「いや……。ここがお前の家かと思って。それに、ヤクザの組長の本宅で、こうしてのん気にお茶を飲んでいる自分が不思議だ」 「俺も、不思議。先生が、俺の家でお茶飲んでるなんて」 千尋がイスを引き寄せて、わざわざ和彦の隣に座る。顔をしかめて見せると、悪びれない笑顔を向けてきたので、息を吐き出した和彦は千尋の頭を手荒く撫でた。千尋に甘いというのは、もうとっくに自覚している事実だ。 「お前のオヤジは?」 「仕事してる。今日は、いつも事務所でしている仕事、全部こっちに持ってきたみたい。――先生とこっちで過ごすために」 こういうとき、どういう顔をすればいいのだろうかと考えた挙げ句、澄ました顔で頷いた。 「……なんだか、ぼくが知らないうちに、#大事__おおごと__#になっている気がして怖いんだが」 「大事だよ。なし崩しで、先生は俺とオヤジのオンナだ、ってしちゃったわけだから、今になって俺たちは、先生に誠意を見せようと必死なんだよ。一時の気の迷いじゃなく、俺たちは本当に、先生を大事に思っているってわかってもらわないと」 千尋の言葉に心がくすぐられる。そんな自分の気持ちを押し隠し、和彦は千尋を軽く睨みつけた。 「そうやって甘い台詞を吐くのも、ヤクザの手だろ」 「やだなー。先生、最近すっかり疑り深くなっちゃって」 「誰のせいだ」 こうやって和やかに過ごしながら、自分はどんどんヤクザの世界の深みにハマっているのだと思うと、和彦の背筋にヒヤリとした感覚が走ったりもするのだが、いまさら抜け出そうとして、どう足掻けばいいのかという気もする。 こう思うこと自体、今の生活に馴染むどころか、心地よく感じ始めている証だろう。 今の生活は、まるで麻薬だ。 欲しいものを与えられ、十歳も年下の魅力的な青年に甘えられ、求められ、その一方で、暴力の権化のようなヤクザの組長からは傲慢に、服従を強いられ、支配される。強く拒絶したい反面、どうしようもなく惹かれるものばかり与えられる毎日に、和彦の心は掻き乱される。 グラスの縁を指先で撫でながら、ぽつりと和彦は呟いた。 「――……ぼくは、どこに行こうとしているんだろうな……」
Terakhir Diperbarui : 2025-11-06 Baca selengkapnya