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「お母さん、学校行ってくるね」
「あら、どうしたの?」
「急に行きたくなって……」
律との出会いは二人だけの秘密にしておきたくて、咄嗟に理由を誤魔化した。母は不思議そうに眉を寄せたが、やがて最近の中で一番明るい笑顔になった。
「気をつけて行ってきてね。何かあったら帰っておいで」
「……ありがとう!行ってきます」
母の優しさに心温まり、軽い足取りで律の家に向かう。一度歩いただけで不安だったが、律の家までの道も、自然と心に刻まれていた。興味を持ったものは、知らぬ間に記憶より深い場所に残るものなのだろう。
見覚えのある家が見えて、扉をノックする。ガチャリと音がして律が顔を覗かせた。
「おはよう!律」
「おはよう。ごめん、ちょっと待ってて」
そう言ってすぐ扉を閉めると、バタバタとした足音が遠ざかって行った。
三分ほどで律が扉から出てきて、鍵を閉める。
「それじゃあ行こっか!」
「うん、お待たせ」
初めての出来事に胸が躍る。まるで冒険までの道のりを歩いているかのように感じられた。日差しが昨日よりも控えめで、私たちという光を引き立てている。明るい気分で歩いていると、後ろから昨日よりも芯のこもった声で律が言葉を紡いだ。
「大丈夫?学校久しぶりなんでしょ?」
「不安はあるけど、律がいるから大丈夫!」
「そう?僕は初めてだから、何もできないと思うけど……」
「同じ空間にいるだけで十分だよ」
私の村は人数が少ないので、クラスも一学年に一つしかない。そのため、律とは必然と同じクラスになる。その事実が今の私にはとても心強かった。
登校時間よりも少し早く学校に到着した。下駄箱で上靴に履き替えて職員室を目指す。一年も登校していない人と、一回も登校したことない人が急に教室にいては、先生でも驚くだろうと思ったからだ。
職員室の扉を叩くと、中から四十代くらいの男性の声が聞こえた。扉を開けると部屋にいた先生たちの視線がこちらに向く。流石に大人の視線がここまであると萎縮してしまう。
少し震えていると後ろから優しく肩を叩かれた。律からはあの家と同じ温かいお日様のような香りを感じる。律が私の肩越しに顔を出して先生を呼んだ。
「すみません。三年生の先生はいますか」
「はい。私ですが……」
私の知っている女性の先生がこちらへ歩いてきて廊下に出ると、職員室の扉を後ろ手に閉めた。私はその一部始終を呆然と見つめる。
「おはようございます。深山律です。急に登校してきてすみません。」
「おはよう、君が深山くんね。急に、だなんて。全然大丈夫よ。」
律と挨拶を交わすと先生は私に視線を向ける。
「月野さんもおはよう、久しぶりね。元気だった?」
柔らかい笑顔を向けられて少し安心し、微笑みを返した。
「おはようございます。はい、おかげさまで」
「それなら良かった。教室には入れそうかな?」
先生の言葉に律も私の顔を見る。私は一度頷いて先生の方へ向き直った。
「大丈夫です。律と一緒に行きます」
「ふふっ、二人は仲良いのね。分かったわ。何かあったら言ってね」
「はい、ありがとうございます」
先生に座席を確認して、職員室を後にする。二人で教室に入ると、中にいた生徒が一瞬私たちの方を見て目を丸めたが、すぐに元の位置に戻り、何事もなかったかのように話を続けていた。
私たちは窓側の後ろの二席にそれぞれ腰をかける。緊張と期待で胸が弾んでいた。
後ろを向いて律と話そうとした瞬間、扉が勢いよく開く音がして、思わず身体が跳ねた。律も驚いたのか素早く顔を扉の方へ向ける。身体の大きな男子が私たちの方へ近づいてきた。
「よぉ、サボり女。ぐーたら生活は楽しかったかよぉ?」
「健太……」
嫌なやつに目をつけられた。
「お、見ない顔だな。お前誰?」
