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合縁奇縁、そんなふたりの話(BL) のすべてのチャプター: チャプター 91 - チャプター 100

101 チャプター

番外編 第六話

『はい、では……昨晩はスタートの配信をご覧くださりありがとうございます。アーカイブもかなりの人が見てくださって……ありがとうございます!』 寧人はキャンピングカー内で一護が用意した朝食を前に今日一番の配信を始めた。 朝からこんなにテンション上げて話すことは本当に社会復帰するまでは考えられなかった彼。しかしこうして立ち振る舞わなければ社会の藻屑に飲み込まれる、それをひしひしと体感し、それ以来よく無理をしてでもと言うが仕事に全力を尽くすようになった。 それができたのも一護の献身的なケアと秘書の古田、従業員たちのおかげであることも心の片隅に置いている。 基本1日に最低一回生配信。多い時は走行中もだが録画したものを配信したり事前に収録した協賛企業のCMを流すなど慌ただしいものである。 でも、これも仕事だ。ギブアンドテイク――もう分かっている。 「あ、ハートたくさん……あああ、おひねりもありがとうございます! あっ、そちらからも……!」 その瞬間、スマホカメラの死角で一護がカンペを出した。 『いちいちリアクションに狼狽えない』 そうだそうだ、と寧人は小さく頷く。配信前に練習として何度か回してはいた。いたのだが――。 『その初々しさがいいのよね』 『反応がいちいち良い。社長、好感度高い!』 コメントを読もうとして目を細めた、その仕草にまで反応がつく。 『目細めるのかわいい』 『老眼?』 やれやれ。一護は声を出さずに笑っていた。 「今日の朝ごはんは、針谷牧場さんからご提供いただいたソーセージと牛乳。サラダは地元高校生が栽培したもので、トレ丸市場――道の駅で販売されています。ほら、これ。ジューシーでしょ? 見た目からして……まるで……」 フォークで刺したソーセージを見つめたまま、言葉が止まる。 脂で艶のある表面。張りのいい曲線。 なぜ今、それが目に入ったのか。 喉が鳴り、心臓が一拍、余計に跳ねた。 『なにやってる、寧人!』 一護のカンペで、はっと我に返る。 「まるで――国宝級ウインナー! まさしく、そう言えるでしょう!」 勢いのまま、がぶりと食べた。 『いい食べっぷり!』 『お腹すいた』 『それ、うちも今日の朝ごはん!』 コメントは何事もなかったかのように流れ、商品説明
last update最終更新日 : 2026-01-23
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番外編 第七話

そんなこんなで朝ごはんも食べ終えて四人は外に出てストレッチに入る。 数人ほどこのキャンピングカーが配信者の寧人たちがいるものだと知っているのか外で待ち構えていた。 チラッと外を見て寧人は手を振ったがすぐ顔を引っ込めて他の三人に言った。 「やっぱりある程度のファンは追っかけしちゃうかな……これってどう思う?」 「……正直いい迷惑ですね、プライバシーもないしこれで人だかりできたら先々の関係者や利用者の方に良くないと思われて我が社だけでなく協賛各社、とくにさくらキャパーさんにご迷惑をおかけしますのでSNSで注意喚起しましょうか」 古田は咄嗟にパソコンを取り出す。さすが秘書、冷静な判断で行動が早い、寧人は感心する。 そんなこんなで朝食を終え、四人はキャンピングカーの外に出て軽くストレッチを始めた。 どうやら数人、この車が配信者・寧人たちのものだと気づいているらしく、少し離れた場所で様子を窺っている。 ちらりと視線を向け、寧人は小さく手を振ったものの、すぐに車内へ顔を引っ込めて三人に言った。 「……やっぱり、ある程度のファンは追っかけちゃうよね。これ、どう思う?」 「正直、いい迷惑ですね」 即答だった。 古田は表情一つ変えず、淡々と続ける。 「プライバシーが確保できませんし、人だかりができれば他の利用者や関係者の印象も悪くなります。最悪の場合、我が社だけでなく協賛各社、特にさくらキャンパーさんにまで影響が及びます」 そう言うなり、もうパソコンを取り出している。 「SNSで注意喚起を出しましょう。曖昧にするのが一番危険です」 キーボードを叩く音。 その速さに、寧人は思わず感心する。 「……仕事早いなぁ」 「これくらいで遅いと言われたら秘書失格です」 画面には、簡潔で角の立たない文章がすでに整っていた。 配信・撮影場所への待ち伏せや追跡行為はご遠慮ください。 公共の場では他の利用者様への配慮をお願いいたします。 一護が外を見ながら、静かに言う。 「寧人、全部自分で抱えなくていいからね。線を引くのは大人の役目」 その言葉に、寧人は小さく息を吐いた。 「……嬉しい気持ちがゼロなわけじゃないんだけどさ。生活まで覗かれるのは、正直きつい」 「普通です」 古田は即答する。 その時、ストレッチをしながらドラゴンが口を挟んだ
last update最終更新日 : 2026-01-24
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番外編 第八話

