(いっそのこと、どこか遠くへ逃げてしまえたら……) でも聖女である自分に逃げる場所などない。聖女に対してこの国の貴族は妄信的だ。母サフィニアが死んだ理由については、由緒ある侯爵家の令嬢である身でありながら第二夫人となり、平民の第一夫人に傅く立場になったことへの屈辱だと言われている。(屈辱と言っているのに……聖女を欲する心はその屈辱をお母様に飲み込ませた) サフィニアは当時の社交界で三本の指に入る令嬢、通称『三花』と呼ばれるほどの存在で、当時の貴族の結婚市場はサフィニアが中心だったらしい。当時サフィニアに婚約者がいなかった。侯爵令嬢となると幼いときから婚約者がいるものだが、その理由について大方の意見は「婚約者を厳選しているから」だったが、ゴシップの域ではあるもののサフィニアには誰か思う相手がいたという説もある。(思う、相手……)「奥様?」声をかけられて、レティーシャの心に浮かびかけたもの、掴みかけていた何かがパッと散った。 「あ……」目の前には料理長がいて、レティーシャはいつの間にか自分が厨房の入口に立っていることに気づいた。 「どうなさいましたか?」「その……喉の調子が悪くて、お茶が飲みたくて……」息が詰まる未来の想像が振り払えず、息苦しさに言葉がとぎれとぎれになる。 「そんなことは侍女の誰かに言ってくだされば……少し震えていらっしゃいますね。奥様、宜しければ体を温めるハーブを使ったお茶を飲まれてはいかがでしょう」「ええ、お願いします」「それでは庭から採ってまいりますので奥様はお部屋でお待ちください」 料理長はそう言ってくれたが、彼の背後は賑やかだった。お昼の時間まであと少し。 厨房はまさに戦場。 「いいえ、ハーブは私が採ってまいります」「いえ、奥様の御手を煩わせるなど……え? ちょっと?」
Terakhir Diperbarui : 2025-12-06 Baca selengkapnya