All Chapters of 幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる : Chapter 11 - Chapter 20

111 Chapters

11

騎士なら誰もが憧れるウィンスロープ騎士団への入団は、レダの人生を変えた。まず、「女が騎士なんて」とレダの夢を笑っていた父親がその態度を一変させた。「レダならやれると思っていた」と周りに自慢してまわる父親の姿は、レダを呆れさせた。しかし、街のみんなに囲まれて陽気に酒を飲む父親の姿には、娘として親孝行できたとレダは思っている。ウィンスロープ騎士団の団長は別にいるが、騎士団のトップはアレックス・ウィンスロープ公爵。その強さから「紅蓮の悪魔」と周囲から畏怖される最強の騎士。社交界では、貴族令嬢およびご夫人たちの愛と憧れの詰まった視線を独り占めする貴公子。アレックスは、神が盛大に贔屓したと言われるほど絶世のイケメンである。寡黙なイケメンは、どこか近寄りがたい雰囲気になるのだが、それは表向きの顔。屋敷の使用人や部下である騎士たち相手では、アレックスの態度は柔らかくなる。レダも入団して間もなく、アレックスのプライベートな表情を見て「こんな御顔もなさるのだな」と感心してしまった。あれは『ギャップ萌え』が起きてもおかしくない状況だった。しかし、起きなかった。レダはアレックスの恋人になりたいと思ったことなど、一度もない。母性本能をくすぐるタイプがレダの好みというのもある。しかし、「アレックス様の婚約者ですの」とわざわざ名乗る貴族令嬢が、わざわざレダを名指しして会いにきたときには、アレックスに異性として関わってはいけないとレダの脳内で盛大に警報が鳴った。アレックスの婚約者は、レダに言わせるとヤバイご令嬢だ。スフィア伯爵家ご令嬢であり、世間では『聖女ラシャータ』と呼ばれる女性。アレックスとラシャータは婚約者歴が十年以上である。この国最強の『騎士』と、当代唯一の『聖女』の組み合わせ。まるで三文歌劇のような組み合わせだが、定番といえば定番。ラシャータ本人と会うまで、アレックスがレダのタイプではなかったこともあり、「騎士と聖女なんていい組み合わせかもね」とレダは暢気にそんなことを思っていた。世間的には物語のように定番の組み合わせでも、アレックスはラシャータを蛇蝎の如く嫌っていた。どのくらい嫌いかと言えば、王家主催の夜会の日、絶対にラシャータをエスコートしなければいけないその日を狙って抜き打ちでスタンピードを想定した野営訓練を実施するほどだった。あの
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アレックスの婚約者に対する扱いはすごく雑だ。しかし、アレックスがこうも分かりやすく雑に扱うのはラシャータから婚約破棄をしてもらうためである。本来なら、公爵家当主のアレックスが伯爵令嬢のラシャータにそんな気を使う必要はない。本来なら、“公爵”のアレックスは前置きも説明もなしに婚約破棄を突きつけられる立場だ。しかし、相手はただの伯爵令嬢ではない。聖女。これが問題だった。 *この国には、聖女信仰がある。この国には国教がないため誰が何を信仰しても自由であるのだが、その中でも聖女信仰は平民から貴族まで幅広く信仰されている。その聖女信仰は、聖女に命を救われた者たちが聖女を崇めたところから始まった。かつては聖女の数も多く、信者も多くいた。しかし、時代と共に聖女は減っていき、暗黙の了解で聖女の力が王侯貴族専用になると、平民の間では聖女信仰が薄れていった。一方で、貴族の間では聖女信仰が根深く残っている。選民意識とブレンドされて、見方によっては悪い形で。悪い形として、最も分かりやすいのは政治への介入だ。貴族議会は国王派と貴族派に分かれているのだが、貴族派の通称は『聖女派』。聖女派の貴族たち、その中心は聖女が生まれるスフィア伯爵家。スフィア家の当主であるスフィア伯爵と聖女には、国王でさえ気を使わなくてはいけない発言力がある。