All Chapters of 死に戻る君に救いの手を: Chapter 11 - Chapter 20

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【第10話】大学にて(アルカナ・談)

 午後になり、叶糸は『授業があるから』と残念そうな顔で大学の講義室に向かった。私はといえば、大半の者には姿が見えぬのをいい事に大学の敷地内を見学させてもらっている。(叶糸相手には通じないが、それ以外の者が相手なら完全に隠す事ももちろん出来るしな) 叶糸的にはずっと側に居て欲しかったようだが、何かある度にチラチラこちらを見て授業に身が入らないとかが物凄くありそうなので断った。(圧倒的はまでの癒し不足とはいえ、学生は学業が優先だからな。気を遣わねば) 国立の大学である此処『幻都魔術大学』は国内最高峰の大学というだけあって、施設の充実っぷりは半端ない。都内の一等地にありながらも広大な敷地を誇り、駅は構内直結だし、当然バス停も正門の目の前で、学生達を主な客層にしている洒落た商店街まで近傍にはある。周辺地域には身分別で選べる学生寮なんかも数多くあるらしく、申し分ない環境が整っている。 主体となっている魔術系の学科以外にも、叶糸の通う薬学科や錬金術、機械工学などの他に農学部まである。当然学生達の質も高くて皆勉学に対して真剣だ。受験シーズンだけじゃなく、入学後も常に相当勉強をし続けねばすぐ周囲に置いていかれる程苛烈な学生生活となるが、その分得られるものが大きいから入学を願う者は後を絶たない。就職は他校出身者よりも相当有利だが、その分『楽しい大学生活』とは無縁だ。だけど真面目に研究や勉学に取り組みたい層には天国の様な環境が約束されている。 実は、叶糸のニ歳年上の義兄である滋流もこの大学を目指していた時期があった。叶糸に作らせたテスト対策問題のおかげで好成績を取れていたせいで自分の力量を笑える程に見誤っていたからだ。だが実技試験の結果が大学の入試を受けられるレベルには達していなかったせいで、受験すら出来なかった。魔法科目の実技は本人でなければ受けられないし、似ても似つかない二人では叶糸を替え玉に仕立て上げる事も不可能だったから、もしも受験資格をどうにかして得ていようが、結局どうにもならなかっただろうな。 『人生に箔が付くから』という理由だけで憧れていた学校に、義弟の叶糸がトップの成績で合格し、入学式では新入生代表として挨拶までするとなった時のキレ方はもう異常者そのものだったとか……。叶糸に利用価値が無ければ、それこそこの時点で殺していたかもしれない程だったらしい。(替
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【幕間の物語①】『叶糸』の一度目の人生(アルカナ・談)

 『剣叶糸』の人生は、生まれる前からもう『不幸』になる事が確定していた。 平民の血筋の腹に宿ってしまったからだ。 エコー写真で、『獣人』であると確認出来た時点でもう貴族に売られる事が決まり、より高値で売れる先を両親は嬉々として探したそうだ。様々な貴族を相手にゴネにゴネ、最終的には男爵の爵位を持つ『剣』家へ養子に出すと決まった。 何処の家に売ろうかと考えるばかりで、彼の名前は、その辺にたまたまあった本を開いた時に偶然目に入った言葉をそのまま子供につけたらしい。そうでもなければまともな名前すらならなかったかもしれないから、そのテキトウっぷりには逆に感謝したくなった。 そう言えば別件で、産院と結託して平民の元に産まれた『獣人』を死産と偽り、即座に貴族に引き渡していた事件があった。貴族として名付けもされたおかげで、誘拐された子供のその後の人生はとても順風満帆だったそうだ。——それを読むと、あれは貴族なりの優しさだったかの様に思える程、『平民』出身の『獣人』は肩身の狭い人生が確定している事が悲しくてならない。 他の貴族を抑えて、男爵家が叶糸の産みの親達に最高額を提示出来たのは、ひとえに当時の当主であった『剣エイガ』の才覚のおかげであった。歴代最高を収益をあげる程に会社の業績は好調で、今の剣家はあの時の資産を食い潰して成り立っていると言っても過言では無い。 『犬』の『獣人』であった義祖父・エイガは『人間』しか産まれなかった実子や孫達に一握りの期待すら持てず、私財の九割をも投げ打って叶糸を『孫』として迎え入れたらしい。その分期待は相当大きく、経営学を筆頭に、経済学、歴史に数学などありとあらゆる分野の学問を、叶糸が言葉を理解し始めたと同時に叩き込み、詰め込むように教育し続けた。だが、スポンジみたいに全てを見事に習得していく叶糸の様子(幼少期から睡眠時間は四時間程度しか与えないという鬼畜っぷりだったそうな)を見て、『安い買い物だった』と満足していたそうだ。 だがそんなの、実子達にとっては面白くもなんともない。 エイガの息子達を筆頭に、長男の子として産まれた三人の叶糸の義兄達の不満は察するに余りある。義祖母や長男の嫁である義母からの反感は特に酷かった。『獣人を産めなかった』と長年肩身の狭い思いをしてきた彼女達は事ある毎に叶糸を、『教育』だの『躾』だの言って折檻
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【第11話】皮算用(アルカナ・談)

