All Chapters of 学園を支配する悪役令息のはずなのに、天使のような平民にわからせられ続けています: Chapter 21 - Chapter 30

34 Chapters

第21話 誇りの名を捨てて君を選ぶ

「……静まれ」 誰の声よりも低く、よく通る声だった。 その場にいた全員の背筋を、一瞬で正させる、本物の威圧。 場がす、と凍るように静まる。 その声の主──ヴァレンタイン侯爵が、ゆっくりと立ち上がっていた。 姿勢は直立、顔色一つ変えず。 レオンによく似た灰銀の瞳が、広間を静かに見渡していた。 その視線だけで、空気が明らかに変わる。 先ほどまで熱に浮かされていた令嬢たちも、揃って息を呑む。 貴族たちが一斉に直立し、場の温度がぐっと引き締まる。 侯爵は、視線をゆっくりと移す。 そして、レオンと、彼の傍らにいる黒髪の青年──ハル・アマネを、真正面から見据えた。「……それが、お前の答えか。レオン」 その声に、笑みはない。怒声でもない。 ただ、事実を確認するように、静かに問いかけていた。 レオンは一歩、前へ出た。 真っ直ぐ父を見据えたまま、はっきりと口を開いた。「……ああ。俺が選んだ人だ。この人と、生涯を共にすると決めた」 侯爵はひと呼吸、間を置いてから口を開いた。「……我が家は、王国の礎を担う古き家柄だ。お前も、その責任を誰より理解しているはずだ」 その言葉に、レオンの眉がわずかに動いた。「遊びならば大目に見る。若さのうちに経験することも、時に役に立つ。だが──正式な伴侶として選ぶとなれば話は別だ」 侯爵は、広間を見渡す。ざわめきはすでに収まり、全ての耳が彼に傾いていた。「……家を継ぐならば、ふさわしい貴族の娘を娶れ。この中から選べ。今、この場で」 静かな声だった。だが、逃げ道は与えられていなかった。 広間の片隅では、数人の令嬢がわずかに息を呑む。 眼差しには希望と、緊張が入り混じっていた。 ──だが、レオンはその誰も見なかった。 ただ、隣に立つ黒髪の青年──ハルを、しっかりと見つめていた。 父の声が、もう一度だけ問う。「……それでも、その男を取るか?」 レオンは、ハルの手を取ったまま一歩前に出た。 迷いも、動揺もない。 ただ、まっすぐに──父を見据える。「選べと言うのなら、俺は……ハルを選ぶ」 広間に沈黙が落ちる。 ヴァレンタイン侯爵は、しばし無言のままレオンを見つめていた。 その灰銀の瞳に、怒りの色はなかった。 ただ、古き家系の重みと責務を背負う者としての静かな覚悟があった。「……ならば、レオ
last updateLast Updated : 2025-11-18
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第22話 触れられるほどに、もう選び直せないほど愛しかった

 夜の学園寮。 高い天井に吊るされたランプの灯りが、ぼんやりと壁に影を落としていた。 窓の外では夜風が梢を揺らし、かすかな雨の音が静寂に混じっていた。 扉を閉めたレオンは、無言のままベッドに腰を下ろすと、膝に肘をついて俯いた。 靴も脱がず、制服の襟元も緩めぬまま、そのまま沈み込む。「……もう、ここにもいられねぇのか」 ぽつりと落とされた声は、どこか、寂しさよりも現実を噛み締める響きを持っていた。 ──後悔なんてしてねぇ。あんな家、いらねえとすら思ってる。 けれど、現実は違った。 学園の寮費も、授業料も、貴族枠の支援でまかなわれていた。 今の自分は、ただの平民だ── それを、制度は容赦なく突きつけてくる。「金がないわけじゃねえ。でも……この部屋だって、もう明日には出ろって言われるかもしれねぇ」 つぶやいた声は、すっかり力を失っていた。 ハルは何も言わず、ゆっくりとレオンの隣に座った。 「大丈夫だよ」 その声が、レオンの横顔をふと振り向かせた。「……なにが、大丈夫なんだよ」 レオンの声には、とげとげしさよりも、追い詰められた小さな子供のような不安が滲んでいた。ハルは微笑みながら、レオンの指先に自分の指を絡める。「奨学枠、申請すれば通る。君の成績と戦果なら、特待生扱いになるはずだよ。それに、僕……ちょっとだけ貯金してたんだ。レオンの分、払えるよ」 あまりにも自然に言うものだから、レオンは思わず噛みつくように返す。「ふざけんなよ……お前にそんなこと、させられるか」「どうして?」「俺が……情けねぇからだよ」 うつむいたレオンの髪を、ハルはそっと撫でた。「じゃあさ」「……は?」「じゃあ、身体で払って?」 沈黙が落ちた。 レオンが息を飲んで、振り向く。 ハルはいつもの笑顔のまま、けれど瞳の奥には冗談だけではない微熱を宿していた。「冗談、だろ……?」「うん。冗談」「……」「でも、ちょっとだけ本気」 ハルの腕が、そっとレオンの腰に回される。「君が僕にしてくれたこと、今度は僕が返したい。それだけ」 ハルの囁きに、レオンは息を飲んだ。 その腕がゆっくりと腰に回り──ベッドの上に、押し倒される。「お、おい……っ」「ねえ、嫌?」「……バカ、そんなわけ……っ」 ハルの指がそっと顎を撫で、唇が重なる。 最初は
last updateLast Updated : 2025-11-19
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第23話 間違っていない。それでも怖い

