All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 701 - Chapter 710

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第701話

二人は、竜也が澪とつながりがあるのではないかと考えていた。あるいは、死んでいないはずの裕一と連絡を取っているのかもしれない。そこで豪が先に切り出した。「柴田については、彼が生きているという前提での話だ。一応D国ではあいつの死亡が確認されているのだが、彼の部下のホルの遺体だけが完全な状態だった。しかし、柴田の方は……」現に、当初健吾の遺体を確認した際も完全ではなかったから、身元の確認を誤った事実があった。裕一の状況も、健吾の時と全く同じだ。だから、健吾が生きているのなら、裕一も生きている可能性が非常に高い。でも、D国における裕一の勢力はほとんど壊滅しているはずだ。もし生きているとしたら、一体どうやってあれほどの追っ手をかわしたんだ?豪は、D国でもう少し詳しく調べる必要があると感じていた。でも、杏奈の考えは彼らとは違っていた。彼女は健吾が死んだと思っていた時、事故現場へ向かったことを思い出していた。そこには、黒焦げになった上半身の遺体があった。コーリンは、警察が裕一本人だと断定したと言っていた。つまり、裕一はもう死んでいるはずだ。だとすれば、竜也の性格からして、よほど大きな見返りがなければ、澪に協力するはずがない。この件には、何か裏があるに違いない。「お父さん、お兄さん。竜也に見張りをつけましょう。彼はきっと何かを企んでいるはずですから」茂も豪も、その意見に賛成した。しばらく話した後、杏奈は豪との通話を終え、茂に言った。「それじゃ、お父さん、私はもう失礼しますね」そして、茂がうなずくと、杏奈は書斎を出た。それから彼女はいつものようにホットミルクを温め、健吾の部屋へ持っていった。健吾は飲みたがらなかったから、杏奈に自分で飲むように言った。「ごめん。代わりに飲むことはできないの。私、乳製品アレルギーだから」杏奈は健吾が飲みたがらないのを見抜いていたけど、にこやかにミルクを彼の前に差し出した。だって、ミルクはカルシウムが豊富だもの。骨を怪我しているんだから、たくさん飲まないと杏奈は思ったのだ。一方、杏奈の言葉を聞いた健吾は、一瞬きょとんとしたが、すぐに彼はミルクを受け取ると、一気に飲み干した。そして、杏奈が健吾の手にあったグラスを受け取ると、彼に改めて尋ねられた。「
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第702話

一方、健吾がそんなことを言うなんて思ってもいなくて、杏奈はその場で固まってしまった。こうして寝室は忽然と、沈黙に包まれた。そして、健吾もその言葉を口にした途端、後悔したようで、顔が首まで真っ赤になった。思わず、こんなことを言ったら、がっつきすぎなんて思われないだろうかと、恥ずかしくなってしまったのだ。「べ、別に深い意味はないから。もう部屋から出て行ってくれ」そう言って健吾は杏奈に背を向けてベッドに倒れ込むと、頭まで布団をかぶって寝ようとした。一方状況を察した杏奈は、くすっと笑った。彼女の笑い声を聞いて、健吾はさらに恥ずかしくなった。杏奈は、布団で盛り上がった塊をぽんぽんと叩きながら、優しく言った。「夫婦なんだから、一緒に寝るのは当たり前よ。だけど、あなたがぎこちなく感じるといけないと思って、気を遣ったのよ」無理やり結婚させたのは事実だけど、杏奈は健吾の心や体に負担をかけるようなことまで強要したくはなかった。でも、健吾からそう言ってくれたのだから、断る理由はない。それから、部屋の明かりは消された。隣のベッドがきしんで、健吾は誰かが横になったのを感じた。隣から甘い女性の香りがふわりと漂ってきて、彼の胸は思わず高鳴った。こうして、二人とも畏まったように、それぞれベッドの端に寄って寝ていた。杏奈は疲れていたのか、すぐに眠りに落ちた。一方の健吾は、全く眠れそうになかった。隣の女は、健吾を驚かせないように気を遣っているのか、近くには寄ってこない。同じベッドに寝ていても、きちんと距離を保っていた。けれど、距離は離れているはずなのに、彼女の熱い吐息やふわりとした香りが、すっと擦り寄ってくるようで、健吾は、息が詰まって呼吸すら困難になりそうだった。そして彼はゆっくりと振り返り、暗闇の中で杏奈の顔を見つめた。寝室のカーテンは開いたままで、窓から差し込む月明かりが、杏奈の顔を照らしていた。その美しい顔立ちが、月光を浴びて柔らかな光を纏っているのだった。目を閉じた彼女は、まるで眠り姫のように静かで、愛らしかった。健吾は、思わず手を伸ばし、杏奈の頬を撫でた。この感覚は、まるで身に染みているかのようで、その心の奥底から湧き上がるような感情が、彼に目の前のこの人こそが、自分の妻であるべきだと訴えて
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第703話