聖女について不明点が多いことも、貴族たちが盲目的に従う原因になっている。なぜ、スフィア家だけに聖女が生まれるのかなどだ。「なぜ」が分かれば、権力の分散も目論める。しかし、スフィア家は『証』の継承も他家とは違うため、「なぜ」の解明については見通しすら立っていない。 証とは、この国の初代国王が建国の功臣である十の貴族家に与えたもの。古代魔法で授けられた証なのだが、古代魔法はとうに廃れてしまったため、この証を引き継ぐ原理は「親からのみ引き継ぐ」と言うことしか分かっていない。だから、証はほとんどが血筋の証明、父子鑑定くらいしか使われていない。十の貴族家のうち、九の貴族家は親から証を引き継ぐ。両親がどちらも九つの貴族家ならば、その子どもは二つの証を持つ。但し、スフィア家だけは直系、つまり当主の子どもにしか証が引き継がれない。そして、スフィアの証を持つ女児のみが聖女。聖女はその時代に何人もいない。そしていま、スフィア
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「レダ卿、どうしました?」名前を呼ばれたレダは、ハッと我に返った。「申しわけありません、奥様」「いいえ、体調が悪いとかでなければいいの」そう言って微笑む女性の、長い銀色の髪が風に揺れる。その優し気な琥珀色の瞳には、レダが映っている。「聖女」。そう呼ばれるのに相応しい、清廉で淑やかな佳人。レダが守りたいと思う、主。喜ばしいことに、主のほうもレダを信用してくれる。彼女は――ラシャータ・スフィア・フォン・ウィンスロープ。 (……ラシャータ)「レダ卿? 難しい顔をして、どうしましたか? お茶が冷めてしまいますよ?」「そう……でしたね」レダが紅茶の入ったカップを手に取ると、『ラシャータ』は満足そうにほほ笑んだ。そして、『ラシャータ』はその目線をアレックスの部屋に向ける。その瞳に称えられたものは、アレックスへの心配。「奥様、心配せずとも大丈夫ですよ」いまアレックスは侍従たちに身を清めてもらっている。アレックスと『ラシャータ』は夫婦だが、床入りをしていないため正式な夫婦ではない。そのため、清拭の作業は『ラシャータ』ではなく侍従の仕事になっている。『ラシャータ』は常にアレックスの傍にいるが、午前と午後の清拭の時間はこうしてアレックスの部屋から出て、レダと共に庭でお茶をする。(それでも、奥様は心配なようだ)レダから見て、『ラシャータ』はとても献身的だ。アレックスに異常がなくても、睡眠と自身の着替えの時間を除いて、『ラシャータ』はずっとアレックスの傍に控えている。 アレックスの容体は随分とよくなり、もう聖女の力を使う必要がない。この状態ならばアレックスの看病は誰にでもできるのだが、『ラシャータ』は当たり前のようにアレックスの看病を続けている。(この清拭の時間だって……)アレックスの容体が急変したらすぐに駆けつけられるように、と部屋のすぐ目の前の庭での休憩となっている。この休憩に付き合うことが、最近のレダの日課だ。この時間は、ただ穏やかに過ぎている。「今日は天気がいいから、洗濯物がよく乾きそうですね」空を見上げる『ラシャータ』の、長い銀色の髪を風がじゃれるように揺らす。この穏やかな『ラシャータ』に、かつての理不尽が服を着たような不条理な苛烈さは欠片もない。(初めてお会いしたとき、なぜ気づかなかったのか)レダが初めて
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(でも……)―― よろしくお願いします。(あのときの『ラシャータ』様……ラシャータ様によく似たこの女性は、まさしく聖女だった)「どうしましたか?」「寒くありませんか、奥様?」見ていたことを誤魔化す言葉を口にすれば、『ラシャータ』は心配されたことを嬉しそうに、ちょっと照れ臭そうに笑う。「大丈夫よ、ありがとう」美しく、心優しく、淑やか。―― レダ卿。レダが平民出身だと知っても、それがどうしたと、騎士である自分に尊敬の目を向けてくれる。女神のように清廉な女性。それは見た目ではなく、中身も同じ。「でも、涼しくなったわね。