「……静まれ」 誰の声よりも低く、よく通る声だった。 その場にいた全員の背筋を、一瞬で正させる、本物の威圧。 場がす、と凍るように静まる。 その声の主──ヴァレンタイン侯爵が、ゆっくりと立ち上がっていた。 姿勢は直立、顔色一つ変えず。 レオンによく似た灰銀の瞳が、広間を静かに見渡していた。 その視線だけで、空気が明らかに変わる。 先ほどまで熱に浮かされていた令嬢たちも、揃って息を呑む。 貴族たちが一斉に直立し、場の温度がぐっと引き締まる。 侯爵は、視線をゆっくりと移す。 そして、レオンと、彼の傍らにいる黒髪の青年──ハル・アマネを、真正面から見据えた。「……それが、お前の答えか。レオン」 その声に、笑みはない。怒声でもない。 ただ、事実を確認するように、静かに問いかけていた。 レオンは一歩、前へ出た。 真っ直ぐ父を見据えたまま、はっきりと口を開いた。「……ああ。俺が選んだ人だ。この人と、生涯を共にすると決めた」 侯爵はひと呼吸、間を置いてから口を開いた。「……我が家は、王国の礎を担う古き家柄だ。お前も、その責任を誰より理解しているはずだ」 その言葉に、レオンの眉がわずかに動いた。「遊びならば大目に見る。若さのうちに経験することも、時に役に立つ。だが──正式な伴侶として選ぶとなれば話は別だ」 侯爵は、広間を見渡す。ざわめきはすでに収まり、全ての耳が彼に傾いていた。「……家を継ぐならば、ふさわしい貴族の娘を娶れ。この中から選べ。今、この場で」 静かな声だった。だが、逃げ道は与えられていなかった。 広間の片隅では、数人の令嬢がわずかに息を呑む。 眼差しには希望と、緊張が入り混じっていた。 ──だが、レオンはその誰も見なかった。 ただ、隣に立つ黒髪の青年──ハルを、しっかりと見つめていた。 父の声が、もう一度だけ問う。「……それでも、その男を取るか?」 レオンは、ハルの手を取ったまま一歩前に出た。 迷いも、動揺もない。 ただ、まっすぐに──父を見据える。「選べと言うのなら、俺は……ハルを選ぶ」 広間に沈黙が落ちる。 ヴァレンタイン侯爵は、しばし無言のままレオンを見つめていた。 その灰銀の瞳に、怒りの色はなかった。 ただ、古き家系の重みと責務を背負う者としての静かな覚悟があった。「……ならば、レオ
Last Updated : 2025-11-18 Read more