死に戻る君に救いの手を

死に戻る君に救いの手を

last updateLast Updated : 2025-12-23
By:  月咲やまなUpdated just now
Language: Japanese
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地球によく似た青い惑星『ハコブネ』を管理する『管理者』は、念願の後継者を発見する。しかし、剣叶糸は幾度もの死に戻りで既に魔力をほぼ使い果たし、あと一度死ねばもう『後継者』の権利を失う寸前の状態だった。叶糸を救うため直接向かった管理者は、彼の認知の歪みで“マーモット”の姿になってしまう。だが癒しを求めていた叶糸にあっさり受け入れられ、【アルカナ】と名付けられた管理者は、不遇な彼の心を癒やしつつ、自らの願いを果たすために寄り添っていく。 【全45話】

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Chapter 1

【プロローグ】後継者の発見

 『何も無い』と表現するのが一番適切と言える程にただっ広い空間で一人。巨大な《惑星》の立体的なホログラムみたいなモノの前に居る。周囲には『資料』と呼ぶには名ばかりの雑多な本、箇条書きの文章や絵の書かれた束が大量に積み上がっていて、たまにドササッと崩れていく。フィクション、ノンフィクション、歴史書に、世界地図の他にも科学的な専門書まで。多岐にわたる分野のものがないまぜになってしまっているけど、きっちり分別しておくのは難しい。だって自分自身がそもそもその『違い』がよくわかっていないからだ。

 私が《手》的なモノをスッとあげ、左右に動かすと惑星のホログラムみたいなモノが連動して動いていく。同時にその周囲に現れる様々な数値化されたデータ群。それを見て、惑星の環境を微調整をしていく。何だかまるで惑星開拓型のシュミレーションゲームみたいだ。

 ……だけどコレは、ゲームではない。

 現実に、この星の上では無数の命が生き、そしてポロポロ死んでいっている。永い永い歳月、それらをひたすら前にしていると、どうしたって心が押し潰されて疲弊していく。そのせいで元の姿は随分前に崩れ、私はもう『人間』と呼べる様な形状をしていない。霞のような、光のような、霧のような。とにかくまぁそんな存在になってしまった。こんな姿では眠れず、ずっと······を願いながら黙々と、もはや『作業』と化した『惑星の管理』を続けている。

「——『管理者』様!『管理者』様ぁぁぁぁぁ!大っ変っです!」

 珍しく、私の補佐を勤めてくれているモノ達が大騒ぎしている。最初の頃はぼてっとした鳥みたいな形状だったはずの補佐達も、今では『認知』の歪みのせいか蛍程度の光になっていて、会話する度に毎度毎度申し訳ない気持ちに。でも『仕事』という名のお片付けは不思議と出来るままなので、私にだけ、アレらが『そう見えるだけ』なのかもしれない。

「どうしたって言うの?そんなに騒ぐだなんて」

 呆れながら返すと、「見つかったんです!——『後継者』様が!」と補佐達がワーワーと騒ぐ。

 ……『後継者』というワードを聞いても頭が処理出来ない。長年ずっと待ち焦がれてきた反動のせいでしばらく思考停止していたが、やっと理解出来た瞬間、私は「やっと、後継者が!」と叫んでしまった。《私》がまだ人の姿をしていたのならガッツポーズをとっていた所だ。

