All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 391 - Chapter 400

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第391話

「鈴木さん、橋本グループの社長とはいつからお付き合いされているんですか?」……そうは言っても、群がってきた記者の数は、それほど多くはなかったが、大半は今回の話題に乗じて、杏奈と健吾との関係について何か聞き出そうとしているみたいだった。橋本グループの御曹司には、長いこと恋愛がらみのニュースがなかった。だから、少しでも情報を得られれば記事になると思ったのだろう。「すみません、取材はお断りしています」それでも記者は杏奈の行く手を阻もうとした。杏奈は冷たい視線を向けて言った。「しつこいようでしたら、警察を呼びますよ」その言葉に、記者たちは足を止めた。こうして杏奈が橋本グループのビルに入っていくのを見届けると、記者の一人が鼻を鳴らした。「小さなアトリエのオーナーのくせに。橋本グループの御曹司に取り入って、成り上がっただけじゃないか。いい気なもんだな!」「まあ、仕方ないさ。バックがついているだけ、威勢はいいものだ!」……一方、杏奈がビルに入ると、ちょうど外出しようとしていた健吾とばったり会った。「杏奈さん、どうしたんだ?」そう言うと健吾の厳しい表情が、ふっと和らいだ。彼は足早に杏奈のもとへ歩み寄りながら、ドアの外でこそこそしている人影に気づいた。さっきの記者たちだ。「何かされたか?」杏奈は首を横に振った。「あなたに相談したいことがあって」健吾は彼女の手を取って、外へ向かった。「ちょうどこれから会食なんだ。あなたも一緒に来てくれ。移動しながら話そう」杏奈は断らず、健吾と一緒に車に乗り込んだ。例の記者たちは、健吾と杏奈が一緒に車に乗り込むところをカメラに収めた。だが、撮った写真を本社に送る前に、橋本グループの社員たちに気づかれてしまう。「失礼ですが、先ほどの写真を削除してください。応じていただけない場合、法的な措置を取らせていただきます」そう言われて記者たちは、返す言葉もなかった。一方、杏奈は健吾に続いて、黒いロールスロイスの後部座席に座った。「どんな会食なの?」「橋本グループの取引先との食事会だよ。簡単なものだから、あなたはただ食べて飲んでいればいい」健吾は杏奈の手を取り、指を絡ませた。そして、彼女の手のひらを指先でくすぐった。「俺に会いに来たのは、ネットで俺が取引
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第392話

食事会はやっぱり退屈だった。杏奈は健吾に言われた通り、隣でおとなしく食事をしていた。健吾との会食相手は、50代くらいの女性だった。彼女の視線が時々、杏奈に向けられた。しばらくして、女性は言った。「ネットでは橋本社長に恋人ができたって噂でしたけど、てっきりデマだと思いますが、まさか本当だったなんて」杏奈は顔を上げて女性を見た。そして女性が、健吾が公私混同して自分に便宜を図ったと誤解したと思った杏奈は、慌てて説明しようとした。「私たちが付き合っているのは事実です。でも、仕事の提携はちゃんと正式な手続きを踏みました。彼は公私混同する人じゃありません」女性は笑った。「ええ、存じておりますよ。橋本社長とはもう長年お仕事をさせて頂いていますから。彼がどのような方か、よく分かっております」それを聞いて、杏奈が健吾に目線を送ると、健吾が微笑んでいたのが目に入った。その瞳は優しさに満ち、きらきらと輝いている。彼に迷惑をかけなくて済んだ、と思うと杏奈は心の中でほっと息をついた。そして、食事の途中、杏奈は席を立ってトイレへ向かった。杏奈がいなくなると、女性は健吾に言った。「橋本社長ほどの御方がどこのお嬢様をお選びになるのかと思っておりましたが……最近、鈴木家に戻られたというあのお嬢様なら、家柄も釣り合っていて申し分ありませんね」健吾は呆然とした。「彼女をご存知なんですか?」女性は頷いた。「ええ、偶然お見かけしたことがありまして」健吾は黙り込んだ。一方、トイレから戻った杏奈は、ずらりと並んだ個室のドアを前に、困り果てていた。さっき健吾の後についてきた時は、すっかり安心しきっていて、部屋の番号なんて全く見ていなかった。部屋が廊下の右側にあったことだけは覚えている。でも、トイレが入り組んだ場所にあったせいで、どっちから来たのか分からなくなってしまったのだ。それにスマホも席に置いたままだ。こうなってしまったことに、杏奈も思わず自分自身のうっかり加減に、頭を痛めてしまった。仕方がない。杏奈は、かすかな記憶を頼りに歩き始めた。すると角を曲がったところで、ばったりと人とぶつかってしまった。「ご、ごめんなさい!」額をぶつけてしまい、彼女はとっさに相手に謝った。「杏奈?」杏奈は聞き慣れた声に、はっと
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第393話

