LOGIN地球によく似た青い惑星『ハコブネ』を管理する『管理者』は、念願の後継者を発見する。しかし、剣叶糸は幾度もの死に戻りで既に魔力をほぼ使い果たし、あと一度死ねばもう『後継者』の権利を失う寸前の状態だった。叶糸を救うため直接向かった管理者は、彼の認知の歪みで“マーモット”の姿になってしまう。だが癒しを求めていた叶糸にあっさり受け入れられ、【アルカナ】と名付けられた管理者は、不遇な彼の心を癒やしつつ、自らの願いを果たすために寄り添っていく。 【全45話】
View More『何も無い』と表現するのが一番適切と言える程にただっ広い空間で一人。巨大な《惑星》の立体的なホログラムみたいなモノの前に居る。周囲には『資料』と呼ぶには名ばかりの雑多な本、箇条書きの文章や絵の書かれた束が大量に積み上がっていて、たまにドササッと崩れていく。フィクション、ノンフィクション、歴史書に、世界地図の他にも科学的な専門書まで。多岐にわたる分野のものがないまぜになってしまっているけど、きっちり分別しておくのは難しい。だって自分自身がそもそもその『違い』がよくわかっていないからだ。
私が《手》的なモノをスッとあげ、左右に動かすと惑星のホログラムみたいなモノが連動して動いていく。同時にその周囲に現れる様々な数値化されたデータ群。それを見て、惑星の環境を微調整をしていく。何だかまるで惑星開拓型のシュミレーションゲームみたいだ。
……だけどコレは、ゲームではない。
現実に、この星の上では無数の命が生き、そしてポロポロ死んでいっている。永い永い歳月、それらをひたすら前にしていると、どうしたって心が押し潰されて疲弊していく。そのせいで元の姿は随分前に崩れ、私はもう『人間』と呼べる様な形状をしていない。霞のような、光のような、霧のような。とにかくまぁそんな存在になってしまった。こんな姿では眠れず、ずっと
「——『管理者』様!『管理者』様ぁぁぁぁぁ!大っ変っです!」
珍しく、私の補佐を勤めてくれているモノ達が大騒ぎしている。最初の頃はぼてっとした鳥みたいな形状だったはずの補佐達も、今では『認知』の歪みのせいか蛍程度の光になっていて、会話する度に毎度毎度申し訳ない気持ちに。でも『仕事』という名のお片付けは不思議と出来るままなので、私にだけ、アレらが『そう見えるだけ』なのかもしれない。
「どうしたって言うの?そんなに騒ぐだなんて」
呆れながら返すと、「見つかったんです!——『後継者』様が!」と補佐達がワーワーと騒ぐ。
……『後継者』というワードを聞いても頭が処理出来ない。長年ずっと待ち焦がれてきた反動のせいでしばらく思考停止していたが、やっと理解出来た瞬間、私は「やっと、後継者が!」と叫んでしまった。《私》がまだ人の姿をしていたのならガッツポーズをとっていた所だ。「……ただ、一つ問題が」
補佐の一人がぽつりと呟く。
「……え?」と抜けた声を返すと、補佐達が言葉を続ける。「『後継者』様は、その、不幸な目に遭い続け、すでに何度も死に戻りを繰り返していまして……」
「『管理者』様の後継者になれるだけの莫大な『魔力』を、その原動としている為」 「あと一度でも『死に戻る』と、もうその希少な『魔力』を使い果たしてしまうという寸前なのです」その言葉を聞き、顔を青くして声にならぬ悲鳴をあげたい気分になった。——次の瞬間、私は目の前の惑星の、『実物』の方へ飛ぶ様に向かったのだった。
この『ハコブネ』の『管理者』である私の『後継者』たる資格を持つ叶糸を救おうと、私が彼の元に来てから一ヶ月程経過した。その間は比較的平穏に過ごせていた方だと思う。まぁそうは言っても、義家族達から、小さいながらも保持している領地の管理や運営計画の書類作成や大学院の課題などを押し付けられてはいたけれど、理不尽な折檻が今は無いだけでも、見ていて多少はほっとした。 彼が大学の講義を受けている最中などの時間で、私は私で、自分の『お仕事』をひっそりとこなす。異空間に居る補佐達から送ってもらった惑星管理関連のデータを元に『ハコブネ』の環境の微調整をしたり、今後起こる可能性の高い災害の対策を立てたりなどなど。だけどこっちもこっちで後継者問題があるから、『惑星の自我』が不機嫌にならない程度にちょっとだけ手を抜いて。