「……ただ、一つ問題が」

 補佐の一人がぽつりと呟く。

「……え?」と抜けた声を返すと、補佐達が言葉を続ける。

「『後継者』様は、その、不幸な目に遭い続け、すでに何度も死に戻りを繰り返していまして……」

「『管理者』様の後継者になれるだけの莫大な『魔力』を、その原動としている為」

「あと一度でも『死に戻る』と、もうその希少な『魔力』を使い果たしてしまうという寸前なのです」

 その言葉を聞き、顔を青くして声にならぬ悲鳴をあげたい気分になった。——次の瞬間、私は目の前の惑星の、『実物』の方へ飛ぶ様に向かったのだった。

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【プロローグ】後継者の発見
 『何も無い』と表現するのが一番適切と言える程にただっ広い空間で一人。巨大な《惑星》の立体的なホログラムみたいなモノの前に居る。周囲には『資料』と呼ぶには名ばかりの雑多な本、箇条書きの文章や絵の書かれた束が大量に積み上がっていて、たまにドササッと崩れていく。フィクション、ノンフィクション、歴史書に、世界地図の他にも科学的な専門書まで。多岐にわたる分野のものがないまぜになってしまっているけど、きっちり分別しておくのは難しい。だって自分自身がそもそもその『違い』がよくわかっていないからだ。 私が《手》的なモノをスッとあげ、左右に動かすと惑星のホログラムみたいなモノが連動して動いていく。同時にその周囲に現れる様々な数値化されたデータ群。それを見て、惑星の環境を微調整をしていく。何だかまるで惑星開拓型のシュミレーションゲームみたいだ。 ……だけどコレは、ゲームではない。 現実に、この星の上では無数の命が生き、そしてポロポロ死んでいっている。永い永い歳月、それらをひたすら前にしていると、どうしたって心が押し潰されて疲弊していく。そのせいで元の姿は随分前に崩れ、私はもう『人間』と呼べる様な形状をしていない。霞のような、光のような、霧のような。とにかくまぁそんな存在になってしまった。こんな姿では眠れず、ずっと一つの事だけを願いながら黙々と、もはや『作業』と化した『惑星の管理』を続けている。「——『管理者』様!『管理者』様ぁぁぁぁぁ!大っ変っです!」 珍しく、私の補佐を勤めてくれているモノ達が大騒ぎしている。最初の頃はぼてっとした鳥みたいな形状だったはずの補佐達も、今では『認知』の歪みのせいか蛍程度の光になっていて、会話する度に毎度毎度申し訳ない気持ちに。でも『仕事』という名のお片付けは不思議と出来るままなので、私にだけ、アレらが『そう見えるだけ』なのかもしれない。「どうしたって言うの?そんなに騒ぐだなんて」 呆れながら返すと、「見つかったんです!——『後継者』様が!」と補佐達がワーワーと騒ぐ。 ……『後継者』というワードを聞いても頭が処理出来ない。長年ずっと待ち焦がれてきた反動のせいでしばらく思考停止していたが、やっと理解出来た瞬間、私は「やっと、後継者が!」と叫んでしまった。《私》がまだ人の姿をしていたのならガッツポーズをとっていた所だ。「……ただ、
last updateLast Updated : 2025-11-13
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【第1話】平家に住む『男』
 私が『管理』を任されているこの惑星は『ハコブネ』の名を冠している。 とある『青い惑星』の古い物語から引用して、自称している名称だ。美しい海が星の大半を占め、大きな大陸や島々があり、広大な自然の中には八百万の生命がその尊い命を育んでいる。私の立場上共感しか出来ない理由のせいで魔法と科学が混在し、魔物や妖怪も存在し、警察組織以外にも騎士団があったり、困った事に貴族や平民といった身分制度が世界的に根強く残ってしまっている。城と隣接して高層ビルが建っていたりと建築物なんかも新旧ごった煮状態で、スマホを使いながら魔法陣を駆使して属性魔法を操ったりもしているという——……何でもありな世界だ。  そんな《ハコブネ》では現在九割程の《人間》達が文明を築き上げているが、残り一割は獣と人とを融合させた様な種族が占め、それらをヒトは『獣人』と呼ぶ。今の彼等はその大半が所謂支配者階級の者達で、その優れた身体能力と動物的な本能は支配者然としており、歴史の積み重ねの中で持ち上げられるべくして持ち上げられたといった感じだ。