(兄上は、あの男に抱かれて、微笑んでいた) 胸に焼きついたあの夜の光景が、脳裏をよぎる。 首筋の痕。繋がった指。喘ぐ声。 ──そのすべてが、ルカ=ヴァレンタインの心を燃やしていた。(奪われたんだ。僕の理想も、家族も……全部) 握る剣の柄に、力がこもる。 礼式用とはいえ、実戦さながらの魔導強化剣。 構えは完璧。体勢も隙がない。 だが──心は、それ以上に剥き出しだった。 「始め!」 開戦の号令が響いた瞬間、ルカは地を蹴っていた。 剣を水平に構え、一気に距離を詰める。 その突きは、迷いがなかった。 感情のすべてを剣に乗せて――兄の心臓を刺し貫くような勢いで。 しかし──「……っ!」 次の瞬間、甲高い金属音と共に、その剣は真横から打ち払われた。 ルカの目に、冷静な蒼の瞳が映る。 レオン=グランディールは、一歩も退かずにそれを受け止めていた。「速ぇな、でも……読みやすい」 乾いた声とともに、レオンが距離を詰める。 踏み込み、低く構えた剣が、斜め下から抉るように跳ね上がる。(……読まれてる!?) ぎりぎりの防御。だが、そのまま押し込まれる。 一手、二手、三手──斬撃と刺突が、矢のように連なる。(くそ……っ!) ルカは跳び下がって体勢を立て直すが、観客席には既にどよめきが走っていた。 ──序盤、優勢なのはレオン。 動きに無駄がなく、冷静で、迷いがない。 レオンの足運びは、貴族の華やかさではない。 黙々と積み上げた者だけが持つ精度だった。 そしてレオンは、ほんの一瞬だけルカを見つめ、淡く言った。「……お前の剣。執念だけじゃ届かねぇよ」 その言葉に、ルカの胸が、ひどく軋んだ。***(──っ!?) 瞬間、レオンの視界がぐらついた。 足元が揺れたわけじゃない。 風が吹いたわけでもない。 それでも、身体の芯がぞわりと熱を持って、 喉の奥が勝手に、息を呑んだ。(な、んだ……これ……) 次の一手に入るはずだった脚が、遅れる。 剣がわずかにぶれる。 そこへ、ルカの刃が鋭く差し込んできた。「──!」 かろうじて防いだが、タイミングが合わない。 身体が、どこか……重い。(違う、これ……熱い……?) 背筋を、見えない何かが這い登っていく感覚。 肌の上に、誰かの視線が直接触れてくるような、妙な震え。
Last Updated : 2025-11-28 Read more