All Chapters of 死に戻る君に救いの手を: Chapter 21 - Chapter 30

47 Chapters

【第16話】夜会の後で——(剣叶糸・談)

 面倒事に、付き合わされる事になった。 侯爵の爵位を持つ星澤家で開催される夜会の話を義父から聞かされた時に思った、率直な感想だ。都内に住む貴族達の情報は叩き込まれてはいるが、あくまでも基礎的なもので最新の情報じゃないから知識の更新が必要だし、兄達から『やっておけ』と指示されているレポートの用意や、本当に使うのか不明ではあれども普段の勉強の為に要点をまとめたものの準備もしてやらねばならない。そして今は何よりも自分の時間も欲しいというのに、更にまたアイツらに時間を奪われるのか、と。(だけど、行って良かったな) 立場的に『断る』という選択肢は無かったとはいえ、今は心底そう思う。(拘束魔術でしっかり軟禁しておいたのに!) 会場内でアルカナを見た時は『どうしてここに?』とかなり慌てたが、標準よりもずっとむっちりとしたぬいぐるみ系ボディで必死にホール内を歩く(……いや、あれでも一応は走っていたのかも?)姿も見られたし、超が付く程の希少種である『龍』の『獣人』となった彼女と踊る事が出来たのは何よりの幸運だった。(でも、アレは反則だろ……) ただでさえ好みの匂いだというのに、アルカナの『あの姿』を思い出すだけで顔どころか耳まで熱い。 クロスタイをやや乱暴に外し、シャツの前ボタンにかけていた手を止め、右手で顔を覆ったが、冷やす効果はなさそうだ。 人生初だった夜会を無事に終え、かなりの疲労を抱えながらも自宅に戻れはした。慣れぬ行為ばかりですぐに寝たいくらいに疲れているのに、寝室で無防備に眠るアルカナを前にすると、腹の奥が急速に重くなっていく。御丁寧に扉が閉まっていたせいか、隙間風がよく吹き込む部屋なのに彼女の甘い香りが充満しているからだろう。(……鼻が利くのも考えものだな) まんまるな背中をさらしてくーくーと眠るその姿に『龍』の『獣人』であった面影は少しも無い。存在自体が幻想かと思うほどの儚さも、威厳も、何もかも会場に置いて来たみたいだ。「……あの後は大変だったんだぞ?」 ベッドに両腕だけを預け、アルカナのふわふわとした頭に顔を埋めたが、起きる気配はまるでなかった。 ——星澤家の邸宅で開催された夜会でアルカナと夢の様なひと時を過ごした直後、彼女は霧が如く消え去ってしまった。 今まで誕生報告情報すら無かった『龍』の『獣人』が会場に現れ、そして忽然と消えた
Read more

【第17話】『幸せ』の為に、私に出来る事を(アルカナ・談)

 泥沼にでも嵌まったみたいに抜け出せずにいた睡眠状態から、明け方近くになってようやく目が覚めた。相変わらず私の体はマーモットのままだ。あんなに強固だった『認知』が随分と緩んだおかげで今もまだ他の姿への変身は出来そうだけど、やっぱりこのままが一番楽だなと、変化せずともわかる。  いつも通り隣には妙にスッキリとした顔の叶糸が眠ったままで、私がちょっと動いても起きる気配はなさそうだった。(叶糸も初めての夜会で相当疲れたのだな。……となると、出掛けるなら今がチャンスか) 実は、今後の為にも早めにやっておきたい事がある。だけど叶糸は私に拘束魔術をかけたくらいにとっても過保護だから、彼が起きている時には単独での外出は嫌がりそうな気がするのだ。なので、いっその事彼が眠っている今のうちに用件を済ませておこうと、そっと叶糸の腕の中から抜け出してみる。 時間帯のおかげか彼の眠りはまだまだ深いみたいだ。先ほどまで私を包んでいた腕がぽすんとベッドに落ちたが起きそうな様子はない。その事にほっと息を吐き、引き続きノソノソとゆっくり布団から這い出て行く。 ベッドからトンッと降りて後ろを確認したが、幸いにして叶糸は今も眠ったままだ。『よしっ』と心の中だけでガッツポーズを取り、窓枠に手を掛けて、幽霊みたいにするりと窓を通過していくと同時に、我が身を『雀』の姿に変えた。あまり派手な鳥だと早暁であろうが目立ちそうなので、どこにでもいる小さな鳥を選んだ。何も考えずに、移動が楽だからと『飛べる生き物』とだけイメージしたら獣人化した時の姿に引っ張られて、巨大な龍になるか、あるいは鳳凰にでもなってしまいそうだったから、きちんと意識をしてこの姿に体を固定した。(うーん、やっぱちょっと疲れるな……) この姿で居ようと意識しないとすぐにマーモットに戻ってしまいそうなくらいに引っ張られる。『どんだけマーモットが好きなんだ、叶糸は!』とちょっと文句を言いたい気持ちになりながらもふわりと飛び立ち、目的地を目指す。 ——だがその同時刻。 叶糸がのそっとベッドから起き出して裸足のまま歩き、窓の外を見上げて虚な瞳のまま、丈夫な爪でガラスを引っ掻いていた事にも、いつもの自慰行為がマーキングと同等の効果を持っている事にさえも気が付かぬまま、私は愛らしい雀ボディで必死に大空を羽ばたき続けた。       ◇ 今
Read more