それからお互い少し会話を続けてから、相手は娘さんを連れて帰って行った。一方、健吾は杏奈の手を繋いで、病院の外へ歩きだした。ここ最近、一緒に過ごす時間が増えて、二人の関係も少しずつ親密になってきていた。この時、杏奈の視線は、何度も健吾の足元に向けられた。もう回復したとはいえ、怪我の治りには時間がかかったから、彼女は彼の後遺症について心配だった。一方、健吾は杏奈の視線に気づき、微笑みながら言った。「もう大丈夫だよ。心配しないで」そう言いながら彼は足をぶらぶらさせ、大丈夫だと杏奈にアピールした。杏奈は笑って健吾の足をぽんぽんと叩いた。「でも、無理しないでね。若い時に無理すると、年をとってから響くんだから」その長年連れ添った夫婦のような、温かい言葉に、健吾の心は温かくなった。彼は笑って、「うん」と頷くと、二人は歩くペースを落として、ゆっくりと外へ向かった。まだ日は高かったし、二人で出かけるのも久しぶりだった。だから、少しどこかで遊んでから帰ることにした。そこで杏奈は健吾に、行きたい場所はあるかと尋ねた。健吾は少し考えてから、彼女に尋ねた。「俺たち、前はどこでデートしてたんだ?」杏奈は少し考えると、健吾を連れて近くの屋台通りへ向かった。すると、健吾は眉間にしわを寄せて、その屋台通りを眺めた。そこは人通りが多く、彼は人混みが苦手だったのだ。そこで、杏奈は一軒の焼き魚屋を指さして、健吾に言った。「前に、ここに連れてきてくれたよ。ここの焼き魚、すごく美味しいんだよ」こうして健吾は杏奈のあとについて、焼き魚屋の席に座った。その道端に置かれたテーブルと椅子は、街の喧騒と、人々の生活の活気を感じさせていた。焼き魚はすぐに運ばれてきた。杏奈は焼き魚を二種類注文した。一つは激辛、もう一つはガーリック風味だ。健吾は辛いものが得意ではなかったし、まだ薬を飲んでいる。杏奈は彼の好みに配慮したのだ。しかし、健吾の箸は激辛の方へと伸びた。「あなたが好きなものを食べてみるよ。何か思い出せるかもしれないし」それを聞いて、杏奈は健吾を止めなかった。でも、彼女は不思議に思った。「激辛の焼き魚を食べて、何の記憶が戻るの?」健吾は自信満々に答えた。「俺は辛いのが苦手だけど、あなたは好きだろ?昔の
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第704話

