純一は苦しそうに目を閉じた。茉里の性格を知っている。彼女なら、本当に舌を噛んで死んにかねない。そんな賭けは、できなかった。だが、諦めきれるはずもなかった。「茉里、俺は、本気で君を愛してるんだ。こんなに長く一緒にいたのに……結婚したいなら、俺に言えばよかっただろ。なんで、どこの馬の骨とも知れない赤の他人を選ぶんだ?だから、頼む!俺を許してくれ。一緒に帰ろう」茉里は、必死に手首の縄を解いていた。そして、純一を冷たく見つめる。「『愛』なんて言葉を、侮辱しないで。私が結婚したいから拓実と結婚するんじゃない。彼に出会ったから、彼と結婚したいの。あなたのその安っぽい告白は、京原市に帰って、舞奈にでも聞かせてあげればいいわ」彼女の顔には、もう何の感情も浮かんでいなかった。昔なら、純一の「愛してる」という一言で、嬉しくて眠れなかっただろう。だが、今は。ただ、できるだけ遠くに離れたいだけだった。「私を解放するか、私が死ぬか……選んで」純一は結局、車のドアを開け、茉里を解放した。車を降りるや否や、彼女は一度も振り返ることなく、必死に走り去った。その背中を呆然と見つめ、純一は絶望の涙を流した。茉里は息を切らして、江口家の屋敷に戻ってきた。頭の中は、さっきの拉致の恐怖でいっぱいだった。胸を撫で下ろし、水を三杯も飲み干した。次は、絶対にボディガードを連れて出ようと、心に固く誓った。そこへ、拓実がちょうど帰宅し、不思議そうに近づいてきた。「茉里、どうしたんだい?顔色が悪いようだけど」「な、なんでもない!」茉里は慌ててグラスを置き、深呼吸をした。拓実が最近、結婚式の準備ですごく忙しいことを知っている。純一のことで、余計な心配をかけたくなかった。「今日は、早く帰ってきたのね?」茉里は笑顔を作り、必死に自然に振る舞おうとする。「準備は順調だった?」拓実は、彼女のその不自然な様子を見逃さなかった。ふと、彼女の手首に、ロープで縛られたような赤い痕が残っているのを見つめ、静かに考え込んだ。「ああ、順調だよ。オーダーメイドのウェディングドレスも届いた。明日、試着に行こう。もし合わないところがあれば、すぐにデザイナーに調整してもらう」「わあ、いいわね!じゃあ、ご飯にしましょう。奥山さんが、今日の魚はめちゃ新鮮だ
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