 この『ハコブネ』の『管理者』である私の『後継者』たる資格を持つ叶糸を救おうと、私が彼の元に来てから一ヶ月程経過した。その間は比較的平穏に過ごせていた方だと思う。まぁそうは言っても、義家族達から、小さいながらも保持している領地の管理や運営計画の書類作成や大学院の課題などを押し付けられてはいたけれど、理不尽な折檻が今は無いだけでも、見ていて多少はほっとした。 彼が大学の講義を受けている最中などの時間で、私は私で、自分の『お仕事』をひっそりとこなす。異空間に居る補佐達から送ってもらった惑星管理関連のデータを元に『ハコブネ』の環境の微調整をしたり、今後起こる可能性の高い災害の対策を立てたりなどなど。だけどこっちもこっちで後継者問題があるから、『惑星の自我』が不機嫌にならない程度にちょっとだけ手を抜いて。でもむしろ今は現地に居る分、リアルタイムで関われるから今までよりもしっかりと対応出来ている気がする。 夜になり、私が眠ると叶糸が色々と発散するお時間に突入するけれども(そのせいで起きてしまっている)、“欲”を程良く発散しているおかげでよく眠れるのか、出会った当初より彼はやや健康的になってきていると思う。友人の一人である古村にも『近頃はクマが薄くなったな』と言われていたし。嫌がらせで最低限にしか貰えていなかった食材も、庭で育てている収穫物も、私がこっそり豊穣系の魔法で増やしてあげているからきちんと食事も出来ているおかげもあろう。 ——まだしばらくはこんな日々が続くかに思えていた、ある日の事。 叶糸が大きめの平たい箱を抱えて、男爵家の敷地内にある彼の家に戻って来た。「……それは何、じゃ?」 居間のテーブルの上に箱を置き、中身を出して状態の確認をしている叶糸を見上げながら声を掛ける。「んしょ、っと」と無自覚にこぼしながら椅子の上にあがってみると、いつの間にか叶糸が両手で顔を覆い悶絶していた。どうも自力で登る際に晒したプリケツがツボだった様だが、私の心はレディなのでめちゃくちゃ恥ずかしかった。 気を取り直してその様子をじっと見ていると、叶糸が「……義父から、夜会に行く用意をしろって言われたんだ」と教えてくれた。成る程、だからスーツのサイズ確認の為に広げてみているのか。「そうなのか。……だけど、その服は君には小さいんじゃ
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【第12話】夜会①(アルカナ・談)