「ママ」健吾の視線は、杏奈の少し後ろにいる、「ママ」と呼んだ男の子に釘付けになった。彼は目を細めた。なんだか、この子には見覚えがある気がしたから。この子は、この間病院で会った、杏奈の元夫とそっくりじゃないか?彼が杏奈を「ママ」と呼んだ?一方、浩の声が聞こえた瞬間、杏奈は思わずこめかみを押さえた。京市はこんなに広いのに、どうしてこうも毎日、中川親子とばったり会うのだろうか?そう思って杏奈は浩を無視したかった。でも浩は杏奈の前に歩み寄ってくると、嬉しそうにまた「ママ」と呼んだ。それから健吾の方を見て、意外にも「健吾さん」と素直に挨拶をした。これには杏奈も驚いた。しばらく会わないうちに、どうして浩は健吾にこんなに畏まるようになったのだろう?一方、健吾は浩の「健吾さん」という呼びかけが気に入らなかったようだ。彼は返事もせず、冷たい視線を送るだけだった。だけど、浩のほうは、逆に彼の態度をなんとも思っていないようだった。だって、健吾は前から自分に冷たかったから。そう思って、彼はくるりと向きを変えると、興奮した様子で杏奈を見つめた。「ママ、今日は新しく来た先生と気晴らしに来たんだ。一緒にごはん食べてもいい?」そう言われ二人が浩の視線の先を追うと、花柄のワンピースを着た女性がこちらへ歩いてくるのが見えた。彼女は笑顔で杏奈に挨拶をした。「こんにちは、あなたが浩くんのお母さんですね。やっぱり、浩くんはあなたによく似て、キレイな顔立ちですね」その女性はお世辞が上手で、見た目からして20歳そこそこに見えた。そして、色白で顔立ちも整っていて、にこやかな目元が、愛嬌のあるあどけなさを醸し出していた。浩は彼女の手を引いて、杏奈に紹介した。「ママ、この人は新しく絵を教えてくれる、野口先生だよ」今の浩は、以前のようにすぐ感情を爆発させることもなく、とても穏やかでお利口なのだ。だから、彼が相変わらず「ママ」と呼んできても、杏奈はいちいち訂正しようとしなかった。彼女は笑顔で野口瑠衣(のぐち るい)に挨拶した。「こんにちは。そんなに気を遣わずに、直接名前で呼んでもらって構いません」そう言われ、瑠衣は横にいる健吾をちらりと見やってから、笑顔で杏奈に向き直った。「とんでもないです。あなたは浩
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第705話

そう言われ、杏奈はうなずいたが、浩が一緒にご飯を食べようという誘いは断った。「私たちはこの後用事があるから、一緒に食事をするのはやめとくね、あなたたちだけで楽しんできて。」それを聞いて、浩は目に見えてがっかりして、悲しそうにうつむいた。一方、そばにいた瑠衣は、そんな浩の様子を見て、彼の手をそっと握ってあげた。そして、彼女は笑いながら杏奈を見た。「離婚されたのはわかりますけど、浩くんは実の息子でしょう?そんなに冷たくしなくてもいいじゃないですか?」それを見て、杏奈は瑠衣と目を合わせた。すると、彼女の澄んだ瞳には、責めるような色が浮かんでいるのが見て取れたので、杏奈は笑った。「私が誰にどんな態度をとろうと、あなたには関係ないでしょう?」本来なら瑠衣は、もっと穏やかに話すつもりだった。でも、彼女もまさか杏奈がそんな冷たい態度を取ると思わなかったので、驚いた様子だった。すると、彼女も表情を強張らせ、杏奈を見つめる目線も軽蔑的なものを帯びるようになった。まるで、杏奈は母親失格だと言いたげだった。「今、浩くんは私の生徒です。先生として、彼のことを全部気にかけるのは当然です」だが、杏奈は、彼女の敵意にも腹を立てる様子はなく、ただ淡々と口を開いた。「そんなに彼が心配なら、あなたが構ってあげるといいんじゃない?」そう言われ瑠衣は、目の前の女性がここまで冷酷だとは思ってもみなかった。いくらなんでも、自分の実の息子なのに。しかも、こんなに小さい子が、健気にも挨拶しに来たというのに。それなのに、彼女は笑顔ひとつ見せないなんて。なんてひどい母親なんだろう。そう思って、瑠衣は不憫な思いで浩の方に目を向けた。「浩くん、あなたのママが構ってくれないなら、もう先生と行こう。先生がおいしいものを食べさせてあげるし、楽しいところにだって連れて行ってあげる。私だってあなたのママの代わりに全部してあげるからね」そう言って、彼女の言葉には、杏奈を責める響きがあった。一方、それを聞いた浩は、小さな顔の眉をわずかにひそめた。そして、何か嫌なことでも思い出したのか、彼の声も冷たくなった。「誰がママになってなんて言った?僕のママは一人だけだ。ママがご飯を一緒に食べないのには理由があるんだ。先生にママの悪口を言う権利なんてな
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第706話