「深山律、だろ?」
答えたのは律ではなく、健太の後ろにいた
「そうだけど、なに?」
「はっ、こいつ生意気なやつだ」
どの口が言っているのだろう。同い年相手に自分が上だと思い込んでいるところにさぞ呆れてくる。出そうなため息をグッと堪えると、律が言葉を紡いだ。初めて聞く、力強い声だった。
「何か用でもあるの?」
「あ?」
健太が目を細めたのが見なくても分かる。私は内心ヒヤヒヤして、二人の顔を交互に見た。すると、後ろにいた翔真が目の前に来て私たちに告げる。
「別に用はないよ?まぁでもあんたの態度次第では痛い目に遭ってもらうってことは覚えといてね?」
「ふーん……」
律は興味なさげに言葉をこぼす。前にいる男たちの顔が険しくなっていき、彼らの息を吸う音が聞こえた瞬間、前の扉が開いて先生が入ってきた。
「何してるの。早く席につきなさい」
声を荒げるでもなく、諭すような声に、健太たちも大人しく席に戻っていった。
その後は、平穏な授業時間を過ごした。それからは、休み時間に律と健太が睨み合っているところに、なぜか私が仲裁をして健太に「邪魔だ」と吐き捨てられる。それを繰り返していると一日が終わっていた。
家に帰る頃には足に力が入らないくらい気疲れをしていた。力なくベッドに倒れ込み、真っ白い天井を見上げる。心に黒い影がさしたようで、ため息と共に今朝までの期待が外に流れていく。天井の白さに私は思わず目を閉じた。
でも、瞼の裏でそっと思い出す律の笑顔が、まだ胸の奥で光っている気がした。
私たちは昇降口の入り口に張り出されたクラス表を見ていた。先に自分の名前を見つけた私は律の方に視線を向ける。律の視線の先を見て心に雲がかかった。 「律、何組だった?」 「僕は三組だったよ。沙羅は?」 「私、一組」 私は分かりやすく肩を落とした私を慰めるように、そっと肩を叩いていた。少し視線を上げて律を見れば、悲しみを宿した表情で微笑んでいる。ひんやりした春の風が二人の頬を掠めた。 「まぁしょうがないよ」 律の言葉に私は下を向いて頷く。律のいない教室を想像すると、何かが足りない空虚感があった。私は、悲しげな瞳の奥で熱を灯して、はっきりと言葉を告げた。 「絶対休み時間に会いに行くね」 「ふふっ、待ってる」 律の表情から笑みが溢れた。その表情を見て、私も自然と口角を上げる。そして教室へゆっくりと歩き出した。 廊下を歩いていると、私たちに少し視線を向けてコソコソ話している同級生が視界の端に入った。私の耳元に口を寄せて律が呟く。 「やっぱ噂になってるみたいだね」 「ん、なにが?」 私は律に視線を向けて首を傾げる。思ったより顔が近くて心が跳ねた。律は周りの人たちをぐるりと見渡して言葉をこぼす。 「僕たちのこと」 「あー……」 律の言葉を聞いて、私は昨日の光景を思い浮かべた。確か、私たちは手を繋いで帰ろうとしていたはずだ。今思うと、なぜ同級生がいる前で堂々と手を繋いだのだろう。私は自分に対して溜息をついてから言葉をこぼした。 「昨日見られてたのはそういうことだったのか」 「きっとそうだろうね」 律は頷いて顎に手を当てる。そこで律の教室の前に着いたので、扉の前で足を止めた。寂しい気持ちが心を埋めて、足が接着剤でくっついたかのように動かなくなる。律のことを見つめていると、律は首を傾げて口を開いた。 「どうしたの?」 「……寂しいなって」 私が言葉をこぼすと律の目が大きく見開かれた。すぐに先ほどよりも明るい笑顔になって、私の手を優しく掴む。そのまま手を引かれて、人気の少ない場所まで連れて行かれた。 「ここならいっか」 そんな言葉が聞こえると、全身にふわりと温もりが伝わった。動けなくなった体を律に預けて言葉をこぼす。 「律?」 「充電させて」 甘い声が耳に吹きかかり、顔が赤くなってい
