All Chapters of 私は君を守る村の狂人: Chapter 1 - Chapter 10

12 Chapters

第一話——明るい約束

 私は一昨日と同じ場所に来ていた。葉に日が遮られて涼しい風が私の頬を掠める。知っている姿を見つけて駆け寄った。「おはよう!来てくれてよかった」「……約束したから」 まだ声は小さいが、ここにいるという事実に胸を撫で下ろす。「早速連れて行ってもらってもいいかな?」 彼は小さく首を縦に振る。私はそれを肯定と受け取り、手を差し出した。彼が首を傾げる。「どうしたの?私の手がそんなに不思議?」 今度は首をゆっくり横に振って私の手を掴む。私たちの間を涼しい風が通り過ぎた。 優しく手を引いて立たせると、彼の頭についた葉っぱを取ろうと思い、私は手を伸ばす。その時、彼の体がビクッと震えた。すぐに手を引っ込める。「ごめん。びっくりさせちゃった?」「あ、いや……」「頭に葉っぱついてるよ」 クスッと笑って彼の頭を指さす。彼は慌てたように自分の頭に触れて葉っぱを取った。頬がほんのり赤くなっている。「じゃあ行こっか……って私の家じゃないや」 彼は少し目を丸めて、不思議そうにこちらを見ていた。次の瞬間、目尻を下げほんの少し口角をあげる。彼が笑っているところを見るのは初めてだった。「ふふっ、僕の家行こっか」 その笑顔を見た瞬間、私の心が熱を持った気がした。私は、ふわふわとした足取りで、歩き出した彼の後ろに着いていく。 言葉も交わさず自然の中を歩いていると、やがて中学生が一人で住むには大きすぎる家が見えてきた。「ここだよ」 口をあんぐり開けて家を見つめ、しばらく動けなかった。かろうじて動かした口からカスカスの声が漏れる。「ほんとに……?」「うん、ほんと」 凄いと同時に寂しくも思えた。この広い家に住んでいる彼のこともあるが、物音一つ聞こえない家自体から寂しさが漂っている。ここだけ幻想のように感じられた。 神秘的な雰囲気に目を離せないでいると、小さくて寂しそうな声が聞こえた。「入らないの?」「あ、ごめん。お邪魔します」 扉を横に引いて入っていく彼の背中に着いていくと、生活感のない光景が目に入り込んだ。 見えている三つの部屋のうち、物が置いてある部屋は一つだけだった。畳の上に茶色い長机と深緑の座布団が二つ置いてある。そこに通され、扉側の座布団に腰をかけた。「お茶入れてくるから待ってて」 そう言って彼は部屋を後にする。緊張している自分の心臓の音しか聞
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第二話——不穏な予感

「お母さん、学校行ってくるね」「あら、どうしたの?」「急に行きたくなって……」 律との出会いは二人だけの秘密にしておきたくて、咄嗟に理由を誤魔化した。母は不思議そうに眉を寄せたが、やがて最近の中で一番明るい笑顔になった。「気をつけて行ってきてね。何かあったら帰っておいで」「……ありがとう!行ってきます」 母の優しさに心温まり、軽い足取りで律の家に向かう。一度歩いただけで不安だったが、律の家までの道も、自然と心に刻まれていた。興味を持ったものは、知らぬ間に記憶より深い場所に残るものなのだろう。 見覚えのある家が見えて、扉をノックする。ガチャリと音がして律が顔を覗かせた。「おはよう!律」「おはよう。ごめん、ちょっと待ってて」 そう言ってすぐ扉を閉めると、バタバタとした足音が遠ざかって行った。 三分ほどで律が扉から出てきて、鍵を閉める。「それじゃあ行こっか!」「うん、お待たせ」 初めての出来事に胸が躍る。まるで冒険までの道のりを歩いているかのように感じられた。日差しが昨日よりも控えめで、私たちという光を引き立てている。明るい気分で歩いていると、後ろから昨日よりも芯のこもった声で律が言葉を紡いだ。「大丈夫?学校久しぶりなんでしょ?」「不安はあるけど、律がいるから大丈夫!」「そう?僕は初めてだから、何もできないと思うけど……」「同じ空間にいるだけで十分だよ」 私の村は人数が少ないので、クラスも一学年に一つしかない。そのため、律とは必然と同じクラスになる。その事実が今の私にはとても心強かった。 登校時間よりも少し早く学校に到着した。下駄箱で上靴に履き替えて職員室を目指す。一年も登校していない人と、一回も登校したことない人が急に教室にいては、先生でも驚くだろうと思ったからだ。 職員室の扉を叩くと、中から四十代くらいの男性の声が聞こえた。扉を開けると部屋にいた先生たちの視線がこちらに向く。流石に大人の視線がここまであると萎縮してしまう。 少し震えていると後ろから優しく肩を叩かれた。律からはあの家と同じ温かいお日様のような香りを感じる。律が私の肩越しに顔を出して先生を呼んだ。「すみません。三年生の先生はいますか」「はい。私ですが……」 私の知っている女性の先生がこちらへ歩いてきて廊下に出ると、職員室の扉を後ろ手に閉めた。私はその一部
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第三話——特別な場所

