細川陽(ほそかわ よう)が最も貧しかった頃、四、五時間も歩いて私に会いに来た。あの日はとても寒かった。彼はほとんど凍えきっていて、まつげにまで雪が積もっていた。その後、幾度となく喧嘩を重ねた夜、私はいつも彼のあの時のまつげを思い出した。だから私は、喜んで仕事を辞め、遠くに嫁ぎ、妊活までしたのだ。ついさっきまで。私のブルートゥースイヤホンが、彼のスマホに繋がったまでは。相手は言った。「和泉楓(いずみ かえで)って、結構ピュアなんだね。今でも知らないんでしょ?君があの夜彼女を選んだのは、汚れていないだったからか、それともただでできたからかなんて」……今年は雪の訪れが早い。陽と最後に雪を一緒に見たのは、五年前だ。街灯はぼんやりと黄色く光っている。私が下に降りたとき、細かい雪が雨みたいに降っている。あの時、陽は熱を出し、実家とも揉めていた。真夜中に四、五時間も歩き、市の半分を越えて、ただ私に会うために。雪は彼のまつげに落ち、すぐ溶けて小さな滴になった。彼の頬は冷たく、全身が震えていた。けれど、その抱擁は温かかった。彼は今夜も残業で、夜更けになってもまだ帰ってこない。私は手のひらに、陽性の妊娠検査薬を握りしめ、顔の笑みを抑えきれない。イヤホンから雑音が聞こえる。触ってみると、慌てて出てきた彼のものを間違えて持ってきたらしい。「細川さん、もう家に着いた?相当ヤバかったろ?けっこうやれるじゃん?家でずっと我慢してたんだろ?」私が口を開こうとした瞬間、音はぱったりと止まった。「和泉、なかなかピュアだよな、毎日せっせと滋養スープなんか煮てさ。まったく、今でも知らないんだろ?君があの夜彼女を選んだのは、やる場所なくてムラムラしてただけだって。ただで汚れてないし、自分から来たんだから、やらない手はないってやつさ」私は呆然とその場に立ち、イヤホンを抜き、指でこする。この声にはとても覚えがある。陽と知り合えたのも、林拓真(はやし たくま)のおかげだ。結婚式では立会人まで頼んだ。ここ数年、私たちが喧嘩するたびに、彼は双方をなだめ、陽をさんざんに罵ってくれたものだった。胸の鼓動が激しく、立っているのもやっとだ。それらの言葉は、真冬の骨まで凍る氷の破片のように
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