「どこにでも着ていけばいい。そのために、落ち着いたデザインのものを選んだんだ。大事に仕舞い込まれるより、使い込んでくれたほうが、贈った人間は喜ぶ」 話しながら賢吾の手が、毛皮を撫でる和彦の手の上に重なる。「先生は自分から、あれが欲しい、これが欲しいと滅多に口にしないからな。周りの男たちが気を利かせて、いいものを身につけさせないと。なんといってもこれから先、組関係の人間と顔を合わせる機会が多くなる」「どういう意味だ」「――総和会会長が、個人的に先生と会った話は、もうこの界隈で広がり始めている。今のうちに先生に取り入っておこうと考える奴がいても、不思議じゃない」「たったそれだけのことが、どうして広がるんだ。というより、誰が広めるんだ」「さあ。総和会の中もいろいろと利害が入り乱れて、毎日、情報戦だ。それが大事な〈オヤジさん〉のことともなると、誰も彼も聞き耳を立ててるぞ」 澄まして答える賢吾の横顔を、和彦はじっと見つめる。和彦と守光が食事したことを知っているのは、何も総和会内部の人間だけではないと思ったのだが、口に出すのはやめておいた。賢吾に会話を導かれているような気がしたからだ。「あまり……ぼくを厄介なことに巻き込まないでくれ。長嶺組という組織だけでも、ぼくにとっては大きいんだ。それが総和会ともなると、想像がつかない」「いろんな種類の凶暴な魚が泳ぐ、でかい水槽だと思えばいい。一応の棲み分けはできているが、気を抜くと――」 賢吾の腕が肩に回され、引き寄せられる。唇に賢吾の息が触れた。「食われる。だからこそ、力を持つ魚の勢力下にいるのが安全だ」 賢吾の囁きと眼差しの迫力に、和彦は気圧される。賢吾の内に潜む大蛇が、ゾロリと身じろいだような気配を感じた。「……そう、なのか……」 和彦の怯えを感じ取ったのか、賢吾はおどけたように肩をすくめる。「さあな。俺は総和会の人間じゃなく、長嶺組の人間だ。ただ、オヤジはそのでかい水槽の中で、あれこれ企んでいるようだがな」「本当に、長嶺の男は怖い」「オヤジの
Última actualización : 2026-02-28 Leer más