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合縁奇縁、そんなふたりの話(BL) のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

88 チャプター

第六十一話

その後の寧人は、仕事でも異様なほど波に乗った。 営業成績は右肩上がり。社内表彰では社長賞まで獲得する。 誰もが羨む成功だった。 ――そして、一護が胸の奥で感じていた違和感も、現実になっていく。 寧人の周囲には、次第に人が集まり始めた。 古田との関係は、すでに公然の秘密のようになっていた。 仕事中の距離の近さ、息の合い方。 二人のコンビ感は、まるで長年連れ添った夫婦のようだと、社内でも噂されるほどだった。 さらに寧人は、仕事の延長線上で他の場所にも足を運ぶようになる。 マッサージ店。 甘く蕩けた声と、距離の近さに、感覚が麻痺していく。 オプションで複数人を指名し、与えられる好意を拒まなくなった。 そこに現れたのが、仮面を被った頼知だった。 正体を知ってなお、距離は曖昧なまま。 抱かない、と頭では線を引きながらも、周囲はそれを許してはくれない。 「いつになったら僕の番?」 軽口のようでいて、冗談では済まない空気。 寧人は笑って誤魔化すが、逃げ場はどんどん狭くなっていく。 問題は、それだけではなかった。 寧人は女性社員とも関係を持つようになり、しかも一人ではなかった。 誰にも咎められない成功と、止まらない承認欲求。 「お前が一番だ」 そう言いながら、一護を抱く夜もあった。 だが一護は、その言葉の奥にある軽さを、もう見逃さなかった。 やがて、均衡は崩れる。 女子社員同士の言い争い。 誰が本命なのか、誰が先なのか。 口論は罵声に変わり、ついには手が出た。 そこへ古田が割って入る。 だが古田自身も、寧人との関係が明るみに出た瞬間、事態は一気に修羅場へと転がった。 全員の視線が、寧人に突き刺さる。 「……ちょ、ちょっと……」 言い訳にもならない声。 古田の目が、鋭く吊り上がる。 寧人は逃げた。 文字通り、命からがら。 逃げ込んだ先でも、状況は同じだった。 好意は、欲望に変わり、取り合いになる。 冗談めかした提案。 突き放すような一言。 その瞬間、冷めた視線が一斉に向けられる。 ――ああ、終わった。 噂は、当然のように一護の耳にも届いた。 情報源は、よりによって頼知だった。 「ねぇ、お兄ちゃん。あの子、完全に調子に乗ってるわよ」 一護は何も言わなかった。 ただ、静かに決断した。 会社は、
last update最終更新日 : 2025-12-27
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左遷編 第六十二話

あれから一年が経った。 会社は、結局クビにはならなかった。 だが騒動の後始末は重く、本社への立ち入りは禁止。表向きは「配置転換」という名目で、他県の地方にある小さなケーブルテレビ局へ出向となった。 左遷。 誰がどう見ても、それだった。 さらに悪いことに、あの頃の寧人は金遣いが完全に狂っていた。 バタフライスカイに通い詰め、今まで触らなかった額のお金を、気づけばほぼ使い切っていた。 結果、住まいは地方の古いアパート。 壁は薄く、階段は軋み、冬は寒い。エアコンも年季物だ。 ここでまた引きこもって、最低限の仕事だけして生きていけたら―― 一瞬、そう思った。 だが、それは許されなかった。 出向先の職場では、寧人が「訳あり」で来たことは、ほぼ周知の事実だった。 しかも理由は色恋沙汰。好奇と軽蔑の入り混じった視線を浴びる。 もっとも、配属された部署の面子は、既婚者か、五十代を超えた“枯れた”社員ばかりだ。 露骨に絡まれることはないが、その分、距離は冷たい。 寧人はSEとしてではなく、雑務要員として扱われた。 書類整理、備品管理、簡単な点検補助。 一日が、驚くほど何も起きないまま終わる。 残業もない。 評価もない。 定時になると、「もう上がっていいよ」と言われ、追い出されるように帰る。 夕方、人気の少ない道を一人で歩き、アパートに戻る。 その繰り返しだった。 ただ、数年前の引きこもり時代と、決定的に違う点が一つあった。 部屋が、ちゃんと整っている。 床には物が散らかっていない。 洗濯物は溜めず、三食、簡単でも自炊をする。 一護にやってもらっていたこと。 たまに教えられ、半ば無意識に身についたこと。 今になって、その意味がわかる。 常にきれいな部屋で暮らしていたせいで、汚れた空間に戻れなくなっていた。 それが寧人の、数少ない成長だった。 ブランド物の服はほとんど売った。 売れなかった服は、組み合わせを考えて着回す。 髪も最低限整える。 安物の化粧水を買い、眉毛を整え、毎日きちんと髭を剃る。 ――清潔感だけは、失いたくなかった。 それでも。 一護がいた頃ほど、完璧にはならない。 「……一護、戻ってきてよ」 好きだった麻婆
last update最終更新日 : 2025-12-28
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第六十三話

