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第9話

Author: 聞くな
「穂香、あとで一緒にドレスを選びに行こう」

央人は穂香の手を取って、どこか楽しげだ。

もし美玖の写真がなければ、穂香は本当に、央人が二人の婚約を心から楽しみにしているのだと思ってしまうところだった。

今となっては、きっと自分が婚約パーティーで笑い者にされるのを楽しみにしているのだろう。

穂香はそっと手を振りほどき、穏やかに微笑む。「両親がやっと落ち着いたの。今日は一緒にいたい。

私と美玖は体型が似ているから、ドレスは美玖に選んでもらえばいいよ」

央人はあっさりそれに納得したようで、何の言葉も交わさないまま急いで病院を出て行った。

穂香は病室に戻って、両親に安心してもらう。

そしてすぐに岩崎へ電話をかけた。京市へ向かう前に、両親の転院を整えておきたかった。

転院日は央人の言う婚約パーティー当日。それは穂香がここから離れる日でもある。

両親のことを整え終えると、穂香は央人と七年暮らした家へ戻った。

央人が戻らないうちに荷物をまとめるつもりだ。

彼女はクローゼットから、央人が初めて買ってくれたドレスを取り出した。

それは淡い黄色のオフショルダーのドレスだ。

それを初めて身につけた日の光景は、今でも鮮明だ。けれどもう、あの日の二人はいない。

穂香はハサミを取り出し、そのドレスを静かに切り裂き、また元の場所へ戻した。

「央人、これで終わり」

次に央人の部屋へ行き、今まで贈ってきたものをひとつずつ取り出した。

タイピン、服、靴、記念日のたびに、穂香がどれほど心を尽くしてきたか、その数が物語っていた。

穂香は机の上に置かれた懐中時計を手に取った。

それは穂香がオークションで落としたもので、ほとんど全ての小遣いを注ぎ込んだ、大切な贈り物だ。

かつて央人はそれをいつも身につけていた。

今はただ無造作に放り置かれているだけ。

穂香は冷えた笑みを浮かべ、オークション会社に連絡を入れて再出品の手配をする。

スタッフが引き取りに来た後、ちょうど央人が美玖と共に帰宅する。

荷物を置いた央人がふと尋ねた。「オークションの人が何しに来てた」

「書類を届けに来ただけ」

穂香は適当な言い訳を口にすると、その二人をよけて部屋に戻ろうとする。

だが美玖が腕をつかんできた。

「穂香、ドレス見てよ」

穂香は余計な揉め事を起こす気もなく、大人しく連れて行かれる。

すると央人が部屋の中をしばらく見回して言った。

「なんか物が減ってないか」

穂香は視線を向けないまま言った。「婚約パーティーが迫っているし、少し片付けただけ」

ドレスを誇らしげに見せていた美玖が、眉をひそめて低い声で聞いた。「まさか本気で受け入れるつもり?」

穂香は美玖を見つめたが、何も言わない。

「婚約パーティーはあんたを笑い者にするための場よ。央人と結婚するのは私」美玖の声は焦りを帯びる。

穂香は落ち着いたまま答えた。「私が恥をかくのを楽しみにしてるんでしょ。何をそんなに焦ってるの。

それに、本当に央人が騙してないと思うの?雨宮家は、あなたを嫁に迎えることを知っているの?

彼、本当にあなたと結婚すると思う?」

一瞬、美玖の顔に迷いが走るが、すぐに憎しみの色が戻る。「見てなさい」

穂香はただ礼儀正しく微笑み、ドレスを置いた。

「少し疲れたから、部屋に戻るね」

その後の数日、央人と美玖は婚約パーティーのためにあらゆるものを選びに出かける。

美玖は何度も挑発してくるが、穂香は一切相手にしない。

央人はむしろこれまでになくラインをよこし、穂香の好みを聞いてくる。

穂香は曖昧に返しながら、荷物の整理を続ける。

央人が家を空けた隙に、自分の荷物は全て実家へ郵送した。

婚約パーティー当日、穂香はリビングのソファに座り、膝を抱えてこの七年間住み慣れた家を見渡す。

家の隅々に、自分の時間と想いを注ぎ込んできた。

この家が央人と二人の永遠の場所だと、ずっと信じていた。

いつか二人に子供が生まれて、このソファに座って子供が部屋で遊ぶ姿を見守る。そんな未来を思い描いていた。

全部、もう消えている。

央人が背後から穂香を抱きしめた。

「何考えてるんだ」

「私たちのこれから」

穂香は正直に言った。央人は、自分が去ることを知ったらどんな顔をするのだろう。

苛立つか。それとも喜んで、美玖を嫁に迎えるか。

もう、それは穂香に関係ない。

「そろそろ行こう」央人は穂香の頬に唇を寄せようとする。

「先に行ってて。あなたへのプレゼントを準備しておきたいの」

穂香はそっと体を避け、柔らかく笑った。

央人は気にした様子もなく、むしろ期待したように言った。「楽しみにしてる」

「気に入るはずだよ」

明るい笑みの裏側で、央人はなぜか不安を覚える。

だが準備は山ほどある。彼はその不安を押し込めて家を出た。

玄関を出ると、すぐ近くに京市ナンバーのマイバッハが停まっているのに気づいた。

見慣れない車だったが、央人は深く気にせずに立ち去った。

央人が去ったのを見届けると、穂香は準備しておいた封筒をテーブルに置く。

バッグを手に取り、玄関を出て、そのままマイバッハの後部座席へ乗り込んだ。

助手席の岩崎が静かに問いかけた。「雪野さん、出発しますか」

後部座席で穂香は目を閉じる。「岩崎さん、行きましょう」

車が住宅街を抜けて走り始める。穂香は一度も振り返らない。

央人、さようなら、もう二度と会わないで。
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