 次の日、私たちは別々に登校していた。律が心配で早く来たが、すでに律は自分の席に座っている。窓から外を眺めていて日差しがその横顔を照らしていた。爽やかな風が律から吹いているように感じられた。「律、おはよう!」「おはよう。早かったね」 柔らかく笑うその顔に胸がドキッとした。素早く椅子に腰をかけて後ろを向く。「ねぇ、健太に話しかけられても無視した方がいいよ……変に、目つけられたら怖いじゃん」「そうかな?反応しなくて殴りかかられても怖くない?」 律はこんなにも頼もしい性格をしていたのかとつくづく感じる。健太に話しかけられたら怯えるのかとばかり思っていた。噂をすればなんとやら、勢いよく扉が開いて豪快な足音が聞こえてくる。「よぉ、お前ら。朝からジメジメしているな」「はぁ……」 目の前にいた律が下を向いて大きくため息をついた。「んだよ」「別に……」 昨日よりも言い返さない律が心配で、そっと顔を覗き込む。目を瞑って顔を下に向けていた。きっと眠いのだろう。それを馬鹿にしていると受け取ったのだろう健太の足が伸びてきて、それと同時に身体に衝撃があった。筆記用具が床に叩きつけられる音が響き、周りにいたクラスメイトも話すのをやめた。私は驚いて何もできずにいると、変わらない声で律が話す。「机蹴るのは違くない?」「調子乗ってんじゃねーぞ」 私は震えている手を必死に動かして律の手首を優しく掴む。私の様子に気づいた律は、私の耳に顔を近づけて囁いた。「立てる?」 私がゆっくり首を動かすと私の手を握り、立ち上がらせてくれる。そのまま手を引かれて、クラスメイトのざわめきの横を通り過ぎ、静かに教室の外へ出た。 屋上に続く階段の途中で二人並んで腰を下ろす。律は私の手を握ったまま顔を覗き込んだ。「ごめんね。大丈夫?」「あ、うん……」 握られた手を見ながら、震えた声で返すと、そっと温もりが全身に伝わった。律に抱きしめられて、お日様のような律の匂いが胸いっぱいに広がる。その香りは私の心を落ち着かせた。堪えていた涙が溢れて律の服にシミを作る。それでも涙を堪えていたら上から言葉をかけられた。「泣いてもいいんだよ」 そう言って、律は頭を撫でてくれる。その温かさが胸の奥で広がり、涙が抑えられなくなった。 しばらく律の胸を借りて涙が止まるのを待った。止まった頃には授業の予鈴
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第四話——初めての喧嘩?

 次の日、私が学校に来ると、律の姿はなかった。今日は遅いのか、と特に気にすることもなく席に座る。しかし、授業時間になっても律は来ない。心配で今すぐに帰りたかった。 休み時間に健太に声をかけられたような気がするが、律のことで頭がいっぱいで何も話が入ってこなかった。「どうせ律がいないと言い返しもしないくせに」 健太の嫌味が聞こえてきたが、それも今の私にとってはどうでも良いことだった。律のことを考えているだけで心が強くなるのかもしれない。 学校が終わりすぐに靴を履き替え、走って律の家へ向かう。扉を叩いても律の返事はなかった。流石に鍵が閉まっていて入ることはできない。走ってきたからか不安からか、鼓動が脳に直接響いているようだった。「律!いるなら開けて!」 大きい声でそう呼ぶもなかなか反応はない。森の中を私の声だけが反響していた。律を呼びかけるように木々が風に揺れて、音を奏でている。 それに釣られるように足音が近づいてきた。「律!いるの?」「……ごめん。帰って」 初めて会った時の怯えたような律の瞳が脳裏によぎった。「どうしたの?少しでいいから開けて」 律からの返答はなく、木々の間を風がすり抜ける音だけが私の鼓膜を揺らしている。やがて、一度大きく息を吸う音が聞こえた。「……ってよ」 扉越しで声が聞こえにくい。いつもと違う律に心がざわついた。「ん?なに?」「帰ってってば!」 急な大声に木に止まっていた鳥が勢いよく羽ばたいて、律の声と一緒に消えていく。対して私は、錘がついているようにゆっくりと一歩扉から離れた。 私が言葉を理解できずにいると、今度はため息のような音が聞こえ、いつもより低い律の声が聞こえてくる。「帰って。お願い」 懇願に近いような涙混じりの声でそう告げられ、現実に引き戻された。頭が真っ白になり少しずつ視界がぼやける。ジリジリと後ろに数歩下がり、やがて駆け出した。 寂しい、怖い——様々な感情を脳から追い払うように、無我夢中で森の中を当てもなく走る。同じ思考が繰り返しのように脳をこだましていた。思考を遮るように首を振って、息が切れるまで走った。さらに息苦しくなりゆっくりと足を止める。顔を上げると一本の木が目に入った。律と初めて会ったあの時の木だ。あの木だけ一段と輝いていて、何かを守るように力強く立っている。風に吹かれて葉がさらさ
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第五話——予想的中