平穏な日常はすぐに流れ過ぎ、気づけば私たちは高校生になっていた。今日から私と律は同じ高校に通う。 入学式の朝、太陽が穏やかな表情で、新しい春を迎える生徒たちを祝福していた。まだ馴染んでいない制服に袖を通して、律の家へ向かう。新しい制服の肩が、やけに重く感じた。動かしづらい腕を一生懸命振って律の家までたどり着く。震える手で扉を叩いた。 すぐに扉が開き、強張った表情の律が顔を覗かせる。 「律、おはよう!」 「おはよう……」 「緊張してるの?」 「……少しだけ」 普段の頼もしい律とは少しだけ違い、触れたら割れてしまいそうなほど繊細な表情をしていた。 私は思わず口から笑みをこぼし、律の手を優しく握った。律の手はかすかに震えている。律の指先から、私の心の奥まで震えが伝わり、全身に広がった。静かに見つめ合い、そっと微笑み合う。一度、律の手を離した。森の香りを乗せた温かい風が、私たちを包んだ。思い出したように律が口を開く。 「あ、カバン持ってくるね」 そう言って律は、部屋の中へ戻っていった。開いたままの扉から律の後ろ姿を眺める。律はカバンを部屋から持ってきて、家の鍵を閉めた。 「私も緊張してきちゃった」 「緊張するよね」 「でも、律がいるから楽しみ!」 「僕も沙羅がいるから安心できるよ」 二人はお互いを引き寄せ合うように手を繋ぐ。いつもより強く握られた手に、不安と期待が滲んでいた。 「律!いつものところ寄ってから行こ!」 「あ、ちょっと……」 私は律の手を強く引き、ある場所へ迷いなく突き進む。やがて、一本の木の前で足を止めた。初めて出会った時、律が寄りかかっていたあの木だ。 「よし!律も手を合わせて」 「分かったから引っ張らないで……」 木の前に二人で並び、目を瞑って手を合わせる。事件が収束した時から、二人の習慣だった。朝、律の家で待ち合わせて、木の前で手を合わせる。――確証はないが、私たちに力をくれているようで、心の奥が震えた。 木に別れを告げて、私たちは歩き出す。毎日来ているのに、なぜか心細さが残った。 この地域には高校も少ないため、家から歩いて一時間ほどかかる高校へ向かう。それでも律と話している高揚感で、疲れなど感じなかった。 「沙羅は、高校で何がしたい?」 「んー……文化
私は今日も律と並んで登校をしている。秋が近づいているというのに暑さは変わらなかった。夏の名残を感じる暑さに憂鬱な気分になる。「律ー……溶けそう」「暑いもんね……」「あ、いいこと思いついた!」「なに?」 私が声を上げて言うと、爽やかな表情をしている律が私を見て口角を上げる。律の笑顔を見ると何故か涼しい気分になれた。「学校まで走ろうよ!」「余計暑くなるじゃん」「どうせなら早く行って学校で涼もう!」「えー……」「よし!行くよ!」「……やだ」 そう言いながらも律は小走りで私に着いてくる。以前より蝉の鳴き声も少なくなり、事件の終幕を告げているかのようだった。「沙羅、もう疲れたよ……」「えーもう?」「歩こう」「しょうがないなー」 笑い合いながら歩く姿を、後ろから木々が見守ってくれる。木々をすり抜けて冷たい風が私たちの頬を掠めた。 学校の喧騒にも慣れて、私たちもクラスに溶け込んでいた。窓側の席は風が私を包み込んでくれるようで、律の庭を思い出す。私の心が穏やかになった。「律おはよう」「あ、翔真くん」 あれから翔真は、律に懐いている犬のように、常に私たちの近くにいた。翔真は律の肩に腕を回して、豪快な笑みを浮かべている。 私は無意識に唇を尖らせて、翔真を睨んでいた。「沙羅…?」「ん?どうしたの?」「いや、顔が怖いよ……」「え……」 すぐに、頬をつねって表情を和らげる。そんな様子を翔真が笑って見ていた。「お前、嫉妬だろ」「ち、違うもん!」「え、嫉妬してくれたの?」「う、うぅ……」 私は顔を真っ赤にして机に顔を伏せる。