寧人と一護はしっかり防寒対策を整え、自転車にまたがった。 その瞬間、古田が当然のようにスマホを構える。 「その防寒着も、さくらキャンパーさんのお知り合い――井筒サイクリング様からのご提供です。 SNSに載せますから。はい、笑顔。笑顔で」 いつもと変わらない事務的な口調なのに、その温度差がおかしくて、二人は思わず笑ってしまう。 「リンとドラちゃんの分も、もらえばよかったかな」 一護が何気なく言う。 「いえ、僕たちは基本車内ですし……問題ありませんよ」 ドラゴンも頷いた。 寧人は一瞬、胸の奥がきゅっとなる。 ――そう言えばよかったのか。 一護のさりげない気遣いに、今さら気づく。 「……この旅はさ」 自転車のハンドルを握ったまま、寧人は言葉を探して続けた。 「君たち二人も、すごく重要なメンバーだと思ってる。 誰か一人でも欠けたら成立しない」 少し間を置いて、苦笑する。 「正直、二人きりの時は本当に大変だった……いや、一護もできた人間だったけど、相当無理してたと思う」 「いえいえ」 一護が穏やかに返す。 「確かに大変でしたがね。今回は二人増えてのチャレンジ。手厚くなった分、コストもきっちり二倍かかってることはわかってね」 古田も眼鏡の奥から視線を向ける。 「その自覚も持ってください、社長」 「あっ……」 寧人は言葉に詰まり、ドラゴンが肩をすくめる。 「さ、撮り直しますよ。今度は“覚悟ある顔”で」 スマホが再び向けられ寧人は姿勢を正した。 そして自転車で寒い中だが防寒着のおかげか脚も軽やかに動き動いたことによって身体も次第に温かく、そして暑くなる。 寧人は一護と出会ってからセックスの快楽を覚え一時期は暴走してしまったが自転車を知ってからセックス以外に体を動かす楽しみが増えてセックス依存手前に抑えることができた。 運動もほぼ全くしてこなかった寧人にとって自転車との出会いはセックスの快楽を知ることと仕事の有意義さをわかることと同等、いやそれ以上のことだった。 最初はもちろん乗りこなせなかったし筋肉痛に悩まされていたが日々乗りこなしていくたびに体にフィットしてきた感覚がわかったのだ。 前回の自転車旅からかなり経ってるが社長として勤めてからは自転車にガッツリ乗
last update最終更新日 : 2026-01-25
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番外編 第九話

