40歳童貞ダメダメSEの寧人と26歳配達員の一護。二人の出会いを描いたR18指定の作品です。 鳩森 寧人(はともりよしと)40歳 引きこもりネガティブSE、童貞。 パニック持ちの頼りないやつ。 菱 一護(ひしいちご)26歳 元美容師、オーナーであり現在フードジャンゴ社長。 裏ではメンズマッサージ店を経営していた。 ロン毛バリネコ。家事全般得意、お世話好き。マッサージが得意。 古田 倫悟(ふるたりんご)30歳 寧人の年上の上司で営業マン。バツイチ。 ドSと甘えん坊の二面性を持つ。 性感マッサージが好き。 菱 頼知(ひし らいち)23歳 一護の異母兄弟。調子に乗りやすい。 人に好かれたい、甘え上手。手のかかる子。
View Moreとあるオフィスで、何やら言い争うような声が響いていた。
声の主は三十代半ばの男と、その上司である。上司に対しても一切遠慮のない強い口調で、男は眉間に皺を寄せ、言葉を放つたびに目がキッと吊り上がる。その鋭い眼光は、どこか闘犬のような気迫を帯びていた。 「課長、いくらなんでも営業、プレゼン未経験のやつを同伴だなんて、冗談ですよね?」 「まぁ、落ち着け。言いたいことは分かるが……」 上司がなだめようとするも、男の声はさらに大きくなる。 広々としたオフィスフロア。だが、デスクの間隔は広く、人の姿もまばらだ。社員たちは皆、黙々とパソコンに向かい、キーボードを叩き続けている。騒ぎに気づいていながらも、誰も視線を向けようとはしない。 今の時代、職場での小さな衝突は、チャットツールの中で済ませるのが主流になっている。直接声を荒げるのは、珍しい光景だった。 この会社――ベクトルユー株式会社は、システム構築やネットワーク運営を主な事業とする中堅企業である。全国に支店を持ち、社員数も増え続けていた。 しかし、いまの本社はどこか閑散としている。リモートワーク制度が導入されてからというもの、オフィスに姿を見せる社員は半数以下に減った。 会議も打ち合わせもオンライン。チャットやクラウドで仕事が完結する環境は、一部の社員からは「働きやすい」と好評だったが、同時に人間関係の希薄さを生んでいた。 その静かな空間の中で、声を張り上げていたのは営業担当の古田。 社内でも一、二を争う売上成績を持つ敏腕営業マンで、鋭い観察眼と巧みな話術を武器に顧客を落としてきた。だが、その反面で気性が荒く、思ったことはすぐに口に出してしまうタイプでもある。 「いや、私も不安なんだよ。ただな、先方からの要望で、なぜか鳩森にも来てほしいって言われたんだ。彼の提案を詳しく聞きたい、と」 「なぜ鳩森の意見が……? まぁ、SEとしては腕は悪くないですけど、あいつ根暗で、人前だとまともに話せないですよ。ビデオ会議でも終始挙動不審ですし……」 「しょうがないだろ。相手がそう言ってるんだ。君がメインで喋ればいい。鳩森はただの同伴だ、ああ……」 課長が言いかけたそのとき、ふと二人の視線が一点に向かう。 そこに立っていたのは、鳩森寧人(はともりよしと)――件の人物である。 ヨレヨレのスーツに、くしゃくしゃの髪。シャツのボタンは一つ開き、靴もややくたびれている。 眼鏡の奥の目はどこを見ているのか分からず、焦点が定まらない。動作もぎこちなく、まるで初めてこの場所に足を踏み入れたような落ち着きのなさだ。 久しぶりの出勤というのも無理はない。寧人は普段、在宅勤務が基本で、ほとんどオフィスには顔を出さない。 今日は数か月ぶりの電車通勤だったが、駅を出た途端に道に迷い、結果的に約束の時間にも遅れてしまったのだ。 「おい鳩森っ。もう少しマシなスーツなかったのか? まぁいい、時間がない」 古田が近づき、ぐしゃぐしゃのネクタイを直しながら溜息をつく。寧人は何も言わず、棒のように立ち尽くしている。 覇気がない。心ここにあらず。まるで壊れかけたロボットのようだ。 古田は呆れながらも、つい世話を焼いてしまう。 トイレに連れて行って髪をブラシで整え、ワックスを少しだけ付けてやる。見た目は多少マシになったが、癖毛のせいで時間が経つとすぐにうねり出す。それを見て古田は再び肩を落とした。 (ほんと、手のかかるやつだな……) 寧人がオフィスの場所すら分からず、うろうろしていたことを思えば、ここまで辿り着けただけでも奇跡かもしれない。