でもむしろ今は現地に居る分、リアルタイムで関われるから今までよりもしっかりと対応出来ている気がする。 夜になり、私が眠ると叶糸が色々と発散するお時間に突入するけれども(そのせいで起きてしまっている)、“欲”を程良く発散しているおかげでよく眠れるのか、出会った当初より彼はやや健康的になってきていると思う。友人の一人である古村にも『近頃はクマが薄くなったな』と言われていたし。嫌がらせで最低限にしか貰えていなかった食材も、庭で育てている収穫物も、私がこっそり豊穣系の魔法で増やしてあげているからきちんと食事も出来ているおかげもあろう。 ——まだしばらくはこんな日々が続くかに思えていた、ある日の事。 叶糸が大きめの平たい箱を抱えて、男爵家の敷地内にある彼の家に戻って来た。 「……それは何、じゃ?」 居間のテーブルの上に箱を置き、中身を出して状態の確認をしている叶糸を見上げながら声を掛ける。「んしょ、っと」と無自覚にこぼしながら椅子の上にあがってみると、いつの間にか叶糸が両手で顔を覆い悶絶していた。どうも自力で登る際に晒したプリケツがツボだった様だが、私の心はレディなのでめちゃくちゃ恥ずかしかった。 気を取り直してその様子をじっと見ていると、叶糸が「……義父から、夜会に行く用意をしろって言われたんだ」と教えてくれた。成る程、だからスーツのサイズ確認の為に広げてみているのか。 「そうなのか。……だけど、その服は君には小
『剣叶糸』の人生は、生まれる前からもう『不幸』になる事が確定していた。 平民の血筋の腹に宿ってしまったからだ。 エコー写真で、『獣人』であると確認出来た時点でもう貴族に売られる事が決まり、より高値で売れる先を両親は嬉々として探したそうだ。様々な貴族を相手にゴネにゴネ、最終的には男爵の爵位を持つ『剣』家へ養子に出すと決まった。 何処の家に売ろうかと考えるばかりで、彼の名前は、その辺にたまたまあった本を開いた時に偶然目に入った言葉をそのまま子供につけたらしい。そうでもなければまともな名前すらならなかったかもしれないから、そのテキトウっぷりには逆に感謝したくなった。 そう言えば別件で、産院と結託して平民の元に産まれた『獣人』を死産と偽り、即座に貴族に引き渡していた事件があった。貴族として名付けもされたおかげで、誘拐された子供のその後の人生はとても順風満帆だったそうだ。——それを読むと、あれは貴族なりの優しさだったかの様に思える程、『平民』出身の『獣人』は肩身の狭い人生が確定している事が悲しくてならない。 他の貴族を抑えて、男爵家が叶糸の産みの親達に最高額を提示出来たのは、ひとえに当時の当主であった『剣エイガ』の才覚のおかげであった。歴代最高を収益をあげる程に会社の業績は好調で、今の剣家はあの時の資産を食い潰して成り立っていると言っても過言では無い。 『犬』の『獣人』であった義祖父・エイガは『人間』しか産まれなかった実子や孫達に一握りの期待すら持てず、私財の九割をも投げ打って叶糸を『孫』として迎え入れたらしい。その分期待は相当大きく、経営学を筆頭に、経済学、歴史に数学などありとあらゆる分野の学問を、叶糸が言葉を理解し始めたと同時に叩き込み、詰め込むように教育し続けた。だが、スポンジみたいに全てを見事に習得していく叶糸の様子(幼少期から睡眠時間は四時間程度しか与えないという鬼畜っぷりだったそうな)を見て、『安い買い物だった』と満足していたそうだ。 だがそんなの、実子達にとっては面白くもなんともない。 エイガの息子達を筆頭に、長男の子として産まれた三人の叶糸の義兄達の不満は察するに余りある。義祖母や長男の嫁である義母からの反感は特に酷かった。『獣人を産めなかった』と長年肩身の狭い思いをしてきた彼女達は事ある毎に叶糸を、『教育』だの『躾』だの言