 胸糞悪い惺流の算段を知っている身としては、此処で留守番なんかもっての外だ。高位貴族達の夜会だとはいえども、どうせ私の姿は見えない者ばかりだし問題は無いだろう。(叶糸相手には通じないけど、他が相手なら完全に隠す事も出来るのだし) ——そう思って私は、「私も夜会に行く、ぞよ。何かあれば、助けてやれるからな」と胸を張って伝えた。なのにどうだ。「無理じゃないかな」と即座に否定されてしまった。「何故⁉︎じゃっ」 初対面時の『うわあぁー!』と叫んでしまったあの時の様な声で訊くと、「あー……」と少し気不味そうに叶糸がこぼす。「や、ほら、アルカナは小さくって可愛いから、会場内をウロウロしていたらボールみたいに蹴られちゃうんじゃないかな」 そうか、姿が見えないが故の弊害か。大学の校内は広いのでまだ未経験だが、ゴロゴロと蹴られに蹴られて会場中を転がる自分の姿を想像すると段々悲しくなった。永年この惑星を管理している我が身がただのボール扱いをされてしまうとか、悲惨でしかない。——と、その惨状ばかりに気を取られ、そもそも触れられない様にしたらいいだけじゃないかという考えにまで至らずにいると、急に叶糸が嬉しそうな表情をした。「あ、でもアルカナのドレス姿は見てみたいな」 手近な椅子に座り、当たり前の様に私を膝に乗せる。そして背後から優しく抱きしめながらうっとりとした声で言われたが、こんなずんぐりボディじゃ何を着ようが絶対に似合わないだろ。だが私は諦めきれない。 一度目は義家族に殺されるという惨事に見舞われた彼だが、二度目以降は全て、『婚約者』達が原因で死んでいるからだ。 今回の夜会の会場にその原因となった歴代の者達がいないとは限らない。相手は全て都内在住の高位貴族だったから参加している可能性が高いとも思うんだ。「よし。ならば私も人の姿になって参加しよう、かのう」 やや振り返りつつキリッとした顔で言ったのに、また叶糸は顔を手で覆って悶えている。こちとらすごく真剣なのだが……だがまぁ、君が癒されているのなら良しとしよう。「でも、どうやって?」「叶糸が、私を『変身も出来る者だ』と『認知』を書き換える必要がある、ぞな」 もう癖になりつつあるこのアホみたいな喋り方には高度なスルースキルを発揮しつつ、叶糸が「……『認知』、か」と呟き、唸りながら目を瞑る。多分、早速私への認識を
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【第13話】夜会②(アルカナ・談)

 テラスから侵入して窓越しにそっと室内を覗くと、会場内のメンバーは錚々たる者達ばかりだった。結婚などの理由で皇家から抜けた者達のみに一代限りで与えられる『公爵』の爵位を持つ者までは居ないまでも(貴族間のパワーバランスに影響を与えてしまうため、この国では、公爵家は公式の行事以外には滅多に参加しないのだ)、公爵の次に爵位の高い『侯爵家』の者が何人か参加しているみたいだ。他はもう伯爵家の面々で、予想通り男爵位を持つ参加者は剣家のみである。子爵家に至っては一人も見当たらない。だからか余計に興味を持たれ、色々な者達と惺流が歓談している。すぐ側には叶糸を引き連れており、これから話す者の家名や、相手が興味のある話題に関してなどのアドバイスをそっと耳打ちしていた。(あの義父じゃ普段は会えない相手ばかりだから、顔を見ても、咄嗟にどの家の者かわからないみたいだな) 以前より『一般常識』の範囲として都内の貴族全員の名前や容姿、趣味などといったデータを頭に叩き込まれていたおかげもあってか、夜会への参加はこれが初めてである叶糸の方が不安が無い分堂々としたものだ。叶糸は体格も良く、身長も抜きん出ているから目立ってもいる。流行りのデザインに仕上げたスーツのおかげも多少はあるだろうな! 参加者の中には叶糸が『平民』であると知っている者も居るだろうが、表面上は普通に接してくれている。多分それは主催者が星澤家だからだろう。星澤家の面々は生粋の商人気質持ちだからか、生まれ育った土地柄なのか、腹の中では何を考えていようが表面上はそれを一切出さない。相手が『平民』であろうが商売優先。人の口には戸を立てられないため、家の評判を落とすような態度は絶対に取らない星澤家の顔色を窺っているからだろう。損得勘定が強い方がこの場合はありがたいな。(それにしても——) この夜会は婚活パーティーとかじゃないので名札なんか誰もつけてはいない。そのおかげで『叶糸』の名前を聞いても、音だけじゃ『平民』だとは気が付かず、『狼』の『獣人』である事で興味深げに寄って来る者もやたらと多い。(叶糸が威風堂々としているおかげだな!)媚を売るような声で話し掛け、必死に連絡先を訊き出そうとしている者などもいた。(でも、ボディタッチはやり過ぎじゃないか?) 獣人の性欲の強さを刺激でもしたいのか、腕を勝手に絡めてきたり、貴族の御令嬢
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【第14話】夜会③(アルカナ・談)