それに橋本グループほどの一流企業が、どうして杏奈みたいなバツイチの女性と付き合うのかしら?あのニュース、きっと杏奈が誰かに恨まれて、ハメられたんじゃないかしら。すると、竜也もニュースのことを思い出していた。彼も真奈美と同じように、橋本社長が杏奈に本気になるわけがないと思っていた。「俺たちは離婚したけど、もし助けが必要なら、見て見ぬふりはしない」彼も、杏奈は誰かにハメられたのだろうと思っていた。もし杏奈が助けを求めてきたら、力になるつもりだった。一方、真奈美は竜也の言葉を聞いて、面白くなさそうな顔をした。久保家の会社が倒産しかけた時、彼女は竜也に助けを求めたことがあったが、竜也は、もう手遅れだとかなんとか言って、断った。それなのに今は、なりふり構わず杏奈を助けようとしている。そう思うと真奈美は悔しくてたまらなかった​。だが、杏奈は彼らと関わりたくなかったので、「そんな助けは必要ないから」とだけ言った。せっかく竜也との関係を断ち切ったのに、今さら彼に助けを求めるわけがない。杏奈はくるりと背を向けて歩き出した。真奈美が彼女に声をかけた。「お姉さん、いったい誰と来てるの?私たちにも紹介してくれないかしら?」しかし、杏奈は真奈美を完全に無視した。まるでその言葉が聞こえなかったかのように、まっすぐ前を向いて歩き続けた。だが、このレストランの個室のドアには窓がなかったから、中に誰がいるか確認するには、ドアを開けるしかないのだ。間違ったドアを開けて恥をかくのは嫌だったので、彼女は店員を見つけて尋ねることにした。一方ついてきた真奈美は、杏奈が個室の場所を尋ねるのを聞いて、馬鹿にしたように言った。「お姉さん、もしかしてこのレストランにトイレを借りに来ただけじゃないの?方向音痴でもないのに部屋が分からないなんて、本当に招待されたのか怪しいわね」そして彼女は店員に向かって言った。「もしこの女を案内して、お客さんの邪魔になったら、クレームを入れられるのはあなたよ」すると、店員は少し戸惑いながら言った。「ですが、こちらのお客様は確かに橋本社長とご一緒でしたので、先ほど私がご案内いたしましたので」橋本社長?真奈美は驚いた。杏奈は、本当に橋本社長と付き合っているの?竜也もその言葉を聞いて、顔を曇らせ
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第394話

