All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 371 - Chapter 380

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第371話

健吾は杏奈を腕に抱き、ベッドに横になると、杏奈を胸に抱き寄せて、彼女の髪に愛おしそうに顔をうずめた。「お休み」でも、杏奈にはまだ眠気がなかった。だけど、健吾の腕の力がとても強くて、杏奈は彼の胸に顔をうずめたまま、頬をかすかに染めていた。そして、耳元からは、すぐに健吾の穏やかな寝息が聞こえてきた。彼はもう眠ってしまったようだ。杏奈はしばらくじっとしていたけど、やっぱり眠れなくて、そっと体を起こそうとした。だけど彼女が身じろぎしたとたん、腰に回された腕にぎゅっと力がこもった。これでは、身動きが取れない。こうして彼女はまるで抱き枕のように、抱かれていることしかできなかった。周りは静まり返っていた。そして眠くはなかったのに、うとうとするうちに、杏奈もそのまま眠ってしまった。次に目が覚めたときには、もう2時間も経っていた。杏奈はがばっと体を起こした。寝ぼけて頭がぼーっとして、少し重たく感じていた。隣に健吾の姿はもうなかった。いつ出て行ったんだろう。彼女がそう思ってスマホを取り出すと、健吾からメッセージが届いていた。【気持ちよさそうに寝てたから起こさなかった。午後はかなり忙しくなるんだ。アトリエの方が大丈夫なら、夜、一緒にご飯でもどう?】メッセージの後には、すごく可愛いスタンプがついていた。銀髪のアニメキャラが、頭の上にハテナマークを浮かべているスタンプだ。杏奈はそのキャラクターを知らなかったけど、なんだか健吾にそっくりだ。杏奈は【いいよ】と返信した。それから健吾からは返事がなかった。きっと仕事中なのだろう。彼女は身支度を整えて、少し散歩でもしようと外に出ることにした。するとオフィスを出た途端、派手な身なりの女性と鉢合わせになった。秘書室の人が案内していたけれど、その秘書は困った顔で、その女性にこう言っていた。「平野さん、社長は本当に会議中でして、今は手が離せない状況なんです……」しかし、秘書の言葉が終わる前に、平野安紀(ひらの あき)は足を止めた。彼女はサングラスを外すと、杏奈を険しい目つきで睨みつけた。「あなた誰?なんで健吾のオフィスから出てくるのよ?」そう言うと、安紀は秘書の方を振り返った。「健吾は会議中だって言ったじゃない。じゃあこの女は誰よ?」一
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第372話

杏奈は若い秘書を支えながら、心配そうに尋ねた。「大丈夫?」彼女は首を横に振った。でも、目は真っ赤になっていた。傍観していた他の秘書たちも、さすがに人が殴られるのを見て、ようやく駆け寄ってきた。杏奈は彼らに言った。「この子を病院へ連れて行ってあげて」そのクロコダイルのバッグにはダイヤが埋め込まれていた。安紀が力いっぱい振り下ろしたせいで、若い秘書の頭からは血が流れていたから。こうして彼女は他の人に支えられてエレベーターに乗った。それから杏奈は、安紀に向き直った。「どうして人を殴ったりするの?」そう聞かれて、安紀は、杏奈を鋭く睨みつけて言った。「あなたに関係ないでしょ?一体、健吾とどういう関係なの?」安紀はクロコダイルのバッグを強く握りしめた。まるで、杏奈の答え次第では、ためらうことなくそのバッグを頭に叩きつけると言わんばかりだった。杏奈は彼女と正面からやり合う気にはなれなかった。手首と足首はまだ完治していない。まともにぶつかったら、自分が怪我をしてしまうかもしれない。「あなたこそ、健吾さんとどういう関係なの?」杏奈は尋ねた。安紀はひどく苛立っていた。「さっき言ったでしょ?私たちは婚約してるの!」「でも、婚約解消したんでしょ?」「解消してないって言ってるでしょ!健吾が一方的に言ってるだけで、私は同意してない!」そう言って、安紀は顔を歪めた。それを見て、この人、精神病院から抜け出してきたんじゃないかと、杏奈は本気で疑った。「健吾さんに何の用なの?」杏奈は話をそらして、安紀の注意を逸らそうとした。そしてその隙に彼女はそばにいた秘書にそっと視線を送り、警備員を呼ぶように合図した。秘書は意味が分かったのかどうか、こっそりとOKのサインを送ってきた。安紀は杏奈の質問に釣られて答えた。「なんで婚約破棄するのか、本人に問い詰めにきたに決まってるじゃない!私たちは幼馴染で、ずっと一緒だったのに!彼に一方的に婚約を撤回する権利なんてないわ!」そこまで言って、安紀は杏奈に目を向けた。「あなたは何様のつもりで私に質問してるの?まだ答えてないでしょ、あなたは誰!なんで健吾のオフィスから出てくるのよ?」彼女はまるで浮気相手を見るような目で杏奈を見た。杏奈は淡々と答えた。「私
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第373話