昔、健吾と一緒にいたころは、こんなこと一度も考えたことなかった。だって、昔の健吾は、杏奈にそんなことを思わせるような人じゃなかったから。むしろ、健吾がくれる安心感のおかげで、そんなことを考える必要すらなかった。この瞬間、杏奈は、わけもなく動転してしまったのだった。そして、彼女は眉間にしわを寄せ、目の前の健吾を見つめているとその瞳にも心配の色が浮かんだ。一方、健吾は不思議そうに首をかしげた。「どうして、そんなこと思うの?」「違うの?」杏奈は、心の中で少しほっとした。健吾はくすっと笑うと、優しいまなざしで杏奈を見つめた。「あなたみたいに優しくて思いやりのある人間が、自分の子供にあんなに冷たくできるはずないって思っただけだよ。だから、前の結婚生活で何か嫌なことでもあったのかって思ってね」最後の言葉を口にするとき、彼の声には急に冷たさが混じった。もしそうなら……杏奈をいじめたやつは、絶対にただじゃおかない。そう思っても、健吾の表情は変わらなかった。だけど、杏奈はそれでもその瞳から強烈な殺気を感じ取った。離婚してから、たった1年ちょっとしか経っていないけど、京市の街並みはかなり変わった。この店だって、テーブルや椅子が新しくなっている。結局、味が変わらなくとも、人は変わっていくのだ。そう思って杏奈は言った。「あなたが、あの苦しい結婚生活から私を救い出してくれたのよ」一方、健吾は、そんな答えが返ってくるとは思わなかったのか、体が固まってしまった。そして、健吾が杏奈を見つめていると、彼女は続けた。「あなたには何も隠したくない。あの結婚生活は、私にとって暗闇だった。閉じ込められて息もできなくなってしまうほどだったけど、あなたはそんな闇から私を救い出してくれた。だから、あなたが知りたいなら全部話すわ」こうなると、健吾の方がなぜだか分からないけど聞くのが少し怖くなってしまった。だが、杏奈は、淡々とした口調で昔のことを健吾に語り始めた。なぜ竜也と結婚したのか、健吾がどうやって離婚の手助けをしてくれたのか。そして、彼は何度も助けの手を差し伸べたのかかを。話を聞き終えるころには、健吾の顔色はとんでもなく悪くなっていた。そして、杏奈が話し終えると、彼は冷たい声で言った。「そんなことなら、あの時
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第707話

……一方、浩と瑠衣が中川家に戻った時、浩はまだ怒っていた。瑠衣は浩の後ろを歩きながら、自分が一体何をしでかしたのか、さっぱり分からなかった。ただ、この中川家の御曹司は本当に単純なんだな、と思った。実の母親にあんなに冷たくされているのに、それでも彼女の肩を持つなんて。それで、あの冷たい母親のために、自分にこんなひどい仕打ちをするなんて。この数週間、自分が浩の機謙をとるために、どれだけ神経を使ってきたかと思うと、自分の努力が、まるで馬鹿みたいに思えた。片や、浩はリビングに着くと、すぐに竜也の前に歩み寄った。「パパ、もう野口先生は嫌だ。先生を変えてよ」一方、彼がそう言うのを聞いて、後ろにいた瑠衣は固まってしまった。そして彼女は慌てて前に出て、浩に話しかけた。「浩くん、どうしてなの?私たち、これまで上手くやってきたじゃない?どうして先生を辞めさせようとするの?」浩は顔を上げて彼女を睨みつけ、小さな顔をこわばらせて、不満をあらわにした。「先生が僕のママになりたいからだ!僕のママになろうとする人は、みんな大嫌いだ!」真奈美の一件があってから、浩は、自分のママになろうと企む人すべてに対して、強い敵意を抱くようになった。以前、瑠衣のことが好きだったのは、彼女がママになろうとする素振りを一度も見せなかったからだ。でも、今日は違った。そんな人は、もう絶対に先生だなんて認めない。これを聞いて、瑠衣はますますうろたえた。彼女は急いで竜也の方を見た。「中川さん、私には決してそんなつもりはありません。今日、外出先で浩くんのお母さんにお会いしたのですが、彼女があまりにも浩くんに冷たい態度をとっていたので、つい口を挟んでしまったんです。それで浩くんが誤解してしまったようで……中川さん、私は誓って、身の程知らずな考えは一切ございません。このお仕事は私にとって本当に大切なんです。どうか、もう一度チャンスをください」その時、竜也は、もともとパソコンで仕事に集中していたが、二人が話し終えると、彼はゆっくりと顔を上げた。そして、まだぷんぷんと怒っている浩の小さな顔を見て、竜也は穏やかに尋ねた。「今日、ママに会ったのか?」母親の話になると、浩の表情は少し和らいだ。彼は頷いた。「さっき野口先生と遊びに出かけて、屋
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第708話