気づいたら、季節が進んでいた感じだわ」「奥様の尽力があって、閣下があそこまで回復なさったのです」「いえ、閣下ご自身が頑張ったからよ」『ラシャータ』とアレックスが夫婦なことは書類上で、実際は他人である。『ラシャータ』はアレックスを「閣下」と呼び、アレックスは『ラシャータ』を「おい」とか「あの女」とか呼んでいる。(結婚したという実感が少ないのは、仕方がないことか)あの朝、『ラシャータ』がウィンスロープ邸に到着すると、執事長が婚姻届を持って玄関ホールで待ち構えていた。歓迎の笑みなく突きつけられた、アレックスの名前が代理記入された婚姻届。それに『ラシャータ』は文句ひとつ言わずに署名し、立ち合いのために同席した神官を「早く確認してくださいませ」と急かすほどだった。急かされた神官は、呆然としていた。この神官も、ラシャータの罵詈雑言を覚悟していたに違いないとレダは思った。でも職業上の慣れか、これまでの経験か。神官は「おめでとうございます」と祝いの言葉を述べ、それを聞いた『ラシャータ』は「終わりですわね」と言って執事長にアレックスの部屋への案内を頼んでいた。 屋敷の者たちのほとんどがラシャータを忌避していたが、『ラシャータ』の献身的な姿は使用人たちを戸惑わせた。『ラシャータ』は、ずっとアレックスの傍で過ごしている。アレックスに変化があれば、すぐに手を差し伸べ、聖女の力を使い続けていた。使用人の中でも忠誠心の高いものを選りすぐっているのに、そんな彼らが青い顔をして出てきて“耐えられない”とばかりにえずいても、『ラシャータ』はそのままそこに残り続けた。無理するなと使用人たちを気遣う姿は、心優しい。アレックスに尽くす
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ウィンスロープ邸に嫁いできて、レティーシャは読書の楽しみを覚えた。アレックスの治療はいまはもう対処療法の段階に入った。アレックスが眠っている間は特にやることはなく、それで本を読むようになった。レティーシャ自身は何もせず待つことには慣れているが、ジッと見られていると落ち着かないとアレックスに言われて態度を改めた。本を読むようになったのは、読書ならば場所を選ばないからだ。しかし、レティーシャはあっという間に読書の虜になった。それまでのレティーシャにとっての「読書」は、父伯爵から与えられた本を読むことだった。魔法や魔物に関する古い本、先祖や歴代の聖女たちの手記くらいしか読むことを許されなかった。しかし、いまは自由に読んでいいと言われている。使用人にも開放されているウィンスロープ邸の図書室には、様々なジャンルの本が新旧で揃っている。(これ……)「フレマン侯爵家に関する本……」「都で評判の本は基本的に購入しておりますので」図書室専門の使用人によると、本を購入するための予算が毎月かなりあるとのこと。でも、レティーシャが驚いたのはそこではない。(この本は禁忌の扱いのはず……) この専門の使用人もいるウィンスロープ邸の図書室は、ウィンスロープ邸内に離れのように存在しているため、「図書館」と言っても触りはない代物だ。これは、何代か前のマッチョな当主が「騎士=脳筋」と揶揄われたことに腹を立てたことから始まっている。読書を趣味にして、脳筋と笑った奴らを見返そうと思って、建物を用意した。そして彼は自分の蔵書を納めた。棚一つも埋まらなかった。そんな結果に「やはり脳筋ではないか」と知人に笑われ、彼はこの図書室の棚を全て満たすことを目標として、世界中からいろいろな本を買い集めた。それでも、その建物の棚全てを本で満たす夢は叶わなかった。建物が大き過ぎたのだ。そして、彼のその目標は脳筋は嫌だと思う彼のマッチョな息子たちが継いだ。建物が大き過ぎた。息子たちの代でも棚が余り、その夢は孫たちへ、その子どもたちへ……と繰り返した。その結果、ものすごい数の蔵書量を誇るいまの図書室となったのである。こうして完成した図書室だが、頭を使うことよりも体を動かすことを好む代々の当主にはあまり利用されていない。しかし、嫁いでくるお嫁さんたちには評判だった。その