【第18話】南風家との契約①(アルカナ・談)

「…………」 まさか見えているのか?と疑問に思いながら、慌てて我が身を確認したが、季節に反して真冬向け並みの脂肪蓄えムッチリボディであるという問題点がある以外は至ってちゃんと姿を消せている。叶糸レベルが相手では通じないままだが、保有魔力が高めであろうが看破出来ないくらいにはしっかりと隠しているのにと不思議でならない。 きっちりと跪礼されたままで、依然として御一行は頭を上げず、最前の中央に位置している一人以外は微動だにしていない。これでは埒が明かないなと考えはしたが、私はこのまま「……もしかして、私の姿が見えているのか?」と素直な疑問を口にした。 即座に「——あ、楽にしてから答えて欲しい、ぞよ」とも付け加える。また変な見栄を張ってしまって恥ずかしくなったが、もう遅い。 叶糸同様、彼らも私の変な言葉遣いを華麗にスルーしてくれ、まるで事前に訓練でもしたのか?と思うくらい綺麗に皆が一斉に顔を上げた。一番手前の中央で、一人だけずっと肩を震わせていた者が現在の当主である南風アルサだった。黒に近い茶色い髪色、同系色の瞳と褐色肌が特徴的な青年である。若いながらに一国の『宰相』という職に就いているにしては随分と優しげな雰囲気があり、眼鏡で知的さをプラスでもしていなければ、『職業は保育士です』と言われた方が納得出来る風貌の御仁だ。「いいえ。私如きの瞳では看破出来ぬ完璧な隠滅状態ですよ。ですが我々は、長年訓練を積み、『種族特性』を最大限にまで引き上げているので、こちらの女性は愛らしき足音や羽ばたきで、そこの男性は木蓮のようなその匂いで貴女様の位置を把握しており、私めは超音波の代わりに魔力を用いて『反響定位』いわゆる『エコーロケーション』の様なもので周囲の状況を感知しています」と教えてくれた。「……すごい、ね」(『種族特性』か。叶糸の場合は、あの脚の速さだろうか)「ありがとうございます」と微笑みながらアルサが頭を下る。姿さえ隠せばどうとでもなると思っていた自分の甘さを忘れてしまう優しい笑顔だ。だけど私は『今度は獣人の種族特性をも意識して行動せねばな』と反省した。「ここではなんですから、場所を変えませんか?」 そう提案され、「あぁ、そうじゃな」と答えながら姿を現す。するとアルサが急に崩れ落ちる様にその場で伏せ、慌てて顔面を手で覆ったかと思うと、今度はボタボタと手の隙間か
Read more

【第19話】南風家との契約②(アルカナ・談)