下手をすれば、ビルの警備員に声をかけられていたかもしれないのだ。 「よし、行くぞ。営業車のある駐車場まで行く。分かるよな、場所は」 「あ、はい……行きましょう」 相変わらず抑揚のない声。目線も上がらない。 古田は思わず顔をしかめた。 「おい、お前……本当に大丈夫かよ?」 「たぶん……だ、大丈夫です」 「“たぶん”じゃ困る。粗相のないようにな!」 「は、はいっ!」 裏返った返事が返ってきた。 その声を聞き、古田はため息をひとつ。 だがもう時間がない。顧客との商談は午前十一時。遅れれば、会社全体の信用問題にも関わる。 古田は急ぎ足でフロアを抜け、後ろを振り返る。 寧人は少し遅れて、ぎこちない歩幅でついてくる。その姿はまるで不安そうな子犬のようだった。 「……まったく、こっちの神経が持たねぇよ」 ぼやきながらも、古田は心のどこかで――この頼りない男の中に、何か特別な“光”があるのかもしれないと、うっすら感じていた。 それが、今日の商談で証明されることになるとは、このとき誰も思っていなかった。あれから寧人は必死にネットで調べ、ようやく管理人に連絡を取った。だが、修理業者と立ち会った結果、ドアの修理には数日かかると言われてしまった。しかも、経年劣化が原因でも「入居者負担」とのことだった。「どうしよう……僕が壊したわけじゃないのに負担しなきゃだし、このまま壊れたまま何日もいたら……」 その瞬間、胸の奥に黒い不安が広がる。いつも通りの生活が崩れるだけで、世界の輪郭がぼやけていくようだった。 パソコンの画面を見つめても、文字が頭に入らない。息が浅くなる。視界が歪む。頭の中でノイズのように焦りが響く。「うわっ……」 次の瞬間、寧人の肩を抱きしめる腕があった。 唐突に体温を感じ、体が硬直する。驚いて目を見開いたまま動けない。「落ち着いて。大丈夫だから、ね」 低く柔らかい声。 一護の手が背中をゆっくり撫でる。呼吸を合わせるように「吸って、吐いて」と言葉を重ねられ、寧人の呼吸は次第に落ち着きを取り戻していく。 気づけば頬を伝う涙。久しく流していなかった感情の水が、堰を切ったように溢れた。 ハッと我に返り、一護から慌てて離れる。「あ、ありがとう……もう大丈夫」「よかった。こんな狭い部屋でずっと籠もってたら、そりゃ息詰まるよ」 寧人は苦笑した。「昔からこうなんだ。人前でうまく話せないし……今の会社に入れたのも奇跡みたいなもんだよ。リモートワークで、誰にも会わなくていい。それだけが救いだった」 そこへ業者が戻ってきて、応急処置のロック装置を取りつけてくれた。あくまでも一時的なものだが、それでも閉じられるドアがあるだけで安心できた。「よかったじゃん。これならとりあえず寝られるね。……ま、無理に開けようとしたらアウトだけど」「うん……助かったよ」 寧人はそう言いながら財布を取り出し、札を抜いて一護に差し出した。「今日はほんとに助けてもらった。時間も取らせたし、これ……」「いや、いいですって」「いや、受け取ってくれ。仕事抜けてまで手伝ってくれたろ」 さらに札を取り出そうとするその手を、一護が掴んで止めた。「人との関わりを、全部お金で解決しようとするのはやめなよ」「……っ」 言葉が喉の奥で詰まった。 一護の声には咎める響きはなく、ただ真っすぐで優しい。「僕がここに残ったのは、心配だったからだよ。あのままだったら、ほんとに倒れて
「鳩森くん、すまんがその提案はもう別のものが採用されていて、すでにプロジェクトが進んでいる。そのサポートをお願いできるかな」 会議で上司にそう言われ、寧人はパソコンの前で小さくうなずいた。 まただ。 何度目だろう。 彼は提案を却下されることにも、もう驚かなくなっていた。 数日後、本部から届いたメールを見て、彼はふぅ、と息を吐いた。 「了解しました」とだけ返し、また机に戻る。自分の役割は“進んでいる何かの支え”。決して“新しい何かを生み出す側”ではない。 でもそれでいい、といつしか思うようになっていた。 昼を過ぎると、胃がきゅうっと鳴った。 反射的に開くのは「フードジャンゴ」のアプリ。 そこにはまた“麻婆丼”が上位に表示されていた。「また麻婆丼……」 苦笑しつつも、結局それを選ぶ。 あの日の味が忘れられなかった。