——今回見付かった『後継者』は、その『獣人』に属する者らしいの、だ、が……。(……本当に、此処に居るというのか?) 都内の有名な高級住宅街の一角にある貴族のタウンハウスの敷地内の片隅に、ポツンと建っている平屋建の建物に件の人物が居る、らしい。プレハブ小屋よりかはやや上等だが、貴族の令息が住むには相応しくはない。でも、補佐達から徐々に送られてくる『後継者』に関するデータをホログラム的に出現させて確認したけど、やはり此処で合っているみたいだ。(玄関から入ろうか) チャイムを押してどうこうする気は無いけど、私は強盗や泥棒ではないので玄関からお邪魔します。  古臭いデザインの引き戸を通過して室内に入ると、夜という時間帯のせいもあってか廊下は真っ暗だ。奥でヒトの気配はするものの、同じ敷地内にある本宅の中みたいに複数ではなく、此処はどうやら一人だけのようだ。対象者は間違いなく御貴族様だけど、この広さ的にも何もかも一人でこなしているのかもしれない。(家電の類がかなり優秀だし、それらが揃っていれば、貴族令息様であろうが案外やれるもんなんだろうな) 平家だからか家の造りはよくあるマンションの中みたいな感じだ。設備は中古品の寄せ集めといった所で、どれも形落ち
last updateLast Updated : 2025-11-13
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【第2話】環境
「も、もふもふだぁ」  余裕で標準よりも重い十キロ以上はありそうなむっちりボディにされてしまった私を抱き上げ、はあはあと息を荒げまでして、瞳がヤバイ雰囲気になっているこの興奮気味の《男》の名前は【剣叶糸】という。《狼》の《獣人》だ。195センチの高身長とガタイの良い体にグレーの尻尾と頭部の耳がとても似合っている。  支配階級である《貴族》に籍を置きながらも彼がこんなボロ屋で生活している理由が、今尚補佐達から送られてきているデータで、彼のフルネームを知ってやっと私にもわかった。 それは、彼が《平民》出身の《獣人》だからだ。 私の知る限りは例外なく、今の世では、《獣人》は全て《貴族》である。だが様々な理由から平民階級の中でだって獣人は産まれる。そりゃそうだ、平民と火遊びをする貴族だっているし、彼の様に先祖返りというパターンもあるのだから、どんなに《貴族》の中で《獣人》という優秀な血統を囲い込もうとしたってそもそも無理があるんだ。 だけど、平民の家系に生まれた《獣人》は、まず間違いなく産みの親の元には居られない。 クズ親が《貴族》に売っていたり、良識のある親であっても人身売買を生業にしている者達に子供を攫われて売られたりもしてしまうからだ。特殊な例ではあるが、産院の医師達が『赤子は死産だった』という事にして、大金と引き換えに、そのまま貴族に手渡した事件も過去にはあった。  ——そんなこんなで結局《獣人》は全て《貴族》の元に集められるのだが、『平民出身である』というレッテルは一生其の者を苦しめる。特に、この国の貴族達に与えられた特権的習慣で、『獣人の赤子』には洋風の名前をつける為、彼の様にその名前ですぐに『平民出身だ』とわかってしまうパターンなんかは最悪だ。どんなに優秀であろうがその血統だけで卑下され、馬鹿にされ、素晴らしい功績を上げようが評価されない。だけど『名は体を表す』文化が根強いせいで、名付けの時点で《名前》が魔術によって《魂》に刻まれてしまい改名なんか出来やしないのだ。(……だから彼は、此処に一人で暮らしているのか) 剣家は《男爵》の爵位を持つ。彼を『買える』くらいなので裕福ではあるのだろうが、爵位は低いからあまり権力は無い。そして《貴族》だからって全員が全員《獣人》ではなくて、むしろ《人間》である者の方が多い。今の剣
last updateLast Updated : 2025-11-13
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【第3話】同衾(アルカナ・談)