 運ばれながら行き着いた先は、随分と広めではあるものの、どうやら予想通り客間の様だ。隣接している和室も繋げていてかなり広い。部屋の上座部分に大層立派な椅子が置かれているが、和室には似つかわしくない。どうもその椅子は私の為に用意していた物だったみたいで、玉座にも等しいその椅子の上に下ろされ、続いてアルサ達がその前にずらりと並び、正座をした。 全員の視線が一斉に集まり、うぐっと喉が鳴った。記憶にある限りではこんな扱いは初めてなせいかちょっと緊張してくる。「改めまして、当家にお越し頂き誠に恐悦至極——」 アルサが深々と頭を下げてそんな事を言い始めたものだから、私は慌てて「待て待て待て!そう畏るな。こっちが緊張する、わい!」と割って入った。「今は時間も無い。堅苦しい挨拶は抜きで頼む」 「……かしこまりました」 少し不本意そうな声ではあるものの、顔を上げ、目が合った途端にまたアルサが鼻血を垂らし始めた。……もう病院に行った方がいいんじゃないだろうか。 彼の事が心配ではありつつも、外が段々と明るくなり始めているせいで気持ちが焦る。「急な話で悪いのだが、実はな、折り入って南風家の当主に頼みがあって来たの、じゃ」「貴女様が、私にですか⁉︎」 胸元に手を当て、興奮気味な声が即座に返ってきた。はあはあと呼吸が乱れてとても苦しそうだが、いよいよもって救急車でも呼ぶべきか?「——あ、そう言えば自己紹介が遅れたな。私は、君達が推察していた通りの立場の者で、我らは自分の事を“管理者”と代々自称している。だが、新たに『アルカナ』という名を最近貰ったので、今後はそちらで呼んで欲しい」 「畏まりました、アルカナ様っ」 瞳を輝かせながら名前を呼ばれるとすごく照れる。叶糸以外から呼ばれたのは初だが、改めて、良い名をもらったなと実感した。「所で、『頼み』とは?」 前のめり気味に訊かれたが、ここで引いては意味が無い。一度咳払いをし、私はしっかりと前を向いて、真面目に用件を伝えようとしたのだが……胸元を押さえている者や過呼吸気味に口元を覆っている者ばかりが増えてきたのは気のせいか?「……君らはさっきから何なのじゃ」 困惑気味に訊くと、「申し訳ありませんっ!」と土下座をされる。一同全てに謝罪され、ちょっと逃げ出したい気持ちになってきた。「その、私達南風家は一族全員が、そう全
Read more

【第20話】南風家との契約③(アルカナ・談)

「……ところで、我らの『契約』は、コレで成立という事で本当に良いの、かな?」 何事もなかったかの様に起き上がり、すっかり元の状態に戻ったアルサとサリアが同時に深く頷いた。『本当かよ』と多少は思いつつも言葉を続ける。「では引き続き、お次は相談に乗って欲しい、のじゃ」 「いいよ、いいよ!お兄ちゃん達に何でも言ってー」と胸に手を当て、嬉しそうにアルサが笑う。私達が『実の兄妹』であるという『設定』に信憑性を持たせる為に、もう敢えて気易く話しかけてくれている頭の柔らかさは正直ありがたい。「星澤家の夜会に来ていたのならもう既に察しているかとは思うが、剣家の義理の末息子である『叶糸』と私は深い繋がりがある。正直、彼を囲う環境はヒトとして良いものとは決して言えないから早々にどうにかして、彼をあの家から救い出してやりたいのだが、お兄ちゃん達に、何か良い案はないだろうか」 「彼の家庭環境はもちろん知っているよ。長年、彼が虐待を受けていると児童相談所などに訴え出ず、放置していた事は心苦しくもあったけど……残念ながら、ああいった被害に遭っている子は他にもごまんといて、我々だけで、個々の案件全てに救いの手をというのも難しいんだ。私達が欲しいと思う『人材』の片鱗がある者だけを救い上げるのはあまりにも不公平になるしね。なので国として対策を練ってはいるけど、それぞれへの対応に時間が掛かってしまって救いきれてはいないのが実情、といったところなんだ。彼の場合は、貴族社会の中で暮らす平民血筋への風当たりの強さが一番の原因だから、もう思想の根底から改善していかないといけない案件だが——」「アルサ、今は仕事から離れて。『今』の『彼』を救う手段の話をしているのよ」 サリアがそっとアルサの腕に触れて思考の海から引き戻す。確かにそれも大事な内容ではあるものの、このまま放置していたら何処までも話が続きそうだったので助かった。「ちなみに、アルカナと叶糸君との関係は?」 アルサに訊かれ、私は正直に「私の『後継者』じゃ。膨大で良質な魔力の持ち主なので『私の補佐達』に選ばれたが、このまま不幸に見舞われ続けていると、その資格を失いかねない。それ故、私が直々に救いの手を伸ばしに来た感じなの、じゃよ」と話した。「……『管理者』様の、『後継者』?」 室内が急に騒めく。素に戻り、「……アルカナ様
Read more

【第21話】南風家との契約④(アルカナ・談)