 口からこぼれる声は、もう明らかに快感を滲ませていた。「レオン、後ろ……触れるよ?」「っ……い、言うな……っ、もぉ……っ♡」 言葉を遮るように、指が背中を撫で、太ももの間へと滑り込む。 指先が濡れたそこに触れた瞬間──「んっ♡ あっ……や、ば……っ♡♡」 レオンの腰が跳ねた。 触れられることを待っていたかのように、そこは熱く濡れていた。「……すごい。レオン、もう……こっち、求めてるんだね」「……っうるせ……ばか……っ♡」 その文句さえ、色を含んでいた。 指が、ゆっくりと奥へと押し入っていく。 締めつけが甘く迎え入れて、レオンは吐息を荒げる。「んっ、あ……っ、は、ハル……っ♡ っ、ふ、ぅ……♡」 もう、力が入らない。 ハルに身を任せ、指を受け入れながら、レオンの腰がわずかに揺れはじめる。「奥……気持ちいい? ここ、擦ると……」「やっ……あっ♡ やば……っ♡♡」 反応を確かめるように、敏感な一点を撫でていく。 レオンの目が潤み、白く濁るような息が漏れる。「……もう、入れても……いい?」「っ……ああ……い、いれろ……っ♡ お前の、熱……欲しい……っ♡」 その言葉だけで、ハルの理性が揺らぐ。 腰を合わせ、熱を押し当て── ゆっくりと、レオンの奥へと沈んでいく。「んっ……ぁ……あ……っ♡♡」「全部……入ったよ……すごく、あったかい……」「やっ……やば……っ♡ きてる……っ♡♡」 押し広げられる感覚に、レオンの腰が震える。 ハルのものが、奥まで届くたびに、全身が痺れた。「……レオン、好きだよ。……やっぱり、君じゃなきゃ駄目だ」「っ……俺も、ハルじゃなきゃ……無理……っ♡」 ふたりの熱がひとつになる。 もう何も残さず、重なり合っていく。 ハルの動きが、ゆっくりと始まる。 腰が、優しく押し込まれ──ゆっくり引かれ、また沈む。「っ、ぁ……っ♡ ん、んっ……っ♡」 奥で擦れるたび、レオンの喉から甘い声が漏れる。 敏感なところに当たる角度を探るように、何度も、確かめるように──「んっ……そ、そこっ……やば……っ♡♡」 ハルの腰が、その一点を的確に突くようになっていく。 動きはだんだんと深く、重く、熱を帯びていく。「レオン……気持ちいい? 大丈夫……?」「だ、だいじょうぶじゃねえ……♡ き、気持ちよすぎ
last updateLast Updated : 2025-11-20
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第24話 ほどけた心に、嫉妬が差す