竜也の言葉に、浩は顔を上げて彼をきつく睨みつけた。「パパ、今でもママにひどいことをしたと思ってないの?あの時、真奈美おばさんのことだって……」「黙れ!」竜也にこうも何度も怒鳴られては、浩もひどく傷ついて、目に涙をためながら彼に向かって叫んだ。「パパなんて、大っ嫌いだ!」そう叫ぶと、浩は自分の部屋へ走って戻ってしまった。その態度にすっかり頭にきた竜也は、パソコンを置いて後を追いかけようとした。今日こそは浩をきちんと躾けなければ、と言わんばかりの剣幕だ。その様子を見て、瑠衣が慌てて止めに入った。「中川さん、浩くんはまだ子供で、感受性が強いんです。両親が大好きだから、あんな風に反抗してしまうんですよ。どうか怒らないであげてください。親子関係に溝ができてしまいます」竜也はそこでようやく、瑠衣に視線を向けた。彼は無表情に言い放った。「お前はクビだ」そう言うと、竜也は階段を上がろうとした。一方、瑠衣は歯を食いしばった。こんな結末は、どうしても納得がいかないと思ったのだ。彼女は竜也の後ろ姿に向かって、少し声を荒げた。「中川さん、私は何も落ち度はないはずです!それなのにクビだなんて、納得できません!」すると、竜也は足を止め、瑠衣の方を振り返った。そして、まるで冗談でも聞いたかのように、彼は鼻で笑った。「杏奈がどんな女だろうと、あいつは浩の母親だ。お前が口を出すことじゃない。浩の母親に敬意を払えない時点で、お前はあの子の先生でいる資格はない」そう冷たく言い捨てると、竜也は足早にその場を去った。一方、その場に取り残された瑠衣は、悔しさに体を震わせた。彼女にはどうしても理解できなかった。杏奈は、自分の子供にすらまともに向き合わないひどい母親のはず。なのに、どうして浩も竜也も、あんなに彼女をかばうの?これまで、自分は浩に誠心誠意尽くしてきた。竜也の前でも、ずっとそんな振りを演じてきたのに。それなのに、あの親子の心には全く響いていなかったなんて。これじゃあ、自分の「任務」は、どうやって進めればいいの?瑠衣が考え込んでいると、いつの間にか執事が目の前に立っていた。「野口先生、これまでお疲れ様でした。こちらで給料を精算しますので、もうお引き取りいただけますか?」そう言われ、瑠衣は執事を
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第709話