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本の中では、たった一行。【聖女の殺害】と書かれたフレマン侯爵家の罪状を、レティーシャは指で撫でる。遣る瀬ない思いに、レティーシャの口が歪む。三歳だったレティーシャに、当時の記憶はない。だが、レティーシャがこうして生きている以上、この事件の証言には必ず嘘がある。 「奥様、どうなさいましたか?」レダの声に、レティーシャは顔をそちらに向けた。いつの間にか、レティーシャは『奥様』と呼ばれる自分に慣れていた。昏睡状態のアレックスと結婚したため、『奥様』と呼ばれることに申しわけなさはある。しかし、『ラシャータ』と呼ばれるよりはいいので、レティーシャはその呼び名を訂正しないでいた。「この本は……オカルトみたいな、都市伝説みたいなことしか書かれていないのでは?」「そうですね。フレマン侯爵邸には聖女レティーシャの幽霊が現れるという話がのっていましたよ」「悪趣味です」根拠のない嘘だと、レダは憤った。(レダ卿の気持ちは嬉しいけれど、こういう情報こそ重要だわ)レティーシャは生きているのだから、レティーシャの幽霊が出るなどあり得ない。つまり、嘘。そしてこの嘘は、フレマン侯爵家に起きたことを「超常現象で片付けたい」と思っているから。(それが、なぜなのか)レティーシャが知りたいのは、その理由。ただ、センセーショナルを騒ぎたいだけなのか。それとも、フレマン侯爵家かサフィニアに何か後ろめたい思いを抱えているからか。あとは……。(当時のことを風化させないため……でも、それは、なんのため?)レティーシャは眉を顰める。この噂で得をする者は、スフィア伯爵。フレマン侯爵家に一番恨まれているのは自分とその妻、現在の伯爵夫人だと自覚しているはず。スフィア伯爵家では、元は第一夫人と言われた現在のスフィア伯爵夫人のことを、使用人たちは「旦那様の寵愛を一身に浴びる幸せな妻」「真実の愛で結ばれている」と褒めそやしていた。スフィア伯爵夫人を褒めるため、使用人たちはレティーシャの母サフィニアを「あんな女」と言っていたりもした。それも自然に、当たり前のように。(あの様子からして、お母様がスフィア伯爵家でどんな扱いを受けていたのか想像もつきます)その状況でしたサフィニアの自殺を、彼らはスフィア伯爵家のせいと思いたくなかったし、世間にスフィア伯爵家のせいだと思
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「旦那様、お食事です」家政婦長のソフィアの声に、アレックスは目を開けた。ぼやけた視界に、スプーンが見えた。口を開けると、温かい粥が口の中に入ってきた。まだ指先さえも満足に動かせない状態なので、アレックスは自分で食事ができない。そのため食事に介助が必要で、アレックスの安全のために食事の介助はソフィアが行っている。今日の食事は、パン粥。今日に限らず、目覚めたから覚えている食事は全てパン粥。それ以前は、回復薬の点滴が食事代わりだった。それを思えば、口で食べられるまで回復できたことに、神に感謝すべきだとアレックスも分かっている。しかし、こうもパン粥だらけだと、アレックスとしては違う味を懐かしく思ってしまう。違う味、いつもの食事……。(そろそろ肉が食いた……うっ!)喉を通った粥の刺激で喉が痛み、アレックスは咽た。「旦那様、ゆっくりお食べください。お水を飲みますか?」(……くそっ)赤子も食べられるパン粥の温りさえ、強い刺激となって喉が痛む。日に何度も味わうこの痛み。この痛みが、自分が死の淵にいたことをアレックスに実感させる。 ――― お前はまだ子どもだな。自分の師でもある父親を亡くしたのは、アレックスがまだ十代のとき。それからはアレックス“王家の槍”として、魔物や蛮族の討伐に赴き、自分より年が上で、経験も豊かな騎士たちを先導しなければいけなかった。毎回生還はできたが、命からがらというときが何度もあった。死に直面するたびに、亡き父の呆れた声がアレックスの頭に木霊していた。