ついさっき、自分で麻婆丼を作って食べたばかりだというのに。 寧人は、ほとんど反射のように注文してしまっていた。 理由は単純だ。 ――あの味を、もう一度。 食欲は正直、かなり落ちている。 それでも、あの麻婆丼だけは別だった。 配達を待つ間、寧人は落ち着かず、狭い部屋を見回す。 そして、なぜか思い立ったように床に手をついた。 「……体、だいぶ鈍ったな。でも、まだいけるだろ……」 腕立て伏せ。 数回やっただけで、腕が笑う。 「……っ、く……」 スクワットに切り替えた、その瞬間だった。 ピキッ 「……あ?」 腰の奥で、嫌な音がした。 「……いてぇ……」 嫌な予感は、だいたい当たる。 「くっ……久しぶりにやったから……だ、だよな……」 強がりながらも、腰を押さえたまま動けない。 そのときだった。 ピンポーン 間の悪い電子音。 「……は?」 さらに、追い打ちのように。 ピンポーン 「……最悪だ……」 よりによって、直接受け取りにしてしまった。 腰は曲がらず、立ち上がることすらできない。 「……くそ……」 そのまま、スマホが震える。 画面を見なくても分かる。フードジャンゴの配達員だ。 寧人は、這うようにしてスマホに近づき、声で操作して着信に出た。 「お客様、商品をお届けに参りましたが、ご不在のようで……」 「……頼む……今、ぎっくり腰で動けない……部屋まで……」 情けない声だった。 だが、この土地に来てから、頼れる人間は一人もいない。 一瞬の間。 「大丈夫です! 今行きますね!」 その即答に、寧人はほっと息をついた。 古い階段を登る、軽い足音。 カン、カン、カン、と響く音が、なぜかやけに大きく聞こえる。 そして―― バンッ 勢いよく開いたドア。 「あれ? ドア、開いてた?」 その声に、寧人は反射的に顔を上げた。 「……え……」 視界に入ったのは、見慣れた輪郭。 背の高さ、伸びた髪、穏やかな表情。 「……寧人っ!」 「……は……?」 次の瞬間、倒れ込むようになった寧人の体を、しっかりと抱き止めた腕。 「大丈夫!? 動ける?」 「……なんで……」 言葉が追いつかない。 「
last update最終更新日 : 2025-12-29
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第六十四話