 私の小さな手がぎゅっと彼の服を掴むと、叶糸の顔が少しだけ強張った。だけどすぐに優しい表情に変わり、「……ホント、お前は可愛いなぁ」と嬉しそうな声で彼は呟いた。 一瞬見せた先程の表情は一体何だったのか。 でも……すぐに何となくその理由を察してしまった。服を掴んだ事で少しだけ引っ張らさった服の奥に大小の古傷があったからだ。タバコとか、鞭か何かで傷付けられた感じだ。服で隠れる位置ばかりな所に加害者の小賢しさが垣間見れる。長袖といった類の物を選んで着れば、だけれども。(……『教育』や『躾け』と称した、『虐待』の形跡ってやつか) ぎゅっと胸の奥が苦しくなった。彼レベルの魔術技術保有者ならば傷跡なんか簡単に消せるだろうに、そのままにしているのはきっと、消せば加害者が気分を害するからだろう。 ……段々と自分が責められている様な気がしてくる。そして、この気持ちがあながち見当違いじゃない事実が心苦しい。それは私がこの《惑星》の《管理者》であるからだ。《私》や《歴代の管理者》達が、もっとしっかりこの惑星を余す事なく管理し尽くしていれば、彼にこんな経験をもさせずに済んだのかもと、どうしたって考えてしまう。「腹は減ってるか?……って、訊いても意味なんか分かる訳がないよな」と言われたが、首を横に振って答えてみた。「——え?」とちょっと驚かれてはしまったが、「……お前は賢いんだな」と頭を撫でてくれる。広い世界だ、探せば何処かにはマーモットの獣人だっているかもだが、私に対してその可能性を疑っている感じではなかった。「じゃあ、今日はもう遅いから寝るか」 タブレットの充電をし、パソコンの電源を落として叶糸が私を抱きかかえたまま別の部屋に足を向ける。多分寝室に向かっているのだろうけど、その道中で「あ、お前の名前を決めないとだなぁ」と言われた。 ……私にも昔は《名前》があったはずなのだが、もう思い出せない。永い時間の中であやふやになってしまった肉体と一緒に消えてしまったみたいでさっぱりだ。私がまだヒトだった時代には、今みたいにその魂にまで名前を刻む様な魔法が無かったが、もし当時からそれがあれば今も覚えていられたのだろうか。「……『アルカナ』にするか」 あっさりと名前が決まりそうな理由が気になり、周囲を見渡すと、廊下の壁にタロットカードをモチーフとした絵が飾られていてすぐに納得し
last updateLast Updated : 2025-11-15
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【第4話】自慰(アルカナ・談)
 ——時刻が丑三つ時となったであろう頃。  慣れぬ行為のせいか、眠るのがそもそも下手くそだからか、ふっと目が覚めてしまった。体に触れている布団は温かいままなのだが、何故か背後は丸々剥き出しになっている感があって、この体であってもそこだけは若干寒い。それに一緒に此処で眠っていたはずの大きな体温の塊が近くにある気がしない。別に我々は近しい間柄じゃないんだ、君は傍に居てくれねばという訳ではないのだが、それでもちょっと寂しい感じがして、その体温を探す為に動こうとしたのだが—— その直前に私の動きがぴたりと止まった。「んっ……くっ。はっ——」  な、何故か背後から、甘い吐息と、ぬちゅぬちゅっという水音が聞こえてきたからだ。音の正体を知りたい様な、知りたくなんかない様な。コレでは少しも動けない。振り返る事も出来ず、だからって聞こえない事にしてこのまま図太く眠るのも不可能だ。(……この音って、まさか、……自慰をなさっているの、では?) 目だけはクワッと開いてしまったが、体の方はぐっと堪えた。 「あ、んんっ」と言う控えめな声と共に私の背後に何かがペシャッとかかった気がする。多分だけど……達した、の、だろう。(い、いやいやいや!——待て待て!) 振り返って『何をオカズに致しているのかな?君は!』と言いたい気持ちをじっと堪える(この体ではまた叫ぶだけで終わりそうだし)。だけどまぁ、終わったのならもう寝るだろうと思ったのに、また卑猥な水音と熱い吐息が聞こえてきた。ど、どうやら彼は、先程の行為だけでは満足出来なかったみたいだ。 「あぁぁ、可愛いなぁ……」と、叶糸の、興奮気味だが、何かを我慢しているような小さな声が聞こえる。だけど彼が、その行為のオカズにしている《何か》が想像もつかない。この部屋にはそれらしき物なんか何も無かったのに。『となると、想像や妄想を糧にでもしているのか?』と思いたい所なのだが……「お前がヒトの女の子じゃなくて良かった、なぁ……。いい匂い過ぎて、一緒に寝たりなんかしたらこのまま襲ってる所だったよ」 その一言で確信してしまった。オカズは間違いなく、この《私》だ。言葉の雰囲気的に《獣姦》趣味の持ち主ではなさそうだが、この体臭にやられたって事は『匂いフェチ』ではあるのかもしれない。  それにしても、寝ている者のすぐ隣で自慰に至るとは何たる強い性欲