どうやら秘書は、自分が健吾を呼びに行ってほしいと勘違いしたみたい。一方、健吾が自分ではなく、杏奈を気遣う姿を見て、安紀は逆上した。「健吾!私のことが見えないの?あなたの目にはいとこの姉とやらしか映ってないわけ?どうしてそんなに彼女ばっかり気にかけるのよ!」健吾は、杏奈に視線を落とした。「いとこの姉?」杏奈は気まずそうに鼻を触りながら、「とっさについた嘘。自分の身を守るために」と答えた。何が気に入らなかったのか、健吾は安紀を一瞥もせず、声を張り上げた。「後藤さん!」すると、健吾のそばに控えていた洋介は、ちょうど電話を終えたところだった。「社長」健吾は言った。「平野家に連絡して、この頭がおかしい女を連れて帰らせろ。あと、警備員にこいつをここからつまみ出させろ」「承知いたしました」どうやら、彼女は本当に精神を病んでいるようだったんだ。さっきから安紀の様子が普通じゃないとは思っていたけど、まさか本当に病気だったなんて。健吾の言葉を聞いて、安紀は再び激昂した。「健吾!よくも私の事を頭がおかしいなんて言えるわね!私がこうなったのは、全部あなたのせいじゃない!どうして私との婚約を破棄したの?ねえ、どうして?」安紀は叫びながら、健吾に駆け寄ってきた。健吾はとっさに杏奈を自分の後ろに引き寄せ、氷のように冷たい視線を安紀に向けた。いつもは情熱的な彼の瞳も、今は冷たく、その場の空気まで凍らせてしまうほどになっていた。すると、あれだけ気の強い安紀でさえ、健吾の視線に怯んだようで、彼女は、健吾の数歩手前で足を止めた。「ここで騒ぐのはやめろ」健吾は冷たく言い放った。安紀は目を真っ赤にした。「健吾、この裏切り者!あなたは……」しかし、彼女が言い終わる前に、警備員たちが駆けつけたので、健吾が目配せすると、警備員は安紀の口を塞ぎ、無理やり引きずり出していった。そして、安紀が連れ出されると、社長室はすっかり静けさを取り戻した。会議を中断させられた健吾は、洋介に日程を再調整するよう指示した。それから、杏奈の手を引いて自分の社長室へと戻った。一方、後からついてきた澪は、その様子を見て、悔しそうに拳を握りしめた。まさか、あの安紀でも杏奈をどうすることもできないなんて。しかも、さっきの杏奈はずい
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第374話