―― 頑張ったことは認めているが、もっと上手くやれたんじゃないか?揶揄いを含む、呆れた父親の声。それを思い出すたび、心が懐かしさに温かくはなるが、同時に息子特有の反骨精神が刺激されて、「死んでたまるか」と踏ん張った。父親というのは、息子にとって不思議な存在だとアレックスは思う。(いや、男という生き物そのものが複雑なのか?)幼い頃は、父親に対して「大好き」と素直に思えた。そのまま、口にも出せた。しかし、成長して、父親に対して照れ臭さを感じるようになった。父親に対してライバル心のようなものが芽生えて、それがライバル心とは認めたくないという複雑な息子心で、父親に対して反発ばかりしてしまった。こうしていま父を思い出しても、勝てないなとアレックスは思う。
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(それが今では……)「旦那様、お食事を続けますか?」ソフィアの言葉に、アレックスは頷く。スプーンが目の前に差し出される。口を開けると、舌の上に温かな粥が乗せられる。(生きるために、物を食べられるところまで回復した)ゆっくりと流し込まれる野菜の甘みに、アレックスは涙が出そうになった。食べることは、アレックスに生きていることを実感させてくれた。 (しかし……)アレックスはソフィアの向こうに、目線を向けた。離れてはいるけれど、目に届く範囲に置かれたテーブルで食事をする『ラシャータ』。(本当にあの女が俺をここまで回復させたのか?)アレックスのこの回復は、全て『ラシャータ』のおかげだと使用人たちは言う。ラシャータの嫁入りに反対していたグレイブやソフィアまでも、だ。(嘘ではないのだろう。でも、それを聞いて、今も信じられない)アレックスの感覚では、確かに聖女の治癒力は使われている。聖女の治癒力が使われているなら、それができるのは唯一の聖女であるラシャータだけ。公式では、ラシャータはまだ一度も聖女の治癒力を使ったことがない。聖女の治癒力は王が管理し、聖女が勝手にそれを使うことは禁じられている。しかし、あのラシャータにはそんなルールは通じない。「自分が法よ」と恥ずかしげなく宣言する、それがラシャータという女だ。何年か前、ラシャータはアレックスの関心を買うために、「特別」とか「秘密」とか言って、アレックスの前で聖女の治癒力を使ってみせた。魔法を使う者として、アレックスも聖女の治癒力には興味があった。だから、アレックスはケガの治療をラシャータに任せたのだった。(あのときは、数センチの切り傷を治すのに三十分以上かかっていたな)ラシャータの策略とも考えられる。アレックスに触れる機会を逃さないため、とか。密着して己の魅力をふんだんにアピールするため、とか。(そのために、わざと手を抜いて時間をかけていた可能性もあるが……おそらく、それはないだろう)その線は薄いと、アレックスは感じている。ラシャータの承認欲求の強さを、アレックスはよく知っている。ラシャータなら、「すばらしい」と褒められることを確実に選ぶ。(今回の損傷は、あのときのケガとレベルが全く違う)噴き出す瘴気の量も濃さも、自分の体内の肉や骨を焼かれたアレックスにはよく分かって
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アレックスは話を変えることにした。「あの女、寝込んでいる間もずっとあんな感じだったんだよな?」「ええ、献身的に看病なさっていました」「献身的とは――理想的な妻の形容詞だな」「じいは感動しました」粛々とアレックスの指示に従うことについて、何らかのアピールかとアレックスは思った。アレックスにとって、従順や献身などとは対極にあるラシャータ。しかし、過去に何度か、周りの目を気にして従順で献身的に振る舞ったことはあった。しかし、アレックスの意識がないときでも『ラシャータ』は献身的に振舞い続けたという。ラシャータにとって『目』には、使用人の目は含まれない。ラシャータが使用人しかいない場で、そんな取り繕うような態度を見せたことは過去になかった。