台所でガツガツと麻婆丼を食べる寧人。 目を覚ますと、もう朝になっていた。朝起きるとぎっくり腰も治っていて、家には誰も入った形跡がない。もちろん横には誰もいない。 「夢だったのか?」 しかし自分のパンツが精液で汚れていて、久しぶりに淫乱な夢を見て寝てる時に……と、びっくりしていた。しかも朝から勃っていた。 「こんなの久しぶりだな」 そしてパンツも変えて、玄関を見るとドアノブに麻婆丼はかかっていない。 フードジャンゴのアプリを見ても注文履歴がない。もちろんあの麻婆丼は掲載されていない。 「全部夢だったのか」 と、ガックリして昨日作った大量の麻婆丼を温め直して食べているのだ。 ふと鏡を見ると、少し泣きはらしたのか目のあたりが腫れぼったくなっている。 「本当に夢だったのか?」 サイクリングスーツに着替えて仕事に向かう。免許も車もない。 一護が残していた自転車とこの格好で毎日通勤している。これも高級品で売れば良かったのだろうが、やめた。おかげでいい交通手段になっている。 「一護が何度もサイクリングしよって誘ってくれたのにぼくは断ってたもんな……時間もないし、つまらないしって。でもこの田舎なら、時間が有り余る今なら充分走れる……」 とペダルを蹴り上げる。 30分かけて寧人の勤めるケーブルテレビに着くと、花形番組のアナウンサーの男女2人とタレントが収録していた。 朝から生放送をしていて、ガラス越しに見ることができる。 「みなさーん! おはようございますっ。今日も生放送ですよっ」 とハイテンションで始める女子アナウンサー。寧人は早くサイクリングスーツから作業着に着替えようと、スタジオを横切り更衣室に行こうとしていた。 「今日は実は新コーナーがあるんですよぉ~」 と、スタジオから声がする。このタレントは語尾がいつも伸びているのだが、昔はアイドル……といってもご当地アイドルだったらしいが、産休明けとかいう4人の子持ちという。寧人はこのタレントの朝からのハイテンションさにも少しうんざりしていた。 「ちょっと待ってくださーい! そこの自転車乗りの人!」 そのタレントがスタジオを飛び出してカメラマンを連れて寧人の前に立ちはだかったのだ。 「はっ?! な、な、なんですかっ」 いきなりの襲撃で戸惑う寧人。タレントがそ
last update最終更新日 : 2025-12-29
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第六十五話

スタートテープが切られ、なぜか当然のように隣にいる一護と共に、寧人のサイクリング旅は始まった。 「じゃ、行こうか」 「いや……その前に説明が欲しいんだけど」 戸惑う寧人をよそに、一護は軽やかにペダルを踏み込む。 「まずは一軒目のお店。そこで話すから、ついてきて」 「だからその“話”の前段階が……」 一護の長い脚が地面を蹴る。無駄のない動きで、一瞬でスピードに乗る姿は相変わらず目を引いた。 「いや、ちょっと待って。僕のアパートに寄らない?」 「んー、それもいいかも。絵になるし」 さらっと言われて、寧人は小さく溜息をつく。 「……一護は、何しても絵になるよな」 アパートに着くと、寧人は無意識に肩をすくめた。 昔よりも確実に古びていて、二人で暮らしていた頃よりずっと狭く感じる。 一護はドアノブに手をかけ、軽く確認する。 「壊れてないから。大丈夫」 「だよね。でもなんか懐かしい」 部屋に入ると、一護はカメラを回しながら、きょろきょろと視線を巡らせた。 「意外と綺麗にしてるじゃん」 「ああ……誰かさんのおかげでな」 その瞬間だった。 ピッ、と録画停止の音。 次の瞬間、距離が一気に詰まる。 背中に壁の感触。 逃げ場のない近さ。 「あんたさ……自分が何したかわかってる?」 「ご、ごめん……!」 一護の声は低く、けれど怒りよりも、何か別の感情が混じっている。 「あれから、結構大変だったんだから」 「……」 寧人は視線を落とす。 その視界に、無遠慮に飛び込んでくるのは、一護の身体のラインだった。 ピタリとしたサイクリングスーツ。 思考より先に、胸の奥が反応する。 「……っ」 急に足から力が抜け、寧人は床に座り込んだ。 「ちょ、寧人?」 「だ、大丈夫……」 そう言いながら、全然大丈夫じゃない。 自分でも驚くほど、心臓がうるさい。 一護は少しだけ困ったように、でも面白そうに笑った。 「……相変わらず、正直だよね」 その言葉と視線だけで、逃げ場がなくなる。 触れられていないのに、空気だけで追い詰められる感覚。 「久しぶりなのに、反応いいじゃん」 「そ、それは……」 言い訳を探す前に、もう限界だった。 寧人は顔を覆い、情けない声を漏らす。 「…
last update最終更新日 : 2025-12-29
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第六十六話