濃いタレと山椒の香り、何より、あの“イチゴ”という青年の笑顔が頭にちらついた。 麻婆丼は、ご飯とおかずが一緒に食べられる。 洗い物も少なく、すぐ腹が満たせる。 “効率”がいい。 そう、彼にとって食事は“栄養摂取と仕事再開の間の作業”にすぎなかった。 ――もう四十歳が見えている。 恋人はいない。いや、これまで一度もいなかった。 もちろん、性の経験もない。 ただ、性欲がないわけではない。 日々の中で溜まったストレスを、空しい手慰みで発散することはある。けれど、それすら“義務”のように淡々と。 恋とか愛とか、そんな情動はずっと置き去りにしてきた。 オナホールの新品を開けるときでさえ、感情は動かない。 「まぁ、出せば楽になるからいいか」 それくらいの感覚。 自分でも呆れるほど乾いていた。 両親は昔、電話のたびに「そろそろ結婚は?」と言っていたが、三十五を過ぎたあたりでその言葉も聞かなくなった。 最近は年賀状すらこない。 それでも寂しさはない――はずだった。 欲しいものも、特にない。 必要なのは仕事道具とパソコン、参考書、最低限の生活費。 あとは家賃と光熱費と通信費。 浪費も外出もしないから、貯金だけは着実に増えていく。 “使い道のないお金”が通帳に積もっていくたび、自分の人生も同じように堆積しているような気がした。 そんな時だった。「一人で、寂しくないですか?」「うわっ!」 背後から声がし
「誰だっ!」 寧人は腰を抜かす。それも当たり前である。一人暮らしの家に人がいるのは怖い。 そして椅子から転がり落ちたのだ。古典的な漫才みたいな大袈裟な動きである。 「フードジャンゴの配達員です」 どう見てもフードジャンゴの配達員とわかるファッションである。「見ればわかるよ! なんで勝手に部屋の中に?」 確かにそうである。いきなりはいってきたのにはなぜか理由があるのだろう。泥棒の可能性もある。寧人は少し間を取っていたりもする。近くにあった定規を剣に、ノートを盾に構える。自分よりも大きな体の相手には太刀打ちできない装備である。「いや、玄関先にって書いてあったけどお隣さんの玄関先がびしょびしょで、多分水仕事か水遊びとかでかな? ここの部屋のドアの前まで水が垂れてたから置けなくて」 説明の長さに寧人は眉をしかめる。「んで、どうやって部屋に入った」 「ドアが開いてました」 驚いた寧人は慌てて部屋の前に行くと確かに部屋の前は水が伝いびしょ濡れ。 彼は隣に幼稚園児のいる親子が住んでいることを思い出した。 そしてあっ! と思い出したのは夜中のうちにゴミを出しに行ったこと。寝ぼけながらもいって、もう一つゴミがあるからとりに戻ったまま寝てしまった。その時にドアを開けっぱなしにしていたことを。「あああ、ずっと開きっぱなし……」 寧人はうずくまる。そんな様子を見て配達員はヤレヤレとした顔。「大丈夫ですよ、すこししか開いてなかったし。気をつけてくださいね……にしても部屋汚い」「うるさい、まぁとにかくここまで持ってきてくれたお礼とドアの件。ありがとう」 と寧人は財布からスッと札を抜いて配達員に渡した。配達員は再びニコッと笑った。「早く出ろよ」「はい、僕も急いでるんで!」 配達員の持ってきた麻婆丼を開ける。ほぼこぼれてない。配達員の中には乱雑に置くものや、こぼれても何も言わずにそのままのものもいる。 だから寧人はそういう配達員にクレームを出せるシステムをつけることを提案しようとしたがようやく言えた頃には他のものが提案したものが採用された。 その提案が可決されたがその内容は、クレームがそのまま本社に伝わり、その配達員の評価にフィードバックされて注意、あるいは減給、クビにもなるというかなりシビアなものであった。「……急に入ってくるのもあれだが、や