last updateLast Updated : 2025-11-17
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【第5話】緩み(アルカナ・談)
 鳥の鳴き声で目が覚めた。いつの間にかまた眠ってしまっていたみたいで途中から記憶が無い。(……叶糸の自慰のお声はバッチリ覚えているけどな) むくりと起き上がり、彼を探す。だけど寝室からはもう出たみたいで、昨日床に脱ぎ捨てていた服なんかも消えていた。 のっそりと起き上がり、ベッドから降りて部屋を出る。叶糸が私に抱いている《マーモット》という認知が邪魔して部屋の扉をすり抜けられないという事態にまでは至っていなくてちょっとホッとした。(普通なら出来なくって当たり前の事だから、心配した事自体が変かもだけどね) 廊下に出ると、ちょっとだけいい匂いが漂ってきた。きっと叶糸がキッチンで料理でもしているのだろう。時間帯的に朝ご飯か。  慣れないせいかこの体は歩きにくい。のそのそと二足歩行をしているうちに、『あ、マーモットは四足歩行の生き物じゃないか!』と今更気が付き、一瞬迷ったが、小さなプライドは捨てて手を床について彼の元に向かった。「あれ?おはよう、アルカナ」 足元に現れた私に一瞬驚いていたが、『扉を閉め忘れていたか』と思考が帰着したようだ。  エプロン姿の彼は私のムッチリボディを軽々と抱き上げ、近くにある椅子にトッと座らせた。(……私なんか床でもいいだろうに) 一人用の椅子がダイニングスペースには一脚だけだ。これでは彼が座れない。『どうする気だ?』と思いはしたが、彼は直様パソコンなどを置いてある部屋から椅子を持って来て座った。 二足立ちしてテーブルの上に手を乗せる。するとこちらの動きをじっと見ていた叶糸が顔を手で覆って天井を仰ぎ見始めた。体を震わせ、なんか変な声まであげている。こ、こんな子であるとは知らなかったから、かなり驚きだ。(彼は……余程癒しに飢えているのだろうな) テーブルの上には大きな皿が置かれ、その中には小さくカットされた果物やニンジンといった野菜が並んでいる。なのに彼の前には野菜の端材みたいな物しか入らぬスープだけだ。『これって、私の為にかなり自分の分を削ったのでは?』と思うと泣きたい気分になってきた。(優しい子だな……) 産みの親には売られ、義家族からは色々求められるばかりで出来なきゃ折檻だなんて酷い経験をしただろう子なのに、心は強いみたいだ。 はしたなくも手で掴んだ野菜を口に入れ、咀嚼する様子までじっと見てくる。見られている
last updateLast Updated : 2025-11-20
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【第6話】義兄弟(アルカナ・談)
 慌てて外出して行く叶糸に対して『いってらっしゃい』と心の中だけで告げ、少しの間を開けて私も玄関を目指す。「指示を受けはしたが、出て行かないと私は約束していないからな」 ふふっと悪い奴みたいに笑い、敢えて考えを口にする。たったの一晩とはいえ、封じられていたからか『喋れる』というのが地味に嬉しい。文字での伝達を諦めた矢先にこれとは、まさに僥倖だ。 薄暗い廊下を通り、悠々と玄関ドアもすり抜けて、でもちゃんと距離を置いて叶糸の後にそっとついて行く。  昨夜の推察通り彼に今までの記憶が無いのであれば、かなり危険だ。そんな状態では確実に『一度目の人生』と同じ轍を踏むだろう。だが私が同行していれば危険を回避出来る可能性が高くなるだろし、彼と話すチャンスもあるはずだ。(もう、一度たりとも彼を死なせる訳にはいかないんだから、常日頃から警戒は強めでいかないとな) ——そんなふうに一人気合いを入れていると、敷地外に出る手前くらいの場所から耳障りな声が聞こえてきた。 「きっちりやって来たんだろうなぁ、叶糸ぉ」 「手抜きしてたら許さねぇぞ」 「ほら、早く渡せって」  遠目からその姿を見て、その声を聞いて、『うわ……』と心の中だけでそっとぼやく。揃いも揃ってなんともまぁねちっこい声だ。 門の側に立つ彼らは、全員叶糸の義兄達だ。 赤子の頃に養子として剣家に来る羽目になった叶糸とは、当然少しも血は繋がっていない。なので叶糸とはちっとも似ていないが、彼ら自身は『三つ子か?』