 学園の門をくぐった瞬間、レオンはほんのわずかに足を止めた。 肌を撫でる朝の空気が、いつもと違うように感じた。 ──いや、違うのは空気じゃない。 自分の方か。もしくは、周囲の目が。 「……」 目線を感じる。けれど、それは嘲りや侮りではなかった。 むしろ、遠慮がちに、確かめるように。(あの晩餐会のこと……噂になってるか) 足が自然と止まりそうになる。 その時、隣からハルの声が届いた。「レオン」 レオンが振り向くより早く、ハルは穏やかに言った。「堂々として。君は何も間違ってない」「……」「大丈夫。僕がいる。君は君のままでいいんだよ」 その言葉に、レオンの喉がかすかに鳴った。 声には出さなかったが、その胸の奥に、確かに何かがほどけていく。(ああ……こいつがいる限り、俺は大丈夫だ) レオンはそっと目を伏せ、呼吸をひとつ整えた。 そして顔を上げ、門の内側へと再び歩き出す。 そう思った矢先、廊下の向こうから声がかかった。「おはようございます、レオン様!」 軽やかな女子の声に、思わず視線を向けた。 どこか遠慮がちに微笑む女子生徒。 目が合うと、小さく肩をすくめたように微笑んだ。 「……様なんて、もういらねぇよ。平民だし」 レオンがぽつりと呟くように言った瞬間、少女の目がぱちくりと瞬いた。 「でも……様って感じですよ」 言ってから、自分でも恥ずかしくなったのか、 少女は「す、すみません」と頭を下げて早足で去っていった。(……様って感じ、か) レオンは思わず、苦笑いを漏らす。 まっすぐ過ぎるその言葉は、少し照れくさくもあったが、 ほんのわずかに心が軽くなるのを感じていた。「……言われて悪い気はしねぇな」 ぽつりとこぼした独り言に、 隣を歩いていたハルが、くすっと笑って言った。「君、意外と人気者だったんだよ。ずっと前から」「……ねぇよ、そんなもん」「あるよ。君は、君が思ってるよりずっと、ちゃんと人に見られてきたんだ」 少しして、男子生徒が論文を手に駆け寄ってくる。「レオン先輩、先週公表された論文について、質問してもいいですか? あの仮説、すごく面白いと思ったんですけど……」「あ、ああ、……別にいいけど」 ――まるで、昨日までの世界と違う。 話しかけてくるやつなんていなかった。 近寄りがたいヴァレ
last updateLast Updated : 2025-11-21
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第25話 それでも俺は不安になる

 ふたりと別れたあと、ルカはひとり校舎の裏庭を歩いていた。 夕暮れの風が冷たくて、制服の裾を揺らす。 ──さっきの会話が、頭から離れない。 ハルのあの笑顔。 兄のあの表情。 どちらも、初めて見るものだった。 胸の奥が妙にざわついて、落ち着かない。 苛立ちとも違う、名前のつかない感情が蠢いていた。 ルカはそっぽを向きながらも、視線の端でハルの指先を追ってしまった自分を思い出す。(な、なんなんだよ、あの人……っ!) 心の中が再び波立つ。 平民だと見下すはずだった存在が、どうしようもなく気になる。 ──しかも、兄さんの特別で。 ……面白くない。 でも、それだけじゃない。 胸の奥が、熱を帯びていくのがわかった。 ──ハル=アマネ。 敬愛する兄の伴侶として、堂々と並び立つ平民の青年。 侯爵家の血筋に、微塵も臆さないまなざしと、言葉の端に滲む柔らかさ。 受け入れがたいはずなのに、気づけば、その姿が頭を離れなかった。 ルカは数日間、学園の見学という名目で校舎を回っていた。 けれど正直、講義の内容も、他の生徒も、記憶に残っていない。 残っていたのは──ただ一人の、黒髪の姿だけだった。(……ほんと、なんなんだよ、あの人) だから。 この心のざわめきの正体を、確かめる必要があった。*** 陽光が差し込む中庭の木陰。ハル=アマネは、穏やかな表情で一人の少年と向かい合っていた。 金髪碧眼の少年──レオンの実弟、ルカ=ヴァレンタイン。「ルカくん。──うん、たしかに似てるかもね。瞳の色とか。あとプライドが高そうで可愛いところとか」 ハルは笑った。 その声には冗談のような響きと、ほんの少しの含みがあった。「似てるって……兄さんにですか?」「うん」「……」 ルカは少し眉をひそめる。「あなた、僕に何か用ですか?」「ううん、ただ……気になっただけ。レオンの弟だし」「……それだけですか?」「それだけじゃ、ないよ」 微笑みながら、ハルがそう言った。 一瞬、ルカの心臓が跳ねた。 ──なに、この感覚。 相手は平民。兄の伴侶だ。 それなのに、どうして、こんなふうに胸がざわめくんだ。 視線を逸らし、わずかに口を引き結んだルカは、精一杯、冷たい声を作る。「……だからといって、あなたのことを認めたわけではありませんから」 
last updateLast Updated : 2025-11-22
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第26話 眠る兄を溺愛する夜