 気を取り直し、南風家の面々が姿勢正しく座り直した。私も彼らの行動に慣れてきたのか、失敗した後の猫みたいな『失態なんぞ晒してはおりませんが?』風の表情がちょっと可愛く見えてきたのだから、不思議なもんだ。「結婚の件じゃが……他にもっと相応しい相手がおるんじゃないか?普段の私は、ほぼ『こんなん』じゃぞ?」 マーモットが故の短い手を前に出してバタバタと軽く動かして、不都合さをアピールする。だが何故か部屋の皆々が動物園の『ふれあいコーナー』に集まる父母達みたいな顔になった。「夜会の会場を必死に走っていたのは、この姿でだったんだねぇ」 血に染まっていくハンカチで鼻を押さえながらアルサが言う。魔力を用いたエコーロケーションのおかげで会場内を駆ける『私』の存在を察知してはいても、流石に正確な種族までは把握出来ていなかったという事か。「——えっと二人の結婚の件だけどね、何も適当な事を言っているとか、『管理者』様の『後継者』である叶糸君の気持ちを慮っての発言ではないんだよ」「……そう、なのか?」 「えぇ。実は夜会の直後から、南風に対して『“龍の獣人”であるあの女性の情報が欲しい』という依頼が鬼の様に来ているの」とサリアが捕捉した。 「まさか渡してなんかいないよな?」 まんまるな背中にざわりと寒気が走る。直様叶糸の顔を見上げると、まるで威嚇でもしているみたいな表情になっていた。——だが、一族の猛者ばかりなのか南風家の面々は微動だにしていない。しかも、自分達にとって崇拝するに値する『管理者』を裏切る者など一人もいないという誇りを抱いていると感じ取れる雰囲気を、全員が全員纏っているではないか。 だからか、叶糸がすぐに威嚇行為を控えた。多くを語らずとも彼らは信頼に値するとすぐに思えたのかもしれない。『私』と『補佐』達が『信頼出来る』と既に判断した一族なのだ、当然と言えば当然か。 だが敢えて、「「勿論です」」と当主夫婦が力強く頷き、言葉にした。『誓い』にも近い強さがその声にはある。「まぁ、夜会の会場を騒がせてしまったから、星澤家には情報を少しは渡さないとだけどね。でも『実は私の妹なんだ』と言うくらいで済ませるから安心していていいよ。他に、彼らが欲しくって仕方がない情報を売れば、この件に関してはそれ以上を求める気は無くなるだろうさ」 一旦区切り、アルサが話を続ける。
Read more

【第22話】南風家との契約⑤(アルカナ・談)

 北尾スリエは『蛇』の『獣人』女性だ。過去に三度の離婚歴があり、その全てで『夫』となった男性が心を病んだ事を理由に離婚に至っている、生きた『地雷』である。北尾家の現当主夫婦は長年子宝に恵まれず、やっと生まれたのが『獣人』だったもんだから、蝶よ花よと育てられて歪んだ人格形成に至ってしまった典型的タイプだ(『地雷』となる決定打はもっと別の理由があるのだけれども)。好む服装や装飾品のせいなのか、二十九歳とは思えぬ可愛らしい雰囲気のある女性で、紫色のふんわりとした髪は腰までと長く、橙色の瞳がその容姿とよく合い、細長い舌や瞳孔には蛇の特徴がよく出ているが白い肌に鱗などは無いらしい。「三度の結婚では子供に恵まれなかったからか、懲りずに四人目の『夫』を欲しているみたいなんだよ。で、真っ当じゃない離婚歴があろうが気にせず結婚出来る相手をお探しで、『獣人』でありながら不遇な叶糸君に白羽の矢を立てたみたいだね」「アレとの結婚は絶対に駄目じゃ!」 叶糸の服をぎゅっと掴み、ブンブンと顔を横に振って激しく否定した。すると、余程嬉しかったのか、叶糸が私の頭部に顔を埋めてきた。スゥゥゥゥッと深呼吸までして匂いを補充しているが放置しておこうと思う。「だよねぇ、わかってるよ。私も『アレは無い』と心底思う相手だからね。はっきり言って性根が腐っているし、普通のヒトは絶対に近寄っちゃいけない類の人種だよ。実家が医療関係に特化した名家であるのをいい事に、元夫達の記憶は『心の治療』の名目で御丁寧に消してあるけども、彼女との結婚期間中に何があったのかは当然私達は把握済みだ。……正直、彼女の行動全てに反吐が出るよ。『仕事』でもなければ知りたくない『情報』ばかりだなと思った程にね」(実際に心を病んでしまっているから、記憶を消そうが法的にも問題がないという訳か)「……そうね」とサリアも頷く。叶糸はもう『北尾スリエ』を一切覚えていないおかげで何処吹く風といった感じだが、アルサ達と同じく、全てを把握している身としては彼らに同意しか出来なかった。「……成る程、な。それで私達が結婚すれば双方の危機から逃げられるという事か」 絶対に有り得ない話ではあるが、もし望まれるままに私が『西條ソロア』と結婚すると、叶糸が実父に売られる様にして『北尾スリエ』と結婚する羽目になるだろう。だからって、ただ断っても、ソロアのあ
Read more