杏奈はどんな方法かと健吾に尋ねたが、彼は黙って微笑むだけだった。それから二人が外へ向かって歩いていると、出入り口で竜也と真奈美にばったり出くわした。杏奈は健吾の腕に自分の腕を絡め、二人の距離はとても近かった。健吾が時々顔を近づけて何かを囁くと、杏奈は耳をそばだてて聞き入る。そして何を言われたのか、耳まで真っ赤にして彼の頬にキスをした。健吾はとても幸せそうだ。その光景は、出入り口にいた竜也の目にも映り、彼にしてみればあまりにも不愉快なもののように思えたのだ。その想いを胸に彼はほとんど無意識のうちに、杏奈と健吾のいる方へと歩き出していき、顔色は険しく、抑えきれない怒りが目に宿っていたのだ。「お前ら、何をしている?」彼はそう言ってまるで浮気現場を押さえた夫のように怒鳴りつけた。すると、周りにいた通行人たちが何事かと足を止めてこちらを見ている。そして、竜也が杏奈の腕を掴もうとすると、健吾が冷たくその手を払い除けた。彼は軽く払ったように見えたが、竜也の手の甲はすぐに赤くなった。「中川社長、いったい何のつもり?」そうこうしているうちに、真奈美も追いついてきた。「竜……」彼女が名前を呼びかけたところで、竜也が口を開いた。「杏奈は俺の女だ。あなたのような人が、こいつを連れて男たちの間を渡り歩くことなど許さん」竜也から見れば、最近の杏奈が豪と親密になったり、橋本グループの社長との恋愛が噂されたりしているのは、すべて健吾が裏で糸を引いているに違いないように思えたからだ。健吾は男で、しかも橋本家の運転手にすぎないのだ。杏奈はこれほどの美人だ。運転手である健吾についていけば、彼に利用されるに決まっている。例えば鈴木社長や橋本社長に会わせて、杏奈の美貌を利用して自分の利益を得ようとするだろうと。案の定、この数日で健吾は立派な身なりをするようになった。身につけている服は、どれも最高級の生地と仕立てだった。竜也はそう言いながら杏奈を鋭く睨みつけた。自分を裏切り、金と男のために身の潔白さえ捨てた彼女に、彼の内心は怒りで燃え尽きそうになるほどだった。それを聞いて、後ろにいた真奈美は凍りついたように立ち尽くし、顔は血の気がなく、真っ青だった。「あなたの女?」健吾もその言葉にぐっと奥歯を噛み締め、怒りが全身に広がっていく
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第395話

竜也はドキッとした。後ろめたい気持ちはあったが、それでも杏奈を助けてあげたいと思ったのか、彼は真奈美に言った。「お前だって、杏奈が橋本家の運転手に利用されるのを見たくないだろ?」その言葉に健吾の漆黒の瞳が、すっと冷たくなった。どういう意味だ?杏奈も不思議そうな顔をした。しかし、真奈美は竜也の考えがわかった。この男は杏奈が傷つくのを見ていられないし、彼女に責任を感じているのだ。真奈美は言った。「お姉さんと橋本社長のニュースは世間を騒がせているのに、裏ではこの運転手と怪しい関係になってる。橋本社長でさえ何も言わないし、お姉さんだって望んでるんだから、あなたが助ける意味なんてないでしょ?」竜也の杏奈に対する気持ちは、ただ元夫としての責任感だけだと思っていたのに。でも今見る限り、彼の杏奈への想いは、どうやらそうとは限らないようだ。竜也は、杏奈を愛しているんだ。そのことに気づいた瞬間、真奈美は嫉妬するあまり、胸がぎゅっと締め付けられたようで痛んだ。どうしてなの?やっと竜也と結婚できるのに、どうして杏奈はいつまでも亡霊みたいに付きまとってくるの?そう思っていると竜也は言った。「彼女はきっと無理やりやらされているだけなんだ」そう言って彼は杏奈の方を見た。さっきまでの遠回しな言い方はやめて、はっきりと言った。「杏奈、もう一度聞く。俺と一緒に行くか?」杏奈は唖然とした。すると、健吾は怒りで頭に血が上り、彼は鼻で笑うと、冷たく鋭い視線を竜也に向けた。「どうやら痛い目を見ないとわからないらしいな」健吾は杏奈の方を振り返ると、口角を少し上げ、色っぽい目を細めた。そして、彼女の唇に軽くキスをすると、低く甘い声でささやいた。「ねえ、こいつと行くのかい?」杏奈は健吾の目に危険な光を見て、黙り込んだ。なんで選択問題みたいになってるの?それに、この問題の答えなんて、もう決まってるじゃない。そう思うと彼女は不機嫌な顔の竜也を見て、冷たく言った。「竜也、私はあなたをずっと避けてきたんだから、あなたも私の生活の邪魔をしないでくれる?」「もしこいつに脅されているなら、俺が助けてやる!」竜也は焦っていた。しかし、杏奈は、彼が人の話を聞かないことにうんざりした。「脅されてなんかいない。私たちはもう付き
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第396話