 ──最初は、ただの憧れだった。 誰よりも気高く、誰よりも遠い背中。  訓練場で、講義室で、学園の廊下で……兄上はいつも、完璧だった。 けれど──兄上は変わった。いや、変えられた。 兄上の隣で、当然のように呼吸していたあの男に。 袖を引く指先。  無防備に笑う横顔。  そして夜──誰にも気づかれず、兄上と同じ扉の奥へ消えていく影。 許せなかった。だから、見張った。  そして僕は、見てしまった。 いや、最初は偶然だった。  けれど……やめられなかった。 寮の防音結界を掻い潜る術式。  窓辺に仕込んだ微細な魔導虫。  月明かりの下、重なる影、熱に濡れた喘ぎ声。 ──僕は、それを集めてしまった。 兄上の声。  あの男に縋って、喘ぐ姿。  唇を噛み、首を逸らし、涙を滲ませる兄の顔。  すべて記録してある。魔晶石の中に、何度も再生した痕が残るほどに。 夜になると、身体が熱くなる。  ベッドに背を預けながら、何度、あの声を再生したかわからない。  兄のくぐもった声が、耳の奥を焼く。 (……どうして、あの男なんだ) 兄上は、昔から僕だけの憧れだったのに。  見上げる背中で、いつか並び立ちたいと願ったのに。 今では──  僕の中に棲みついて離れないのは、兄上の喘ぎ声だ。 ……気づいてしまったんだ。 僕は、兄上が誰かに穢されるのが、たまらなく……  興奮する。 震える足首。  絡め取られた指。  貫かれて、息を呑む瞬間の顔。 見てしまったから、もう引き返せない。 兄上がどんな声で甘えるのか。  どこを触れられると眉をひそめ、どこを舐められると足を震わせるのか。  そのすべてを、僕は知っている。 あの男より、きっと僕の方が──兄上を、理解している。 ……だから、準備はしてあった。 兄上があの男と口論になった夜。  寮の扉を出て行く姿を、魔導虫が捉えた。  向かった先は、東棟の倉庫の奥──仮設の休憩室。 ──ひとりきりで眠る場所。 兄上の周囲に張られる術式は、強固だ。  けれど、その癖も揺らぎも、全部覚えている。  どれほど慎重に結界が張られ、どれくらいで再起動するのか──何十夜もかけて確かめた。 兄上に触れるためだけに。  そして今夜、ようやくその時が来た。 探知魔具が反応したのは、日
last updateLast Updated : 2025-11-23
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第27話 選ばれたのは兄だった

「……君、何してるの?」 静かな声が、夜気を裂くように響いた。 その一言で、すべてが崩れた。 ルカの指が、兄の胸元で止まる。 拘束の結び目が、震えた手で解けかける。 背後から射す視線。 殺気も怒気もないのに──全身が凍りつく。 そのときだった。「……ハル……?」 布団の中から、かすれた声が漏れた。 ルカの目の前で、兄の睫毛がゆっくりと揺れる。 まぶたが開く。 焦点の合わない瞳が、朧に夜の輪郭を探す。 そして── ハルの立つ方へと、自然に顔が向いた。「……来てくれたんだ」 微睡のなか、かすれた声でそう言ったレオンは、ゆっくりと目を開いた。 最初に映ったのは、ハルの姿。 でも、その次に──視線が下を向いた。 ──自分の胸元。 ──開かれた襟。 ──その上に重なる、見慣れた弟の顔。 ルカ。 その名を、レオンはすぐには言えなかった。 ただ、ゆっくりと瞳が揺れ、顔色が変わっていく。「……お前、何して──」 言葉にならない声音で、レオンが呟いた。 その瞳が、恐怖とも嫌悪ともつかない色に濁る。 その視線に、ルカの呼吸が止まった。 ──見られた。 兄の唇に触れたこと。 胸に何度も口づけたこと。 その手で服を乱したこと。 拘束具で手首を縛ったこと。 全部、見られてしまった。「……ち、違う……兄上、これは……」 喉が震える。 言葉が、出ない。 呼吸が浅くなり、手足から力が抜ける。 「兄上が……僕を……じゃなくて……違う、違うんだ……っ」 涙が頬を伝う。 自分のしたことが、行為ではなく罪として胸にのしかかる。 夢のようだった熱が、今はただの冷たい事実に変わっていく。 縛ったはずのその手が、怯えたように自分を拒絶する。「いや、僕は……そんなつもりじゃ……」 けれど、兄は何も言わない。 ただ、見ている。 その静かなまなざしが──一番、刺さる。 ルカは後ずさった。 目の端に涙が滲み、足元がふらつく。 手のひらは汗で濡れ、喉が上手く動かない。「兄上が、傷ついてて……一人で……放っておけなくて……っ」 必死に言葉を繋ぐたびに、声が裏返る。「本当に……僕は、慰めたかっただけで……」 その瞬間。 ハルの指が、ひとつ動いた。 術式が展開する。 音もなく、空気が震える。 透明な鎖のような光
last updateLast Updated : 2025-11-24
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第28話 抱きしめた罪、抱きしめられない願い