 それから一行は、自転車で少しずつ距離を伸ばしながら走り、夕方までには寝床となるパーキングエリアや宿へ辿り着く日々を送っていた。 昼や夕方には商品の宣伝や配信を行い、それがすっかり旅のリズムになっていく。 配信は想像以上に好評で、各地で声をかけてくる追っかけのファンもいたが、誰もがきちんと距離をわきまえていた。立ち寄った先々では土地の人々が自然体で接してくれ、そのささやかな優しさに、寧人は密かに心を温めていた。 夜は毎晩、危うさがまったくないわけではなかったが、男四人で同じキャンピングカーに寝泊まりしていても、連日の疲れは性欲をはるかに上回り、それどころではない。結局、毎晩のように深く眠りに落ちてしまうのだった。 ある天気の良い夜。 寧人はキャンピングカーの二階部分で、一護と並んで仰向けになり、天井を見つめていた。 「こうして男四人で旅行なんて、今までなかったからな……なんだか青春みたいだ。こんなの、若い頃に経験するものだと思ってたのに、まさか五十近くになってやるとは」 「そうかな。僕は一人旅が多かったし、これも十分青春だと思うよ。幾つになっても、青春はあっていいんじゃない?」 その言葉に寧人は頷きお互い向き合って笑った。 「てかさ、ごめん盗み聞きじゃないけどさー」 と下から声が聞こえてきてドラゴンが顔を覗かせてきた。 「ぼくもそうだよ、青春なんてなかったしいつも1人か少人数。わいわいって感じでもないしさ……今がめっちゃ青春だよ」 と少し瞼が重そうだがくしゃっと笑った笑顔にさらに場が和む。 「……僕もただ聞こえてきただけですけど」 とさらに顔を覗かせたのは古田だ。 「僕もこういう性格ですから誰かとつるんで、というのはなかったんですよ。今回こうしてアッシーとして選んでいただき……それでも充分嬉しいものですよ」 「アッシーだなんて……リン、そいや昨日配信にちらっと出たら今の人誰ッとか、他にもイケメンいるの?とかDMやコメントがあったよ」 と一護が見せると古田は首を横に振り股下に戻ったがドラゴンに引き戻される。 「リンも出たら? そろそろこの2人だけじゃ視聴者も飽きがきたでしょ」 「飽きって? ドラちゃん! いやドラちゃんにも出てもらうぞ! おじさんよりも若い衆もっと映せだよな? 車内カメラから生配信し
last update最終更新日 : 2026-01-26
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番外編 第十話

その日の朝も、恒例となった朝ごはん配信をしていた寧人は、ふと話を止めると、カメラの向こうへ視線を向けて一護に手招きした。 カメラの後ろにいた一護は、何事かと首を傾げる。 「もう一週間経つだろ。だからさ」 寧人の言葉に、配信のコメント欄がざわつく。 〈なに?〉〈どうした?〉〈誰呼んでる?〉 「そろそろちゃんと仲間も紹介しなきゃだろ。まずは一護。――かつてフードジャンゴの社長だった人から!」 「いいって、僕は……」 一護は小さく首を横に振る。 その仕草はどこか照れくさく、表舞台に立っていた頃の堂々さとは違っていた。 「でもさ、視聴者の人たち、自転車で走ってる姿はもう散々見てると思うし。メディアで見たことある人もいるだろ? 最近、こういう場所じゃ全然喋らないじゃん」 一護は困ったように笑って、もう一度首を振る。 第一線を離れた今の彼には、裏方でいいと思っていたから。 だが寧人がもたついているうちに、 「……もう」 と一護はやれやれという顔でマスクをつけ、前に出た。 「はい、出ましたよ。これでいいですかね、社長」 「うん、ありがとう。無理を言ったね。――はい、配信者の皆さん! 今、僕の後ろで並走してくれているのが、菱一護さんです。改めまして……」 一護は軽く会釈する。 「おはようございます。よろしくお願いします」 「今朝もご飯作ってくれました。朝ごはん担当です。そうそう、栄養管理も全部この人」 寧人は楽しそうに付け足す。 配信を見ている人たちにとっては既におなじみの存在だ。それでも改めて名前を出され、役割を紹介されるのが嬉しいのだろう。 一護は少し照れたように目を伏せ、画面の向こうから流れるコメントに小さく笑った。 「あと、僕の恩人であって一番大事な人です」 と赤らめた顔で寧人が言うと一護も笑い、そして配信を見てる人たちもコメントやスタンプで盛り上がる。 「こら、僕が一番大事とかいうと他の2人はどうなんだい?」 一護がドラゴンと古田のいる方に向かって言うと2人はビクッとして自分達に話が振られることはないと思っていたためびっくりしている。 「……いや、そんなこと言ってないけどーまぁみんなも知ってる通り僕と一護はパートナーですからね」 「それは事実ですけどね。惚
last update最終更新日 : 2026-01-27
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番外編 第十一話

