「雪野なんて、大した女じゃないよ。ああいう自分からすり寄ってくるタイプ、一番安っぽい」「そうそう。もしあの女がいなかったら、雨宮さんはとっくに美玖を嫁にもらってたよ」「ほら、未来の雨宮奥様に先に一杯」「だめだよ、美玖はお酒飲めない」雨宮央人(あまみや ひさと)の声は、雪野穂香(ゆきの ほのか)が聞いたことのないほど優しくて、気遣いに満ちている。「わ、俺空気読めなかった。じゃあ自分で一杯いっとく」穂香は個室の外に立ち、室内からの笑い声に顔を焼かれるような思いだ。けれど、今日はどうしても央人に伝えなければならないことがある。彼女は胸の痛みを押さえ込み、勇気を振り絞ってドアをノックした。ドアが開いた瞬間、賑やかだった個室はしんと静まり返った。視界の中心に座っているのは、穂香の婚約者、央人だ。しかし彼の腕の中には女の子が抱かれている。その子は驚くほど綺麗で、明るくて、自信に満ちている。穂香は知っている。彼女は央人が少年の頃から忘れられなかった初恋、大冢美玖(おおつか みく)だ。「穂香、来たんだね。こっち座って」美玖はすぐに央人の腕から抜け出し、穂香に歩み寄る。「さっきみんな、ちょっとふざけてただけ。聞こえちゃってたら気にしないでね」穂香が美玖を見つめると、彼女の目には反省の色など微塵もなく、あるのは、勝ち誇った色だけ。けれど穂香には怒っている余裕がない。彼女は央人に向き直り、すがりつくように呼んだ。「央人」央人は穂香を見た瞬間、一瞬だけ後ろめたさを覚えた。しかし美玖が彼の腕を振り解いたとき、その目にはもう苛立ちしかない。「美玖、戻ってきて。彼女のことは気にするな」彼は傍らの席を軽く叩き、美玖に戻るよう合図した。央人は再び美玖の肩を抱き寄せて、軽く口づけしてから、ようやく不機嫌そうに穂香を見た。「何の用」「央人、お父さんとお母さんが入院してるの。お願い、今までのことを思い出して、助けて」雪野家は最近誰かに狙われているようで、いくつもの大きな取引を失った。父・雪野大助(ゆきの おおすけ)も母・雪野紀子(ゆきの のりこ)も、急なストレスで倒れ、入院してしまった。今は資金繰りに行き詰まり、穂香には家業を支える力などなかった。両親の治療費さえ払えない。彼女は央人に助けを求めるしかなかった。雨宮家か
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