それから、健吾は会議の時間を再調整した。さっきの遅れのせいで、今回は長丁場になりそうだ。彼は苛立ちを隠さずに会議に向かおうとした。そして、ドアまで歩きかけたが、また戻ってくると、しょんぼりした顔で杏奈の手を掴んだ。「もし俺の仕事が長引いたら、先に夜ごはん食べてていいからな。お腹すかせちゃだめだぞ、愛してるよ」愛してるよ、って……そう言われて杏奈は呆れ返るしかなかった。健吾と付き合い始めてから気づいた。この男は普段のクールで自信家な姿とはぜんぜん違って、ことあるごとに自分に甘えてくるのだ。あの冷酷さはどこにいったのよ?あの誰にも媚びない態度は?そう思って、杏奈は顔を近づけてきた健吾の頭を押し返して、彼が望む答えを口にした。「待ってるから」「よし、いい子だ!」そう言って健吾はさっと彼女の頬にキスをすると、足早にオフィスを去っていった。杏奈は、健吾の後ろ姿に向かって、くやしそうに拳を握った。お腹をすかせるのが心配、だって。ほんとうは、自分が一緒にごはんを食べるのを待ってくれないんじゃないかって心配してるくせに。でも、あんなふうに甘えられたら、どうしようもない。だって、健吾があんなにかっこいいのがいけないんだから。そんな想いを胸に杏奈は肩をすくめるとオフィスを出て、橋本グループのビルを後にした。彼女はまず自分のデザインアトリエに戻ると、睦月に、健吾へデザイン案を渡したことを報告した。そこへ、芹香がひょっこりと顔を出した。「杏奈さん、もしこの案件が取れたら、うちらのアトリエにとって最初の大仕事になりますね!」芹香はとても興奮していたが、杏奈はそんな彼女に釘をさした。「橋本グループが声をかけたのはうちだけじゃない。他にもっとすごいアトリエや会社だってあるの。彼らには専門の評価チームがあるから、最終的にどこを選ぶかはまだわからないわ」芹香はがっかりして、口を曲げ席に戻ろうとしたが、突然くるりと向き直り、目を輝かせて杏奈を見た。「杏奈さん、アトリエのために、ここは一つ犠牲になって橋本社長に色仕掛けしてくださいよ!絶対効果あります!男は好きな女性に甘えられるのに弱いって言うじゃないですか。ちょっとでもいい思いをさせてあげれば、きっと案件を回してくれますよ!」それを聞いて、隣で睦月も
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第375話

だが、その強い視線に気づいたのか、杏奈はゆっくりと目を開けた。目の前にいる健吾の顔に気づき、彼女は目をこすりながら体を起こした。「仕事、終わったの?」杏奈はアトリエの仕事を終えてから、また橋本グループに戻ってきた。健吾がまだ忙しそうだったので邪魔はせず、彼のオフィスにあるソファに座って、過去のファッションコンテストの動画を見ていた。でも、それを見ているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。目が覚めると、健吾の燃えるような瞳と視線がぶつかった。健吾が何も答えないので、杏奈は、「じゃあ、そろそろ行こうか。ご飯食べに」と声をかけた。すると、健吾は2秒ほど黙っていたが、次の瞬間、彼は身を乗り出すと、杏奈の唇にキスをした。あまりに突然のことで、杏奈は驚いた。でも、少し緊張しながらも健吾の手をそっと握った。そして、彼のキスに優しく応えた。しばらくして、健吾はようやく杏奈を解放した。彼は、しみじみと言った。「やっぱり付き合うなら、キスしたりハグしたりしないとね」そう言って、健吾の口元にはさらに深い笑みが浮かび、本当に嬉しそうだった。それを見て、恋をすると人はこんなにも変わってしまうんだなと、杏奈はつくづく思った。……一方、竜也と真奈美が結婚するというニュースは、とっくに世間を騒がせていた。メディアが竜也の結婚式を大々的に報じ始めてからというもの、彼はスマホを握りしめ、ある人物からの電話を待っていた。そして、問い詰められることを、どこかで期待していたのだ。しかし、結婚の話題が落ち着いてきても、その電話がかかってくることはなかった。竜也は少し、いらついていた。こんなに早く再婚するというのに、杏奈は少しも気にならないというのだろうか?そんな竜也の落ち込みとは対照的に、浩はとても喜んでいた。彼は昔から真奈美が母親になってくれたらいいなと願っていたから、今、その願いが叶って本当に嬉しかったのだ。N市から帰ってきてから、真奈美はまた昔みたいに優しい人に戻っていた。よく遊びに連れて行ってくれるし、美味しいものも作ってくれるうえに、身の回りの世話までしてくれるのだ。実の母親ほど細やかな気配りはないかもしれない。でも、浩にとっては真奈美こそが、最高で自分に一番ぴったりな母親だった。そんな真奈
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第376話