昼。 今日は自転車旅はなく各自自由行動、という名目だったが、実際に外へ出たのはドラゴンだけだった。 キャンピングカーには、一護・古田・寧人の三人が残り、それぞれ仕事に追われている。 一護は編集作業、古田は運転席を倒して休憩、寧人はその横でスマホを弄っていた。 沈黙を破ったのは古田だった。 「……て、寧人。ドラちゃん探ってどうするの? しかも誘導、下手すぎ」 「すまん……。てか“下手”ってリンから言われるの久しぶりでゾクっと来るんだけど」 横たわったままの古田に向けてそう言うと、編集画面を見ていた一護が一瞬だけ顔を上げ、ちらりと二人を見た。 「……いや、ほんと。聞き出し方が雑だったね」 「まぁ、何かの流れで聞こうとしてるのは分かったけどさ」 「だよな……」 そう言って寧人は天井を見る。 少し間を置いて、古田がぽつりと続けた。 「……正直、僕も気になってるんだ。ドラちゃんがさくらキャンパーで何かあったのか」 「やっぱ元客と店員の関係だから、感じるもんある?」 「うーん……。普段あんなにオープンな人がさ、人に隠れるようなことしないでしょ。配信だって出たがりのはずなのに、今回だけ出ないってのがさ」 その言葉に、寧人も小さく頷く。 「確かに。スタッフが来るたびキョロキョロして、何もなかった顔して戻ってくることもあったな。でもその時、宙社長はいなかったし……」 「……まさか社長と何かあった、とか?」 「“何か”って……関係があったって意味か?」 寧人が言うと、古田は眉を寄せる。 「マッサージ店の常連なら、どこかで顔合わせてると思うけど。僕、彼を見たことないし」 二人がそのまま盛り上がり始める一方で、 一護はいつの間にかキーボードを叩く手を止めていた。 画面は見ているが、視線が定まっていない。 それに気づいた寧人が、少し言いづらそうに口を開く。 「……一護。元彼として、ドラちゃんのこと何か知ってるか? 宙社長と付き合ってたとか、そういうの」 一瞬、間が落ちる。 「……いくら元彼でも」 一護はゆっくり息を吸ってから言った。 「知らないことはたくさんあるよ。それに――宙社長はノンケだし!」 語気が強くなり、空気が張りつめる。 「ははん。一護、社長がノンケって知ってるんだ?」 古田がからかうように言う。 「まさか一
last update最終更新日 : 2026-01-27
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番外編 第十二話

 編集ソフトのタイムラインを眺めながら、一護は無意識に指を止めていた。 ……何もいいことはない。 自分で言った言葉が、遅れて胸に返ってくる。視線が画面から外れ、意識が過去へ引きずられる。 ※※※ 忘れたはずの過去なのに……と一護はふと頭の中に過去がよぎった。 ドラゴンは一護が美容院とは別のビジネスで立ち上げたメンズエステ店の初期メンバーだった。美容学校卒業、美容師免許もあった彼だがマッサージの腕は確かで、口も達者で、客受けもいい。何よりよく笑った。 仕事終わり、店を閉めてから二人で飲みに行った。 最初は他愛ない愚痴と軽口だったのに、気づけば距離が縮んでいた。 若かった。二人とも……。 一護は社長として忙しく、外にもよく出ていた。人に囲まれ、酒の席も多く、誘いも断らなかった。 (僕は……好きだった、でも店をうまく切り盛りするためにって……言い訳か。でも若さが故に……あちこち手を出しすぎたり、世話好きがこうじてしまったんだ、ああ、これもいいわけだ) ドラゴンは「今日も遅いんだ?」 「ごめん。待っててね」そう言って頭を撫でれば、ドラゴンは笑った。 けれど、その笑顔が少しずつ薄くなっていくのに、気づかなかった。 あまりにも一護本位だった。 「俺のこと、好き?」 ある日そう聞かれて、一護は笑って返した。 「当たり前だろ」 それが、決定打だったのかもしれない。 欲しかったのは言葉じゃなかったのかもしれない。 「……もういい」 そう言ってドラゴンは離れた。責めることも、縋ることもせず、ただ静かに。一護は引き止めなかった。いや、引き止められなかった。社長としての自分、忙しさ、プライド。全部が邪魔をした。 ※※※ 一護は小さく息を吐く。宙社長がノンケなのは本当だ。イケメンである彼に少し口説いたことがあったのは確かだ。まだ彼が社長になる前だった。彼の父親に似て、とは思っていた。 (ドラちゃんが誰かを本気で好きになるとしたら) 一護は編集画面に戻る。ほんの一瞬だけ目を伏せてから、何事もなかったように作業を続けた。 (今さら過去を掘り返しても、遅い) そう言い聞かせながら。けれど胸の奥では、あの時ちゃんと愛せなかった自分が、まだ終わっていなかった。 ふぅ……とため息しか出ない。今
last update最終更新日 : 2026-01-27
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番外編 第十三話