 そのまま、ハルはレオンをそっと抱え、寝台へ押し倒した。 仰向けに沈んだレオンの胸元がわずかに開き、鎖骨が白く露わになる。「ちょ、ハル……っ、待てって……ルカが……見て……!」 レオンは慌てて胸元を押さえようとする。 羞恥と混乱で、声が裏返っていた。 ハルはその手首をそっと押し戻し、耳元で囁く。「……だからだよ。 ルカが、君を諦めるためにはこれしかないんだ。 ……僕を信じて、レオン」「だ、からって……っ、やだ……やだ、ハル……!」 レオンが必死に逃れようと背を反らす。 けれどハルの手が胸元をなぞっただけで、身体がびくりと跳ねた。「……ここ、震えてる」 囁きに、レオンの喉がひくひくと揺れる。 ハルの唇が鎖骨に触れるほど近づき、息を吹きかける。 舌先が、ゆっくりと円を描くように肌をなぞった。「っ……そこ……や、やめ……!」 レオンは泣きそうな声でシーツを握りしめる。 けれど身体はもう──抗えない熱に包まれ、反応を止められない。「だめ、やめない」 その声に、レオンの目が揺れた。 ハルの指が太腿の付け根に滑り込み、 下着の上からゆっくりと擦る。 衣擦れの音が、小さく淫靡に響いた。「や……っ……ルカが……見て……っ、やだ……!」 レオンが必死に顔をそむけるたび、反応する身体が裏切るように震えた。 ルカは、縛られたまま、その光景をただ見せつけられていた。 兄の肌が染まり、喘ぎを堪える声が、耳に焼きついて離れない。 ──自分が一番見ていた姿。 ──誰にも渡したくなかった姿。 なのに今、それは目の前で、完全に奪われていく。 呼吸が荒れ、胸が焼けるように痛む。 涙はもう、出なかった。「やめてッ!!」 ルカの喉が裂けるように叫んだ。「もう……しないから……! 兄上のこと、勝手に……あんなふうに……しないから……っ。 だから……やめて……!」 その叫びに、レオンの身体がびくりと震えた。 振り返ると、ルカが、必死に泣きじゃくっている。 怒りでも憎しみでもなく、息が詰まるほどの後悔と恐怖の声だった。「ハル……っ……やめてやれよ」 レオンはハルの胸から身を起こし、震える足で立ち上がった。 ハルは驚いたように目を見開く。「レオン……?」「……ルカ」 レオンは、ゆっくりとルカの前に膝をついた。 拘束され
last updateLast Updated : 2025-11-25
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第29話 奪い合うのは、愛か名誉か