竜也は真奈美の話を聞いても何も言わなかった。ただその表情は、花婿にふさわしいものとは言えなかった。どこか寂しそうだった。しかし、実際なにを寂しがっているのか、彼自身も分からなかった。ただ、ここ数日、頭の中には杏奈の姿ばかりが浮かんでくるのだ。でも、そんなはずはないのに。自分が好きなのは真奈美のはずだと、ずっと思っていた。当時は、真奈美のためを思って、仕方なく杏奈と結婚したのだ。それで、杏奈との結婚生活での振る舞いも、全て責任を果たすためだったはず。だから、杏奈に愛情はないと、彼はずっと思い込んできたのだ。それなのに、今はどうだろう。真奈美との結婚を間近に控えて、元妻からの電話を待っている自分がいる。彼はこうしていると、自分の中で何かが静かに変わり始めているのを感じた。そして、竜也は書斎に戻り、仕事に取り掛かった。すると、スマホを取り出した途端、知らない番号からメッセージが届いた。【中川グループはN市に支社を設立せよ】そのメッセージを見た竜也の、険しい眉が少しだけ緩んだ。ちょうどよかった。結婚式の前に、自分もN市に行きたいと思っていたところだ。……その頃、杏奈は、約束の時間にあるバーへ向かった。バーは開店したばかりで、客が次々と入っていくところだった。杏奈は、カウンター席にいる澪を見つけた。澪も彼女に気づき、手を振って呼びかけた。「鈴木さん、こっちです!」そう言う澪はにこやかに笑っていた。しかし、杏奈は内心腑に落ちなかった。だって、彼女はいつもは何かしら突っかかってくるし、その目つきだって鋭かったのに、今日に限って、どうしてこんなに愛想がいいのだろう?そう思って、杏奈は澪の隣の席に腰を下ろした。澪はバーテンダーに、杏奈にもお酒を出すよう言った。杏奈は断った。「薬を飲んでいるので、お酒は飲めないんです」薬?澪は杏奈のことをよく知らない。だから、彼女はただ自分の頼んだお酒を飲みたくないのだと思った。すると彼女の表情が、みるみるうちに険しくなった。「あなたをバーに呼んだのは、おしゃべりするためではありません。お酒の一杯も付き合えないなら、あなたが知りたいことも教えられません」だが、杏奈は冷静な視線で澪を見つめた。そして言った。「そういうことでしたら、千
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第377話

「鈴木さん、健吾さんが10年前、どうしてあんな大怪我を負ったのか……その理由を知りたいんですよね?」杏奈は黙っていた。彼女は澪の顔をちらりと見た。その視線は、わざわざ聞くまでもないでしょう、と言っているようだった。しかし杏奈からすれば、澪は、自分が今日ここへ来た理由を知っているはずなのに。わざとらしい質問は、なんだか間が抜けて見えた。すると、澪もそれに気が付いたようで、彼女の表情はさらに険しくなっていった。だが、彼女はぐっとこらえた。そして遠回しな言い方をやめて、杏奈に単刀直入に言った。「実は、あのとき健吾さんを襲ったのは、橋本家の長年の敵なんです」長年の敵?杏奈は、澪をじっと見つめた。ここまで話した以上、澪はもう杏奈に何も隠すつもりはなかった。橋本家は100年以上続く名家で、この国でも指折りの名門だ。でも、橋本家は控えめで目立つことを嫌うので、表向きはあまり知られていない。でもその名を出せば、誰もが敬意を払う存在なんだ。橋本家の先祖はもともと、輸送や警備に関わる仕事をしていた。その後、京市で投資をして莫大な富を築いたそうだ。健吾の父親、茂が橋本グループを継いだときのことだ。東国のある秘密組織と揉めてしまった。茂は若い頃からその組織と戦い、辛うじて勝利を収めた。その後、しばらくは平穏な日々が続いた。すくなくとも、健吾が大人になるまで、その組織が橋本グループに手出しをすることはなかった。でも、健吾が橋本グループの社長の座についた途端、彼らが再び現れてちょっかいを出し始めた。そこまで聞いて、杏奈は真剣な眼差しになった。彼女は澪に尋ねた。「それって、石井亮っていう人のことですか?」澪はきょとんとした。健吾が亮のことまで杏奈に話しているとは、思ってもみなかったようだ。そう感じて、彼女は瞳に浮かんだ嫉妬を隠して話を続けたが、その声はさっきよりも少し冷たくなっていた。「彼はあの組織の幹部の一人に過ぎません。本当のボスは、まだ姿を現していないんですよ」つまり、10年前、橋本家の敵は健吾を始末しようとしたが、失敗したということだ。そして、今もなお陰で健吾を狙い続けている。そんな毎日を送るのは、まさに危険な綱渡りをしているようなものだ。杏奈は、最近、健吾がとても忙しそうにしていたこ
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第378話