その頃、ドラゴンは―― 人影もまばらなサービスエリアの公園で、山並みをぼんやりと眺めていた。 風に揺れる木々を見ているうちに、思考は勝手に過去へと滑っていく。 一護と同じ記憶を辿っていたのかどうかは、本人にもわからない。 ただ、胸の奥が重くなって、息を吐くしかなかった。 そのため息が、答えの代わりだった。さてさてとキャンピングカーに戻ろうとするとクラクションが後ろから聞こえた。 ドラゴンは自分ではないと思い振り返らなかったがもう一回鳴った。 ようやく振り返ったドラゴン。 そこにあったものを見て彼は諦めたかのように、少し笑って言った。 「……しょうがないなぁ、もう……」 ※※※ キャンピングカーの中。 古田はすでに起きており、一護も編集作業をひと段落させていた。 寧人はマットの上で黙々とストレッチをしている。 あれから、もう一時間が経っていた。 「……ドラちゃん、いい加減帰ってこないかな」 ぽつりと零した一護の視線は、無意識にテーブルへ向かう。 そこには、ドラゴンのスマホが置き去りのままだった。 連絡が取れないことは、わかっている。それでも気になってしまう。 「まぁ、そのうち戻ってくるさ」 古田は軽く受け流すように言いながら、続けて寧人を見る。 「リン、今日のスケジュールは?」 「はい……えっと……あっ」 寧人の声が裏返る。 古田はスマホを覗き込み、目を見開いた。 「……しまった。寝過ぎた」 慌ててメールを開き、指を走らせる。 「寝てる間に来てたみたいだ。今、返す」 画面に表示されていたのは、さくらキャンパー広報からの連絡だった。 他の業務との兼ね合いで、依頼されていた商品の持ち込みが―― 予定より三時間、前倒しになるという内容である。 キャンピングカーの空気が、わずかに引き締まった。 「まぁ、焦ってもしょうがないよ。向こうも自分たちの都合だし、大丈夫ですよって言ってくれてるし」 そう言う一護に、古田はすぐ首を振った。 「いえ、社長。それが一番よくないです。 どれだけ関係が良好でも、信頼は積み重ねで、逆にミスも積み重なります。今回は……僕が寝てたせいですし……」 珍しく歯切れの悪い古田。 寧人はそこまで切迫感を持っていないが、その温度
last update最終更新日 : 2026-01-28
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番外編 第十四話