主人と使用人たちの距離感は各家で異なるが、ウィンスロープ公爵家はアットホーム。使用人まで武人のウィンスロープ。必要なら使用人揃って遠征についていくので、「同じ釜の飯」レベルの仲の良さ。ラシャータの使用人への態度は「聞いてくださいよぅ」レベルの気安さでアレックスに報告されている。 「しかも、時間潰しが読書……本を、読む……」アレックスは首を捻って、サイドテーブルに高く積まれた本の山を見た。(これが崩れたら……再び治癒力の世話になりそうだな)ちょっとゾッとしながら、アレックスはその背表紙を目で辿りながら口に出す。「大衆小説、国史、生物学、医学、老後の貯え……老後の貯え?」「小説は巷で人気の純愛もの、第三巻でございます」「純愛小説! あの女が純愛、マジか?」「はい、マジでございます」アレックスの知る限り、ラシャータに純愛など似合わない。貞淑観念などなく、『聖女』の称号が大号泣しそうなほど、ラシャータは性に奔放だった。アレックスを嫉妬させたいらしく、ラシャータは他の男との艶話をアレックスに聞こえるように自慢する。アレックスからすれば毒にも薬にもならない、どうでもいい話。愛してもいない婚約者の艶聞に、アレックスは全く興味ない。立てる目くじらもない。 「この屋敷の使用人か、通いの商人がラシャータに襲われたりは?」仮にも貴族令嬢をアレックスは強姦魔のように扱っているが、グレイブは驚かず冷静に首を横に振った。「あの方はずっと、旦那様の傍にいらっしゃいました」二人の目が、ベッド脇の椅子に向く。
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20

アレックスが自分で食事をできるようになった頃、王宮から医師が派遣されてきた。理由は外傷が癒えたのに、アレックスの視力がまだ戻らないからだ。ウィンスロープ公爵家にもお抱えの医師はいる。アレックスの手術で、「この辺りを、こっちから、こっちへ、バーッと切ってください」という感覚的レティーシャの説明にゲッソリした例の医師だ。今回のことは、「自分一人の判断では心もとない」、「他の意見も聞きたい」という彼の意見を汲んだ形だった。  「初めまして、聖女様」「初めまして、ラ……っと……」「堅苦しい挨拶はこの辺にして、早速患者のところに案内してもらえますか?」「……は、はい」(堅苦しい……挨拶は『初めまして』だけでよろしかったのね)そんなことはない。挨拶は自己紹介。つまり名乗るまでが『普通の挨拶』である。 「患者はどこかな~、患者~患者~」城から派遣されたこの医師、少し変わっていた。公爵邸の廊下をぴょんぴょんと跳ねまわって移動。あちこちをキョロキョロ見渡し、患者(ウィンスロープ公爵)を探す医師にレティーシャは驚く。城から派遣されてくるのは国王の専属医である典医だとレティーシャは聞いていたため、勝手に高齢の医師を想像していたが、レティーシャの想像より若く、遥かに……。「こ~こ~だ~」「……普通にこれないのですか、あなたは」(……顔、見知りなのでしょうか?)医者は典医で、アレックスは騎士団長。どちらも城勤めだから面識があるのだろうとレティーシャが思ったとき……。「男の子は大きくなると可愛げがないねえ。昔のアレク坊やなんて、僕の膝に乗って、きらきらとした無垢な瞳で、『ドクター、旅のおはなち、おしえて~』とか言っちゃってさあ……めっちゃ可愛かったのに……」(アレク……坊や……めっちゃ可愛い……公爵様……)「や・め・て・く・だ・さ・い」「仕様がないだろう? 年寄りの趣味と言えば、若者の若気を揶揄って遊ぶことくらいしかないんだから」「……ろくでもない趣味だな」「そうでもないよ、君の子どもの頃の話って結構需要あるし」「あるのか?」(……分かりますわ)レティーシャが心の中で同意する。「ほら、君って今では悪魔呼ばわりじゃない? その君が子どもの頃は天使だったなんて、どこで天界堕ちしたんだろうって話でさあ」「成長期があったので
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