律はそんな私の頭を撫でてクスッと笑みをこぼしていた。——こんな幸せが続くといいな あれから律のあの現象は抑えられるようになってきている。どうやら、好きな人の匂いでその衝動を抑えられるようになったらしい。律の言葉を思い出して頰を赤く染める。 机に一筋の光が差していた。私の気持ちも前向きになる。 私たちに希望の光が見えてきた。隣にいる律の笑顔が私の未来を照らす。そんな光を守るために、私は律の影であり続けようと思った。 暗闇から私を導いてくれた律の幸せが、いつまでも続きますように——そう願って私は律の後ろを静かに歩いた。 しかし、穏やかな日々の下には、まだ沈黙の闇が息を潜めていた。 二人はその存在を知
葉の隙間から差し込む日差しが私を舞台に立たせる。自然の香りを大きく吸って心を落ち着かせた。律はこちらを見て言葉を待っている。私は律ではなく目の前に咲いている花を見て言葉を紡ぎ出した。「まず、私は満月の夜、律の後ろを追っていた。律が何してるのかも見たよ」「そうなんだ……」 隣から聞こえてくる律の声が震えていた。それでも私は一度力強く頷いてから言葉を続ける。「森に行く前に健太の家に手紙を届けにいっていたの。それで毎回森に呼び出していた」「……だからいつも家を出ていたんだね」「嘘ついててごめんね」「いいよ。僕のためなんでしょ?」「うん。それでね、まだあるんだけど……」「分かった。聞くよ、しっかり」 私は心細くなり律に視線を移した。律は真剣な表情で真っ直ぐに私を見つめている。一度大きく息を吸って言葉を紡いだ。「昨日私は、健太の家に行く前に翔真の家に手紙を届けた。健太よりも早い時間を書いて。私は、森へ来た翔真に声をかけて靴を借りたの。それを律がいなくなった森へ置いておいた」「もしかして……」「そう。そこに健太が来て、翔真がいなくなったのがバレたの。まぁ計画通りなんだけどね」「そうなんだ……ていうか、翔真くんにバレてるのまずくない?」「実はね……」 私は、一度空を見上げてから、力強い眼差しを律に戻した。律が息を呑む。私は言葉を風に乗せて囁くように告げた。「連れて行きたいところがあるんだ」「……え?」「来てくれたら全てが分かるよ」 私は無言で立ち上がり、律に背を向けて歩き出した。後ろから慌てて立つ音が聞こえて、足音が私に近づく。そして一つ使われていなかった部屋の前まで来た。 「ここだよ」「……鍵なんてついてたっけ?」「昨日買ってきて付けたの。勝手にごめんね」「それは良いんだけど……それよりここに入れば分かるの?」 私は無言で頷いてから、鍵を開けて部屋に入った。後から入ってきた律が声を漏らす。「……え?」 律は目を点にして部屋にいる人物を見つめた。軽やかな声が部屋に反響する。「おう、律じゃん。もう元気なのか」「え、翔真くん?」「どこからどう見ても。……お前が人狼だったんだな」「……沙羅」「ん、なに?」「……どういうこと?」 律は分からないというように首を横に振っていた。私は頭の中で言葉をまとめてから丁寧に紡ぐ
あれから健太に一時的に疑われたものの、翔真が間に入り、律に突っかかることはなくなった。そして四回目の満月の今日、いつもの赤い屋根の家へ行く前に、ある人物を追って、数軒隣の家までやってきた。周りに人がいないことを確認してから、いつも通りに赤い屋根の家へ向かう。律の家に着く頃にはすでに日が落ちていた。「律、ごめん。遅くなった」「大丈夫だよ。お母さんに話せた?」「うん!バッチリ」「それなら良かった」 律には、一度自宅に戻って、泊まることを母に報告すると伝えている。律の笑顔を見て、自分が嘘をついているのに、ぎゅっと胸が締め付けられた。それでも最後まで嘘をつかなければならない。 夜はすぐにやってきて、律がいつも通り外に出た。私はその後を静かに追って一部始終を見届ける。 ——そのはずだった。 