それからレストランを出ると、杏奈は、健吾とつないでいた手を軽く振った。「どうして自分の正体を、あの人たちに教えちゃったの?」そんな必要、あった?一方、健吾はまだ少し不機嫌な顔をしていて、その魅力的な瞳には、まだ怒りの炎がくすぶっていた。「あいつに思い知らせてやりたかったんだ。俺も甘く見てもらっちゃ困るってことをな!」それは少しムキになったような言い方だった。それを聞いて、杏奈は彼をからかいたくなって言った。「でも、最初に正体を隠したのはあなたでしょ」つまり、竜也が健吾を甘く見ていたとしても、それは健吾が自分で蒔いた種だ、ということだ。健吾は眉をひそめた。「あいつの肩を持つのか?」杏奈はすぐに降参した。「そんなつもりじゃないわ。誤解よ」健吾は杏奈のからかうような視線に気づくと、チッと舌打ちをして、彼女の鼻を優しくつまんだ。「俺はあなたのためにやったのに、からかうのか?」すると杏奈は、彼の愛情に甘えるようにくすっと笑った。翌日。橋本グループの公式ツイッターが、声明を発表した。ネットで噂になっていた、橋本グループがデザインアトリエをぞんざいに扱ったという話は事実ではない、という内容だった。選考は公正に行われ、デマを流した者には法的措置も辞さないとのことだ。そして最後に、今回参加したアトリエの一覧が掲載されていた。リストには複数のアトリエの名前と、それぞれの報酬額が記載されていた。ブリッジアートスタジオは辞退したにもかかわらず、かなりの報酬を受け取っていた。この発表で、ネットのコメントの流れが一気に変わった。【ブリッジアートスタジオって辞退したのに報酬もらってるの?他のアトリエがコンペに負けて報酬なしなのは分かるけど、辞退したにも関わらず報酬をもらっているなんて!しかも結構な額じゃん!】【橋本グループって前から太っ腹だよね。世界トップ3に入る大企業だし、デザイン会社からアイデアを盗むみたいなセコいこと、わざわざしないでしょ?】【マジでこんなクライアント様と仕事したい!参加するだけで報酬もらえるなんて、タダ働きじゃないだけマシだわ!】【橋本グループってメインはジュエリーなのに、今回は社員の制服のために、わざわざ服飾デザインの専門家まで審査に呼んだらしいよ。不当な扱いなんてするわけない】
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第397話

そう思いながら、杏奈は微笑んで、蒼真に連絡した。ちょうど蒼真も仕事が落ち着いたところだったので、二人はアトリエで会うことにした。午後になると、蒼真は急いで駆けつけてきた。そして、杏奈のオフィスで、蒼真は彼女から渡された水を受け取ると言った。「杏奈さん、2万着の注文なら、うちの工場で問題なく受けられます」他の業者に仕事を取られるのではないかと蒼真が不安がっているのを見て、杏奈は落ち着くようにと促した。「あなたに声をかけたのは対策を相談するためですよ。契約を切るためじゃないから、そんなに緊張しないでください」「落ち着きたいんですけど、うちの工場にとっては初めての大口案件なんです。だからどうしても気が抜けなくて……」杏奈は微笑んだ。「私たちのアトリエにとっても、これが初めての大きな仕事ですよ」彼女の声は優しく、穏やかな態度だった。それを聞いて蒼真は、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。「杏奈さん、安心してください。うちの工場は今、月に1万着は作れます。納品期限は来月末ですよね。工場のみんなに昼夜交代で働いてもらえば、2万着は絶対に間に合います」そして少し考えてから付け加えた。「俺たちもそこそこ付き合ってきたから、技術力も仕事に対する姿勢も、あなたにはご満足いただけているはずですよね?」杏奈は頷いた。「もちろんですよ。ただ、今回はデザイン画をお渡しできるのが来週になってしまいそうです。もう今月も半ばですから、そちらのスケジュールが心配で……」「まったく問題ありません!」蒼真は胸を叩いた。「杏奈さんが信じてくれるなら、俺は必ず納期を守ります。それに、一枚一枚の品質だって保証しますよ」そう言って蒼真はやる気に満ち溢れていた。杏奈はもちろん彼を信じていた。「それじゃあ、今回もよろしくお願いします」蒼真は、ようやく安心したようだった。工場にはまだやることがたくさんあったので、蒼真は杏奈との打ち合わせが終わるとすぐに戻っていった。一方、杏奈は睦月と一緒に、橋本グループの案件のデザインに取り掛かった。橋本グループには独自の承認プロセスがある。彼女たちは決められた期間内にデザインの初稿を提出する。その後、担当者の承認を得てから、次の段階へ進める仕組みになっている。デザイン画を渡すのが遅れると言ったのも
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第398話