「社長! すいません……」 「いえいえ、こちらこそ……お返事がないまま押しかける形になってしまって」 二人の社長が同時に頭を下げ合う光景は、端から見ればどこか可笑しい。だが寧人はその様子を横目に流し、すぐに視線を逸らした。 ――ドラゴン。 さくらキャンパーの宙社長のすぐ後ろ、少し距離を取るように立っている。 向かい合う二人の社長を見ても、胸はざわつかない。スタート時に感じた、あの妙な引っかかりもない。 (……社長じゃない? じゃあ、社員の中に気まずい相手でもいるのか) その後も、さくらキャンパーのスタッフが何度か商品を運び、メンテナンスの確認に訪れたが、場の空気は終始穏やかだった。少なくとも、表面上は。 「いやいや、寧人くん。相変わらずよく動くね。中年の星だよ」 快活に笑ったのは宙社長の父、陸斗だった。寧人より十は年上のはずだが、日に焼けた肌と張りのある体つきのせいか、年齢を感じさせない。 「そんな……まだ中年ってほどでもないですよ」 そう前置きしてから、寧人は自然な流れで続けた。 「ここまで体が持つのも、彼のマッサージのおかげなんです」 視線を向けると、ドラゴンは一瞬だけこちらを見返し――すぐに目を伏せた。笑顔はなく、表情はわずかに硬い。 「ほう……」 陸斗は興味深そうに顎を撫でる。 「スタートの時、後ろの方で隠れてるみたいだったが……君が寧人くんの体を?」 その言葉に、ドラゴンの肩がほんのわずかに強張る。 寧人はその変化を、見逃さなかった。 (ははーん、まさかのまさか……宙社長じゃなくて……陸斗さんだったのかー) と思った矢先、一護も古田も確信していたようだ。 「なるほど……年上が好きだったから僕には靡かなかったんだ、ドラちゃん」 少し一護は鼻で笑った。だが年上すぎるのでは、寧人よりも上である。 「隠れなくてもわかることだったのに……でも今は落ち着いて立派な仕事しているようで何よりだよ」 「……まぁね」 気づけば2人の世界になっていた。 宙社長も何か知ってそうである。 「……息子も社長業をして数年になるからそろそろ僕も落ち着いて来たんだよね。僕もサイクリングでもしようかな、その時は君にマッサージしてもらおうかな。久しぶりに」 「……無理しないでくださ
last update最終更新日 : 2026-01-29
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番外編 第十五話

「まぁ、そういう関係ですよ」 さくらキャンパーの二人が帰り、キャンピングカー内での簡単なミーティング中。 ドラゴンがまるで天気の話でもするみたいに、さらっと言った。 あまりに雑な一言だったが、それだけで他の三人はだいたいを察する。 「既婚者だって分かってて付き合ってた。でもさ……陸斗さんの息子――宙社長の写真を見せてもらってさ。 かっこいいって言ったら、そこから嫉妬が始まったんだよ」 一息ついて、苦笑する。 「陸斗さんも十分イケメンだけど、亡くなった奥さんも美人でさ。 二人のいいとこ取り、って感じで宙社長はさらにイケメンで……」 「……なるほどね」 話を聞いていた一人が、間を置かずにまとめる。 「で、恋人の“息子”に目移りしたと思われて嫉妬されて、結果フラれた、と」 「違う!」 ドラゴンは即座に声を上げた。 「フラれてない! 嫉妬がひどすぎて……こっちから別れたんだ。 別れたくない、でも別れる、って……最悪な別れ方」 少しだけ視線を落とす。 「後になって分かった。あれ、向こうがわざと大喧嘩になるよう仕向けてたんだって。 俺に嫌われ役を押し付けて、綺麗に終わらせるために」 小さく、息を吐く。 「……結局さ、陸斗さんの方が一枚も二枚も上手だったってわけ。そっから美容師の仕事に力を入れようとしたところに一護と出会ったわけさ……」 ドラゴンは一護を見る。一護は知らなかった過去をフーンと聞いていた。 「まぁ過去は誰にでもある。知る、知らないは……プライベートのことだから踏み入れない方が良い」 と1人納得してるようだ。 寧人は立ち上がった。「よしよし。過去の話も全部聞けたし、俺はスッキリした! あとはゴールするだけだな!」「いや、それ完全に自分が一人で納得しただけだろ!」 三人から一斉に突っ込まれた。「でもさ、陸斗さんって当時も奥さんいなかったんでしょ? 宙社長も独身。どっちもフリーだよね。……まぁ宙社長はノンケだけど」 そう前置きしてから、寧人はずいっとドラゴンを見る。「やっぱり陸斗さんなんじゃないの? ドラちゃん」 ドラゴンは一瞬言葉に詰まり、耳まで赤くなった。「……そ、そうだけど。でもやっぱ無理だって」「不倫でもないしさ。陸斗さんだって、ドラちゃんのこと今も
last update最終更新日 : 2026-01-29
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