺の大事なものがナメられるのが、死ぬほど嫌いなんだ」  そしてまた、唇を吸われる。小さく喘いでから、和彦も賢吾の唇を吸い返していた。戯れのようなキスの合間に賢吾が言葉を続ける。 「そっちはもうどうでもいい……。肝心なのは、俺のオンナであるという、お前の面子だ。俺はお前に、金や、俺の力で手に入るものなら、なんでも与えてやると言ったが、そんなことでお前の面子が保てるとは思ってない」  和彦の頬を撫でた賢吾の手が、喉元にかかる。わずかな圧迫感に、和彦は静かに息を呑む。そんなことをするはずがないと思いながらも、賢吾に首を絞められる光景が一瞬脳裏をちらついた。 「――俺のオンナだと言われるたび
last update最終更新日 : 2025-11-06
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第4話(22)

「だから考える必要がある。俺たちの大事な先生の面子を守る方法を。俺たちは、オンナになったからと卑屈になる先生を見たくはないしな」 「……ぼくを拉致してあんなことしておいて、勝手な言い分だな……」  本気か演技か、いつにない賢吾の真摯さに半ば圧倒されながら、和彦は応じる。すると賢吾は、楽しそうに目を細めた。 「ヤクザだからな。自分勝手なのは、得意だ」 「便利な言葉だな、ヤクザってのは。なんでもかんでも、それで無理が通ると思ってるだろ」 「少なくとも先生相手には」  賢吾を睨みつけると、なぜかキスで返された。  賢吾の調教の成果が表れているのか、言葉の代わりのように与えられるキスが気持ちいい。唇を触れ合わせ、舌先を触れ合わせ、吐息を触れ合わせ――。 「――お前を、俺たちにとって本当に特別なオンナにする」  キスの合間に熱っぽい口調で賢吾に囁かれる。 「どういう意味だ」 「今、向かっているのは、俺の家だ」  和彦は軽く眉をひそめてから、首を傾げる。 「家って、千尋がいる本宅のこと……」 「そう。たまに寝泊まりで使っているマンションのほうがありがたく感じるぐらい、にぎやかだ。常駐する若い衆がいるから、合宿所みたいな有り様になっている。だがそこが、俺や千尋の帰る家だ。そこにこれから、お前を連れて行く」  和彦はまだ一度も、長嶺父子の本宅というものに行ったことがない。また、行きたいと思ったこともない。  極端な言い方をするなら、体を繋ぐだけの場所はどこでもいいのだ。今なら、和彦に与えられたマンションの部屋があるため不便もない。だからこそ、本宅というものを特別視したことはなかった。少なくとも、和彦は。  戸惑う和彦に、賢吾は決定的な言葉をくれた。 「本宅には、俺のオンナを連れて行ったことはない。別れた嫁――千尋の母親も、数えるほどしか、寝泊りしたことがなかった。ヤクザの匂いがこびりついて嫌なんだそうだ」 「……そこまでヤクザを嫌ってるなら、なんで結婚したんだ。あんたの元奥さん」 「妬けるか?」  意地の悪い表情で賢吾に問われ、咄嗟に睨みつけた和彦だが、なぜか頬が熱くな
last update最終更新日 : 2025-11-06
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第4話(23)

「これが、長嶺の本宅だ」 姿勢を正した和彦の肩を抱き、賢吾が耳打ちしてくる。 自らの存在を消すように、ずっと黙ってハンドルを握っていた三田村が車を停め、短くクラクションを鳴らす。すると、門扉が開いて三人の男たちが飛び出してきた。 後部座席のドアが開けられて賢吾が先に降り、当然のように手を差し出してくる。抵抗を覚えはしたものの、和彦はその手を取って車を降り、じっくりと建物を見上げる。 まるで、要塞だった。 建物そのものは、目を瞠る大きさではあるものの外観は普通の住宅となんら変わらない。しかしその建物の三方を、鉄製の高い塀が隙間なくびっしりと囲っている。正面の威圧的ですらある立派な門扉の上には、二台の監視カメラが取り付けられており、この家への安易な接近を拒んでいる。「たまに、鉄砲玉を撃ち込まれたり、火炎瓶を投げつけられるからな。これぐらいの用心は当たり前だ」 圧倒されている和彦に、賢吾がそう声をかけてくる。答えようがなくて口ごもっていると、門扉の向こうから大きな声が上がった。「先生っ」 勢いよく門扉が開き、犬っころが転がってくるように、千尋が駆け寄ってきた。相変わらず元気だなと思いながら、和彦は千尋の頭を撫でてやる。 賢吾と千尋と、威圧的な塀を順番に眺めてから、本当に長嶺の本宅に連れてこられたのだと、改めて和彦は実感していた。「――ようこそ、我が家へ」 似合わないことを言いながら、賢吾に肩を抱かれる。続いて千尋に手を取られて引っ張られた。「歓迎するよ、先生」 急に帰りたい心境に駆られた和彦は、助けを求めるように後ろを振り返ったが、三田村は車をガレージに入れている最中で、姿を見ることはできなかった。** 大きな家の中を簡単に案内されてから、塀によって外の景色が見えないことを補うように、立派な造りとなっている中庭に下りる。いくら塀に囲まれていても、昼間なら惜しみなく陽射しは降り注ぎ、濃い木陰を作り出していた。 その木陰にテーブルが置かれ、和彦は冷たいお茶を飲みながらひとまず寛ぐ。 長嶺の本宅は、静かな場所とは言いがたかった。いかにも
last update最終更新日 : 2025-11-06
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