一方、健吾は会社を引き継いだばかりで、目が回るほど忙しかった。いつもなら、仕事中に邪魔をされたら、そいつを追い出していただろう。でも、相手が杏奈だと、彼も甘くなってしまうのだった。そして、不思議なことに、心の底から怒ることができないのだ。彼はちらりと、杏奈のスマホの画面に目をやった。そして、少し眉をひそめた。「こいつら、何をでたらめなこと言ってるんだ?すぐにコメントを削除させる」娘への祝福の言葉が増えると思っていたのに。まさか、こんなひがみっぽいコメントばかりだとは。こうして、健吾は怒りに任せて、ネット上の空気を一掃しようとした。しかし、杏奈がその手をそっと押さえた。「まあまあ。みんなが私たちみたいな家に生まれるわけじゃないのよ?ほとんどの人は必死に生きてる。こんな桁違いの生活を見たら、うらやましくもなるわ。だから、せめて愚痴くらいは言わせてあげないと」すると健吾は鼻を鳴らした。「結愛は生まれながら何不自由なく暮らすのが運命なんだよ。あいつらにとやかく言われる筋合いはない」しかし、口ではそう言いながらも、彼の手は素直に内線電話から離れた。杏奈はそんな健吾の様子を見て、思わずクスッと笑った。そして、彼女は微笑んで言った。「はいはい。結愛のお食い初めのことはあなたに任せるから。ネットのコメントはさておき、まずはお昼にして」杏奈は今日、健吾にお弁当を届けに来たのだった。以前、健吾が怪我をしたときは、家で彼の世話をするのが杏奈の役目だった。茂から無理やり出社させられるようになってからは、杏奈は毎日、結愛の世話をする以外は、健吾にお弁当を届けることだけを考えていた。そんな毎日は充実していたけれど、どこか心が満たされないようにも感じるのだった。それを聞くと健吾も手元の仕事を置いて、杏奈と一緒にそばのテーブルへ向かった。テーブルの上には、すでにいくつもの料理が並べられていた。「これ、全部私が作ったのよ。味見してみて」テーブルには少なくとも六品は並んでいて、肉料理も野菜も、スープまであった。健吾はそれを見て眉をぴくりと動かし、不満げに杏奈を見た。「誰が料理をしていい、なんて言った?」一方、健吾の言葉に、杏奈は少しきょとんとした。その不満と怒りの入り混じったその目に、懐かしい感覚が
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第710話

その考えが浮かんだ途端、健吾は嫉妬の炎で頭がくらくらするのを感じた。彼はゆっくりと、杏奈の手を離した。その声も、どこか冷たい響きに変わっていた。「分かった」一方、杏奈は、健吾の様子がおかしいことに気づかなかった。ここのところ、健吾はずっとそっけない態度だったから。彼女は特に気にすることなく、健吾のためにおかずを取り分けてあげた。「はい、私が朝早くから腕によりをかけて作ったのよ。味見してみて」杏奈は手柄を自慢するように、にこにこと笑いながら健吾を見つめた。健吾は一瞬ためらったが、やがてその料理を受け取った。だが、それでも彼は杏奈に言った。「これからは、あなたが料理するのは禁止だ」声は相変わらず冷たかったけれど、どこか子供っぽい響きがあった。杏奈は笑った。「分かったわ」……一方、澪は豪たちに病院を追い出されてから、京市の郊外にある邸宅で暮らしていた。もちろん、澪一人の力でそんな生活ができるはずもなかった。彼女の背後には、強力な支援者がいたのだ。今、澪はソファに座り、健吾が結愛のお食い初めを盛大に祝うというネットニュースを見ていた。すると、彼女は憎しみに顔をゆがませ、その感情を隠そうともしなかった。しばらくして、彼女はスマホを床に思い切り叩きつけた。「健吾さん、あなたを助けたのはこの私よ!あなたの彼女は私なのに、なんで杏奈とよりを戻すのよ!」そう言うと、澪はギリッと拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、血が滴り落ちるほどになった。「杏奈、あの女……どこまでも亡霊みたいにつきまとって!私の健吾さんを奪おうとするなんて!」澪は狂ったように、目を真っ赤にしていた。その様子は、健吾と杏奈の二人を、心の底から憎んでいるようだった。するとドアの方で物音がした。赤いスーツを着こなし、茶色い髪をした端正な顔立ちの男がドアを開けて入ってきた。散らかったリビングを見て、男はからかうように笑った。「千葉さん、こんな所で八つ当たりするしかないなんて、みじめじゃないか?」男の声を聞き、澪は振り返って彼をにらみつけた。「いつまで私をここに閉じ込めておくつもり?協力してくれるって言ったじゃない!どうして健吾さんに会わせてくれないのよ!」だが、男はソファにどっかりと腰を下ろし、無
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