鼻先をくすぐる、はっきりとした香りで寧人は目を覚ました。 花椒の痺れと、油の甘い匂い。――間違いない。 「……いい匂い……」 ぼんやりした頭のまま天井を見つめ、次に視界に入った時計を見て、寧人は跳ね起きた。 「えっ、昼前!? やばっ、撮影……!」 慌てて布団をめくり、そこでようやく気づく。 「……あれ?」 履いているパンツも、ズボンも、見覚えがない。 しかもサイズはぴったりで、皺ひとつない。 「……着替えさせられてる……?」 状況を理解する前に、キッチンの方から軽快な音がした。 フライパンを振る音、油が弾く音。 顔を向けると、そこにはエプロン姿の一護が立っていた。 「おはよ、寧人」 「……一護……」 拍子抜けするほど自然な光景。 だがよく見ると、部屋の隅に小さなカメラが設置されている。 「……撮影中?」 「うん。音と匂いだけ使わせてもらってる」 一護はフライパンから目を離さず、さらっと言う。 「安心して。さっきの……その、意識飛んだところは撮ってないから」 「こ、声ちっちゃ……!」 コソッとした一護の一言に、寧人は一気に顔が熱くなる。 「それより、ほら」 一護は皿を差し出した。 「麻婆丼。できたて」 「あああああ……!」 寧人はほぼ反射で受け取り、箸を突き立てる。 「これだ……これが食べたかった……!」 カメラが回っていることも忘れ、夢中で頬張る寧人に、一護は小さく笑い、カメラを指差した。 「はい、じゃあ説明入ります」 一瞬で“テレビ用の顔”になるのが、さすがだった。 「僕たちは半年前……ううん、もう少し前かな。その時に出会って、ルームシェアを始めたんですよね」 あくまで“ルームシェア”。 その言い方に、寧人は少しだけ苦笑する。 「あの頃の僕は……正直、腐りきってました」 箸を止めずに言う。 「引きこもりで、人の目も見られなくて」 ほんの少し前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じる。 「僕が趣味でサイクリングしながら、フードジャンゴの配達をしてた時に」 一護は自然な口調で続ける。 「偶然、寧人の家に麻婆丼を届けたのが最初だったんだよね」 「二回連続で一護だったの、今考えてもすごいよな」 「偶然って、不思議よね」 一護は少しだけ
last update最終更新日 : 2025-12-29
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第六十七話

 そしてスタッフである寧人の家から本格的なスタートになった。 昔からサイクリングが趣味だった一護のペースに合わせるのは大変であった寧人は、放出できなかった精力で追いついた。 もちろん撮影もしなくてはいけないし、行く前に地元の地図で確認したルートで一護を、誘導しなくてはいけないし、大変なのである。「寧人ーっ! 気持ちいいだろっ」「うん! 気持ちいいいっ」「ようやく一緒にサイクリングできたーっ」 一護は実に嬉しそうである。寧人ももちろん嬉しい。 そして2人は目的の店についたのであった。 地元の中華料理屋さん。寧人もここに来てから数回来ていた。麻婆丼が出てきた。ついさっき食べたような感覚である。味は昔食べたものとは全く違ったものでガッカリしたものの、独特の匂いと味と店長が気さくな人で2回目も行きたいと思えたお店だという。「やっぱ僕と寧人と言ったら麻婆丼だけどフードジャンゴと提携していた粒々軒は日本のラーメン屋さんがまかないで作ったやつらしいからね。味も日本人向けなんだよ、あれは」「本格的な中国の麻婆はちょっと辛いというか肉も違うし……」「グルメレポ下手だね。それに食べ方も汚い」「僕はあくまでもスタッフなんだから」「まぁ、そうだけどねー」 2人は唇を真っ赤にして麻婆丼を食べる。「にしてもさ、なんで一護はここにゆかりもないのにこの企画に乗ったわけ?」 一護は紙ナプキンで口を拭き、それをきれいに畳む。「ん? そりゃ寧人に会いたいからに決まってるでしょ」「……えっ。で、でもさ普通に会いにこいよ。会いに来れただろ?」 少し寧人は照れてるのか麻婆丼が辛かったからなのか顔を真っ赤にしている。「そうだけどー、この方がロマンティックじゃない? それにたまたまこの放送局が周年祭のために企画で自転車旅したい人募集って載ってたから、これは応募しないとーって思ったのね。僕も一応ネームバリューあるし?」「自賛好きだな」「んー? そうだね、自分好きじゃないとー。それにこれからまた新しい事業したいからもっと顔を広げて人脈も広げて……」 一護は美容専門学校生だった頃に知り合いの病院経営を任せられ、当時バイト先だったマッサージ店(テレビ用にはメンズマッサージ店というのは伏せてあるが大体はバレている)のナンバーワンだった一護はそのマッサージ店も同時に経営。 そ
last update最終更新日 : 2025-12-29
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第六十八話