 あれから、秘密の休み時間や放課後の特別な約束が、私たちの日々を彩っていた。律の隣にいるだけで満たされる毎日を送る。そんな充実していたある日、律が三度目の欠席をした。 初めての欠席から一ヶ月後の欠席も、お見舞いに行ったが、部屋に入れてもらえず渋々自宅に戻った。あの日から一ヶ月経った三回目。流石に心配なので今日は無理矢理にでも入れてもらえるよう、律にかける言葉を考える。 教室のざわめきの中、静かな校庭を一人眺めて考えていると、ホームルーム前の時間に先生が教室に入ってきた。「皆さん、耳だけでもいいから傾けてください」 その言葉に何人かの生徒が雑談をやめたが、教室にかすかなざわめきは残っていた。 先生が一度、息を大きく吸ってから言葉を告げる。「昨日の深夜、森に不可解な動物の死骸がいくつも発見されました」 全員が話すことをやめ、クラスメイトの息を呑む音が聞こえる。私もそのうちの一人だった。この村では、野生の肉食動物がいないため、動物同士での争いは滅多に起こらない。これは事件性のあるものだと言っていいのだろう。 クラス内にざわめきが広がり、思考を現実に戻される。そこに先生の声が場を制すように教室内を響かせた。「警察が介入して、人狼の仕業ではないかと予想されています。皆さんも帰り道には気をつけてください」 そう言葉を残し先生は教室を後にした。クラス内が喧騒に包まれる。 そこで一つの足音が私に近づいてきた。「なぁ?」 健太が悪い笑みを浮かべて私に視線を向けている。喧騒が遠のいていくように感じた。「律が犯人なんじゃねーの?」「え?」 驚くことを言われて反射的に返答してしまった。「だってあいつの目、青色じゃん。なんかおかしいと思わねーか?」「それなー」 後ろにいた翔真も声を上げて笑っている。私はその笑い声を聞いて眩暈に襲われた。逃げるように席を立って駆け足で扉に向かう。  私は教室から出て、急いで先生の元へ向かった。脳裏に初めて会ったときのボロボロだった律の姿が貼り付いて離れない。 ——予想が外れていますように。 願いを込めて職員室の扉を叩いた。担任を呼び、廊下で対面する。先生が言葉をこぼすより先に話し始めた。「先生!律は大丈夫なんですか!なんで休んでるとか……」「月野さん、落ち着いて。一度深呼吸をしましょう」 そう言われて初め
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第六話——決意と告白