午後になり、叶糸は『授業があるから』と残念そうな顔で大学の講義室に向かった。私はといえば、大半の者には姿が見えぬのをいい事に大学の敷地内を見学させてもらっている。(叶糸相手には通じないが、それ以外の者が相手なら完全に隠す事ももちろん出来るしな) 叶糸的にはずっと側に居て欲しかったようだが、何かある度にチラチラこちらを見て授業に身が入らないとかが物凄くありそうなので断った。(圧倒的はまでの癒し不足とはいえ、学生は学業が優先だからな。気を遣わねば) 国立の大学である此処『幻都魔術大学』は国内最高峰の大学というだけあって、施設の充実っぷりは半端ない。都内の一等地にありながらも広大な敷地を誇り、駅は構内直結だし、当然バス停も正門の目の前で、学生達を主な客層にしている洒落た商店街まで近傍にはある。周辺地域には身分別で選べる学生寮なんかも数多くあるらしく、申し分ない環境が整っている。 主体となっている魔術系の学科以外にも、叶糸の通う薬学科や錬金術、機械工学などの他に農学部まである。当然学生達の質も高くて皆勉学に対して真剣だ。受験シーズンだけじゃなく、入学後も常に相当勉強をし続けねばすぐ周囲に置いていかれる程苛烈な学生生活となるが、その分得られるものが大きいから入学を願う者は後を絶たない。就職は他校出身者よりも相当有利だが、その分『楽しい大学生活』とは無縁だ。だけど真面目に研究や勉学に取り組みたい層には天国の様な環境が約束されている。 実は、叶糸のニ歳年上の義兄である滋流もこの大学を目指していた時期があった。叶糸に作らせたテスト対策問題のおかげで好成績を取れていたせいで自分の力量を笑える程に見誤っていたからだ。だが実技試験の結果が大学の入試を受けられるレベルには達していなかったせいで、受験すら出来なかった。魔法科目の実技は本人でなければ受けられないし、似ても似つかない二人では叶糸を替え玉に仕立て上げる事も不可能だったから、もしも受験資格をどうにかして得ていようが、結局どうにもならなかっただろうな。 『人生に箔が付くから』という理由だけで憧れていた学校に、義弟の叶糸がトップの成績で合格し、入学式では新入生代表として挨拶までするとなった時のキレ方はもう異常者そのものだったとか……。叶糸に利用価値が無ければ、それこそこの時点で殺していたかもしれない程だったらしい。(
「……あーでも、このままでもいいんじゃないかな」 開き直った様に言われたが、ちょっと寂しそうな顔をされてしまっては反発する気にもなれない。 「『形を持たぬ者』であるなら余計に、な。姿形があった方がこうやってコミュニケーションも可能になる。まぁ、それでも魔力が低い者には見えないみたいだけど、それは返って好都合だよな」(だからって何も『マーモット』のままである必要はないのでは?) とは正直思うが、……私をモフッている時の叶糸の様子を思い出し、渋々ながらも「わかった、ぞよ」と返しておいた。 「まぁ、しばらくはこのままでいるとしても、『管理者』である私は食事などの必要がない。なので君は、自分の食事を削るような真似はもうするんじゃないぞ、な」 「あー。気付いてたのか……」 「気付かぬはずがないだろう?」と言いつつ、彼の膝の上で体の向きを変え、対面の状態になる。決して、振り返ったままでいると食い込む肉が邪魔過ぎた訳では、にゃいっ。「しっかり食べて、しっかり寝て、より良い人生を君に送ってもらうために私は来たの、じゃよ」「……個別の案件には不干渉なんじゃ?」 私が言った『文化や文明に関してはもうここまで成熟してしまうと下手に手出しを出来なくて』の部分を叶糸はそう受け取ったのか。 いや、まぁ、実の所『管理者』は全権を委ねられているが故に個々への人生や環境への干渉や微調整もやれる。やれるのだが——(そこまで手を出すと、過剰労働で私の心が死ぬっ!) 私が今の任に就いた時代よりも人口が増加しているのもあって、現状ですらも『寝ずの番』みたいな状態が続いていて、もう頭も心もパンク状態なのだ。だけど、自分の個体としての『名前』を記憶から失い、体の原型を保てない程なのだとは、お互いの今後のためにも黙っておく事にしよう。『そんなに大変なら、後継の件は辞退する』だなんて言われては困るしな。「『君』は、『特別』なんじゃ」 そう口した途端、まるでこのタイミングを狙ったかの様に強い風が吹いた。私の『補佐』達が『演出』を加えやがったのだろう。 「……『特別』?」と叶糸が噛み締めるような声で呟く。言われた経験のない言葉だったのか、マーモットから言われたからなのか。目が少し見開き、私が自重で転がり落ちてしまわぬようにと支えてくれている手に軽く力が入った。 「叶糸」 改