竜也は疲れきった顔をして、目にうっすら涙を浮かべていて、今にも泣き出しそうだ。杏奈は唇を引き結んで、何も言わなかった。竜也は彼女の返事を待たず、目の前まで歩み寄ると、質問を続けた。「じゃあ、京市にいた時に、お前に橋本グループのお嬢様のフリをさせたことも、全部嘘だって知ってたんだな。全部、分かっててやってたのか。俺と離婚する前から、もう次の男を見つけてたんだろ。あいつが、お前の新しい後ろ盾なんだ。そうなんだろ?」竜也の言葉は悲しみに満ちているようで、その一言一言に棘があった。杏奈は、彼がそんな風に考えるのも無理はないと思っていた。昔の自分が竜也の性悪な部分に気づけなかったのは、ただただ見る目がなかったからだ。久保家に捨てられた後、自分は行き場を失い、そんな時に現れた竜也を救いだと思って必死にしがみついた。でも、竜也はただの一時的な避難場所にすぎなかった。彼の心は本当に安らげる別の場所にあったのだ。そして、こうやって竜也から離れた今だからこそ、彼という人間の本性が少しずつ分かってきた。臆病で、優柔不断。それに、自分の凝り固まった考えで他人を決めつけるところがある。そして、誰かを好きになることさえ、何度も確認しないと自信を持てないようだ。「あなたと結婚する前、私はプロのダンサーだった。あなたに怪我をさせられて、治療が遅れる前は、優秀な外科医でもあったのよ。竜也、一つはっきりさせておくけど、私には後ろ盾なんて必要ない。一人でもちゃんと輝いて生きていける。結婚なんて、私の人生のおまけみたいなものよ」それを聞いて、竜也の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。杏奈の言葉の何かが竜也の神経に触れたのだろう。彼は慌てて説明を始めた。「俺にも言い分がある!お前の怪我は俺のせいだけど、でも仕方がなかったんだ!真奈美が……」「言い訳なんていらない。聞きたくもないわ」そう言って杏奈は竜也を避けて、運転席のドアに向かった彼女の声が、ひんやりとした深夜の空気に響いた。「もう二度と私の前に現れないで」杏奈が車のドアを開けようとした時、その手の甲に温かいものが触れた。彼女は眉間にしわを寄せ、とっさにその手を振り払った。すると、聞き慣れた声が耳元で響いた。「杏奈、俺だよ」健吾。彼に気づくと杏奈の動きが
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第399話