【幕間の物語③】叶糸の二人目の婚約者①(アルカナ・談)

 病院や医療機器メーカーなどを含む医療業界で真っ先に名が挙がるほど有名な『北尾』家の一人娘、『北尾スリエ』は、剣叶糸の『三度目の人生』で彼の婚約者となった女性だ。二十九歳にしてすでに三度の離婚歴があり、元夫たちはいずれも心を病んで離婚に至っている。 その経歴から、周囲に少なからず警戒されている人物でもある。 不妊で長年苦しんだ末にやっと誕生した『蛇』の『獣人』であったが故にスリエは蝶よ花よと育てられはしたが、一人目の婚約者であった『西條ソリア』とは違って、徹底的に英才教育も施された。『医療の北尾』の次期当主として医療機器の開発関係者か、もしくは何かしらの医療従事者になってもらう為にだ。 子供の頃は学校や塾だけじゃなく、何人もの家庭教師を雇っていたらしい。子供らしい遊びをする時間はあまり無かった様だが、皆無だった叶糸よりは遥かにマシだったんじゃないだろうか。 両親の望み通り医療従事者になりはしたものの、他の貴族達からは影ながら『生きる地雷』とまで言われてしまっているスリエは、幼少期に性的暴行をされた経験がある。報告書に書かれた此処だけを見れば辛い思いをしたのだなと同情を禁じ得ない出来事なのだが、内情はまるで違うのが厄介だ。 事の発端となった日。 彼女は幼馴染の少年と共に屋敷の室内で本を読んで過ごしていたらしい。その時、密かに幼女趣味を抱えていた臨時雇いの使用人の一人に目を付けられ、そのまま無理矢理暴行されてしまった。成長途中の体なうえに、初めての経験で、しかもまだ性的な知識もまともに持っていない様な時期にこんな目に遭ったなら重度の男性不審に陥ってもおかしくなかったのだが、スリエの場合はまるで違った。 非常に厄介な事に『自分の事を好きな相手の目の前で、他の男と性行為をしたい』という、かなり歪んだ性癖に目覚めてしまったのだ。 ロープで縛り付けられ、床に転がされたままでいる幼馴染の前で。スリエが無理矢理見知らぬ大人に強姦されて泣き叫んでいる様子を前にして、気が狂わんばかりに動揺し、『やめろぉぉ』と必死に叫び、泣いて暴れる幼馴染の姿に興奮し、破瓜の痛みと苦しみ以上に、大きな快感を得てしまったのだ。 この日の出来事を加害者と本人だけは『良い思い出』として片付けたせいで、不幸な事に両親はこの日の事件を知らないままだ。 そのせいで男はすっかり味を占め、貴族令嬢
Read more

【幕間の物語③】叶糸の二人目の婚約者②(アルカナ・談)