 ──翌朝。 レオンが教室前の廊下に足を踏み入れた瞬間、影が横切り──彼の前にすっと立つ。「兄上。昨日のこと……僕は諦めません」 声の主は、もちろんルカだった。 レオンは額に手を当て、深いため息をつく。「……ルカ……お前、めげないな……」 その横で、静かに様子を見ていたハルが口を開く。「ルカくん。君、ほんとにやる気なんだね」「当然です。兄上は、僕が取り戻します」 真っすぐすぎる視線に、レオンはぎょっとする。「は? いや勝手に決めんな──」「兄上。学園祭の推薦チーム模擬戦で、僕が勝ったら……兄上を取り戻します」 レオンはわずかに眉をひそめた。「は? お前、勝手に何言ってんだ……」「あなたは、これまで誰にも負けなかった。剣でも、頭脳でも、家柄でも。でも、もし僕に負けたら? それは──今のあなたが、間違っているという証明になります。あなたが選んだハル=アマネが、侯爵家の血を継ぐ僕より劣ると証明されれば……きっと目が覚めます」「……ふざけんな、勝敗でそんなこと決められるかよ」 レオンが苛立ちを滲ませるその横で、ハルがさらりと口を開いた。「じゃあ──僕たちが勝ったら、どうなるの?」 ルカが口をつぐむ。 ハルはその目をまっすぐ見返す。「君がレオンを取り戻す権利を賭けるなら、こっちは誇りを賭ける。君が掲げた侯爵家の重みに、ふさわしい対価を払ってもらう」「どういう意味です?」「つまり、レオンの勘当を取り消してもらう」「おい、ハル……別に、侯爵の座なんて──」 レオンが焦りをにじませるが、ハルはきっぱりと断じた。「君がいらなくても、ルカくんには失う痛みを知ってもらわないと、釣り合わないから」 しばし沈黙。 ルカは歯を噛みしめ──そして、小さく息を吐く。「……侯爵の座は、僕の一存ではどうにもなりません。でも……この戦いの結果を、父に報告します。正々堂々と勝負して、それでも僕が負けたら──父も無視はできないはずです」 こうして、血筋・名誉・そして愛を賭けた宣言が交わされた。*** 聖ルミナス魔導学園の学園祭は、学園最大の催し。 広場には特設ステージが組まれ、屋台や舞台演目、魔導技術の展示に品評会、さらには社交デビューパーティまで、多くの貴族や保護者が集う年に一度の大規模イベントだ。 中でも最も注目を集めるのが──学園選抜
last updateLast Updated : 2025-11-26
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第30話 釣り合わない愛のゆく先

 チーム戦を控えた選手専用控室の奥、誰もいない一角に魔導式の結界が張られていた。 外の喧騒は遮断され、静寂の中でいくつもの魔導陣が淡く光っている。「……ハル先輩とレオン先輩の共鳴強度、異常に高いね。過去最高。 これは……本当に確かめがいがありそうだよ、ユリウス兄さん」 ユーノが魔導晶を覗き込んで笑う。まるで遊戯の準備でもしているような、無邪気な口ぶりだった。「問題は……ふたりの感情偏差。値が大きいと、術式の負荷が一方だけに偏る」 ユリウスが淡々と答える。その指先は魔導式の再調整を続けていた。「それってつまり──愛の偏りが激しいってことでしょ? ふたりの感情が釣り合っていなければ、兄上だけがさらされる」 ユーノはそこで一度、言葉を切った。「ねえ、可哀想だよね? 愛されていない側だけが、公衆の面前でそれで──本当に感じちゃうんだから」「……それでいい」 椅子に座ったまま、ルカがぽつりと呟いた。「兄上があの男を好きなのは、わかってる。 でも……ハル=アマネがどれだけ返しているのかは、まだ誰も知らない」 指先がわずかに震え、握る拳に熱が宿る。「兄上が一方的に捧げているだけなら……それなら、まだ取り戻せる」 ルカの瞳が細められた。「だから、この術式で知りたいんだ。 兄上がどれほど心を許しているのか── そして、あの男が……どこまで兄上を愛しているのか」 拳を握る。 熱い執念が、指先に宿る。「僕は、ずっと兄上を見てきた。手に入らないものとして。遠い背中として。 ……だから、もしも──」 ルカの目が細められる。「もしも、その愛が完璧じゃないなら。──この術式が、それを暴いてくれるはずだ」「うん。壊れるか、証明されるか」 ユーノが笑う。「どっちにしても、楽しいよねぇ♡ レオン先輩の反応、ちゃんと記録するから。僕、そういうの得意なんだ」「実験は成功する。君の感情も、対象の熱も、全てデータになる」 ユリウスの指が、魔導術式の起動準備を終えた。 ──静寂の中、ルカの視線だけが、扉の向こうを見つめていた。(今度こそ、兄上を取り戻す……)*** もう一方の控室の空気は、外のざわめきとは対照的に、ひどく静かだった。 レオンは椅子に腰かけたまま、じっと手を見つめている。「……なあ、ハル」 不意に低く漏らした声に、ハルはそ
last updateLast Updated : 2025-11-27
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