ってくらいにそっくりだ。髪色に関しては染めている関係でバラバラだけれども。 「…………」  無言のまま叶糸が背負っている鞄を前側に回し、中からレポートの束を取り出した。 「勿論、ちゃんとやりましたよ」  此処に居る者達は全員まだ学生だ。大学院生だったり、大学生だったりと。補佐達の報告によると国内最高峰の大学に通う叶糸とは違って、奴らは全員揃ってFランクの学校に行っているらしい。各種属性魔術系の国家試験を一つも合格出来ず、テストの成績も芳しくないくせに、何故かレポートの成績だけはかなりの高評価を得ているというアンバランスな者達である。——だが、この後すぐにその理由がわかった。「早く寄越せ!こっちは急いでんだからよ!」 ズカズカと距離を詰め、叶糸の手から奪う様にレポートの束を受け取ると、表紙を確
last updateLast Updated : 2025-11-24
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【第7話】君に伝えるべき事①(アルカナ・談)
 生粋の《狼》は時速約五十六キロ程で走り、二十キロもの長距離を一日で移動する事も可能な生き物だ。《人間》要素が組み込まれている《獣人》では流石に《狼》であろうとそこまでの能力を素では持ち合わせてはいないが、鍛えた者であれば同等に近くはなれる。どうやら叶糸は後者のようで、剣家の敷地を飛び出し、アスファルトの公道を、草原や森の中みたいに駆けに駆けた彼は隣街にある廃れた公園にまで私を連行した。 「……大学は、いいの、か?」  余裕を持って一限目から出席出来るであろう時間にはもう家を出たんだ。てっきりあのまま大学に向かうとばかり思っていたのだが、此処では随分と離れている。 「あぁ、今日は午後からだから大丈夫だ。あの時間に家を出たのは、アイツらに渡す物があったのと……いつもは、家に、居たくないから習慣化しているだけ、だな」  ブランコに乗り、足だけで軽く揺らす。私は膝の上に抱えられた状態で一向に離してくれる気配はない。 住宅街の一角にあるこの公園には私達以外には誰も居ない。動くとギーギーと煩いブランコ、ペンキの禿げた木製のベンチ、他には小さな砂場があるだけの狭くて管理がずさんで小さな公園よりも、少し足を伸ばして、もっと大きな遊具のある綺麗な公園に子連れの人達は集まっているのだろう。「……お前が、無事でよかった」 ふっと緊張の糸が切れたのか、急にギュギュッと抱き締められて骨が軋む。きっと彼はその生い立ちのせいで一度も小さき者や動物なんかを相手にした事が無いのだろう。加減が一切出来てはおらず、私が相手じゃなかったら骨が折れるか、下手をすると砕けていたかもしれない。 「でも、何でアイツらには見えなかったんだ?」  今度は一転して力を緩め、私のわがままボディの腰っぽい箇所を掴んで少し距離を取る。  見上げた彼の目の下のクマが昨日よりも少しマシになっていたもんだから『昨晩は普段よりかは眠れたのか』と、つい関係の無い事を考えてしまった。が、疑問には答えようと「——ハッ」と笑い、胸を張る。だけどこの体ではただ腹を突き出しただけみたいにしかならず、ちょっと後悔した。「あの程度の者達に姿が見える程、下等な魔力は持っちゃおらんからなっ!」 突き出したままの腹、そして何故にこの口調なんだ。……と、やってしまってから後悔したが、もう遅い。変に《彼》が自分の《後継者》である事
last updateLast Updated : 2025-11-27
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【第8話】君に伝えるべき事②(アルカナ・談)
「よし。まずは、この『ハコブネ』についての話を先にしようか、のう」 「小学や中学の時点で全て習っているぞ?」 「あ、いや。地理、構造や主成分とかに関しての話ではない、のじゃ。もっと根底の、始まりについてといった所だ、じゃな」などと、己の言葉遣いへの違和感をガン無視し、遠い目をしながら私は、私も前任の『管理者』から随分昔に聞かされた話を彼に語り始めた。  ——悠久の昔。  原初の宇宙に黒い靄の様なモノが誕生した。意思があるが、ただそこに『ある』だけで、何の目的も存在理由も無く、真っ暗な宇宙の中で身近にある全てを強欲に飲み込みながら、その『モノ』は、ただただ意味も無く彷徨い続けた。