 二度目の人生で叶糸の『婚約者』だった女性の名前は『西條ソロア』という。キツネの獣人で、侯爵の爵位を持つ西條家十人姉弟の長子である。貴族令嬢として叩き込まれた礼儀作法などでは隠しきれない程性格にかなり難があり、そのせいで実父や祖父母や弟妹達とは折り合いが悪く、末弟のみを可愛がっているそうだ。理由は簡単。 現在の西條家は、末弟だけが彼女と同じ『獣人』だからだ。 十年前。 産後の経過の悪さが祟って、同じくキツネの獣人であった母が亡くなり、それ以降はもう末弟の言う事しか聞かないらしい。 そんな彼女は根っからの血統至上主義者で、『貴族以外は人にあらず』と平気で言ってしまう様な女性だ。獣人至上主義でもあり、厄介な事に実母が他国の王族の出(第八王女とか、そんな感じだったはず)であった事も災いして、相手が貴族であろうと王家の血が入る自分よりは下であると考え、同じ『侯爵家』の者であってすらも蔑んだ目を向けるもんだから、実父の意向で普段彼女は社交の場には出ていない。なのにこの場に居るということは——(今はもう、ソロアの結婚相手を探している時期だったのか!) 本来なら獣人として生まれた子には幼少期からもう婚約者がいる。『獣人である』という理由で早々に青田買いされていくのだ。なのに彼女には昔から婚約者は一人もいない。以前はいたけど破棄した・されたとかすら一度も無い理由は、偏に、性格の悪さが原因だろうな……と容易く想像が付く。『王族の血が入っていないから』と貴族相手ですらも鼻で笑う様では、大事な我が子と婚約させたいと思う親なんかいるはずがないからな。 貴族相手ですらもこうなのだ。 相手が『平民』となれば、彼女は同じ空気を吸うのも拒絶する。 そのせいで、受けた教育は全て家庭教師からのみ。クラスメイトに平民が居るかもと、学校にすら通わなかった徹底っぷりだ。 テラスから中を覗いた時には居なかったから、きっと遅れてやって来たのだろう。本心としては平民と同じ空間に居るのすらも苦痛の筈だが、遅れて来たのにもう帰るというのは、主催者が星澤家である事から、いくらソロアでも気が引けるのかもしれない。オシャレくらいしか趣味の無い彼女は、和装だけじゃなく、ハイブランドの和風な洋装や装飾品を数多く販売している星澤家には嫌われたくはないのだろう。 なので現段階では彼女に危険性や
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【第15話】夜会④(アルカナ・談)

 叶糸の中で何かしらの心境の変化があったおかげで“変身”魔法が使える状態になったため、早速私は自身の姿を変える事にした。まずは一瞬だけ時間を止めて、『元から私は此処に居た』と周囲に“誤認”させる魔法をかける(こちらの魔法も違法の部類だが、まぁいい!)。そして得た数秒の間にヒトの姿をイメージしてこの場に構築していく。 記憶に残り難いように透明感のある雰囲気で。だけど強欲な惺流の気を引けるように種族は『人間』よりも“獣人”の方が良いだろう。長い髪は夜会らしく結い上げて、主催者が星澤家である事を考慮して服装は和洋どちらも組み合わせ、且つ動きやすく。刺繍という形で和柄も随所に取り入れる。古風なラインのドレスではなく近代的なシルエットにして、だけど華やかさは無くさずに。 ——そう意識した結果、仕上がった私の姿は白い肌の所々に銀色の鱗がある“龍”の“獣人”となった。 国史の中でも数度しか産まれていない種族である。先祖や両親がどんな種族かは関係無く産まれ、平民の出であってもぞんざいには扱われない唯一の存在であり、吉兆の証とされる程の希少な種だ。マーモットの獣人ではなく、この姿になったのはきっと、私が唯一無二の『ハコブネの管理者』だからだろう。 特徴的な長い尻尾を優雅に揺らし、やや尖った形の耳の上からは“龍”と呼ぶに相応しい角が生えている。銀色の髪を持ち、金色に光り輝く瞳で叶糸の姿を捉えると同時に、再び時間が動き出した。その瞬間一斉に視線が私に集まったが、もちろん『急に出現したから』じゃない。私が“龍”だからである。この美しさに見惚れている者も多いが、周囲の人達が「……何処の家の者だろうか?」と小声で疑問を口している声が耳に届いた。「…………」(——あぁぁぁぁあっ!そうだったぁ!) 皆々に姿を晒してから痛恨のミスをしてしまった事に気が付いたが、もう後の祭りだ。このままでは主催者である星澤家の人が『誰?』と話し掛けに来てしまうかもしれないじゃないか! な、ならば先に動いてしまえと、私は少し足早になりながら叶糸の方へ向かい、彼の前で立ち止まって丁寧な所作で一礼した。「失礼。息子さんをダンスにお誘いしても宜しいですか?」 やれもしない堅苦しい自己紹介は頑なに省き、笑顔でゴリ押しながらそう惺流に許可を求める。 当然一瞬驚いた顔をされはしたが、すぐに「あ、は
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【幕間の物語②】叶糸の一人目の婚約者①(アルカナ・談)