律が動物に見境なく攻撃しているところに、別の影が近づいてきた。その影は律の行動をじっと見つめている。私はゆっくりとその人物の背後に回り、彼の手を掴んで力いっぱい引っ張り、ある場所へ走り出した。 今日は律よりも先に家へ戻り、律が無事に帰宅したことを確認すると、私は再び森へ足を踏み入れる。動物の死骸の隣にあるものを置き、木の陰に身を隠していると、先ほどとは別の影が近づいてきた。その惨状を目にした影は、何かを落として走り去っていく。それを確認した私は、再び律の家へと戻った。 次の日の朝、私は律の様子を見るために、庭へ向かった。「律、おはよう」 いつも通りの言葉をかけると、律は睨むように私に視線を向けた。「……律?」 じんわりと私に歩を進めて、近づいてくる。私は本能的に後ずさっていた。そして庭から駆け出し、急いで律の家にある自分の部屋へと向かう。先ほどの視線を思い出して視界が滲んだ。意識がふわりとして、布団に倒れ込むように横になる。お日様の香りが遠のき、真っ黒な世界に引きずり込まれた。 強い日差しで目を覚ました頃には、出発ギリギリの時間で、慌てて家を飛び出した。 学校に着くと何やらざわついて落ち着きのない様子だった。急いで教室へ向かう。扉を開けて目に入った光景に思わず目を丸くした。教室内の視線全てが黒板の前に立っている健太の方を向いている。その視線に応えるように健太が声を出した。「翔真が消えた」 その言葉にクラス中が息を呑む音が聞こえる。緊張感が
二回目の満月の夜、私は前回と同じ行動を取っていた。ある人物の影を見届けてから律がいる家へと歩を進める。二回目だというのに、一連の作業に慣れを感じていた。あっという間に次の日を迎え、律の顔を見るために庭へと向かう。「律、おはよう。今日も顔色良さそうだね」「沙羅のおかげかな」「え、私は何もしてないよ」 私は目を丸めて首を傾げた。計画がバレているわけでもないのに、それ以外に何かした覚えはない。「沙羅がいてくれるだけで助かるんだよ」「そうなの?」 律の心の支えになれているという事実が私の胸を躍らせた。そして今日も一緒に学校へと向かう。 変わりない日々を過ごしている中、三回目の満月の次の日に異変が起こった。前回と同様の作戦を完了し、眠りにつく。薄暗い部屋に光が差し込んだ頃、私は胸のざわめきと共に目を覚ました。早足で律のいる庭まで向かう。「律、おはよう」「……沙羅。今日はこっち来ないでほしい」「え?どうしたの?」 前回と違う様子の律に、私の鼓動は速くなる。私の方を見た律の姿に私は思わず目を疑った。 ——目が赤い? 何故だろうと考える前に律が言葉を告げた。「だんだん力が強くなってるみたい。喋るのも結構きついかも」「そっか……急にどうしたんだろうね」「わからない。ごめん。とりあえず今は一人にさせて」「……分かった。また学校終わったら来るね」「うん……」 律と言葉を交わし、私は暗い道を一人で歩いて学校へと向かった。 扉を開けると、いつも騒がしい教室とは裏腹に、一人の声だけが辺りに響いていた。「人狼は律だ」 私はその言葉に思わず動きを止めて耳を傾けた。周りのクラスメイトも静かに健太の次の言葉を待っている。「俺、見たんだ。動物の亡骸が森に転がっているのを。しかも三回。で、そのうち二回は律が欠席する前日だ」 クラス中が息を呑む。私は耳を塞いでしまいたかった。まるで演説をしているかのように健太は言葉を続ける。「だから人狼を律なんじゃないかと思っている」 今まで静かに聞いていたクラスメイトのざわめきが聞こえる。その声が遠のいていくように感じられた。 ——バレ始めてる…… 今までにない緊張感が押し寄せてくる。私の目の前が真っ暗になった頃、別の声が教室のざわめきを制した。「なぁ」 後ろを振り向くと、扉の前に翔真が立っていた。目を細め