 ふたりは日没まで撮影を続け、近くで見つけたラブホテルに泊まることにした。 他の宿よりも料金設定が安かったのが決め手だった。「明細切るとき、このラブホの名前書くんだよ……やだな」「直接書かなくていい。大元のグループ名で通せばいいんだよ。ここ、スーパー銭湯やビジネスホテルも経営してるから、ラブホ専業じゃない」「なるほど……」 一護はこうした経理まわりの知識も豊富で、その都度、寧人に教えていた。「それに、ラブホは必ずしもエッチする場所じゃないの。女子会で使う人もいるらしいし。もう、寧人は溜まってるから“ラブホ=セックス”なのよ。いやらしい」 そう言いながら、一護は目の前でサイクリングスーツを脱ぎ、あっさりと全裸になった。若い彼のそれは、正直に反応している。「これ、明日コインランドリー行かないとね。近くにあったから朝一で——って、寧人?」 脱ぎ捨てたサイクリングスーツを、寧人が拾い上げて匂いを嗅いでいる。「こ、この匂い……汗の匂い……一護の……」「変態。やめなさい」「ズボンも、パンツも……懐かしい」 そう言いながら、寧人も服を脱ぎ始める。 疲れているはずのそれは、なおも主張していた。 一護は跪き、久しぶりに目にする寧人のそれを見つめる。「寧人……久しぶり」 そのまま口に含み、寧人は思わず声を漏らした。「サイクリングだけじゃ、発散できねぇよ」「荒々しい寧人、好き。この匂いも、色も、形も……懐かしい」「だめ……そんなにしたら……」 言葉が途切れ、熱が弾ける。 顔に残りを受けた寧人は、満たされながらもどこか不満げだった。「挿れるのは、この企画が終わってから」「なんでだよ……」「サイクリング中、サドル当たるでしょ。今やると痛いの。だから終わるまでは、これで我慢」「うそだろ……」 肩を落としながらも、寧人はまだ諦めきれていない。「じゃあ一護、いつもの」「……調子に乗って、ズルしないでよ」「わかってる」 一護は四つん這いになり、鏡の前で少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、身を委ねる。 久しぶりの感触に、互いの呼吸が荒くなる。「……やっぱり、これが一番だ」「私も。これだけは、他の誰にも譲れない」 抑制は長くは続かず、境界は簡単に崩れた。「ちょ、だめ……」「一護……」 理性は遅れ、熱だけが先行する。 叫び
last update最終更新日 : 2025-12-31
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第六十九話