 ——初めて時間が戻ったその瞬間。『自分は人生をやり直している』と叶糸はすぐに気が付いたようだった。 居場所が急に変化したおかげもあろうが、『一度目』の記憶がそのまままるっと残っていたからだ。大学二年の頃にまで時間が戻った理由までは流石にわからず、困惑はしたようだが、『未来』を知っているというのは大きな強みとなるように思えた。……だが、家族との軋轢の『結末』が『集団暴行』の末の『死』であった事が彼の心に深い傷を残していて、残念な事に、叶糸から家族に対して抵抗する気力をすっかり奪ってしまっていた。 それほどまでに、身近な人から向けられる『殺意』は恐ろしいものなのだろう。 それでも一年程は彼らなりに平穏に過ごせていたのだが、剣家の前当主であるエイガが叶糸を後継者にするべく残した権利や遺産の書かれた遺言書の件を悟られる前にと、現当主である惺流は、彼の結婚相手を本腰を入れて探し始めた。 貴族の家で育った『獣人』だとはいえ、その名からして明らかに『平民』の血筋であるため、そう簡単には見つからないかと思えたのだが、意外にも侯爵家として名高い『西條家』から通達があった。 『我が娘、ソロアとの婚姻はどうか』と。 男爵家が高位貴族である侯爵家との縁を結べるのは願ってもない話だ。だが西條ソロア侯爵令嬢は極度の平民嫌いである。その噂は当然惺流も知っている。もう今じゃ誰も口にしない程に有名だからだ。だがこれはむしろ好都合だと惺流は考えた。(新しい家族から嫌われたのなら、居場所を求めて実家に出戻って来るだろう。そこで今まで通りに優しく接してやれば、叶糸はまた、家族のためにと喜んで我々に尽くすに違いない) ——と。一度たりとも優しくなんぞした事もないのに、よくもまぁそんな発想に至るものだ。  西條家からは『支度金』と『縁』を手にし、叶糸からは前当主から彼が引き継いだ全ての権利を奪い取れる。惺流にとって、この結婚は完璧なものに思えた。        ◇ 叶糸との婚姻話を持ち掛けてきた西條家はもう、十人姉弟の長女である『ソロア』を完全に持て余していた。だけど彼女が生まれたばかりの頃は、母親と同じ『キツネ』の『獣人』であった事で手塩にかけて育てられた。『獣人』からであっても、その子供も獣人である可能性はかなり低い。なのに第一子として獣人が生まれ、幸先の良さから一族そろ
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【幕間の物語②】叶糸の一人目の婚約者②(アルカナ・談)