 空が茜色に染まった頃、律が目を覚ました。驚いたように私を見上げている。私が首を傾げると、慌てて体を起こした。「わ、ごめん。寝ちゃってた……」「全然平気だよ。よく眠れた?」 律は静かに頷いて私に顔を向ける。頬が赤くなっていて、その顔に胸が高鳴った。私は準備していた言葉を律に告げる。「律、あのさ」 静かにこぼした言葉に律は不思議そうな顔で首を傾げる。「どうしたの?」 目を瞑ってから一度大きく息を吸って吐き出す。自然の香りが私の心を落ち着かせた。ゆっくりと目を開けて律を見据え、丁寧に言葉を紡ぐ。 「律のこと、私に守らせてほしい」「……え?どういうこと?」「そのままの意味だよ」 律は考え込むように顎に手を当てる。目を細めて眉間に皺を寄せた。律の返答を待たずに私は続ける。「私、律の隣にずっといて、守りたい。……好きだから」「……へ?」「好きだから律のことを守りたい!」 必死に訴えるように、声を張り上げて主張した。その様子に律が目を丸めてぽかんとしている。「守らせて……律のこと」 先ほどとは対照的な、懇願するような声に律は目を見開いた。やがて眉を寄せて困った表情を浮かべている。「守るって、どうやって?」「それは秘密。今度教えてあげる」「んー……」 律はまた考える仕草をした。私はさらに言葉を続ける。「危ないことは分かってる。それでも一人より二人の方が色々できるでしょ?だから……」  その先の言葉を中々告げられないでいると、律がいつもよりも低い声で言葉を紡いだ。「……分かった。でも絶対に無理だけはしないで」 普段は年相応に見える律が一段と大人っぽく見えた。夕陽に照らされて青色の瞳が綺麗に輝いている。私は満面の笑みで答えた。「ありがとう!任せて!私も律も幸せになる方法を探すから!」「ふふっ、頼もしいね」 軽く微笑んだ律の表情に胸が熱くなった。心に身を任せて律を抱き寄せる。腕を宙で迷わせるように動かしていたが、やがて優しく抱きしめ返してくれた。 夕陽の柔らかな光が二人を包み込み、心の奥まで温めていくようだった。世界に私と律しかいないような静けさの中で、ただその温もりに身を委ねた。  次の日、私は律が登校してくることを信じて、教室の椅子に座り、落ち着かない様子で待っていた。扉の音に反射的に顔を上げては、律でないと分かっ
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第七話——計画開始

 私は、律を守るために、ある行動をすることに決めた。満月の夜は必ず律の家の近くで待機すると言うことだ。周りに誰かいないかを確認することと、なるべく律を止めるためである。この作戦を律に言ったら、「危ないから近寄らないでね」と言われたので遠巻きに見守ることしかできない。 「お母さん。次の満月の日っていつだっけ?」「確か、明後日だけどどうして?」「友だちの家泊まってもいい?」「いいけど、不思議な約束の仕方ね」「月一の約束だから分かりやすいかと思って」「変なところに頭使って……」 少し呆れた目を向けられたが、疑われていないので良しとする。「まぁそれだけ。おやすみ」「おやすみ」 次の日、いつも通り授業を受け、休み時間に律と話をし、一日を終える。教室で大声を出した一件以来、健太たちから話しかけられることは無くなった。それでも律と二人の空間は大切にしている。「律、今日は一緒に帰れないんだ」「ん?そうなの?分かった」「ごめんね。また明日一緒に帰ろ!」「うん。気をつけてね」 律と言葉を交わし、教室を後にする。私には今日用事があった。下駄箱に向かって足を進める。近くを通る人の声がいつもより鮮明に聞こえた。  私は、下駄箱の影に隠れ、ある人物を待った。通り過ぎる生徒の一人ひとりを、確かめるように目で追った。やがて、その人物が現れる。私は、距離を保ちながら後を追った。三十分ほど歩き、赤い屋根の家の前で立ち止まったところで、私は一度周囲を見回し、そっと帰路についた。 翌日、一緒に律の家へ帰ることになった。緊張感を胸に抱いて二人で森の中を歩く。「なんか緊張するね」「危険だからいいのに……」「守るって決めたんだから!」「流石に着いてきたらダメだよ」「はーい……」 結局私は鍵のかかる部屋で待機することになっていた。律の家に着いて、少し出かけてくるといい、一人で外に出る。  三十分ほどで律の家に戻って、座っている律に声をかけた。「ただいま」「おかえり。何してたの?」「ちょっと買い物してたよ。はい、お菓子」「わぁ、美味しそう。ありがとう」 律の笑顔を見て、先ほどまでの緊張が緩んだ気がした。柔らかい笑みから真剣な眼差しに変えて、律に視線を向ける。「……もうそろそろ?」「うん。大体いつもそれくらい」「そっか。向こうの部屋で待ってるね」
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第八話——絶体絶命