 『医療行為』として記憶を消し、いくら当事者の間では『何も不都合な出来事など無かった』事にしようが、約十年の間で三度離婚し、一時的にではあれども元夫達が全員精神科の病棟に入院していたという事実までは隠し切れない。身分の高い『侯爵令嬢』でありながら貴族達の間で『地雷』扱いされている。こんな状態では次の結婚相手を探すのも困難だ。なのでもう彼女自身は結婚に興味はなかったのだが、北尾の血を繋ぐ者を求める両親の必死の願いを受けて、結局スリエは四度目の結婚相手を渋々探し始めた。『何度結婚してもぉ、“夫”の子供なんか絶対に産まれないのになぁ』 そもそも、スリエを愛していた歴代の『夫』達とは一度も性行為をしていないんだ、北尾家の正統な後継者となる子供が生まれるはずが無いのだが、そうとは知らぬ両親にその事実を言う気はこの先も更々無いのだから、とんだ親不孝者だと思う。だけど、どうでもいい赤の他人の子供を宿して『夫の子よ』と言い張る真似をしない所だけは、この先も是非とも突き通して欲しいものだ。 四度目の結婚相手を探すにあたって、両親とスリエはまず生活に困窮している貴族や、積極的に結婚相手を探している家を調べ始めた。支度金の名目で金を積むか、『侯爵』という地位からの圧力で結婚を成立させようと考えたからだ。そうでもしないと新たな結婚相手は見付からない所まで来ていると北尾家の全員が理解しているのだろう。 その結果、白羽の矢が当たったのは『男爵』位を持つ『剣』家の末息子である『叶糸』だった。 かなり優秀だった先代のおかげで生活に困窮している様子はまだ無いが、四人の息子達の中で唯一の養子であり、だからか随分と厄介者扱いされている。その様な立場の者であれば容易く合意に漕ぎ着けるとふんだのだ。(今のご時世。貴族であっても恋愛結婚が随分増えたから、事情持ちじゃないと親同士の話し合いだけじゃ婚姻を決めるのは難しいんだよね) 叶糸に関して色々調べてみると(この件に『南風家は関わっていない』と断言された。南風家が引き抜こうとしている人材の情報は求められても売らないのが決まりだからだそうな)、この上なく優秀な人物であると北尾家の者達はすぐにわかった。幅広い分野においての英才教育を受け、魔力量は膨大過ぎて測定不能。そのうえ全属性の魔術検定は全て高校在学時に合格済みという優秀な魔術師でもある。在学中
Read more

【幕間の物語③】叶糸の二人目の婚約者③(アルカナ・談)

 二人の婚約期間が半年目くらいの時期に入ると、今度は呪詛の様に『愛してる愛してる愛してる愛してる——』と何度も何度も何度も毎時間送れと、『私への愛を証明し続けて♡』と指示される様になった。すると叶糸は早々にプログラムを組み上げて、一時間置きに自動的にそれっぽい文章を送るシステムを構築した。即席で作った物だ、どうしたって最新のAI程には優秀では無いにしても『毎分毎秒、貴女の事を考えてしまう』『会いたくって堪らない、次に貴女に会えるのはいつになるんですか?』『恋しくって狂いそうだ、せめて夢の中だけでも会いたいと思いながら眠るよ』だのと、勝手に多種多様な愛を綴って送信し続けるという何ともヒト泣かせの代物をだ。『こっちは課題に研究に、日々の勉強だ何だと常に忙しいんだ。馬鹿みたいな要求に一々応えている暇なんかある訳がないだろ』 というのがその当時の叶糸の言い分である。実に真っ当な理由ではあるが、その文章が叶糸自身から送られてきているモノであると信じている側からしてみれば、この真実は堪ったものじゃないだろうなぁ。(……でも、私が全く同じ事を頼んだら、どういう反応するんだろう?) ——そんな疑問は隅に置いて、手元の報告書を読み進めると、どうやらスリエは律儀に一時間毎に送られてくる文面をすっかり信じ切っていたみたいだ。そういったプログラムを叶糸が組めるとは知りもしないし、納得である。だからって『私も好きぃ♡』と本気で恋愛に沼る様な女性ではなかった。 『結婚相手や交際相手が、私の事を好きで好きで堪らない』という事実だけを愛しているというタイプの人間だからだ。 『愛』だ『恋』だといった類の純真な感情を抱く能力がそもそも欠如しているんじゃないだろうか?と思う程、スリエは元カレや元夫達を少しも愛してはいなかった。なのにスリエは叶糸から送られてきた言葉を全て鵜呑みにし、愛されていると信じ切っていた。『アタシはぁ万人から愛されて当然っ』という自信過剰な自惚がそう思わせたのだろう。 叶糸はまだあと二年間は学生のままだ。結婚式は卒業するまで待つとしても、事前に『婚約式』を挙げようという話が急に持ち上がった。『婚約式』なんて平民や男爵くらいの爵位だとすっかり廃れた風習だ。しかもスリエは四度目の結婚だから叶糸的には不要としか思えなかったのだが、『是非挙げたいの!皆にぃ、素敵なヒ
Read more
PREV
12345
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status