澪は、杏奈がそんな風に答えるとは思ってもみなかった。しかし、彼女はフンと鼻を鳴らし、杏奈が気取っているだけだと思った。本当の地獄を見ることになったら、きっと今のように澄ました顔をしていられないだろうと、澪はそう確信していた。こうして、夜の帳が下りた。バーの音楽は、だんだん激しいビートを刻み始めた。店の中央にあるダンスフロアでは、すでに大勢の若者たちが体を揺らしているのだった。若者たちの真夜中のパーティーは、色とりどりのライトに照らされ、どこかミステリアスな熱気に満ちているようだ。澪は話しながらも、何度もドアの方へ視線を送っていた。杏奈はそれに気づかないふりをして、彼女に尋ねた。「私をこんな場所に呼び出して、聞きたいことを全部教えてくれたっていうことは、あなたも何か条件があるんでしょう?」澪は笑って言った。「ご冗談を。私は健吾さんの昔よしみですよ。だから彼のことは何でも知っています。健吾さんがあなたに教えたくないなら、私が代わりに教えてあげたまでです。別に深い意味はないんです」彼女はそう言いながらも、「昔よしみ」という言葉を、ことさらに強調した。澪は、健吾との親密さをことさらにアピールすることで、杏奈に対して優位に立とうとしているのだ。でも、杏奈は気にも留めなかった。彼女が席を立とうとした、その時。澪の視線が、きらりとドアの方へ向けられた。そして、杏奈が帰ろうと口を開くより先に、澪がドアに向かって手を振った。「平野さん!こっち!」澪の言葉を聞いて、杏奈は一瞬、ぞっとした。安紀?振り返ると、本当に彼女がいた。安紀は相変わらず冷たい表情で、まるで今にも杏奈に襲い掛かりそうな、険しい目つきをしていた。これでようやく、澪が誰を待っていたのか、杏奈にも分かった。澪が彼女を誘ったのは、先日安紀が現れる前のことだった。だから、何か裏があるとは思っても、まさか安紀が絡んでいるとは夢にも思わなかったのだ。杏奈は澪に言った。「話はもう済んだでしょう。私はこれで失礼します。今日のお代は私に付けといてください」そう言って杏奈が立ち去ろうとすると、またしても澪に引き止められた。「まあまあ、せっかく来たんですから。もう少し付き合いなさいよ。平野さんだって、別にあなたを食って取ろうってわけじゃな
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第379話