 流石に毎晩セックスをするほど獣ではないが、それでも気づけば一ヶ月近く、ほぼ四六時中行動を共にしていた。 カメラの準備、移動の段取り、食事のタイミング。何をするにも「一緒」が前提になっている生活だ。 以前は同じ家に住んでいながら、互いに別の職場に通い、生活のリズムも、世界も、微妙にずれていた。 朝は別々に出て、夜に顔を合わせるだけ。 疲れている日は「おかえり」すら言葉だけになり、会話は必要最低限で終わることも多かった。相手が何を考えて一日を過ごしていたのか、深く知る余裕もなかった。 だが今は違う。 移動も、仕事も、休憩も、眠る時間すら共有している。 どこへ行くにも隣にいて、些細な判断も二人で決める。 近すぎる距離は、当然、摩擦も生む。 言葉の選び方一つで言い合いになり、どちらともなく黙り込む。気まずい沈黙が流れ、空気が重くなって、それでも逃げ場がないから向き合うしかない。 そして結局、どちらかが折れて、謝って、仲直りをする。 その繰り返しだ。 それでも、いや、だからこそだろうか。 衝突のたびに、相手の癖や弱さが見えてくる。 見えなかった部分を知るたびに、二人の関係は少しずつ形を変えていった。 二人の関係は、確実に変わっていた。 旅の途中、事情を知った街の人たちが声をかけてくれることもあった。 「今日は泊まっていきなさい」と家を貸してくれたり、余った食材や手料理を分けてくれたり。 初対面のはずなのに、事情を聞いただけで自然と距離を縮めてくれる人たちがいる。 知らない誰かの善意に触れるたび、二人は不思議と元気をもらっていた。 この旅が、ただの仕事ではなく、人と人との繋がりの中にあるものなのだと、実感させられる瞬間だった。 一護はもともと、「撮られている」という意識が常にある人間だった。 カメラの前に立てば自然とスイッチが入り、声のトーンも、立ち居振る舞いも変わる。 場を回し、空気を読み、視聴者を楽しませる。 それが染みついた、根っからのエンターテイナーだ。 一方で寧人は、ずっと影武者でいるつもりだった。 前に出るより、裏で支える方が楽だし、安全だと思っていた。 評価されなくてもいい代わりに、失敗の責任も直接は背負わなくて済む。その距離感が、自分にはちょうどいいと信じていた。 だがこの旅の中で、寧人自身が少しずつ変
last update最終更新日 : 2026-01-02
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第七十話

そこで寧人が考えたのが、キャンプ場でキャンピングカーに泊まる企画だった。 ここまで人の好意に甘える日々が続いた分、一度きちんと「自分たちの場所」を作りたかった。 撮影でありながら、逃げ場のない距離で向き合える場所。そんな条件を満たすのが、キャンプ場だった。 「しばらく人の家が続いたからさ。テレビ局にもう少し予算せがんだら、このキャンプ場紹介する代わりにタダでいいって」 「寧人、こういう交渉ほんと上手くなったね……」 「その代わり、しっかり宣伝はするけどね」 「抜け目ない」 軽口を叩きながらも、一護の声はどこか感心していた。 段取りを整え、裏を回し、無理のない形で話をまとめる。その手腕は、もはや「スタッフ」の域を超えている。 「久しぶりにセックスできるし」 「ちょ、外に聞こえたらまずい」 「ホテルの方が大きな声出せるよ?」 「……寧人」 「一護、喘ぎ声でかい」 「寧人だってだろ」 言葉はふざけているが、どこか照れが混じる。 この距離感も、今では当たり前になりつつあった。 さすがにこの手のやりとりは録画していない。 カメラを回すかどうか、その判断を自然に共有できるようになったこと自体が、二人の関係の変化を物語っていた。 撮影が始まれば、二人はきちんと仕事モードに切り替える。 提供された設備や食事を丁寧に紹介し、利用者目線で感想を伝えながら、キャンプそのものを楽しむ。 一護の表情も柔らかく、肩の力が抜けているのが画面越しにもはっきりとわかった。 一斗缶風呂で体を温めた後、夜は星空の下へ出た。 昼間とは打って変わって、空気はひんやりと澄んでいる。 焚き火のはぜる音と、虫の声だけが周囲を満たし、人の気配はほとんどない。 寧人は、事前に一護へカメラを回していることを伝えた。 今日は、ただのオフではない。 それでも、構えさせるような演出はしたくなかった。 今の一護なら、きっと自然な言葉を選ぶだろうと思えたからだ。 「あのさ、一護。今回の旅、どう?」 「なんだよ、改まって。まぁ……楽しいけど。寧人は?」 「楽しいよ。星もきれいだし、人も少ないし。こうして落ち着いて話せるのもいい」 「僕はキャンピングカーのベッドで早く寝たい」 「もったいないって」 「で、何から話すの?」
last update最終更新日 : 2026-01-02
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