 当人同士の了承も覚悟も何もかもないまま、剣と西條の両家で婚約が成立してしまった。 『獣人』であり、『貴族』として育ってはいても、その血筋は『平民』で、王家や皇家とは一切無関係な叶糸との婚約など、気位の高いソロアは当然受け入れるはずがなかったのにだ。 案の定、西條家の当主でもある父に何を言われようが、末弟に説得されようが聞く耳も持たず、暴れに暴れて頑なに拒絶した。家の財政状態を懇々と説明されても、『現実を見るように』と諭しても無駄だった。 叶糸もこの婚約を歓迎などしてはいなかったが、『このまま剣の家に居るよりはマシかもしれない』とは考えていた。『実家との縁さえ切れてしまえば、あとはどうとでもなるのでは?』とも。 何をどうしようが婚約相手から好かれないのはわかっている。叶糸もソロアの噂は知っているからだ。お互いに愛情が無いのなら、形だけの契約結婚にでも持ち込めるかもしれない。立場的に自分からは無理でも、向こうから早々に離婚を提案してもらえるという可能性だってありそうだ。——そう割り切り、渋々ながらも叶糸は婚約話を受け入れた。 義父に言われて彼は月に二、三度、婚約者となったソロアと交流を深める為にと西條家を訪れる様になった。だが玄関にすら辿り着けず、正門前で門前払いを喰らった。毎度毎度毎度、行くたびに『平民を家に入れるな!』と事前に指示されている西條家の警備員から申し訳なさそうに『通せない』と告げられる。それでも礼儀として半年間はそれを続けたが、流石に不毛だと悟り、学校関連などで多忙にもなってきた事を理由に行くのをやめると、今度は『平民如きに蔑ろにされた!』と余計に激怒し、ソロアは完全にブチギレてしまったそうだ。 ——四ヶ月程経ったある日の事。 ソロアは父に『子供が出来た。平民との婚約関係を解消する』と、少しも悪びれる事なく告げてきた。 父は『……剣家の彼との子供じゃないのか?実は、そうなんだろう?』と何度も言い聞かせ、無理矢理そうである事にしようとしたのだが、ソロアは頑なに『違う』と言い、でも子供の父親が誰なのかは絶対に言わなかった。『あの平民の子なんかじゃない。会った事もない』 徹底してそう言い続け、そしてそれが事実である事は西條家で働く者全員が知っている。 どんなに箝口令を敷こうが、どこから事実が漏れ出るか分からず、結局この婚約は破談となっ
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【幕間の物語②】叶糸の一人目の婚約者 ③(アルカナ・談)

 将来有望な後継者を廃人にされた事もあり、西條家の本家と親族一同はソロアを『西條』から除籍すると決意した。あんなに毛嫌いしていた『平民』のレッテルをあえてソロアに与え、大きくなる一方の腹を抱えたまま、とある僻地にある『静養所』とは名ばかりの『収監施設』に送る事になった。超が付くほどの問題児を体良く閉じ込めておくための施設らしい。一度入るともう二度と戻ってはこられないって感じの場所だ。 末弟であるソリアは心身共に回復は見込めず、治療の一環として、問題となった記憶の消去が決まった。医師免許と魔術師、双方の資格を持つ者が、国の許可を得て行う特別な医療行為だ。じゃないと記憶を消し放題になっちゃうから、使用条件が厳しいんだよね。 生活に支障が出ないよう、本来なら問題の原因となっている記憶を消去するのみで終わらせるのだが、今回の一件は、厄介な事に『加害者』が『実の姉』である。生まれた時から関わってきた人間が加害者であった場合、トラウマ化した出来事の記憶のみを消去したとしても深層心理の傷は癒えず、残っている別の『加害者』に関連した『記憶』や『思い出』が悪さをして精神的ストレスを負い続ける可能性があるため、ソリアは今まで生きてきた十二年間すべての記憶が消去される。 少年の身でありながら、中身は赤ん坊からのやり直しとなったのだ。    大事な息子として、そして後継者の筆頭としてソリアに費やしてきた全てがリセットされてゼロになる。実父でもある当主の心の苦難はもう想像を絶するものだったに違いない……。        ◇ とうとうソリアが西條家から除籍される日になった。  本家にて、西條家一同が見守る中で除籍手続きを執行。そして除籍後は『静養所』に送るための事前準備としてソロアの魔力が封じられる。逃走防止、且つ施設運営者達の安全のためだ。 魔法も使えなくなり、特権階級から平民への転落。 そして腹の子供と共に僻地に捨てられる。 彼女の状況はそう言っても過言ではないだろう。 差し迫った事実を全く受け入れられず、少しも悔恨する事もなく、ただただ『高貴なワタクシが何故⁉︎』と騒ぐばかりで反省の色は微塵もない。これまでの日々で散々親や弟妹達から行動の問題点を説明されてもまともに聞こうともせず、身の回りにあった高価な装飾品や衣類などの全てを没収されても憤慨する
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