これは、今から半年前――寧人に起きた出来事である。 寧人(よしと)は大学を卒業して以来、ずっとベクトルユーという中堅IT企業に勤めている。職種はSE。几帳面で真面目、与えられた仕事は黙々とこなすタイプだ。いくつかのヒットしたアプリやシステムの開発にも関わってきたが、彼の名前が表に出ることはほとんどない。なぜなら、彼は人との距離を測るのが極端に下手だった。 会議で意見を求められても口ごもる。ようやく言葉にできたころには、すでに他の誰かが同じ提案をしてしまっていて、彼の言葉は空気に溶けていく。 その結果、いつの間にか「黙って指示を待つ人」として扱われるようになった。頼まれれば断れない、どこか要領の悪い男――それが職場での寧人の立ち位置だった。 そんな彼にとって、リモートワークという働き方は救いだった。誰にも会わずに済む。無言で画面を見つめ、与えられたタスクをこなす。朝から夜まで、ほとんど椅子から動かない。 それでも一番の難関は、週に数回行われるオンラインミーティングだった。画面越しのやりとり、相手の表情の間(ま)、言葉の温度――それらがどうにも掴めない。「なんで……みんな、わかってくれないんだろう」 小さくつぶやく声が、薄暗い部屋に溶けていった。 寧人は仕事そのものは丁寧にこなす。けれど、予定外のことにはとことん弱い。応用が利かない。人に何かを伝えるのも苦手。自分でも「ダメな男だ」と思っている。 そのせいで、いつの間にか彼には単純作業ばかりが回されるようになった。だが寧人にとって、それはむしろありがたかった。余計な考えをせずに済むからだ。 結果、彼は昇進のチャンスを逃し続け、同期のSEたちは次々と上に行った。気づけば彼だけが取り残され、給料もほとんど据え置きのまま。 それでも、寧人は気にしなかった。向上心という言葉が、彼の辞書にはないのだ。 部屋の中は、仕事の進捗と反比例するように荒れていた。床には空のペットボトル、脱ぎっぱなしのシャツ、山のようなレシート。 洗濯物の山の隣には、空の弁当容器が積み上がっている。だが彼はそれを見ても何とも思わない。見慣れすぎて、風景の一部と化していた。 料理など、もちろんしない。 食事はすべて宅配。冷凍食品ですら面倒で、アプリひとつで完結させる。 その日も、作業の手を止めた寧人はスマホを取り出した。「
とあるオフィスで、何やら言い争うような声が響いていた。 声の主は三十代半ばの男と、その上司である。上司に対しても一切遠慮のない強い口調で、男は眉間に皺を寄せ、言葉を放つたびに目がキッと吊り上がる。その鋭い眼光は、どこか闘犬のような気迫を帯びていた。「課長、いくらなんでも営業、プレゼン未経験のやつを同伴だなんて、冗談ですよね?」「まぁ、落ち着け。言いたいことは分かるが……」 上司がなだめようとするも、男の声はさらに大きくなる。 広々としたオフィスフロア。だが、デスクの間隔は広く、人の姿もまばらだ。社員たちは皆、黙々とパソコンに向かい、キーボードを叩き続けている。騒ぎに気づいていながらも、誰も視線を向けようとはしない。 今の時代、職場での小さな衝突は、チャットツールの中で済ませるのが主流になっている。直接声を荒げるのは、珍しい光景だった。 この会社――ベクトルユー株式会社は、システム構築やネットワーク運営を主な事業とする中堅企業である。全国に支店を持ち、社員数も増え続けていた。 しかし、いまの本社はどこか閑散としている。リモートワーク制度が導入されてからというもの、オフィスに姿を見せる社員は半数以下に減った。 会議も打ち合わせもオンライン。チャットやクラウドで仕事が完結する環境は、一部の社員からは「働きやすい」と好評だったが、同時に人間関係の希薄さを生んでいた。 その静かな空間の中で、声を張り上げていたのは営業担当の古田。 社内でも一、二を争う売上成績を持つ敏腕営業マンで、鋭い観察眼と巧みな話術を武器に顧客を落としてきた。だが、その反面で気性が荒く、思ったことはすぐに口に出してしまうタイプでもある。「いや、私も不安なんだよ。ただな、先方からの要望で、なぜか鳩森にも来てほしいって言われたんだ。彼の提案を詳しく聞きたい、と」「なぜ鳩森の意見が……? まぁ、SEとしては腕は悪くないですけど、あいつ根暗で、人前だとまともに話せないですよ。ビデオ会議でも終始挙動不審ですし……」「しょうがないだろ。相手がそう言ってるんだ。君がメインで喋ればいい。鳩森はただの同伴だ、ああ……」 課長が言いかけたそのとき、ふと二人の視線が一点に向かう。 そこに立っていたのは、鳩森寧人(はともりよしと)――件の人物である。 ヨレヨレのスーツに、くしゃくしゃの髪。シャ
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