 二回目の満月の夜、私は前回と同じ行動を取っていた。ある人物の影を見届けてから律がいる家へと歩を進める。二回目だというのに、一連の作業に慣れを感じていた。あっという間に次の日を迎え、律の顔を見るために庭へと向かう。「律、おはよう。今日も顔色良さそうだね」「沙羅のおかげかな」「え、私は何もしてないよ」 私は目を丸めて首を傾げた。計画がバレているわけでもないのに、それ以外に何かした覚えはない。「沙羅がいてくれるだけで助かるんだよ」「そうなの?」 律の心の支えになれているという事実が私の胸を躍らせた。そして今日も一緒に学校へと向かう。 変わりない日々を過ごしている中、三回目の満月の次の日に異変が起こった。前回と同様の作戦を完了し、眠りにつく。薄暗い部屋に光が差し込んだ頃、私は胸のざわめきと共に目を覚ました。早足で律のいる庭まで向かう。「律、おはよう」「……沙羅。今日はこっち来ないでほしい」「え?どうしたの?」 前回と違う様子の律に、私の鼓動は速くなる。私の方を見た律の姿に私は思わず目を疑った。 ——目が赤い? 何故だろうと考える前に律が言葉を告げた。「だんだん力が強くなってるみたい。喋るのも結構きついかも」「そっか……急にどうしたんだろうね」「わからない。ごめん。とりあえず今は一人にさせて」「……分かった。また学校終わったら来るね」「うん……」 律と言葉を交わし、私は暗い道を一人で歩いて学校へと向かった。 扉を開けると、いつも騒がしい教室とは裏腹に、一人の声だけが辺りに響いていた。「人狼は律だ」 私はその言葉に思わず動きを止めて耳を傾けた。周りのクラスメイトも静かに健太の次の言葉を待っている。「俺、見たんだ。動物の亡骸が森に転がっているのを。しかも三回。で、そのうち二回は律が欠席する前日だ」 クラス中が息を呑む。私は耳を塞いでしまいたかった。まるで演説をしているかのように健太は言葉を続ける。「だから人狼を律なんじゃないかと思っている」 今まで静かに聞いていたクラスメイトのざわめきが聞こえる。その声が遠のいていくように感じられた。 ——バレ始めてる…… 今までにない緊張感が押し寄せてくる。私の目の前が真っ暗になった頃、別の声が教室のざわめきを制した。「なぁ」 後ろを振り向くと、扉の前に翔真が立っていた。目を細め
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第九話——事件の終幕

 あれから健太に一時的に疑われたものの、翔真が間に入り、律に突っかかることはなくなった。そして四回目の満月の今日、いつもの赤い屋根の家へ行く前に、ある人物を追って、数軒隣の家までやってきた。周りに人がいないことを確認してから、いつも通りに赤い屋根の家へ向かう。律の家に着く頃にはすでに日が落ちていた。「律、ごめん。遅くなった」「大丈夫だよ。お母さんに話せた?」「うん!バッチリ」「それなら良かった」 律には、一度自宅に戻って、泊まることを母に報告すると伝えている。律の笑顔を見て、自分が嘘をついているのに、ぎゅっと胸が締め付けられた。それでも最後まで嘘をつかなければならない。  夜はすぐにやってきて、律がいつも通り外に出た。私はその後を静かに追って一部始終を見届ける。 ——そのはずだった。 律が動物に見境なく攻撃しているところに、別の影が近づいてきた。その影は律の行動をじっと見つめている。私はゆっくりとその人物の背後に回り、彼の手を掴んで力いっぱい引っ張り、ある場所へ走り出した。 今日は律よりも先に家へ戻り、律が無事に帰宅したことを確認すると、私は再び森へ足を踏み入れる。動物の死骸の隣にあるものを置き、木の陰に身を隠していると、先ほどとは別の影が近づいてきた。その惨状を目にした影は、何かを落として走り去っていく。それを確認した私は、再び律の家へと戻った。  次の日の朝、私は律の様子を見るために、庭へ向かった。「律、おはよう」 いつも通りの言葉をかけると、律は睨むように私に視線を向けた。「……律?」 じんわりと私に歩を進めて、近づいてくる。私は本能的に後ずさっていた。そして庭から駆け出し、急いで律の家にある自分の部屋へと向かう。先ほどの視線を思い出して視界が滲んだ。意識がふわりとして、布団に倒れ込むように横になる。お日様の香りが遠のき、真っ黒な世界に引きずり込まれた。  強い日差しで目を覚ました頃には、出発ギリギリの時間で、慌てて家を飛び出した。 学校に着くと何やらざわついて落ち着きのない様子だった。急いで教室へ向かう。扉を開けて目に入った光景に思わず目を丸くした。教室内の視線全てが黒板の前に立っている健太の方を向いている。その視線に応えるように健太が声を出した。「翔真が消えた」 その言葉にクラス中が息を呑む音が聞こえる。緊張感が
last updateLast Updated : 2025-10-27
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