それを聞いて、澪が話を継いだ。「鈴木さんは10年前、健吾さんの命を救ったんでしょ。健吾さんはその恩があるから、結婚してあげようとしただけよ」すると安紀の目に、一瞬、憎しみの色が浮かんだ。「結婚?あなたは、バツイチじゃないの?なんであなたみたいなお古のために、なんで健吾が結婚してあげないといけないのよ?」それを聞いて、杏奈は冷たい表情を浮かべた。「健吾さんに直接聞けばいいじゃない。私が結婚を強要したのか、それとも彼の方から言い寄ってきたのか」「たとえ健吾が自分から言い出したとしても、それはただの恩返しでしょ。一度結婚したくせに健吾に取り入ろうなんて、彼の人生を台無しにする気?!」杏奈は鼻で笑った。「あなたの理屈だと、結婚したことがある女はもう二度と恋をしちゃいけないってことかしら?」すると、安紀はバン、とカウンターに手のひらを叩きつけた。バーは騒がしく、彼女の一撃は誰の注意も引かなかった。安紀は杏奈を睨みつけた。「人の話が分からないの?あなたみたいな女は健吾に釣り合わないって言っているのよ!」しかし、杏奈は少しも怯まなかった。「じゃあ、あなたなら彼に釣り合うとでも言うの?」安紀は得意げに言った。「私と健吾は子供の頃から婚約してたのよ……」「もう解消したんでしょ。婚約と結婚は違うわ。双方の合意で取り消したんですから、あなたがお古になることはないはずよ。平野さん、一体何が不満なの?」安紀が言い終わる前に、杏奈は彼女の言葉をそっくりそのまま言い返した。すると、安紀は怒りのあまり、気が狂いそうになった。しかし、杏奈はもうスマホに構うことなく、バッグを掴んでドアの方へ駆け出した。杏奈が逃げようとするのを見て、澪はゆっくりと足を伸ばし、彼女を転ばせようとした。杏奈はそれに気づかず、前のめりに倒れ込んでしまい、ちょうどその時、ウェイターがお酒のトレイを持って通りかかったから、このままではウェイターに激突してしまうと思い、杏奈は目を閉じ、衝撃を覚悟した。すると突然、腰に手が回され、ぐいっと体を支えられた。視界がぐらりと揺れる中、杏奈は覚えのある香水の匂いに気づいた。「大丈夫?」耳元で、澄んだ女性の声がした。杏奈が顔を上げると、そこには汐梨の整った美しい顔があった。その瞳は鋭く、そし
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第380話

汐梨は足が速かった。彼女は杏奈の手を引くと、人ごみをかき分け、あっという間にバーの外へ出た。澪もすぐに気づいて追いかけてきたけど、人ごみに阻まれてなかなか前に進めないみたい。だから、彼女が顔を上げた時には、もう杏奈たちの姿は見えなくなっていた。澪は悔しそうに地団駄を踏んだ。一方、汐梨に手を引かれてバーの出口をくぐる瞬間、杏奈の耳に後ろからのひそひそ話が聞こえてきた。「今の女の人、なんか見覚えあるな。もしかして芸能人じゃない?」そこで杏奈ははっとした。恋愛リアリティ番組に出たことで、汐梨の知名度は格段に上がっていたんだ。だから、バーを出て汐梨が立ち止まっても、杏奈は彼女の手を引いたまま、しばらく通りの角まで走ってからやっと足を止めた。すると汐梨は杏奈を見た。「どうしてこんな所まで引っ張ってきたの?」杏奈が口を開きかけると、汐梨は何かに気づいたように言った。「わかった。お礼を言いたいんでしょ?でも、いいのよ。私はああいう風に、バーで人を陥れようとする人が許せないだけだから!」そして、何かを思い出したのか、汐梨の目に怒りの色が浮かんだ。杏奈は言った。「もちろん、すごく感謝してる。でも、ここまで来たのはもう一つ理由があるの。さっき、お店の人があなたに気づいたみたいだったから。あのまま入口にいたら、誰かが見に来てバレちゃうかもしれないと思って」杏奈の言葉を聞いて、汐梨は改めて彼女をじっと見つめた。何かを思いついたように、汐梨は言った。「あなたのこと、覚えてる!前に海辺のレストランのトイレで会った人でしょ!」杏奈は微笑んで頷いた。「うん、そうだよ」「それに、アパレルブランドの控室でも会ったわね」と汐梨は言った。「うん。それも私」と杏奈は笑って答えた。すると汐梨の眼差しが、すっと冷たくなった。「克哉さんとはどういう関係?」汐梨は杏奈のことは知らなかったけど、啓太のことは知っていた。克哉は、芸能界では鈴木家の人間だってことを隠していた。でも、汐梨はそのことを知っていた。彼女は、啓太が克哉の弟だってことも知っていた。そして、あの時、汐梨は啓太が目の前のこの女性を親しげに呼ぶのを耳にした。一方、汐梨が克哉との関係を誤解していると思った杏奈は、すぐに言った。「私は彼の妹よ。血の繋が
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