特別な祝祭日ではない、ごく平凡なある日。正午の鐘が鳴る。教会の鐘が鳴るのは、一日に三回だけ。朝の仕事始め、昼の休憩、夕方の帰宅を促すとき。決められた時間に鳴る鐘は、人々の生活になくてはならない音だった。 からんからん、軽やかないつもの音が鳴った直後……人々は唐突に思い出す。よみがえった記憶は、あの日の惨劇だ。殺されたロイスナー公爵家の人々、女神アルティナによる断罪、王家の横暴さ……砕け散った血塗れの処刑台。一気に脳へ流された記憶は、自らが持っていた過去のもの。 ここは現在ではなく、記憶から続く未来だ。女神アルティナが巻き戻したのは世界の時間、やり直しを命じる声は怒りに満ちていた。巻き戻ったのではなく、これは延長であり……ここで間違えた者は救済されない。信仰心の強いアードラー王国の民にとって、恐ろしい事実だった。「っ、そんな……」「女神さまのお慈悲を」 祈りに手を組む大人をよそに、一人の少年が叫んだ。「貴族が勝手にやったのに、巻き添えかよ!」 事実であっても、誰も口にしなかった言葉だ。王侯貴族への暴言は不敬罪が適用され、一家揃って断罪されることもある。その危険性より、言葉に潜む事実が胸に突き刺さった。そうだ、悪いのは王族で、王太子だった。なのに、俺たちは巻き添えになるのか? 国の頂点に立つ王族は賢く強く正しい。その概念が崩れていく。あちこちで不満や懸念の声が上がった。女神アルティナを最上位とする教会は、扉を開いて信者を受け入れる。人々は女神への信仰を掲げ、救いを求めて群がった。 動いたのは平民だけではない。お茶会に集う夫人や令嬢が青ざめて茶器を落とし、混乱して泣き喚く。王城で仕事をしていた文官が手を止め、ペンを置いて駆けだした。書類を払いのけて叫んだ文官もいる。訓練中だった騎士は剣を取り落とした。 これから起きる出来事、未来を知ることは女神の恩恵である。自分だけが覚えていたなら、恩恵と考えてもいいだろう。しかし、ほかの皆も覚えていたら? 互いに顔を見て、ぎこちなく目を逸らした。 女神が断罪する前、公爵夫妻の首が落ちるとき……喝采したのは誰だ? まだ幼いと表現できる小公爵や令嬢の死を喜んだのは、自分だ。まるで酒に酔ったように、雰囲気に呑まれた民衆は処刑を楽しんだ。まるで観劇するかのように。 ざらりと嫌な感情が胸に広がる。女神は、公爵令嬢を『天
Last Updated : 2025-11-11 Read more