「助手席に乗って。さあ、帰ろう」杏奈は、健吾の不意打ちのキスにまだ慣れていなかった。彼女は隣に竜也がいることも忘れたかのように、ただ顔を赤らめて助手席に乗り込んだ。一方、竜也は、その光景に胸が張り裂けそうだった。でも、彼にはそれを止めるすべがなかった。ただ健吾が運転席に乗り込み、車を走り去らせるのを、なすすべもなく見つめるだけだった。そんな虚しさと恐怖に同時に心を支配され、竜也は思わず一歩前に踏み出した。でも、車はもうとっくに大通りに出て、その姿は見えなくなっていた。杏奈は少し窓を開けた。涼しい風で顔の火照りが少し引くと、彼女は健吾に尋ねた。「どうして来たの?」「メッセージを送っても返信がないし、電話もつながらないから、心配で探しに来たんだ」はっとした杏奈は、バッグからスマホを探し出した。でも、とっくに充電が切れて電源が落ちていた。彼女は気まずそうに笑いながら言った。「今日は仕事が忙しくて、スマホを見る暇もなかったの」そして、杏奈は慣れた手つきで車載充電器を見つけ、スマホにつないだ。今のうちに、少しでも充電しておこうと思ったのだ。一方、健吾はウキウキしながら運転の合間に、ちらりと隣の杏奈に視線を送った。すると彼女は、真剣な顔でスマホが起動するのをじっと見つめていて、何かを心配しているように見えた。「どうした?」と健吾は尋ねた。「最近、兄さんたちがすごく厳しくて。電話に出なかったから、怒られちゃうかも」「彼らが、あなたを叱るのか?」健吾は驚いて聞き返した。杏奈は少し考えてから、首を横に振った。「叱りはしないけど、ただ冷たい顔で睨んでくるの」健吾は、何かがおかしいと感じた。「最後にあなたを睨んだのはいつなんだ?」杏奈は言葉を濁そうとしたが、健吾に促されて、ぽつりと話し始めた。「この前、私たち二人で夜食を食べに行ったとき」ちゃんと匂いを消してから帰ったつもりだったのに。でも、匂いが完全には消えてなかったみたいで、それに帰りも遅くなっちゃって。豪がね、頭もいいけど鼻も犬みたいに利くの。だから、すぐに体に悪いものを食べたってバレちゃった。それで、すぐに空にも連絡がいっちゃって。二人の兄に、代わるがわる説教されちゃって。そのせいで、今じゃ何か食べるのにも、いち
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第400話

杏奈は、あの頃まんまと騙された自分がつくづくアホらしくなった。あの時、本当に病院に行って鼻を診てもらったんだから。健吾は、「あなたなら、俺の気持ちを一番わかってくれると思うんだけど」と笑った。そう言いながら、健吾は杏奈の手首を指さした。杏奈も、最近は食事制限でイライラしていた。でも、これとは話が違う。自分の場合は手術の後、消化にいい食事を勧められただけ。少し辛いものを食べても、大した影響はないってわかってる。でも、あの時の健吾は違った。彼が飲んでた薬は刺激物厳禁で、効果に影響するはずだったんだから。「わかるけど、納得はできないわ」杏奈はシートに背中を預けると、スマホを取り出して健吾を無視した。健吾は、彼女が本気で怒ったと思い、慌てて言った。「10年前の俺はまだガキで、何もわかってなかったんだ」「じゃあ今の私は、年をとったぶん、もっと物分かりが悪いってこと?」杏奈は、振り向きもせずに言い返した。健吾は一瞬固まった。杏奈がそんな風に話を曲げるとは思わなかったからだ。彼は咳払いを一つすると、「あなたは年なんかとってない。永遠の18歳だよ」と言った。「変に気を使わないで。もうすぐ30歳だけど、私は平気よ!」健吾がまた何か言おうとするのを、杏奈は遮った。「運転に集中して。兄さんたちにメッセージを返すから」すると健吾はついに黙り込んだ。一方杏奈は確かに、豪から着信とメッセージを受け取っていたことに今頃になって気が付いたのだ。そしてメッセージを返し終わった頃、健吾が、拗ねたような声で言った。「彼らに返信しなくても、別にいいでしょ?誰かが迎えに来るわけでもないんだから」それを聞いて杏奈は彼を見た。「それって、つまりどういうこと?」「あなたを一番心配してるのは俺だろ。だから、昔のことは水に流してくれ」杏奈は瞬きをした。「じゃあ、あなたの心配って、ただの罪滅ぼしってこと?」健吾は黙ってしまった。どうやら今は何を言っても裏目に出るようだ。すると、杏奈は首をかしげ、口の端をかすかに上げた。そして、鈴木家に着くと、健吾は慣れた様子で車を駐車場に入れた。杏奈が玄関に入ろうとした時、健吾が彼女を呼び止めた。「悪かった」杏奈は足を止め、とっさに聞き返した。「何が?」そう口にした後
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