『自我のあるブラックホール』みたいなモノであると言えば多少はわかりやすいかもしれない。 永い永い年月を経て、その『モノ』は『とある惑星』の存在に気が付いた。  それは、青く輝く美しい惑星—— 『地球』だ。 どの星よりも青く綺麗に輝き、暗黒の宇宙空間の中で異彩を放っているその惑星に異常な程強い興味を抱いたが、その『モノ』が近づけば全てを飲み干してしまう。欲しい欲しいと我慢が出来ず、太陽系の絶妙なバランスをいとも簡単に壊せてしまう自分ではこれ以上近づく訳にはいかない。失わぬ為にと我慢に我慢を重ね、遥か遠くからただ見詰める事に徹した。 じっと、じーっとひたすら観察し続けるうち、その想いはもう『恋焦がれる』に近い感情へと昇華した。だが、その想いは応えてもらえる様なものではない事はわかっている。強く深いこの想いは永遠に届かず、押し付ける事も、欠片であろうと認知すらしてもらえない。だからって、せめて寄り添おうと近づけば腹の中に収めてしまってもう『観る』ことすらも出来なくなる。そのせいで悶え苦しみ、苛立ちから飲み込んだ星の数はもう、数え切れぬ程になった。 気が狂いそうな日々を悶々と過ごすうちに、その『モノ』は、ふっととんでもない考えに行き着いた。  己も、『アレ』と同じになればいいのでは?——と。 “素材”と言える物は、それこそ星の数程腹の中にある。思い付くまますぐに粘土のように我が身を変化させ、その『モノ』は自分自身を『地球』に似た姿に変えていった。青い海、広大な大地、清浄な大空と無数の植物。  ——こうして、『超越者』とも呼べる程のその『モノ』は、自らを『コピーキャ
last updateLast Updated : 2025-12-01
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【第9話】君に伝えるべき事③(アルカナ・談)
「……あーでも、このままでもいいんじゃないかな」  開き直った様に言われたが、ちょっと寂しそうな顔をされてしまっては反発する気にもなれない。 「『形を持たぬ者』であるなら余計に、な。姿形があった方がこうやってコミュニケーションも可能になる。まぁ、それでも魔力が低い者には見えないみたいだけど、それは返って好都合だよな」(だからって何も『マーモット』のままである必要はないのでは?) とは正直思うが、……私をモフッている時の叶糸の様子を思い出し、渋々ながらも「わかった、ぞよ」と返しておいた。 「まぁ、しばらくはこのままでいるとしても、『管理者』である私は食事などの必要がない。なので君は、自分の食事を削るような真似はもうするんじゃないぞ、な」 「あー。気付いてたのか……」 「気付かぬはずがないだろう?」と言いつつ、彼の膝の上で体の向きを変え、対面の状態になる。決して、振り返ったままでいると食い込む肉が邪魔過ぎた訳では、にゃいっ。「しっかり食べて、しっかり寝て、より良い人生を君に送ってもらうために私は来たの、じゃよ」「……個別の案件には不干渉なんじゃ?」  私が言った『文化や文明に関してはもうここまで成熟してしまうと下手に手出しを出来なくて』の部分を叶糸はそう受け取ったのか。  いや、まぁ、実の所『管理者』は全権を委ねられているが故に個々への人生や環境への干渉や微調整もやれる。やれるのだが——(そこまで手を出すと、過剰労働で私の心が死ぬっ!) 私が今の任に就いた時代よりも人口が増加しているのもあって、現状ですらも『寝ずの番』みたいな状態が続いていて、もう頭も心もパンク状態なのだ。だけど、自分の個体としての『名前』を記憶から失い、体の原型を保てない程なのだとは、お互いの今後のためにも黙っておく事にしよう。『そんなに大変なら、後継の件は辞退する』だなんて言われては困るしな。「『君』は、『特別』なんじゃ」 そう口した途端、まるでこのタイミングを狙ったかの様に強い風が吹いた。私の『補佐』達が『演出』を加えやがったのだろう。 「……『特別』?」と叶糸が噛み締めるような声で呟く。言われた経験のない言葉だったのか、マーモットから言われたからなのか。目が少し見開き、私が自重で転がり落ちてしまわぬようにと支えてくれている手に軽く力が入った。 「叶糸」  改
last updateLast Updated : 2025-12-05
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